食料品や家電製品、電気・ガス料金などあらゆるものの値上げラッシュとなっていますが、建築資材などとして欠かせない木材もその1つ。昨年3月頃から急速な値上がりとなり、供給不足も深刻化しています。「ウッドショック」と呼ばれる今回の事態の背景には、何があるのでしょうか?私たちの暮らしへの影響などと併せて解説します。
ウッドショックとは?
3度目の「非常事態」
「ウッドショック」とは、世界的に木材の需給がひっ迫し、その価格が高騰する状況を指します。実は、これが初めてではありません。この数十年間に2度の「ショック」があり、日本国内では2021年春から始まった今回の事態は、「第3次ウッドショック」といわれています。
◆第1次ウッドショック(1992年頃)
アメリカで天然林保護運動を背景にした伐採規制、カナダでも伐採調整が実施された結果、世界規模で木材需給がひっ迫し、価格が急騰しました。
◆第2次ウッドショック(2006年頃)
新興国、中国での木材消費が拡大する中、インドネシアの伐採規制が引き金になって、世界的に合板などの供給不足が発生しました。
新型コロナが発端に
では、今回のひっ迫の背景には、何があったのでしょうか? 前の2回との違いは、原因が複雑かつ複合的なこと。そして、ここにも新型コロナウイルスが影を落としていました。
【原因1】アメリカや中国で需要が拡大した
第3次ウッドショックの震源地はアメリカでした。もともと郊外型住宅の建設が堅調だったアメリカでは、コロナ禍に伴うテレワークの定着や、コロナ対策の金融緩和策が住宅ローン金利引き下げにつながったことが、それを後押しする結果を生んだのです。「巣ごもり」でのDIYブームなども、木材需要の急増の要因となりました。そうして発生した需給ギャップが、日本をはじめ世界に波及していった…というのが「第3次ショック」の大まかな構造です。
景気回復に伴い、欧州や中国の木材需要も増加傾向を強めました。特に中国は、産業用丸太の世界最大の輸入国で、その動向は木材の世界市場の今後に大きな影響を及ぼすものとみられています。
【原因2】コロナで木材生産に支障
コロナ禍は林業分野にも影響を与え、一時、木材生産が大きく落ち込みました。製材工場の稼働率も低下し、建築資材の供給が絞られたことも、「ショック」の要因の1つです。
【原因3】海上コンテナ不足などで物流が滞った
新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年春頃には世界の貿易がストップしました。しかし、その後状況は一変して輸送量が急拡大し、海上輸送用コンテナが不足する状況になった結果、輸送コストが急騰しました。また、断続的に発生した港湾のロックダウンや、21年3月に起きたスエズ運河での大型コンテナ船座礁事故も、木材物流のネックとなってしまいました。
【原因4】日本の「買い負け」
このほか、日本に限った要因として、日本の品質、スペックの厳しさを指摘する見方もあります。品不足となった木材が生産国の売り手市場となり、“難しいクライアント”が敬遠されて、買い負けたというわけです。価格上昇が始まった頃に「いずれ下がる」と判断した商社などが買い控えた結果、高値で確保せざるを得なくなった、という事情もあったようです。
ロシアのウクライナ侵攻で「第2ラウンド」に
今回の事態は、アメリカでの需給ひっ迫が発端だったと述べましたが、実は昨年5月に最高値を記録した同国の材木先物取引価格(シカゴ・マーカンタイル取引所)は、その後最高値の1/3程度まで急落しました。住宅建設件数の伸びが沈静化したこと、木材生産量が順調に回復したことなどを受けたもので、当時は木材需給のひっ迫は徐々に解消に向かい、今年3月頃には以前の状況に戻っているのではないか、との観測もあったのです。
ところが、そうした見方に冷や水を浴びせる、当時からすれば想定外の事態が発生しました。ロシア軍によるウクライナ侵攻です。
【原因5】ロシア産木材の供給量が減った
ロシアは、世界全体の木材輸出量の2割ほどを占める“森林資源大国”です。ウクライナも木材輸出国でしたが、開戦により、両国からの木材の供給は滞ることになりました。
ロシアの場合は、国内事情による生産減などではなく、欧米諸国を中心とした経済制裁に伴う供給減少ですから、第1次、2次も含めたこれまでのウッドショックと明らかに様相が異なります。ロシアの軍事侵攻以降の事態は、昨年からの「ショック」の延長ではなく、「第2幕」と捉えるべきでしょう。混迷する戦況をみる限り、早期に経済制裁が解除される可能性は低いものと思われます。
日本自体は、総量としては、ロシアからそれほど多く木材・製材を輸入していたわけではありません。ただ、建築用のカラマツの合板は、その強度(耐震性)から需要が多く、日本の木造住宅の多くに使用されています。いずれにしても、世界市場でのロシアからの木材供給停滞が続けば、その影響から逃れることはできません。
暮らしへの影響は?
木材価格は「高止まり」
国内の現状を具体的にみていきましょう。さきほども述べたように、輸入価格の高騰を受け、日本で木材の価格が上昇を始めたのは、昨年の3月頃です。
例えば、代表的な木材製品である「すぎ正角(乾燥材 厚10.5cm×幅10.5cm×長3.0m)」の今年4月の価格(全国)は、13万800円/㎥で、前年同期に比べ73.7%も値上がりしています(農林水産統計)。昨年3月には6万円台だったものが、8月にかけて13万円台まで倍以上に急騰し、その後は高止まりが続いているのです。
住宅価格を直撃
こうしたウッドショックの影響をもろに被るのが、新築の木造住宅であることは、いうまでもありません。現場では、「コロナ前に3,000万円で建てられた家が、3,800万円必要な状況」といわれるほど。建材の入手難は、納期の遅れも招いているようです。
日本は、木材のおよそ6割を輸入に依存しています。ただでさえ相場の高騰に悩まされているところに、輸入価格の上昇に直結する歴史的な円安が襲いました。当面、これから住宅を購入しようと考える人にとっては、厳しい環境が変わりそうにないとみなくてはなりません。
国産材復活の契機になる?
輸入木材の高止まりが長期化する中で、存在感を高めているのが「国産材」です。地方によっては、地元産の木材と価格が逆転し、置き換えが進むような状況も生まれています。
木材自給率自体は、改善傾向にあります。林野庁調べによる2020年の自給率は41.8%となり、前年比較で4.0ポイント伸びました。11年から10年連続で上昇していて、40%台を回復したのは、48年ぶりのことです。ただ、主としてバイオマス発電に使う燃料用の需要増などが貢献したもので、用材(建築・木工などの素材)の国内生産量は、前年に比べて7.7%減っています。
戦後、低迷を余儀なくされた林業の復活の足掛かりになるのであれば、ウッドショックにも意味があったということができるでしょう。ただ、「国産材の安定供給・安定需要の確保に取り組むことを通じて、海外市場の影響を受けにくい需給構造を構築する」(21年度の政府「森林・林業白書」)ことができるのかどうか、先行きは不透明です。
まとめ
ロシアのウクライナ侵攻で、昨年来のウッドショックは「第2ラウンド」に入りました。ロシアへの経済制裁は長期化も予想され、世界的な木材ひっ迫が早期に改善される見通しは立っていません。世界の木材生産は回復に向かっているだけに、戦争の成り行き次第という状況が続きそうです。