夫または妻が亡くなってから「離婚」する人が、2020年度には3,000人超いました。実数はまだ少ないのですが、10年前に比べると倍近い増加になっています。離婚といっても、正確には自治体窓口への「姻族関係終了届」の提出を指すのですが、それにはどのような意味があるのでしょうか?今回は「死後離婚」のメリットや注意点などを中心に解説します。
「死後離婚」とは何か?
誰と「離婚」するのか?
通常の離婚では、配偶者だった人と「籍」が別々になります(どちらかの籍に入った人が、そこから抜けます)。しかし、「死後離婚」では、すでに配偶者本人はいません。では、誰と「別れる」のかというと、配偶者だった人の親族=「姻族」、具体的には義理の父母や兄弟姉妹などです。死後離婚とは、配偶者の死後に、姻族関係(親戚関係)を終了させる手続きの俗称です。
裏を返せば、離婚と違い、配偶者と死別しても姻族関係はなくなりません。関係を断ちたい場合には、「姻族関係終了届」を提出する必要があるのです。
増加の背景にあるもの
とはいえ、わざわざ死後離婚する意味は、どこにあるのでしょうか? 法的な意味を持つのは「義理の親の介護」で、恐らくこれが、近年件数の増えている最大の理由だと考えられます。
姻族関係が継続している場合、義理の親などと同居していれば、「扶助」しなくてはなりません(民法730条)。同居していなくても、家庭裁判所が「特別な事情」と認めると、「扶養義務」の生じる可能性があるのです(同877条)。仲の良い親子関係ならば問題ないでしょうが、姑にいじめられ続けたというようなケースでは、「夫の死後までそんな義務を負わされるのはまっぴらごめん」という気持ちになっても、おかしくありません。死後離婚の手続きをすれば、そのリスクから逃れることができます。
また、不仲だった配偶者とすっぱり縁を切って新しい人生を歩みたい、といった精神面でのニーズを満たすことも可能です。統計では明らかにされていませんが、夫の死後に妻だった女性がこの手続きを取る、というパターンが大半を占めているものと推測されます。
死後離婚の手続き
手続き自体は簡単で、本籍地または住所地の市区町村役場に「姻族関係終了届」(窓口備え付け)を提出すれば、それで死後離婚は成立します。その際、印鑑と運転免許証などの本人確認書類を持参してください。また、本籍地以外で手続きを行う場合には、戸籍謄本(全部事項証明書)が必要になります。
死後離婚に期限はなく、配偶者の死後、何年経過しても手続き可能です。また、姻族の同意は不要で、姻族に通知されることもありません。戸籍には「姻族関係終了」と記載されます。
死後離婚のメリットと注意点
死後離婚のメリット
あらためて、死後離婚のメリットをまとめました。
①義理の両親や兄弟姉妹の「扶養義務」から解放される
さきほど説明したように、法的な義務から逃れることができるのが、あえて手続きを行う最大のメリットといえるでしょう。
②姻族との関係が完全に終了する
姻族との付き合いが煩わしい場合には、死後離婚を宣言することで、それを断ち切ることができます。亡くなった配偶者の法要、墓の管理などからも解放されるでしょう。
③義理の両親との同居解消のきっかけとすることができる
姻族関係を切ることで、義理の親の介護はもとより同居の解消もしやすくなります。
④相続権や年金受給権に影響しない
「死後離婚すると、年金の支給額が減るのではないか」と心配される方がいるかもしれません。しかし、この手続きはあくまで配偶者の血族との関係を終了させるものですから、亡くなった配偶者の遺産を相続する権利や、遺族年金の受給権はそのままです。言い方を変えると、死後離婚したからといって受け取った遺産を返す必要はありません。遺族年金を受け取ることも可能なのです。
⑤戸籍はそのまま
死後離婚しても戸籍には影響しません。入籍時に苗字を変えていた場合、その苗字もそのままです。
死後離婚で注意すべきこと
一方、死後離婚には注意点(デメリット)もあります。
①一度届を提出すると取り消せない
何らかの理由で死後離婚を取り消そうと思っても、それはできません。安易に考えすぎてあとで後悔することがないよう、注意が必要です。
②子どもとの関係が悪化する
子どもが義父母などに対して、親とは違う感情を抱いていたりすることもあります。手続きの前にしっかり話をして、理解を得ておくのが無難でしょう。
③姻族との関係が悪化する
死後離婚しようと思うくらいですから、これは織り込み済みかもしれませんが、姻族関係終了届というのは、相手からみれば「絶縁状」に近いものです。例えば、亡き夫の墓参りや法要への参加は厳しくなる可能性が高いでしょう。
④戸籍は変わらない
死後離婚が戸籍に影響しないのはメリットでもありますが、そこからも離れて苗字も旧姓に戻したい…という人もいるでしょう。その場合には、市区町村役場に「復氏届」を提出する必要があります。手続きは、死後離婚と同時に行うこともできます。戸籍を外れても、遺産相続や遺族年金の受給が不利になることはありません。
⑤姻族関係解消には死後離婚が必須
反対に「復氏届」を出しただけでは、姻族関係は解消されません。法的な関係を断ち切りたいときには、「姻族関係終了届」が必要です。
子どもの血族関係は変わらない
もう1つ注意したいのは、子どもがいた場合には、自分は死後離婚で姻族と関係を断てたとしても、彼らと子どもの血族関係はそのままだということです。義理の親というのはもともと「他人」ですが、子どもにとっては血のつながった「おじいちゃん」「おばあちゃん」です。この関係は、親が死後離婚しても変わらないのです。
つまり、親が死後離婚しても、子どもの義父母に対する扶養義務などはなくなりません。一方で、親の死後離婚に関係なく、子どもは義父母の「代襲相続人」です。義理の親の相続になった場合、本来の相続人である子ども(死んだ配偶者)が先に亡くなっているため、その子ども(義理の親からみて孫)が、代わりに遺産を受け継ぐことになります。
まとめ
配偶者が亡くなった後、義理の父母や兄弟姉妹との法的な関係を断ち切るためには、「姻族関係終了届」を提出します。姻族の扶養義務などから解放され、相続や遺族年金の受け取りには影響しませんが、一度提出すると取り消せないことなどには注意が必要です。