2年連続の大幅賃上げで、“実質賃金マイナス”脱却の可能性は?2024年春闘の展望

[取材/文責]マネーイズム編集部

2024年の春闘が本番を迎えています。メディアやシンクタンクなどが賃上げ率の予想を公表する中、自動車メーカーのホンダとマツダなどが、回答指定日前に労働組合側の要求に満額で答えるなど、2年連続の高い伸びに期待が高まっています。一方、昨年の伸び率を上回るのは困難で、雇用の7割程度を占める中小企業の賃上げはさらに厳しい状況にある、といった調査も公表されました。今年の春闘はどうなるのか、その持つ意味、見通しについて解説します。

※記事の内容は2024年2月23日時点の情報を元に作成したものであり、現在の内容と異なる場合があります。

春闘はなぜ重要か

そもそも春闘とは

最初に「春闘」についておさらいしておきましょう。春闘は、「春季闘争」の略で(「春季生活闘争」「春季労使交渉」などとも呼ばれます)、多くの企業にとって新年度となる4月に向けて、労働組合が経営側に1年間の賃金の引き上げなどについての要求を提出し、交渉が行われます。

組合側の要求の提出は2月、経営からの回答は3月に行われます。自動車や電機機器などの大手製造業が先陣を切り、大手の非製造業、中小企業の順に交渉が進むのが、例年のパターンです。

春闘による賃上げの水準は、1年間の各家庭の消費支出を左右します。消費が上向けばモノの生産なども増え、景気は良くなりますが、伸びなければその逆になるでしょう。毎年の春闘が国レベルで注目される理由は、そこにあります。

ベースアップの意味

ところで、春闘のニュースでは、「ベースアップ」という言葉を耳にします。サラリーマンが毎月手にする給与=「基本給」には、通常、年齢や経験などに従って上昇していく「定期昇給」が定められています。これに対して、労使交渉などにより、勤続年数などにかかわらず、一律に底上げされる金額(率)がベースアップ(ベア)です。つまり、春闘の結果決まる基本給のアップ(賃上げ)は、「定期昇給分+ベア」の合計ということになります。

このベアには、物価上昇などの理由から相対的に下がった賃金を回復する、という意味合いのあることを覚えておいてください。

30年ぶりの高い賃上げとなった2023年春闘

2023年の春闘では、賃上げ率が3.60%となり、1994年以来の3%台の高い伸びを記録しました。平均妥結額でも、93年以来30年ぶりに1万円を超えています(厚生労働省調べ)。ちなみに、前年の賃上げ率は2.20%でした。

厚労省は、こうした大幅な賃上げの要因として、コロナ禍からの経済の回復、人手不足の中で働き手の確保を迫られたこと、などを挙げています。

では、2024年春闘はどうなるか

連合の目標は「賃上げ率5%以上」

2024年春闘では、昨年の伸びを維持し、後で述べる実質賃金プラスへの道筋が描けるのかが焦点になります。最大の労働組合中央組織である連合は、賃上げ目標を「5%以上」(昨年は「5%程度」)としています。

賃金の引き上げをデフレ脱却に向けた重要課題に位置づけ、産業界に「前年を上回る賃上げ」を要請している政府も、具体的な後押しに乗り出しています。2024年税制改正大綱には、「賃上げ促進税制」を3年間延長したうえで、大企業・中堅企業については、全雇用者の給与支給額の増加額の最大35%、中小企業については同じく最大45%を税額控除(税金から差し引く)する、などの制度改正が盛り込まれました。

経団連をはじめとする経済団体も、各企業に対し、社会的要請だとして賃上げを求めています。

すでに「満額回答」も

そうした中、2024年春闘の序盤では、幸先のいい話も飛び込んできました。ホンダは、2月21日、来月13日の回答指定日を待たず、ベア1万3,500円を含む賃上げ総額2万円、年間7.1カ月の一時金という組合要求に満額で回答しました。賃上げ率は5.6%でした。 

また、同じ自動車メーカーのマツダも、同日の労使協議会で、定期昇給+ベアの総額で1万6,000円、一時金5.6カ月の満額回答を提示しました。賃上げ額は、現行人事制度を導入した2003年以降、最高額だといいます。

昨年を超える賃上げは微妙?

