大谷選手はなぜ契約金を後払いにしたの?その仕組みについて解説
23歳という若さでメジャー入りし、投打の二刀流で活躍してきた大谷翔平選手が遂にメジャーリーグ史上最高の契約金でドジャースへ移籍しました。この移籍で注目を集めたものの1つに、契約金の大半を「後払い」としたことでしょう。今回はなぜ「後払い」としたのか?その仕組みについて解説します。
メジャーリーグ史上最高額でドジャースと契約
10年7億ドル(1,014億円)!驚愕の契約金
2023年12月、ロサンゼルス・エンゼルスからFA(フリーエージェント)になっていた大谷翔平選手が、同じくロサンゼルスに本拠地をもつドジャースへ移籍しました。2023年シーズンの後半は右肘を痛め、投手としては最後まで活躍できませんでしたが、打者としては規定打席に到達し、アメリカンリーグのホームラン王に輝いています。
そんな大谷選手はシーズン終了と共にFA権を獲得し新たな活躍の場を探していましたが、「10年7億ドル」という破格の契約金でロサンゼルス・ドジャースに移籍することになりました。長いメジャーリーグの歴史の中でも「投打の二刀流」で勝負し、成功を収めたケースは稀であることから、史上最高額の契約金もあながち破格ではないのかも知れません。
しかし、メジャーリーグのみならず、全てのアスリート界における契約金の最高金額を更新したことは世界中に衝撃を与えました。
契約金の約97%は「後払い」
メジャーリーグ史上最高額の契約金にも驚かされましたが、その契約内容についても大きな話題になりました。その内容は「10年7億ドル」の契約金のうち年俸として200万ドルを10年間で受け取り、残りの6.8億ドルは契約が終了する11年目以降、10年間にわたって受け取るというものです。
つまり契約金のうち、約97%もの金額を「後払い」で受け取る契約を結んだのです。メジャーリーグでは大谷選手の他にも契約金の「後払い」を選択している選手はいますので、後払い自体は異例なことではありません。
ただ、今回は史上最高額の契約金とその大半の受け取りを「後払い」にしたことが相まって、報道でも大きく取り上げられる結果になりました。
契約金を「後払い」にするメリット
メジャーリーグには「ぜいたく税」というペナルティがあること
本来であれば「10年7億ドル」ということは、年俸にすれば「7,000万ドル×10年」になります。大谷選手の2023年シーズンの成績は打者として151安打、投手として投球回数132.0回です。守備での貢献を考慮しないものとして、来シーズン以降も同じ成績を残せば、単純計算で「ヒット1本ごとに約46万ドル(約6,800万円)」「1アウト取るごとに約53万ドル(約7,800万円)」を稼ぎ出すことになります。
大谷選手が本来「年俸7,000万ドル」受け取るべきところを敢えて「年俸200万ドル」まで減らし、残りを後払いとしたのか?理由の1つとして挙げられるのが、メジャーリーグにある「ぜいたく税」というシステムです。
メジャーリーグに所属する各球団には、選手獲得に使える資金に大きな格差があります。全30球団のトップがニューヨーク・メッツの約3.5億ドルであるのに対し、最下位のオークランド・アスレチックスは約6,000万ドルと6倍近い差があります。資金力がある球団が優秀な選手を数多く獲得することが可能となり、資金力の差が球団間の戦力差になりかねません。
このような資金力の差から生じる戦力の不均衡を是正する目的で、メジャーリーグでは各球団の総年俸に一定のサラリーキャップ(上限値)を設けています。ちなみに2023年のサラリーキャップは2億2,000万ドル以上(約295億円)となっています。
仮に総年俸がサラリーキャップを超過した球団には「ぜいたく税(Luxury Tax)」と呼ばれるペナルティがリーグから課される仕組みです。サラリーキャップの超過額に対して20%の「ぜいたく税」が課されることになります。さらにこの「ぜいたく税」は連続して超過した年数に応じて税率が上がっていき、2年連続で30%、3年連続で50%が課されます。超過3年目以降はサラリーキャップを下回るまで継続して50%という高い税率が課されることになります。
