年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金)は、原則として65歳から支給されることになっていますが、それとは別に「特別支給の老齢厚生年金」という給付制度があるのをご存じでしょうか? ここでは、特別支給の老齢厚生年金と65歳よりも前に年金を受け取る繰り上げ制度について解説します。
特別支給の老齢厚生年金をもらえる人は?
制度の説明をする前に、どんな人が支給対象になるのかをみておきましょう。要件は、以下の通りです。
- 男性の場合、1961年(昭和36年)4月1日以前に生まれたこと。
- 女性の場合、1966年(昭和41年)4月1日以前に生まれたこと。
- 老齢基礎年金の受給資格期間(10年)があること。
- 厚生年金保険等に1年以上加入していたこと。
- 60歳以上であること。
つまり、男性は昭和1961年4月2日以降、女性は1966年4月2日以降が誕生日の場合、支給対象にはなりません。また、これは「厚生年金」、すなわちサラリーマンや公務員の年金の話(※)ですから、ずっと自営業だった人も、もらうことはできません。
特別支給の老齢厚生年金は何が「特別」なのか?
ところで、特別支給の老齢厚生年金は、何が「特別」なのでしょうか。「特別支給」の意味を知るには、年金制度の歴史を紐解く必要があります。
現在、日本には働き方や職業などに応じて国民年金、厚生年金、共済組合と複数の年金制度がありますが、いずれの年金に加入していても「基礎年金制度」という共通した仕組みのもとで、加入期間や年金受給額などが計算されています。
しかし、基礎年金制度ができた1986年4月より前、国民年金、厚生年金、共済組合はそれぞれ異なる年金制度で運営されていました。そのため、1986年3月までの年金は旧法年金、同年4月以降の年金は新法年金とよばれています。2つの年金は、年金の名称などが異なっています。
さらに、新法が制定されたタイミングで老齢厚生年金の受給開始年齢を、それまでの60歳から65歳に引き上げることが決まりました。しかし、当時59歳だった人は、60歳から5年間も年金がもらえない期間が生まれてしまいます。
そこで、旧法から新法への移行措置として、上述の要件を満たす人に対しては60~64歳の期間について旧法に準じて年金を計算し、“特別”に老齢厚生年金を支給することにしたのです。
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受給開始年齢は、生年月日と性別で変わる
上記で特別支給の老齢厚生年金の受給要件を説明しましたが、これに当てはまる人でも、生年月日、性別によって受給開始年齢などが変わります。以下の表を参照にしてください。
なお、特別支給の老齢厚生年金には、年金額が厚生年金保険加入期間中の報酬及び加入期間に基づいて計算される「報酬比例部分」と、加入期間に基づいて計算される「定額部分」があります。生年月日によって両方受給できる人と、報酬比例部分だけを受け取れる人がいます。
特別支給の老齢厚生年金はあくまで旧法から現在の年金制度への移行措置であるため、受給対象年齢の中でも若い人ほど、受給開始年齢は遅くなります。
【男性】
生年月日 | 報酬比例部分 | 定額部分 |
---|---|---|
昭和16年4月1日以前 | 60歳 | 60歳 |
昭和16年4月2日~ 昭和18年4月1日 |
60歳 | 61歳 |
昭和18年4月2日~ 昭和20年4月1日 |
60歳 | 62歳 |
昭和20年4月2日~ 昭和22年4月1日 |
60歳 | 63歳 |
昭和22年4月2日~ 昭和24年4月1日 |
60歳 | 64歳 |
昭和24年4月2日~ 昭和28年4月1日 |
60歳 | ― |
昭和28年4月2日~ 昭和30年4月1日 |
61歳 | ― |
昭和30年4月2日~ 昭和32年4月1日 |
62歳 | ― |
昭和32年4月2日~ 昭和34年4月1日~ |
63歳 | ― |
昭和34年4月2日~ 昭和36年4月1日 |
64歳 | ― |
昭和36年4月2日以降 | ― | ― |
【女性】
生年月日 | 報酬比例部分 | 定額部分 |
---|---|---|
昭和21年4月1日以前 | 60歳 | 60歳 |
昭和21年4月2日~ 昭和23年4月1日 |
60歳 | 61歳 |
昭和23年4月2日~ 昭和25年4月1日 |
60歳 | 62歳 |
昭和25年4月2日~ 昭和27年4月1日 |
60歳 | 63歳 |
昭和27年4月2日~ 昭和29年4月1日 |
60歳 | 64歳 |
昭和29年4月2日~ 昭和33年4月1日 |
60歳 | ― |
昭和33年4月2日~ 昭和35年4月1日 |
61歳 | ― |
昭和35年4月2日~ 昭和37年4月1日 |
62歳 | ― |
昭和37年4月2日~ 昭和39年4月1日~ |
63歳 | ― |
昭和39年4月2日~ 昭和41年4月1日 |
64歳 | ― |
昭和41年4月2日以降 | ― | ― |
特別支給の老齢厚生年金の計算方法は?
