将来の年金資産であるはずの「企業型確定拠出年金」(企業型DC)について、110万人を超える人の資産が運用されずに放置されている、という報道がありました。そのままだと、“塩漬け”どころか、月々発生する手数料によって、せっかくの老後資金が目減りしていくことになるそうです。なぜ、そんなことが起こっているのでしょうか? 運用を「再開」するために必要なこととは?
企業型DCとは、そもそもどんな制度なのかも含めて、解説します。
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資産の放置は、なぜ起こるのか?
件数、金額とも年々増加
報道によれば、国民年金基金連合会は、企業型DC(制度の概要は、後で説明します)について、2022年9月末時点で112万6,000人あまりの年金資産が放置された状態になっていることを明らかにしました。このように放置される企業型DCは年々増加していて、17年度末には約73万4,000人だったものが、21年度末には約108万3,000人(17年度末比47%増)、総額は2,587億5,200万円(同37%増)となっていました。
必要な手続きを怠ったために“塩漬け”に
それにしても、どうしてこのようなことが起こるのでしょうか? その原因は、「転職などの際に必要な手続きを行わなかった」ことにあります。逆に言えば、転職するときには、企業型DCの「移転手続き」も必要になるのです。移転の仕方は、転職先に企業型DC制度がある場合と、ない場合で異なります。
①転職先に企業型DC制度がある場合
積み立ててきた資産を、そのまま転職先の制度に移す(積み立てた資産をいったん現金化して、新制度に移換する)ことができます。具体的な手続きは、転職先の企業を通して行われることになります。
②転職先に企業型DC制度がない場合
転職先の会社にこの制度がない、再就職の予定がない、あるいは独立して個人事業主になる場合などには、「個人型確定拠出年金」(iDeCo)に資産を移すことになります。iDeCoは、希望者が自分で内容を決めて加入する年金システムで、ここに資産を移す場合には、希望する金融機関で口座を開設する必要があります。
iDeCoについては、「「iDeCo」を使って節税や老後の資金形成を考えてみませんか?」をご覧ください。
この手続きは、転退職後6カ月以内に行わなくてはなりません。これを怠ると、積み立ててきた資産は、国民年金基金連合会に自動移換されます。この状態が、説明してきた「企業型DCの放置」で、その人数が112万人を超えたということなのです。
そのままだとどうなる?
では、放置したままでいると、どうなるのでしょうか?
「確定拠出年金」というのは、拠出したお金を自分で運用する年金制度です。運用先は自分で決めることができ、将来、運用結果に応じた年金を受け取れる仕組みになっているわけですが、国民年金基金連合会に資産が移換されてしまうと、その後の運用は一切できなくなります。一定の要件を満たさなければ、脱退して現金を受け取ることも不可能です。
資産が増えないだけではありません。自動移換時に4,348円(特定運営管理機関への移換手数料3,300円・事務手数料1,048円)と、自動移換後4ヵ月経過後からは月に52円の手数料が発生することになり、大切な資産が目減りしていってしまうのです。
さらに、老齢給付金の受け取りが遅れるかもしれない、というデメリットもあります。確定拠出年金の老齢給付金は、原則として60歳になった時点で受け取れるのですが、加入期間が通算で10年未満だった場合には、加入期間に応じて、受け取り年齢が最長65歳まで(企業型DCの加入期間が1ヵ月以上、2年未満の場合)延びるからです。国民年金基金連合会に自動移換後は、確定拠出年金の加入期間にはカウントされません。
企業型DCとは? そのメリット・デメリット
企業型DCは、会社の福利厚生の一環として、従業員の将来の年金資産形成をサポートしようという制度です。後述するように、会社側、従業員側ともに税制面での優遇を享受できる一方、双方が気をつけたい点もあります。
企業が掛け金を拠出し、従業員が運用する
企業型DCは、企業が掛金を毎月積み立て(拠出)し、従業員(加入者)が自ら資産の運用(金融商品への投資)を行う制度です。従業員が自動的に加入する場合と、制度に加入できるかどうかを選択できる場合(選択型企業DC)があります。
運営管理は「運営管理機関」、運用は「資産管理機関」(いずれも金融機関)が行います。従業員個人は、「運営管理機関」が提示する運用商品のなかから好きなものを選択し、運用を指示します。そして、その指示に基づき、「資産管理機関」が個人別の資産の管理、運用商品の売買、給付金の支払いなどを行う仕組みです。
ちなみに、掛金は企業が負担してくれるものの、運用の結果はあくまで従業員の自己責任です。運用成績によって、将来受け取れる退職金・年金の額は変動することになります。
個人が拠出することもできる
掛金の額は会社での役職などに応じて決まるのが一般的です。ただし、掛金には次のような上限額が定められており、これを超えて拠出することは認められていません。
