日銀が「マイナス金利」を解除 「異次元の金融緩和策」の転換が暮らしに与える影響は | MONEYIZM
 

日銀が「マイナス金利」を解除 「異次元の金融緩和策」の転換が暮らしに与える影響は

この記事の監修者
吉田健司税理士事務所 代表 吉田 健司(税理士・CFP)

日本銀行は今年3月、2016年1月に導入以来、「異次元の金融緩和策」の柱となってきた「マイナス金利政策」を解除しました。デフレ脱却に向けて堅持してきた大規模な金融緩和政策の見直しに舵を切ったことから、連続して金利引き上げに動く可能性も指摘されましたが、翌4月の日銀政策決定会合では、「当面、現状維持」の方針を打ち出しています。今後予想される金融政策の方向性、それらが私たちの生活に与える影響について考えてみます。
 

※記事の内容は2024年5月2日時点の情報を元に作成したものであり、現在の内容と異なる場合があります。

大規模金融緩和政策見直しの背景

そもそもマイナス金利とは

日銀がマイナス金利の解除を決めた、というニュースはご存知だと思います。でも、金利が付かない「ゼロ金利」ならわかりますが、「マイナス金利」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
 

今回変更されたのは、「日本銀行が一般の金融機関の預金に対して設定していた金利」(政策金利)の一部です。私たちは一般の金融機関に預金口座を作り、お金を預けたり引き出したりします。同様に民間金融機関は、日本銀行にそれぞれの口座を持っていて、そこに預金者から預かったお金を預金しているのです。例えば、私たちが自分の口座から他行宛の振り込みを行った場合、その資金決済は、この日銀の口座間で行われます。こうした機能があるため、日銀は「銀行の銀行」ともいわれます。
 

マイナス金利となっていたのは、日銀が金融機関から預かる当座預金の一部で、具体的には金利マイナス0.1%となっていました。通常、金融機関にお金を預ければプラスの利子が付きますが、マイナスなので、逆に預けていればいるほど預金が目減りしていくことになります。
 

なぜわざわざそんなことをしたのかといえば、「日銀に預金をすると損になる」環境をあえてつくることで、金融機関が積極的な融資や投資を行い、世の中にお金を回すように促すためでした。1990年代初めのバブル崩壊以降、日本は長引くデフレ経済(不況で需要が減退し、物価が下落していく状態)に苦しめられました。そうした状況からの脱却を目指して、日銀は2013年4月から大規模な金融緩和政策(異次元緩和)を開始し、市場に出回るお金の量を意図的に増やして、経済を温めようとしたわけです。マイナス金利の導入は、その主要政策の1つでした。

記事監修者からの一言
2013年3月に就任した日銀の黒田東彦総裁が導入した大規模な金融緩和政策は、「黒田バズーカ」と呼ばれる異次元の金融緩和政策でした。黒田総裁は物価上昇率を2年程度で2%に引き上げると宣言しましたが、この目標を達成できないまま、政策は形を変えながら長期化していきました。
吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司

日銀の背中を押した大幅賃上げ

マイナス金利導入後、狙い通り、企業への貸し出し金利や住宅ローン金利が大幅に低下しました。しかし、肝心の物価の上昇になかなか結びつかないばかりでなく、金融機関の収益が圧迫されるといった副作用も強く意識されるようになりました。
 

そもそもアベノミクスの看板だった今回の異次元緩和は、当初から日本経済回復のための“カンフル剤”の位置づけ。できるだけ早くデフレ脱却の目標を達成し、「出口」に向かうことを織り込んだものだったのです。ところが、過去にも何度かマイナス金利の解除にチャレンジを試みたものの、なかなか環境が整わずに持ち越されてきた経緯がありました。
 

日銀が掲げた目標は、インフレ率2%の達成でした。今も述べたように、政策の成果ではないのですが、原材料価格の高騰という外的要因により、2021年後半から日本経済はインフレ基調に転じました。現在、インフレ率は日銀目標を上回るレベルで推移しており、2026年までは2%程度を維持することが見込まれています(2024年4月公表の日銀「展望レポート」)。
 

また、3月15日に連合が公表した2024年春闘の回答は、平均賃上げ率5.28%と、33年ぶりに5%を超える高水準となりました。日銀は、ようやく物価と賃金の持続的な上昇が可能になったと判断し、満を持して従来の大規模金融緩和政策の転換に踏み出したのでした。