特別支給の老齢厚生年金の金額の計算方法を紹介します。特別支給の老齢厚生年金は、「報酬比例部分」と「定額部分」をそれぞれ求め、合算することで計算できます。これは、旧法時代の老齢厚生年金が「報酬比例部分」と「定額部分」で構成されていたことを踏襲しています。報酬比例部分と定額部分の計算方法を確認しましょう。以下のとおりです。
【報酬比例部分】
平成15年4月に賞与からも厚生年金保険料を差し引くことになったため、3月以前とは計算式が変わります。そこで、平成15年3月以前と平成15年4月以降に分けて計算します。計算式は以下のとおりです。
<平成15年3月以前>
平均標準報酬月額※×7.125/1000×平成15年3月までの被保険者期間月数
<平成15年4月以降>
平均標準報酬月額×5.481/1000 ×平成15年4月からの被保険者期間月数
なお、乗率は昭和21年4月1日以前に生まれた人は異なりますので注意してください。
【定額部分】
上の表から、定額部分を受給できるのは、昭和24年4月1日以前に生まれた男性と、昭和29年4月1日以前に生まれた女性です。
定額部分の計算式は下記のとおりです。
定額部分の乗率は、生年月日ごとに決められています。また、定額部分を受給できる人のうち、20年以上の厚生年金被保険者期間があり、配偶者や子どもを扶養している場合は年金額が加算されます。
なお、2024年3月現在、定額部分支給対象者はすべて65歳以上となっているため、定額部分の支給を受けている人は原則いません。
受給には請求手続きが必要
特別支給の老齢厚生年金を受給するには、請求手続きが必要です。受給できる年齢に達したときに、自動的に受け取れるものではありません。
受給開始年齢に達する3カ月前になると、日本年金機構から年金請求書が届きます。必要事項を記入し、受給開始年齢に達したら年金事務所に提出します。受給開始年齢より前に提出しても、受け付けてもらえないので注意しましょう。
なお、年金請求書と合わせて、以下のような書類も必要になります。
②年金を受け取る本人名義の金融機関口座の通帳・キャッシュカード(コピー可)
上記2つ以外にも、請求者の状況によって書類などが必要になる場合があります。
特別支給の老齢厚生年金が減額されることもある
特別支給の老齢厚生年金は、減額されることもあります。減額されるのは、以下の両方に該当する場合です。
- 社会保険に加入している
- 総報酬月額相当額※と基本月額(特別支給の老齢厚生年金の月額)の合計が28万円超え
特別支給の老齢厚生年金が減額されるのは、上記の両方に該当した場合です。金額を超えていても社会保険に加入していなければ満額支給されますし、社会保険に加入していても総報酬月額相当額と基本月額の合計が28万円以下なら満額支給されます。
特別支給の老齢厚生年金も繰上げ受給ができる
通常の厚生年金と特別支給の老齢厚生年金の制度的な違いは、わかっていただけたと思います。では、いったいいくらもらえるのでしょうか? 対象となっている人は、毎年誕生月に届く「ねんきん定期便」で、金額を確認することができます。
「年金を早くもらうと損をする」という話を聞いたことがあると思います。この年金も、できるだけ受給開始を先送りしたほうが、たくさんもらえるのでしょうか?
