少し前まで、同性カップルの相手を生命保険の受取人にすることはできませんでした。しかし、LGBTQ(性的少数者の総称)に対する理解の広がりを背景に、「受取可」とする保険会社が現れ、その数が増えています。法的に弱い立場にあるカップルにとって朗報ですが、注意点もあります。同性カップルと生命保険を中心に、気になるマネーについて解説します。
同性婚でも生命保険が「使える」ように
受取人になれなかった理由
生命保険は、被保険者(保険が掛けられている人)の生前に保険料を払い込み、その人が亡くなったとき、指定されていた受取人に保険金が支払われる仕組みです。受取人には誰でもなれるわけではなく、原則として「配偶者または二親等以内の親族(父母や子ども、孫など)」とされています。
このように受取人が限定されるのは、保険本来の目的とは異なる保険金詐欺などを防止するためにほかなりません。ところが、結果的にはそのことにより、同性カップルが相手を受取人に指定できない状況を生んでいました。
増加する同性パートナーOKの生命保険
その状況に風穴を開けたのが、2015年に東京都渋谷区、世田谷区で導入された「パートナーシップ制度」です。生計をともにする同性カップルの住民を「結婚に相当する関係」と認めるというもので、区から証明書を得ることで、例えば区民住宅の入居申し込みなどの行政サービスを受けられることになりました。
この動きに呼応して、同年、ライフネット生命が初めて同性のパートナーを受取人に指定することを可能にしました。その後、同様の取扱いをする保険会社は増加し、10社以上で同性パートナーを受取人とすることができるようになっています。
ちなみに、民間の調査によると、「パートナーシップ制度」の導入自治体は2022年10月時点で約240市区町村、「パートナー証明書」の交付件数は約3,400組となっています。
同性パートナーの相続
同性婚だと相続人にはなれない
生命保険の話の前に、同性パートナーの相続について、簡単に説明しておきましょう。
被相続人(亡くなった人)の配偶者は、法定相続人としてその残した遺産を相続することができます。しかし、同性のパートナーは法律上の配偶者には該当しないため、相続人になることはできません。そのため、相続の発生により、亡くなったパートナー名義の自宅が相続人のものになって明け渡しを求められたり、2人で協力して築いた財産がすべて相続人のものとなったり、といったことが起こり得ます。
この場合、被相続人がパートナーに遺産を渡す内容の遺言書を残せば、そうしたリスクは回避することができます。ただし、相続人には「遺留分」(相続人が最低限受け取れる遺産の割合)があることには、注意が必要です。例えば、被相続人の親が生きていれば、遺産の1/3は受け取る権利がある(侵害した部分について請求があれば、応える必要がある)わけです。なお、被相続人の兄弟姉妹には、遺留分はありません。
保険金は受取人固有の財産
一方、被保険者が亡くなって支払われる生命保険の保険金は、受取人に指定された人の固有の財産であり、遺産分割の対象にはなりません。たとえ被相続人が遺言書を残していなかったとしても、相続人の手に渡るようなことは起きないのです。ですから、同性パートナーを受取人とすることが可能になったことには、LGBTQの人たちなどにとって大きな意味があります。
とはいえ、言わずもがなのことですが、2人とも働いていて、とりあえず先々の生活に困らないだけの経済力があるような場合には、わざわざ保険料を支払って生命保険に加入すべきかどうかは、要検討です。その分、貯蓄や投資などに振り向けるという選択肢もありますから、将来の生活設計をよく考えてみる必要があるでしょう。
同性パートナーを生命保険の受取人にするメリット
それを踏まえたうえで、生命保険を活用することの主なメリットを挙げてみます。
1人になった後の生活保障
主婦(主夫)として相手を支えていた場合、先立たれた後の生活が大変になるのは、「夫婦」と同じです。まとまった保険金があれば、家の家賃や住宅ローン、老後の資金などに充てることができるでしょう。
相続税対策