記事監修者からの一言
この春闘の結果を受け、日銀は2024年3月の金融政策決定会合で、8年余り続いたマイナス金利政策の解除を決定しました。黒田東彦前総裁が始めた異次元の大規模金融緩和から「普通の金融政策」への移行が始まったといえます。短期政策金利を0〜0.1%のレンジに設定し、実に17年ぶりの利上げに踏み切るとともに、長短金利操作(YCC)も撤廃しました。2023年4月に就任した植田和男総裁は、就任から1年も経たないうちに金融正常化への一歩を踏み出しました。
吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司

マイナス金利解除が与えた影響

マイナス金利解除の可能性が高まった頃から、住宅ローン金利が跳ね上がるのではないか、といった政策変更の暮らしへの影響に注目が集まりました。実際にはどうだったのか、総括しておきましょう。

銀行の預金金利が上昇

政策変更にビビッドに反応したのが、民間金融機関の金利でした。マイナス金利が解除された翌営業日に当たる3月21日には、みずほ、りそな、横浜、北海道などの各銀行が、一斉に普通預金金利の引き上げを発表しました(三菱UFJ銀行はそれ以前に発表済み)。いずれも、従来の0.001%から20倍の0.02%に改定しています。これ以外の金融機関や定期預金についても、軒並み引き上げられています。
 

大手銀行は、マイナス金利政策が導入された2016年の2月に、普通預金の金利を0.02%から0.001%に引き下げていましたから、今回はそれを元に戻した形です。なお、3大メガバンクが普通預金の金利を引き上げるのは、日銀が前回利上げを行った2007年以来17年ぶりです。
 

利息が増えるのは、預けている側にとってはありがたいこと。ようやく「ゼロ金利」から「金利ある世界」に戻ってきた、という見方もあります。ただ、金利が20倍になったといってもわずか0.02%。残念ながら、現状では利子所得が目に見えて増加する状況にはないようです。
 

あえて注目するとすれば、定期預金の金利でしょう。マイナス金利の重しが外れたことで、今後は金利設定に関する銀行間のスタンスに差が出るのでは、という指摘もあります。預金者が各銀行の金利を見比べて選択できる可能性が広がるかもしれません。

「変動型」の住宅ローン金利には影響なし

注目された個人の住宅ローン金利への影響ですが、全体の7割以上が利用する「変動型金利」は、マイナス金利解除後の4月適用分は各銀行とも「変動なし」でした(三井住友信託銀行は引き下げ)。4月末に発表された5月適用金利についても、全行が据え置いています。
 

変動型の住宅ローン金利は、短期プライムレート(金融機関が優良企業に貸し出す際の「最優遇貸出金利」のうち、1年以内の短期貸出金利=短プラ)に連動します。各銀行は、マイナス金利解除を受けても短プラを据え置く方針を決めたため、住宅ローン金利も上がることはありませんでした。
 

短プラの決定要因は明確にされていませんが、今回のマイナス金利解除に短期金利を引き上げるほどのインパクトはなかった、ということはいえるでしょう。ちなみに、1.475%という現行のレートは、2009年1月以来変化がなく、2016年のマイナス金利の導入時にも変わりませんでした。
 

一方、日銀がマイナス金利の解除とともに長期金利を抑える「イールドカーブ・コントロール政策」の終了を決めたこともあり、長期金利は上昇傾向にあります。このため、「固定型」の住宅ローン金利については、各行が引き上げに動きました。

今後の注目は「追加利上げ」

さらに利上げがあれば、影響は拡大

説明してきたように、3月に行われたマイナス金利の解除による生活への影響は、極めて限定的なものでした。ただし、今回の政策変更で異次元の金融緩和状態に終止符が打たれたわけではない、ということは正確にみておかなくてはなりません。国際的にも現状の日本の金利は依然として低い状態にあり、正常な「金利ある世界」に戻る“出口の入口”にいる、というのが実情といえるのです。
 

ですから、今後、日銀がさらなる政策金利の引き上げを目指すのは、間違いありません。実行されれば、預金利息のアップが見込めるのと裏腹に、さまざまな利払いの負担が増加することになるでしょう。
 

日銀によるこれ以降の金利引き上げは、短プラの上昇に直結するものと思われます。そうなれば、変動型住宅ローン金利は上昇に転じる公算大。やはり短プラがベースとなる企業向けの貸し出し金利が上がる、といった事態も予想されます。
 

