そうだったのか!裁判例に見る消費税法の基本的な考え方とは?

[取材/文責]岡和恵

令和5年10月1日から消費税にインボイス制度が導入されます。
この記事では新たな制度が始まる前に消費税の基本的な事項についての確認をすべく、裁判例を取り上げて解説します。特に、個人事業主で新たに消費税の納税義務者になった人向けに、基本中の基本事項を取り上げてみました。

消費税のルール 仕入税額控除の要件

「帳簿」の保存がないために高額の税金がかかった例

【前提】
消費税の納税義務者になると、所得税の計算とは別に消費税の計算をしなければなりません。消費税の計算式は、次のとおりとなります。

 

消費税額 = 課税売上に係る消費税額 ― 課税仕入れ等に係る消費税額

 

この計算式の右側において、仕入税額を差し引くことを仕入税額控除(しいれぜいがくこうじょ)と言います。

 

消費税において、仕入税額控除が認められるためには、一定の「帳簿」と「請求書等」を保存しておくことが求められます。このうち、「帳簿」の保存がないことで仕入税額控除が認められなかった裁判例を見てみましょう。

 

【裁判の概要】
新聞販売業を営む個人事業主Aが消費税の確定申告をしたところ、「仕入税額控除を認めない」とされ、過少申告加算税を賦課されることになりました。

 

理由は、課税仕入れに係る法定帳簿について税務職員による帳簿及び請求書等について検査の際、帳簿を提示することができるよう保存していなかったためです。

 

Aは、税理士に依頼して所得税や消費税の確定申告をしていたものの、仕入れ先への支払額一覧表や収入の一覧表、人件費の一覧表、リース費用等の一覧表など要所要所の確認表は作成していましたが、会計帳簿を作成していませんでした。Aから依頼を受けた税理士が振替伝票を作成したのは確定申告書作成のためであり、営業所に据え置いたり、第三者に提示したりすることはありませんでした。また、Aから税理士に対し、帳簿書類の記帳業務は委任されていませんでした。

 

【帳簿保存の重要性】
会計帳簿とは会社法によって作成が義務付けられている帳簿で、取引年月日、取引相手、取引内容、金額等の項目が明確に記載されている必要があります。

 

さらに、この裁判例は平成24年のもので軽減税率適用前ですが、現在は、帳簿において取引等を税率ごとに区分して記帳するなどの経理(「区分経理」という)をしなければなりません。

 

事業者が取引の事実を出金伝票などに記載した後、勘定科目別、日付別に整理し、日計表、月計表等を追加した伝票綴りは「帳簿」に該当します。そのためこの伝票綴りの保存があれば、仕入税額控除の要件である「帳簿の保存」があるものとして取り扱われます。

 

このケースの場合、Aは仕入先を特定できる網羅的な帳簿を作成するか、税理士に記帳についても依頼すべきでした。消費税法第30条8項において、課税仕入れに係るものである場合に保存すべき帳簿について、次のように規定されています。

 

  • イ 課税仕入れの相手方の氏名又は名称
  • ロ 課税仕入れを行った年月日
  • ハ 課税仕入れに係る資産又は役務の内容
  • ニ 課税仕入れに係る支払対価の額

 

さらに、令和5年9月末までは「区分記載請求書等保存方式」となっています。そのため帳簿だけでなく、請求書等には上記イ~ニに加えて「軽減税率の対象品目である旨」及び「税率ごとに合計した対価の額」が記載され、保存されていることが求められます。

消費税のルール 簡易課税制度とは?

簡易課税を選択事業者が、本則課税で申告したら認められなかった例

【前提】
消費税の簡易課税制度は、中小事業者にとって手間のかかる仕入れに係る消費税額の計算を簡便にするものです。また、仕入税額控除の要件となる帳簿及び請求書等の保存を不要とするため、事務負担が軽減される制度でもあります。

 

消費税の基本は、【消費税額 = 課税売上に係る消費税額 ― 課税仕入れ等に係る消費税額】です(本則課税)が、簡易課税では課税売上に係る消費税額に一定の割合(業種により異なるみなし仕入れ率)を乗じて控除する仕入税額を計算します。

 

簡易課税制度では、次のような計算式になります。

 

消費税額 = 課税売上に係る消費税額 ― 課税売上に係る消費税額 × みなし仕入率

 

簡易課税を適用するためには次の要件があります。

 

  • 基準期間の課税売上高が5,000万円以下
  • 事前に簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書を提出

 

簡易課税を選択したら原則として2年間は運用を止めることはできず、簡易課税制度を取りやめて原則課税制度で納税する場合は、やめようとする課税期間の開始の日の前日までに「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出する必要があります。なお、簡易課税を選択している場合は、消費税の還付は受けられません。

 

 

