親切心がアダとなる?安易に債務免除を行うことによるリスク
事業を営んでいると、貸付金を回収できないケースが発生します。相手との関係によっては無理に取り立てることなく、返済しなくてかまわないと言ってあげたくなることもあるでしょう。しかし、その親切心により、かえって相手に税金の面で迷惑をかけてしまうことがあります。今回は、そのような事例について解説します。
債務免除は相続対策に有効、でも実行は慎重に!
相続対策をする際に債務免除を検討する理由
会社を経営するにあたり運転資金が不足してしまい、オーナー社長の個人資産を会社に貸し付けることはよくあります。その後、会社の業績が好転して社長からの借入金を返済できればいいのですが、なかなか思うように業績が上がらず、社長からの借入金が積み上がってしまうケースがあります。
社長が若いうちは「いつか業績が好転したら返してもらおう」と気長に構えればいいですから、あまり問題になりません。しかし、社長が高齢になり、相続対策を考え始めた場合には、この社長からの借入金の解消が大きな課題となってしまいます。なぜなら、もし社長が会社に貸し付けたお金の返済を受けることなく亡くなってしまった場合には、その貸付金は相続財産として課税されてしまうからです。
特に創業者のオーナー社長の場合、長年に渡って会社に貸し付けた資金が積もり積もって多額になっているケースが多く見受けられます。社長が亡くなった後に会社が相続人に借入金を返済できればいいのですが、実際には返済できないケースが多いため、事前に対策をしないと価値のない債権に対して相続税が課税されてしまう、つまり相続税の払い損になってしまいます。最悪の場合、現金をあまり相続できずに相続税が払えない事態もおこり得ます。
最も優れた解決策は社長の毎月の給与を減額して、その分借入金を定期的に返済する方法です。会社、社長ともにデメリットがないどころか、社長の給与が減ることで所得税や住民税、社会保険料が減少しますから、可能であれば是非この方法をおすすめします。
社長が病気や高齢などの理由で時間がなく、毎月返済する方法では間に合わない場合には、より早く貸付金を精算する方法を検討しましょう。いくつかの方法が考えられますが、そのうち有力なのは債務免除、つまり社長が会社に対して「自分が貸し付けたお金は、もう返さなくていいよ」と言ってあげる方法です。
債務免除により、会社に対して社長がもつ多額の貸付金を減少させることができますが、会社の利益に与える影響を検討した上で行わないと思わぬデメリットが生じてしまいます。
税金は待ったなし!債務免除に課税されることに注意!
会社が債務免除を受けた場合、本来は返済しなければならない金額を返済しなくて済んだのだから儲けもの……というわけで、債務免除された金額が会社の利益になってしまいます。その事業年度に大きな赤字が生じていたり、以前から繰り越されている赤字の繰越欠損金が十分にあればいいのですが、そうでなければその事業年度に多額の利益が生じてしまい、思わぬ税金を負担しなければならなくなってしまいます。
社長からの借入金の返済はいくらでも待ってもらうことができますが、税金は必ず待ってもらえるとは限りません。無理な税負担が生じないことを確認してから債務免除を行わないと、納税により会社の資金繰りが悪化してしまい、最悪の場合には黒字倒産に繋がりかねませんから十分な注意が必要です。
また、「みなし贈与」にも注意しましょう。大きな借金をしている会社の借金を帳消しにすると、会社の株式の価値が急激に上昇します。社長がすべての株式を持っていれば問題になりませんが、もしご家族が会社の株を持っている場合、社長が債務免除をしたことでご家族がもつ株式の価値が上がった、つまり社長からご家族への間接的な贈与だと税務署に指摘され、贈与税を支払わなければならなくなることがあります。
個別の事情によっては何年かに分けて債務免除をしたほうがよい場合もありますから、事前に専門家に相談したほうがいいでしょう。
子会社への債務免除は慎重に!本当に債務超過!?
