【贈与税 後編】2024年から大きく変わる贈与税。
課税の仕組みを理解して、有利な生前贈与を
福武由利子税理士事務所 代表 福武由利子氏 実質増税となる暦年課税
――それでは、2024年から贈与税がどう変わるのかについて、暦年課税からうかがっていきたいと思います。
福武 実は、暦年贈与ができる期間は、無制限ではありません。相続税に「生前贈与加算」という制度があって、現行では被相続人(亡くなった人)の相続開始前3年以内に譲られた財産は、贈与とはされず、相続財産に加算されることになっています。相続が近づいてからの駆け込みの「相続税逃れ」を防ぐのが目的で、110万円の基礎控除を超えているか否かなどは、関係ありません。これを、相続税の「持ち戻し」といいます。
――その期間については、例えば基礎控除の範囲で贈与を行っていても相続財産に持ち戻され、結果的に相続税が課税されるかもしれないわけですね。
福武 そうです。節税という点からすると大きなマイナスなのですが、2024年からは、この持ち戻しの期間が、3年から7年に延長されるのです。正確には、延長された4~7年に受けた贈与のうち、総額100万円までは持ち戻しされないことになっているものの、暦年贈与をしている、あるいは始めようと思っていた人にとっては、実質増税の制度変更といっていいでしょう。
――歴年課税による贈与のメリットは、かなり損なわれることになりそうです。
福武 ケースバイケースだとは思いますが、使い勝手が悪くなるのは確かです。逆に言えば、節税のメリットを得たいと思ったら、今まで以上に早く贈与を始めることが重要になりますよね。理屈のうえでは、相続開始から7年より前に贈与を終えれば、問題なく基礎控除を使えるわけですから。
相続時精算課税は、メリット拡大
――歴年課税による贈与のメリットは、かなり損なわれることになりそうです。
福武 そうですね。制度がややわかりにくいのと、歴年課税の基礎控除のように「税金ゼロ」にはならず、結局相続の際に課税される可能性がありましたから、メリットを実感しにくいということもあったと思います。
ただ、こちらは2024年から、納税者に「有利」な制度変更が行われます。毎年110万円までの贈与には課税されない、基礎控除が新設されるんですよ。
――相続時精算課税にも、「税金ゼロ」の仕組みが導入されるわけですね。
福武 しかも、暦年課税と違って、生前贈与加算はありません。相続開始の直前まで、年間110万円の贈与が非課税になるわけです。その結果、同じ金額の贈与を行う場合に、歴年贈与よりも相続時精算課税を使ったほうが、贈与税、相続税のトータルで節税になるケースが増えるのは、間違いないと思います。
――今まであまり一般的ではなかったけれど、特に多額の贈与をしたいという場合には、検討してみる価値がありそうです。
新たな制度のメリット・デメリットを知る
福武 今まで普通に行われていた暦年贈与にメスが入ったということで、不安を感じる人も少なくないでしょう。まずは、説明してきたような贈与税の仕組みをきちんと理解することが大切になります。
――あらためて、新しい制度のスタートを踏まえて考えるべきことを整理すると、どうなりますか?
福武 暦年贈与について言えば、持ち戻しの期間が倍以上になるというのは、やはり大きなマイナスです。贈与したい財産の状況なども考えて、これまでに立てた計画は、再度見直したほうがいいケースもあるでしょう。
――基礎控除があるから、と漫然と続けるのはリスクが大きいかもしれません。
福武 基礎控除をフルに活用するために、贈与した財産が持ち戻しにならない人に贈与する、という方法もあります。例えば、親族でも、孫や子どもの配偶者などは法定相続人ではないため、譲った財産が被相続人の財産に加算されるということはありません。
――たとえ相続開始直前の贈与でも、持ち戻しにはならないのですね。
福武 そうです。ただし、注意点があります。相続の際に、被相続人の遺言書で財産を受け取ったり、死亡保険金を受け取ったりすると、相続人と同じように、贈与された財産が生前贈与加算の対象になるんですよ。加えて、孫が財産を受け取った場合には、支払う相続税が2割加算になるので、気をつけてください。
一方で、相続時精算課税の方は、新制度で使い勝手が向上しました。特に多額の財産を渡したいという場合には、新設された基礎控除を考えに入れたうえで、相続税とどちらが有利になるのかをシミュレーションしてみる価値はあると思います。
――相続時精算課税には、デメリットはないのですか?