60歳から65歳への年金支給開始年齢引き上げに伴って、「繰上げ受給」の制度も導入されました。60歳になれば、老齢基礎年金も老齢厚生年金も、請求して早めに受け取ることができるます。
65歳から受給する年金だけでなく、特別支給の老齢厚生年金も繰上げ受給が可能です。ただし、計算方法が異なるので注意が必要です。
60歳から年金を受給する繰上げ受給制度
まずは、本来なら65歳が受給開始年齢となっている年金を繰り上げる制度から見ていきましょう。
繰上げ受給をすると、年齢に応じて基礎年金が減額され、年金額は減額のまま一生変わりません。厚生年金を繰上げ受給する場合には、“1階部分”の基礎年金も同時に繰上げを請求することになります。また基礎年金は、反対に「繰下げ受給」も可能で、この場合は年金額が増額されます。
こうした年金の仕組みから、「早くもらうと損」と言われているわけです(受給開始からの余命によっては、「早くもらったほうが得だった」ということもありえます)。
減額率(繰上げ受給によって減額される割合)は以下の計算式で求められます。
たとえば、以下のような例で見てみましょう。
- 昭和40年4月1日生まれの女性
- 厚生年金保険に加入
- 61歳0カ月から繰上げ受給
- 65歳からの受給額は年額150万円
繰上げする月数は48カ月なので、減額率は48×0.4%=19.2%(受給率80.8%)となります。
つまり、61歳0カ月から受給すると、受け取れる年金の年額は以下のようになります。この金額は生涯変わりません。
65歳から受給できる年金の繰り上げ受給を希望する場合、以下の書類を年金事務所に提出します。
特別支給の老齢厚生年金を繰上げ受給する場合
特別支給の老齢厚生年金を繰上げ受給する場合、特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分と、65歳から受給する年金の「老齢基礎年金」をセットで繰り上げます。減額率の計算は上記と同様です。
先ほどの例に挙げた女性は、64歳から特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分のみ)の受給対象者なので、もう一度例に挙げてみてみましょう。
- 昭和40年4月1日生まれの女性
- 厚生年金保険に加入
- 61歳0カ月から繰上げ受給
- 65歳からの受給額は年額150万円
- 64歳から64歳11カ月まで受け取れる特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)は年額70万円
61歳0カ月から特別支給の老齢厚生年金を繰上げ受給する場合、特別支給の老齢厚生年金の報酬部分と老齢基礎年金の繰り上げ期間が異なるため、それぞれ計算する必要があります。
【特別支給の老齢厚生年金】
繰上げ月数は36カ月なので、減額率は36×0.4%=14.4%(受給率85.6%)となります。
61歳0カ月から64歳11カ月まで受け取れる特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)は以下のとおりです。
なお、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)の減額率は、65歳以降に受け取る老齢厚生年金に引き継がれます。
【老齢基礎年金】
繰上げする月数は48カ月なので、減額率は48×0.4%=19.2%(受給率80.8%)となります。この女性が、65歳から年額79万5,000円の老齢基礎年金を受給できる場合、61歳0カ月から繰上げ受給すると、受給額は以下のようになります。
特別支給の老齢厚生年金を繰上げ受給する場合、下記の書類を年金事務所に提出します。
- 国民年金・厚生年金保険老齢給付年金請求書
- 国民年金・厚生年金保険 特別支給の老齢厚生年金受給権者 老齢基礎年金支給繰上げ請求書
- 国民年金・厚生年金保険老齢給付裁定請求書
- 厚生年金保険・国民年金 老齢厚生年金・老齢基礎年金支給繰上げ請求書
何年以上生きれば払った保険料以上もらえる?
近年「今の現役世代は、支払った保険料よりも受給できる年金額が少なくなるのでは?」といわれています。では、どれぐらい生きれば払った保険料以上の年金を受け取ることができるのでしょうか。
保険の加入期間に支払った保険料を65歳以降の年間受給額で割れば、何年で元が取れるか計算できます。
以下のようなケースで考えてみましょう。
- 厚生年金保険に40年間加入、約1,500万円の保険料を払った
- 65歳以降に受け取る厚生年金は約170万円
この場合は8.8年、つまり74歳まで受給すれば元が取れる計算になります。
ただし、年金は生きているうちしか受給されないので、いつまで生きるかは予測がつきません。また、受け取れる年金の金額も毎年改定されるため、実際は厳密な計算は難しいのです。
まとめ
年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)は原則65歳から支給されますが、通常の老齢厚生年金とは別に、60~64歳に支給される特別支給の老齢厚生年金という制度があります。受給資格を確認し、対象となる人は、手続きを忘れないようにしましょう。
また、通常の年金しか受給できない人も受給年齢を前倒しにできる繰上げ制度があります。年金受給開始までの生活プランに合わせて、検討してみましょう。
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