子会社への債務免除は損金にならない!?貸し倒れと寄付金の大きな違い
親会社が子会社に対して資金を貸し付けている状況で子会社の経営状態が悪化してしまい、返済を受ける見通しが立たなくなってしまうことがあります。子会社の経営を立て直すために親会社が貸付金を放棄しようと考えるケースもありますが、その際は親会社にとって必ずしも税法上の損金とはならないことに注意が必要です。
子会社が倒産してしまった場合や、それに近い状態であれば貸し倒れとして損金に算入できます。また「経済的利益を供与する側からみて、再建支援等をしなければ今後より大きな損失をこうむることが明らかな場合や子会社等の倒産を回避するためにやむを得ず行うもので、合理的な再建計画に基づく場合など、その再建支援等を行うことに相当な理由があると認められる場合」には全額を損金に算入することが認められます。
しかし、倒産に近い状態だったり、この条件に該当すると認められるハードルはかなり高いこともあるため、専門家によりきちんと準備した上で債務免除を行わなければいけません。万一、税務署が貸し倒れや上記の再建支援に該当しないと判断した場合、債務免除した金額は寄付金とみなされてしまいます。
一事業年度に損金とできる寄付金には上限がありますから、それを超えた金額は損金にできず、思わぬ課税を受けることがあります。
また、債務免除を受けた子会社に益金が発生することや繰越欠損金を活用できることについては、上記の相続対策のケースと同様です。
国税局への事前照会を有効活用しましょう
子会社への債務免除が貸し倒れとして損金算入されるのか、それとも寄付金として一部を除き損金算入されないのかによって、親会社の納税額が大幅に変わる上に、個別の事情により結論が異なりますから判断に悩んでしまいます。
国税庁は平成17年3月10日より、各国税局に相談窓口を設置して、子会社への債務免除が貸し倒れと認められるのかどうかという質問に対して事前の相談にのってくれる制度を整備しています。
この問題に限らず、税金を処理する際に納税者はもちろん税理士でも判断に悩む事例に直面することがあります。税務署の判断によって結論が大きく変わるような事案では、税理士とともに事前に税務署に相談することを強くおすすめします。
お礼奉公は時代遅れ?税務と労務の微妙な関係
税務上は規制緩和、非課税範囲が拡大中
以前は従業員が職務上必要な技能を習得するための講習費用、または高専・大学以外の学校へ通う場合の就学費用を会社が負担する場合にのみ、福利厚生費として処理することができました。また、その際は従業員が会社から学費相当額の利益を受けているにもかかわらず、従業員の所得税も非課税でした。
看護師の慢性的な人手不足に悩む病院では、以前から看護学校の入学者に対して病院が奨学金を貸し付けて、卒業後は病院に一定期間勤務することで奨学金の返済を免除する、いわゆるお礼奉公型の奨学金が見受けられます。高校の一種で受験資格を得られる准看護師になるための費用援助は上記の規定により福利厚生費として処理することができ、従業員の学費相当額の所得税も非課税でした。
しかし、大学や高専に相当する学校を卒業しないと受験資格を得られない正看護師になるための費用援助は上記の規定に該当しません。したがって、規定の期間の勤務を終え、奨学金の返済免除が確定した年に従業員に多額の課税がされるとともに、福利厚生費として処理することができないという問題がありました。
しかし、平成21年の年末に国税庁が判断を変更したことで、正看護師になるための費用援助も福利厚生費として処理することができるようになるとともに、従業員の学費相当額の所得税も非課税とされることとなりました。
また、平成28年の税制改正により、さらに学資金の非課税範囲が拡大しました。したがって、積極的にお礼奉公型の奨学金制度や学資金を提供するなど、会社が従業員のスキルアップに資金を提供できることとなりました。
労務上はリスク拡大!?親切心がトラブルを招くかも……
一方、親切のつもりでお礼奉公型の奨学金制度や学資金を提供したことが労働法上のトラブルを招いてしまうかもしれません。
会社が従業員のスキルアップに資金を提供する場合、スキルを習得した直後に退職されてスキルを自社で活用しないという事態を避けるために、「卒業後何年以内に退職した場合には提供した学資金を返還すること」などの条件が付されることが一般的です。
しかし、労働法上は通常の労働者の場合には3年、法律により定められた専門職の場合には5年を超える労働契約期間を定めることができません。また、従業員が退職する場合の違約金や損害賠償の条件や金額を事前に定めておくことは労働基準法第16条により禁止されています。
スキルアップに資金を提供する際に条件を付す場合、内容によってはこれらの規制に抵触し、無効とされるリスクがあります。制度を整備するにあたり、事前に社労士に相談しましょう。
まとめ
金銭を貸し付けている相手との関係によっては、気軽に「あのお金、返さなくていいよ!」と言ってしまうケースもあるかもしれません。しかし、気前よく債務免除をしたつもりが結果として相手に金銭的な迷惑をかけてしまうこともあります。債務免除をする前に、本当に相手のためになるのかどうか検討したほうがいいでしょう。
早稲田大学商学部に在学しながら会計事務所に勤務、その後経営学修士を取得し、記帳代行業・海事代理士業を営む。
自分自身が個人事業主・同族企業の会社役員として法人税・所得税・消費税・相続税を「自分ごと」として日々取り扱っている経験をいかし、皆様にとって有意義な情報をご提供します。
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