福武 いいえ、やはり注意すべき点があります。例えば不動産をこの制度で贈与した場合、相続時には、贈与した時点の評価額で「清算」されます。相続時に値上がりしていれば「得した」ことになるのですが、逆に値下がりしていた場合は、時価に比べて割高な税金を支払わなくてはならないわけです。
経済的な痛手だけでなく、そうしたことが、相続の揉め事につながるかもしれません。価値の変動がある財産については、ある程度慎重な判断が必要になるでしょう。
また、これも不動産なのですが、親と同居していたなどの一定の要件を満たすと、相続する宅地の評価額を大幅に下げられる、相続税の「小規模宅地等の特例」という制度があります。しかし、相続時精算課税を使っていると、この特例は受けられないんですよ。
――相続税対策の切り札ともいわれる制度ですから、該当する不動産がある場合に使えないのは、大きなマイナスですね。
福武 前にもお話ししたように、いったん相続時精算課税を選択すると、それ以降は暦年課税に変更することはできません。節税効果が高くなったからと飛びつくのではなく、譲る財産の中身などもしっかり検討したいですね。
制度改正を機に、家族で相続の話を
福武 ずっと税金の話をしてきましたが、贈与や、それとつながる相続において一番大事なことは、「家族で揉めない」ということです。裏を返すと、平穏な相続だからこそ、有効な節税策が実行できるのです。
――揉めないために大事になるのは、どんなことでしょう?
福武 相続人が複数いる場合に、特定の人に偏った遺産分割をしようとすると、当然、トラブルが起きやすくなります。譲る側にもさまざまな思いがあるかもしれませんが、最低限、遺留分(※)には配慮した分け方を考えるべきでしょう。
※遺留分:民法で定められた、相続人の最低限の遺産分割割合。
最も理想的なのは、親の生前に、家族で財産の分け方について話し合う機会を持つことです。まあ、言うのは簡単で、親はまだ元気だと思っているし、子どもの方からはなかなか言い出しにくいのが、現実だとは思うのですが。
でも、私は今回の贈与税の制度変更は、ある意味でチャンスだと思うんですよ。「贈与税が変わったみたいだね」「うちも考えてみようか」と、話題にしやすいでしょう。
――それなら、子どもからも切り出しやすいですね。確かに家族で話し合いを始めるのに、いいタイミングだと思います。
福武 とにかく、贈与を始めるにせよ、相続税対策を行うにせよ、早いに越したことはありません。私の経験でも、相続税を減らすために不動産投資を始めようとしていた矢先に、突然亡くなってしまった、という例がありました。元気な人でも、そういうことが起こるわけですから。
――相続財産が高額な場合などは、専門家にアドバイスを依頼することを検討すべきかもしれません。
福武 そうですね。不動産などの財産の評価や、さきほども触れた贈与税と相続税のシミュレーションなどは、やはり専門家のスキルが必要です。顧問税理士がいれば、まず相談してみるのがいいのではないでしょうか。ただ、相続は専門外という先生もいますから、その場合には、別の専門家を探す必要があります。
――お話を聞いて、2024年から贈与税が大きく変わることがわかりました。最後に、事務所の今後の目標をお聞かせください。
福武 事務所の規模を大きくするというより、個人の立場で、お客様のお役に立てる仕事をしていきたいと思っております。今回の相続や贈与などに関する分野は、今後ますますニーズが増えると思いますので、さらに勉強を重ねて、多くの案件を受けられるようにしたいです。
――開業された先生のお立場から、女性税理士の方へのメッセージをいただけますか?
福武 私は、自分の裁量で仕事をしたい、と思って独立の道を選びました。女性には、結婚、出産、介護といった人生のステージがありますが、資格があればキャリアを継続することが可能です。そういう気持ちやチャンスがあれば、独立にチャレンジするのも選択肢の1つではないでしょうか。
――今後のご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。
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