もちろん、追加利上げの前提には、景気や賃金が安定的に上向いている、という判断が必要です。利上げの時期や規模を誤れば、再びデフレ不況に後戻りするリスクもあるからです。日銀は、今後国内経済の動向をにらみながら、“次の一手”の機会をうかがっていくことになります。
 

ちなみに、4月末に開かれたマイナス金利解除後初の金融政策決定会合では、「政策金利は据え置き」となりました。

「歴史的円安」も変動要因に

実は今後の日銀の判断に影響しそうな要因が、もう1つあります。「歴史的」といえるレベルに進んだ為替の円安です。
 

2023年の後半に、一時1ドル=150円の壁を突破した円相場ですが、今年4月末には同160円超まで下落する局面がみられるなど、まさに「異次元の円安」が進みました。こうした状況の主因とされるのが、「日米の金利差」です。投資家が安い金利で取得した円を売り、投資に有利なドルを買う動きを強めた結果、両者の需給関係から円安・ドル高が加速したのです。
 

アメリカの高金利は、ポストコロナの好景気による高いインフレ率の頭を押さえるため、同国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が、日本とは異なり高金利=金融引き締め政策を維持しているのが理由です。こちらは、2022年3月以降、段階的に引き上げてきた政策金利の引き下げのタイミングを計っている段階ですが、5月1日に6会合連続の「据え置き」を決めるなど、先は見通せない状況です。
 

3月の日本のマイナス金利解除は、いうまでもなく日米の金利差を縮める方向の施策でした。実際、決定直後には、一時的に円高に振れる局面もあったのですが、その勢いは長続きしませんでした。アメリカの状況も踏まえ、市場が「両者の金利差が一気に縮まることはない」と判断したからです。4月の日銀金融政策決定会合で「金利据え置き」が決まると、円安がさらに加速する結果となりました。
 

円安は、日本が輸入に頼るエネルギーや食料品などのコストアップにつながり、このところの物価高の要因の1つとなっています。今後、行き過ぎた状態が長引けば、物価に与える影響はいっそう無視できないものになるでしょう。物価上昇率が日銀の「展望レポート」を大幅に上回って推移するようなことになった場合には、追加利上げの動機になるかもしれません。

記事監修者からの一言
日銀の植田総裁は4月の金融政策決定会合後の記者会見で、円安による一時的な物価上昇には金融政策で対応しないと説明し、これが円安を加速させる要因となりました。しかし、同時に円安が賃金上昇を通じて持続的な物価上昇につながる場合には政策判断に影響するとの考えも表明しましたが、市場では『円安容認』と受け止められる結果となりました。これは中央銀行のコミュニケーション戦略の難しさを示しているといえます。
吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司

まとめ

日銀が3月に行ったマイナス金利の解除は、短期プライムレートの引き上げにはつながらず、国民生活への直接的な影響はほとんどありませんでした。ただし、中長期的には政策金利の追加利上げは必至で、その際には住宅ローン金利などへの波及が予想されます。今後、ほぼ月一ペースで開かれる日銀の金融政策決定会合にも注目です。

記事監修者 吉田税理士からのワンポイントアドバイス

4月の金融政策決定会合では、市場の予想を上回る金融緩和的なメッセージが発信され、市場に大きな影響を与えました。日銀は、マイナス金利解除後の経済と物価の動きを注意深く見極めながら、金融政策の調整を慎重に進めていくとみられます。
今後の金融政策決定会合では、物価見通し、為替市場の動向、そして賃金上昇の持続性が注目されるでしょう。金融政策決定会合は、日本の金融政策を決める重要な場であり、その決定は金融市場や経済全体に大きな影響を与えます。金利のある時代が到来したことは、デメリットだけでなく、家計の利子収入が増えるといったメリットも生み出します。
こうした変化に対応するためには、今後も日銀の金融政策決定会合に注目していくことが重要です。

マネーイズム編集部
この記事の監修者
吉田健司税理士事務所 代表 吉田 健司(税理士・CFP)
東京国税局で主に法人税調査に27年間従事した後、独立。税理士としてクライアントに直接対応し、個々の状況に合わせて共に問題を考え、解決策を見出すことを大切にしています。また、金融機関に属さない独立系ファイナンシャル・プランナーとして、完全中立の立場でアドバイスを行っています。

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