被相続人の財産が、相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えると、超えた分に相続税がかかってきます。遺産額の多くを土地や家などの評価額が占める(=現金が少ない)場合、現金一括納付が原則の相続税の納付に困難をきたすかもしれません。生命保険の保険金は、その支払いに充てることができます。
「遺留分侵害額請求」への備え
さきほど述べたように、法定相続人には遺留分が認められており、それを侵害する遺言書が残されていた場合には「遺留分侵害額請求」を起こされて、やはり現金の支払いに困るケースも考えられます。保険金があれば、それに充当することができるでしょう。
この場合、受取人は親などの相続人ではなく、必ずパートナーにしておく必要があります。相続人に保険金が支払われても、相続財産の遺留分はなくならないからです。相続人が受取人になっていると、保険金に関係なく侵害額の請求を起こされる可能性が、ないとはいえません。
生命保険を活用する際の注意点
同性パートナーを受取人とする生命保険が増えたことで、生活不安などに対処できる手段が1つ広がりました。ただ、LGBTQの人たちに対する法的な面をはじめとする「不平等」は依然として残されており、保険を活用するうえでも注意すべきことがあります。
契約条件は保険会社によって異なる
同性パートナーを受取人とできない保険会社も、当然あります。また、受取人にできても、一定の同居期間などが条件になる場合もあります。保険契約に際してパートナーシップ証明書が必須の保険会社もあれば、特に必要としないところもあるなど、契約の条件は一律ではありません。
これはLGBTQの人に限りませんが、健康状態に問題がある場合には、契約を断られる可能性が高くなります。ゲイに多いHIV陽性の人や、ホルモン投与を受けているトランスジェンダーの人などは、健康リスクを理由に契約を結べないこともあるでしょう。
生命保険料控除が受けられない
生命保険の保険料は年末調整や確定申告の際に生命保険料控除の対象になるのですが、それは親族が受取人の契約に限られます。同性パートナーが受取人の場合には、この控除が受けられず、所得税と住民税が軽減されることはありません。
保険金の受け取りにもハードルがある
被保険者が亡くなって保険金を受け取るためには、医師の死亡診断書が必要です。ところが、同性パートナーの場合、この診断書の取得に苦労することがあるという問題が存在します。医療機関が死亡診断書の発行対象者を、配偶者や子どもなどの親族やその代理人に限定している場合が多いためです。
中には、パートナーシップ証明書を提出することなどにより、診断書が受け取れる医療機関もあります。また、保険会社の側もこうした事情を認識していて、例えば診断書のスムーズな取得のために医療機関への働きかけといったサポートを行う、とうたう会社もあります。契約の際に、そうした点についてもしっかり確認するのがいいでしょう。
相続税が高額になる可能性がある
「保険金は受取人固有の財産」といいましたが、相続税の課税対象になることは、頭に入れておきましょう。しかも、親族が受け取る場合に比べると、課税の基準が厳しくなります。
生命保険の保険金には、「500万円×法定相続人の数」という相続税の非課税枠があります。例えば相続人が3人いれば、1,500万円までは相続税がかからず、それを上回った金額が課税対象になるのです。しかし、同性パートナーは法定相続人ではありませんから、この非課税枠は使えません。受け取った保険金の全額が、相続税の課税対象とされます。
非課税枠のある生命保険は、現金で相続させるよりも有利なため、相続税対策として使われることもあります。同性パートナーの場合、相手のために活用できる生命保険は増えたものの、そうした税制面でのメリットは期待できないのです。
相続税について付言しておけば、配偶者には、相続した遺産の「1億6,000万円まで」と「法定相続分相当額」のどちらか多い金額までは相続税がかからない税額の軽減制度があります。法律上の配偶者ではない同性パートナーは、これも適用外です。
まとめ
以前は「不可」だった同性のパートナーを受取人に指定できる生命保険が増えました。生活資金や相続税の支払いなどに不安のある場合には、活用を検討してみてはいかがでしょうか。ただ、契約条件やサポート体制などには、会社によって違いもあります。加入の際には、自分たちのニーズに見合ったものなのか、しっかり検討するようにしましょう。