- 厚生年金基金、確定給付企業年金など他の企業年金がある場合→月額2万7,500円
- 他の企業年金がない場合→月額5万5,000円
また、企業の掛金に、従業員が掛金を上乗せする「マッチング拠出」という制度もあります。これにも上限があり、以下の2つの要件を満たす必要があります。
- 従業員が拠出する掛金の金額が、企業が拠出する掛金の金額を超えないこと
- 企業が拠出する掛金と、従業員が拠出する掛金の合計額が、掛金の拠出限度額を超えないこと
なお、企業型DCは導入しているものの、マッチング拠出の制度を採用していない企業もあります。
年金の受け取り方はいろいろある
従業員は、掛金をもとに、金融商品の選択や資産配分の決定など、さまざまな運用を行います。そして定年退職を迎える60歳以降に、積み立ててきた年金資産を「一時金」(退職金)、もしくは「年金」の形式で受け取ります。積み立てた年金資産は原則60歳まで引き出すことはできません。
「年金」で受け取る場合には、「確定年金」「終身年金」「分割取崩年金」の3つから選ぶことができます。
- 確定年金:一定の期間(5・10・15・20年から選択)で、一定の金額を受け取る
- 終身年金:一生涯にわたり(保証期間は5・10・15・20年から選択)、一定の金額を受け取る
- 分割取崩年金:一定の期間(5・10・15・20年から選択)で、運用を継続しながら積立金を取り崩して受け取る
「確定年金」と「終身年金」は、年金額を確定させたうえで、受け取ることになります。一方、「分割取崩年金」は、運用実績により受取額が変動します。また、もし「終身年金」の保証期間内に亡くなったら、保証期間中の年金は遺族が受け取れます。
企業型DCには税の優遇のメリットがある
企業型DCの大きなメリットは、次のような税の優遇措置があることです。
(1)掛金
会社が拠出した掛金は、福利厚生費として会社の経費となります。給与ではないので、社会保険料もかかりません。
一方、個人の側でも、給与とみなされないので、所得税・住民税、社会保険料がかかりません。同じ金額を給与としてもらった場合に比べ、実際の手取り額は加入期間が長くなるほど大きくなっていきます。マッチング拠出で個人が掛金を負担する場合、その額は所得控除の対象となり、所得税・住民税がかかりません(社会保険料はかかります)。
(2)運用
一般的な金融商品で運用を行った場合、利益には所得税+住民税で20%が課税されます。しかし、企業型DCでは非課税となっています。
(3)受け取り
さきほど述べたように、企業型DCに積み立てた資金は、年金か一時金で受け取ることができます。受取時には、どちらも所得控除を受けることができます。
「一時金」の場合は、「退職所得」として扱われ、積立の期間に応じて「退職所得控除」を受けることができます。退職所得は、「(退職金等の収入金額-退職所得控除額)×1/2」で計算されます。
一方、「年金」で受け取る場合は、「公的年金等に係る雑所得」として扱われ、「公的年金等控除」を受けることができます。この場合、所得は、「公的年金等の収入金額-公的年金等控除額」となります。
デメリットもある
このようにメリットの大きい企業型DCですが、デメリット、注意点もあります。
◆企業側
企業型DCでは、会社が掛金を拠出するため、当然のことながら、その資金を用意しなくてはなりません。また、運営管理機関への手数料などの事務負担をはじめとする運営コストが発生します。いったん制度を導入すると、簡単にやめるということはできませんから、入念な準備が必要でしょう。
また、制度の導入に当たっては、従業員に継続的に投資教育を実施する努力義務が課されています。定期的にそれを実施していく仕組み、体制を整えていくことが必要となります。
◆従業員側
税の優遇が受けられるといっても、運用実績が上がらなければ、十分な年金を得られない(場合によってはロスする)可能性もあります。資産の運用は自己責任ですから、リスクを十分理解したうえで、慎重に行うべきでしょう。
前半で述べ得たように、退職、転職の際に必要な手続きをしないでおくと、運用不可の状況になってしまいますから、要注意です。多くの場合、その事実を知らない場合に発生する問題なので、会社側にも、自社を離れる従業員に対する「説明責任」があるといえるでしょう。
「放置」に気づいたら
もし、この手続きをせずに「放置」していることに気づいた場合には、どうしたらいいのでしょうか?
最初の「移転手続き」のところで述べた、「転職先に企業型DC制度がある場合」には、国民年金基金連合会からの移換が可能かどうかを、転職先の担当者に確かめるようにしましょう。それ以外の場合には、iDeCoの口座を開設し、そこに移換する手続きを進めます。
まとめ
企業型DCの概要、そのメリット・デメリットを説明しました。特に退職、転職する際に、転職先の制度やiDeCoへの移換手続きが必要なことには、十分注意するようにしてください。万が一、「放置」された状況になっていることに気づいたら、早急に必要な手を打つようにしましょう。
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