事業拡張で手狭になったり、より便利な場所が見つかったりで現在の本社(本店)を移転する場合、法人における個人との違いとして、移転時にさまざまな手続きが求められることが挙げられます。
ここでは「本店移転登記手続」について、登記が求められる理由や登記を怠った場合のペナルティ、登記申請の方法などを解説します。
本店移転は「変更登記」が必要!
株式会社からNPO法人に至るまで、「法人」と名のつく団体は設立時に登記をしなければならず、また、設立時の登記記載内容に変更が生じればその旨を管轄の法務局へ申請する必要があります。
まずは法人登記(商業登記ともいいます)の意義からなぜ変更登記が求められるかを理解しておきましょう。
そもそも法人登記とは?
法人登記は、人に例えれば戸籍のようなもので、登記簿を見ればその会社がいつ設立され、どこに本社があり、代表は誰か、などということが分かるようになっています。登記することで「法人格」を与えられた会社などの団体(以下「会社」)は、普通、人でなければできないさまざまな法律行為(契約を交わす、融資を受けるなど)を、代表者ではなく法人を主体として行えるようになるのです。
先ほど「戸籍」と書きましたが、実は法人登記簿と戸籍とは大きな違いがあり、登記簿は申請さえすれば誰でも手に入れられるのです。法人登記の目的は会社の情報を公開することで自社の信用性を維持することと、取引先への信頼性の確保、すなわち我が国における取引の安心・安全を担保することにあるからです。
なお、法人登記には法人の目的、商号、本店支店の住所、株式会社の場合は株式に関する定め、代表者の氏名及び住所などを記載しなければならず(会社法第911条3項)、申請時にはそれらを証明する書類が求められます。
「本店住所」は登記記載事項なので変更登記が必要
日常生活では引越しをした場合、友人知人など付き合いのある人に転居案内を送れば済みますが、法人の場合は取引先等への直接案内に加え、法務局で住所変更登記をしなければなりません。先述したように登記簿の信用性を担保して取引の安全を確保するために、登記の重要記載事項に変更が生じた場合は速やかに変更登記をすることが求められるからです。
「本店(支店も)住所」が移転して、現在どこにあるか分からないなどということはあってはならないことです。そこで本社移転後2週間以内に変更登記をすることが法で定められています。(会社法第915条)
移転登記をしなかったら罰則がある?
法で定められた期限内に本店移転などの変更登記をしないことを「登記懈怠(けたい:法律上の実施すべき行為を行わず放置すること)」といいます。登記懈怠が日常化すると法人登記制度の根幹を揺るがすことになりかねません。
そのため会社法976条において、登記懈怠は「100万円以下の過料」に処されると定められています。しかし具体的にどれくらいの懈怠でいくら程の過料となるのかや過料を処す期限などには明確な基準がありません。
実務においては2カ月ほどの懈怠であればまず過料が課されることはないと言われる場合があります。しかし、だからと言って絶対大丈夫という訳ではありません。逆に1年以上の懈怠でも過料なしの場合もあるようです。過料の額についても、一般的には懈怠期間の長さに比例して増えると言われていますが、確実ではない点に注意しましょう。
したがって、大切なことは懈怠に気づいた時点で速やかに移転登記を申請することです。
登記懈怠は、特に小規模の会社では意外とありがちで、法務局も慣れています。懈怠しているからといって申請できなくなるわけではないので、法務局に相談し、指示に従って申請を進めていきましょう。
移転登記は自分でもできる?
会社の設立登記は定める事項が多くなかなか大変ですが、本社の移転登記だけであれば経営者自身で行うことも可能です。以下に手続きの流れを解説します。
まずは必要書類を揃える
最初に自社の定款の、「本店」に関する記載をチェックしましょう。本店の所在地を「○○県○○市に置く」と記載しており、同市内で移転するのであれば定款変更は不要です。
本店所在地を番地まで記載していたり、他の市町村に移転したりする場合は、まず定款変更が必要です。定款の変更は株主総会の特別決議可決を経て可能となります。次に、本社移転については取締役会の決議で諮(はか)ります。(取締役会非設置会社は取締役過半数の賛成で可決)
以上の決議がまとまれば、決議内容を記載した株主総会議事録、取締役会議事録を作成します。
また、株主総会が必要な場合は株主リスト(株主の氏名や議決権数などを代表取締役が証明する書類)も作成しておきましょう。
なお、本店移転登記にかかる登録免許税は3万円です。
オンラインか書面送付で申請する
前項の書類が整えば申請書を作成し、オンラインか管轄法務局へ書面送付のいずれかの方法で申請を行います。
オンラインで登記申請を行うには、事前に「登記・供託オンライン申請システム」にて申請者情報を登録し、申請用総合ソフトをインストールしておく必要があります。また、マイナンバーカードもしくは商業登記電子証明書を持っていることが必要条件です。
オンラインの場合、申請はデータ送信で、登録免許税納付は電子納付で行います。
従来の書面送付の形でももちろん構いません。
具体的な書き方は以下の図をご参照ください。
- 「1.登記すべき事項」の部分に本店の新たな所在地と、移転の年月日を記入します。
- 登録免許税を収入印紙で用意し、別紙に貼付します。
添付書類と共に管轄法務局に郵送します。なるべく書留で送るようにしましょう。
なお、個人で申請を行うと、慣れていないことから修正等の連絡が入る可能性があります。くれぐれも連絡先の電話番号の記載を忘れないよう注意しましょう。
ちなみに、移転先が現在の本店所在地の管轄法務局外になる場合は、旧管轄法務局、新管轄法務局の双方に移転登記申請をする必要があります。登録免許税も2通分、計6万円となります。
面倒なら専門家に頼もう
本社の移転時はただでさえ忙しいものです。登記申請まで手が回らず後回しになった結果懈怠になってしまっては本末転倒です。手続きが面倒であれば登記の専門家である司法書士に依頼して申請を代行してもらうのも手です。
特に問題がなければ設立登記の時に依頼した司法書士でいいでしょうし、許認可や労働規則の関係で付き合いのある行政書士や社労士がいれば、そこから紹介してもらえることもあるでしょう。
司法書士への報酬はだいたい3万円前後であることが多いようです(自由報酬制なのであくまでも目安です)。
本社移転で登記以外に必要な手続き一覧
本社移転は引越しと変更登記だけで済むわけではありません。
他にも必要な手続きが多くあります。
- 税金関係…法人として納めている国税、都道府県税、市町村税の法人住所が変わるため、それぞれ管轄の税務署、都道府県税事務所、自治体へ届け出る必要があります。
- 保険関係…健康保険、厚生年金保険の宛先が変わるため年金事務所へ、労働保険は移転後の管轄労働基準監督署へ届出をします。移転先の公共事業安定所へも届出が必要です。
- 金融機関や郵便局にも忘れず届出をしましょう。
その他、業種によりさらに届出が必要な場合もあります。
例えば許認可が必要な業種のうち、建設業者であれば都道府県などの許可者にも届出が、宅建業者であれば加えて所属している保証協会にも届出をしなければならない…といった具合です。
まとめ
本店住所を移転したにもかかわらず変更登記を懈怠していた場合、過料に処される恐れがあることに加え、登記された場所に本店がないことで取引先からの信用を失う可能性があります。
また、税金関係の届出など、移転登記が完了した登記簿が必要なことが多いため、結局他の手続きも滞ってしまうことになります。
本社を移転させる際には、くれぐれも事前の準備を怠らず、速やかに変更登記を完了させることが大切です。