【裁判の概要】
土木工事業を営むBは、消費税について消費税簡易課税制度選択届出書を提出して簡易課税での申告をしてきました。ところが、Bはある年度より本則課税によって消費税の確定申告書を提出したため、税務署はBに対して、簡易課税を適用した更正を実施し、さらに過少申告加算税を求めてきました。これに対しBが処分取消を求めた裁判です。

 

Bは、本則課税と簡易課税での計算に金額にして約5倍の差が生じるため、簡易課税を強要するのは不公平だと主張しました。 簡易課税を選択することで消費税が大きくなったケースです。

 

しかし、裁判所は簡易課税の適用によって本則課税を適用した場合より消費税等の額が高くなる場合があり得るが、このような利害得失があることは予測可能であり、事業者においては利害得失を自ら判断した上で、簡易課税の利便性を享受すべきとされました。また、簡易課税は届出書を提出した翌課税期間から2年間は継続しなければならないが、これが著しく不合理であるとまでは言えないとされました。

 

【消費税の届出の難しさ】
この例では、確定申告書を提出する前の年度中に、簡易課税の不適用届出書を提出しておけば問題はなかったと言えます。申告の1年以上前に簡易課税と本則課税で概算計算をして、本則課税での申告が有利になるとわかるには、日頃から事業計画を緻密に立てておく必要がありそうです。そして、この事業の予測と「不適用届」提出のタイミングを見計らうことが必要だったわけです。

 

この裁判例では3年にわたり、本則課税を採用していますが、少なくとも途中で不適用届を出すべきことに気付くべきでした。

 

消費税については非常に多くの届出書があり、上記の例のような事態を防ぐために、届出書を管理することが重要となります。 届出書については、経理担当や税理士等に任せきりにならず、事業主も適宜確認をするほうがよいでしょう。

消費税のルール さまざまな届出書

上記A、Bの例とも、事前に消費税の基本的なルールを確認しておくことで回避できた問題と言えます。

 

令和5年10月からのインボイス制度では、税務署に申請して登録を受けた課税事業者である「適格請求書発行事業者」だけが「適格請求書」を交付でき、その適格請求書だけが仕入税額控除の対象となります。そのため、今後は帳簿を作成する際にも「適格請求書」であるかどうかを入力しておかないと、消費税の計算ができなくなります。

 

しかしながら、「帳簿」については今後、電子帳簿保存の要件緩和の動きがあることや、会計システムのさらなる機能により、正しいシステム運用によってカバーできる可能性が広がってきます。

 

また、消費税の「届出書」については決算の報告とともに提出状況を確認するなどの工夫が必要です。主な消費税の届出書についてまとめておきますので参考にして下さい。

 

  届出名 提出時期 参考
 1 消費税課税事業者届出書
(基準期間用)
事由が生じたら速やかに 基準期間の課税売上高が1,000万円を超える場合など
 2 消費税課税事業者届出書
(特定期間用)
事由が生じたら速やかに 特定期間における課税売上高又は給与等支払額による判定をしたとき
 3 消費税の納税義務者でなくなった旨の届出書 事由が生じたら速やかに その年における課税売上高が1,000万円以下である場合
 4 消費税課税事業者選択届出書 選択しようとする課税期間の初日の前日まで 基準期間の課税売上高が1,000万円以下の場合に、消費税の還付を受けたい場合など
 5 消費税課税事業者選択不適用届出書 選択をやめようとする課税期間の初日の前日まで 上記3の届を提出した者が、選択をやめたいとき(事業廃止を除き、2年間は免税事業者とはなれない)
 6 消費税の新設法人に該当する旨の届出書 事由が生じたら速やかに 新設法人のうち、資本金が1,000万円以上である法人などの場合
 7 消費税簡易課税制度選択届出書 適用を受けようとする課税期間の初日の前日まで 基準期間の課税売上高が5,000万円以下の場合
 8 消費税簡易課税制度選択不適用届出書 適用をやめようとする課税期間の初日の前日まで 簡易課税制度の適用を受けている事業者がその適用をやめようとする場合など
 9 消費税申告期限延長届出書 適用を受けようとする事業年度終了の日の課税期間の末日まで 消費税の確定申告の期限が1ヶ月延長したい場合
 10 消費税申告期限延長不適用届出書 申告期限の延長をやめようとする事業年度終了の日の課税期間の末日まで 消費税の確定申告期限の延長をやめようとする場合

まとめ

一般に、消費税については届出書の数が多く、その届出により裁判例のように納税額に大きな差が生じることもあります。

 

消費税は、所得税が赤字申告であったとしても、必ずしも還付されるとは限りません。そのため、納税資金の確保も課題となります。消費税の納税義務者においては、決算時には会計帳簿のチェックや届出書の確認を実施しておくことをおすすめします。

大学卒業後、2年間の教職を経て専業主婦に。システム会社に転職。システム開発部門と経理部門を経験する中で税理士資格とフィナンシャルプランナー資格(AFP)を取得。2019年より税理士事務所を開業し、税務や相続に関するライティング業務も開始。

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