超過する金額が大きければ大きいほど、超過する年数が長ければ長いほど、課されるペナルティは大きくなりますので、資金力のある球団が選手に支払う年俸を抑えようという効果があるようです。
「後払い」とすることで「ぜいたく税」を回避
大谷選手が「7,000万ドル」の年俸を「200万ドル」まで下げた理由の1つには、この「ぜいたく税」を回避する目的があるといわれています。2022年におけるメジャー選手の平均年俸は約441万ドル(約5億5,600万円)ですから、大谷選手1人の「年俸7,000万ドル」はメジャー選手15人程度に相当することになります。
もし仮に大谷選手の年俸を7,000万ドルとした場合、サラリーキャップの約1/3を大谷選手に費やすことになり、残りでその他の選手を獲得しなければなりません。その場合、総年俸がサラリーキャップを超え「ぜいたく税」を課される可能性が高くなります。
そこで大谷選手は自身の年俸を抑えることで球団が課される「ぜいたく税」を回避し、浮いた資金を選手の補強に回すように提案したといわれています。自身の年俸よりチーム力の強化を優先させるところが、優勝争いができるチームに移籍したいと希望していた大谷選手らしいといえます。
「後払い」は大谷選手にとっても有利
年俸にかかる住民税を抑えることができる
契約金の大半を「後払い」とするこのユニークなアイデアは、実は大谷選手にとっても税金面で有利であるといわれています。大谷選手が住むカリフォルニア州は全米でも住民税が最も高い州(13.3%)として有名です。
ドジャースでプレーする間はカリフォルニア州に住み、「後払い」が始まる11年目以降は住民税が安い他の州に引っ越せば、後払いの契約金の大半に低い税率が適用されます。結果としてトータルで支払う住民税を抑えられるのです。このスキームで損をするのはカリフォルニア州であり、得をするのは将来の居住先の州ということになります。
これに対してカリフォルニア州の最高財務責任者が「最高税率該当者に対する無制限の課税繰り延べが税の公平な分配を妨げている」とし、議会に法改正を求める声明を出したことが報道されました。「後払い」で受け取る年俸についてもカリフォルニア州が徴収できるようにすべきというこの声明は、大谷選手の契約が税制面にも大きな影響を及ぼしていることを示しています。
もし日本に帰国した場合はどうなる?
では、もし仮に大谷選手が11年目以降、日本に帰国して「後払い」の契約金を日本で受け取った場合、税制面でメリットはあるのでしょうか。アメリカと日本の税制の違いを見てみましょう。
アメリカの場合、日本の所得税に該当するのが連邦税であり最高税率は37%となっています。これに、先ほど紹介したカリフォルニア州の住民税率13.3%を加えると、課税される税率のトータルは37.0%+ 13.3%=50.3%となります。これに対して日本に帰国してから後払いを受け取った場合はどうでしょう。所得税の最高税率45%に住民税10%を加えると45%+ 10%=55%になります。
単純に節税のみを考えた場合、大谷選手が日本に帰国し「後払い」を受け取るメリットはないようです。一方、住民税が課税されないテキサス州やワシントン州、フロリダ州などに転居すれば節税が可能となります。また、所得税や住民税が課税されないアラブ首長国連邦(UAE)やモナコなどアメリカ国外に転居するという選択肢もあります。
まとめ
若くしてメジャーリーグに渡り、二刀流や史上最高額の契約金など連日メディアを沸かせている大谷選手ですが、ビジネス面においても非常に優秀な方であると感じます。大谷選手の挙動にこれからも注目していきたいものです。
Webライター/ライター
フリーランスとして様々な記事を執筆する傍ら、経理代行業なども行う。自身のリアルな経験を活かし、税務ライターとして活動の場を広げ、実務で役立つ生きた税法の解説に努めている。取材を通じて経営者や個人事業主と関わることも多く、経理や税務ほか、SNSを使った情報発信の悩みにも応えている。
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