一方で、気になるデータも公表されました。東京商工リサーチは、2月初旬に企業を対象に2024年度の「賃上げに関するアンケート」調査を実施し、2月20日、その結果を明らかにしました(有効回答4,527社)。

それによると、2024年度に賃上げを予定する企業は85.6%で、定期的な調査を開始した2016年度以降の最高を更新しました。しかし、賃上げ率の中央値は3%にとどまり、2023年度調査時の3.5%を下回りました。「前年を上回る賃上げ」は、中央値ではすべての規模・産業で未達成、という結果が示されたのです。

同調査では、連合が掲げる「5%以上」の賃上げについても、賃上げ実施企業のうち、達成見込みは25.9%で、前年度から10ポイント以上の大幅な低下となりました。

中小企業の厳しさが浮き彫りに

さらに、規模別にみると、大企業(資本金1億円以上)と中小企業の差が拡大する傾向にあります。

2024年度の賃上げについて、大企業の「実施する」が、93.1%(366社中、341社)と9割を超えたのに対し、中小企業は84.9%(3,873社中、3,290社)にとどまり、8.2ポイントの差がつきました。前年度の大企業(89.9%)と中小企業(84.2%)の実施率の差は5.7ポイントでした。

ちなみに、2024年度に賃上げを実施しない企業にその理由を尋ねたところ、最多は、「コスト増加分を十分に価格転嫁できていないため」の53.8%(296社)で、「2023年度の賃上げが負担となっているため」という回答も16.0%(88社)ありました。

実質賃金プラス転化の可能性は

20カ月を越える実質賃金マイナス

2024年春闘の焦点は、「昨年の賃上げ率を上回れるか」もさることながら、さらに「実質賃金のプラスに直結するか」ということです。

賃上げは好景気に結びつくといいましたが、昨年は30年ぶりの大幅な伸びがあったにもかかわらず、相変わらず消費は低迷しました。食料品や燃料をはじめとする物価上昇が続き、手取りの増加分がそれに追いつかなかったためです。

働く人に実際に支払われたものを「名目賃金」、物価の影響を考慮したのが「実質賃金」です。厚生労働省の毎月勤労統計調査(2月6日発表の速報、従業員5人以上の事業所)によると、23年12月の実質賃金は前年同月比1.9%減で、21カ月連続のマイナスとなりました。2023年通年をみると、実質賃金は前年比2.5%減と2年連続で減少し、減少幅も拡大しています(2022年は1.0%減)。

名目賃金はすべての月で増えたものの、実質賃金は減少、しかもマイナス幅が広がったのは、物価の変動を示す消費者物価指数(持ち家の帰属家賃を除く総合)の上昇率が3.8%と、42年ぶりの高水準だったことが響きました。

「昨年超え」でも実質賃金はマイナスのまま

さきほど紹介した東京商工リサーチの調査では、2024年春闘の賃上げ率は3%という結果でしたが、昨年を上回る3.8%台程度での決着を予測する専門家も多くいます。ただし、それでも、すぐに実質賃金のプラスが実現というわけにはいかないようです。

仮に、3.8%の賃上げがあったとします。そのうち1.8%程度は定期昇給分とされていますから、ベアは2%程度ということになります。他方、消費者物価指数は、当面2%を大きく上回って推移するものと予測されています。物価上昇分をカバーする役割を持つベアは、この水準の引き上げでは、いぜんとしてそれに届かない計算になるのです。

今後の物価の動向にもよりますが、実質賃金をプラスに転化し、政府がデフレ脱却宣言を実現するためには、「主要企業で4%、中小企業で3%台後半の賃上げ率が必要」(第一生命経済研究所 経済調査部 永濱利廣首席エコノミスト)という指摘もあります。

まとめ

高水準の賃上げが期待される2024年の春闘ですが、実質賃金のマイナスを食い止めるハードルは、決して低いものではないようです。多数の雇用を担う中小企業の底上げも緊急の課題で、適正な価格転嫁が可能な環境整備などを急ぐ必要があるでしょう。

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