アルゼンチン経済の未来:ミレイ新大統領の大胆な提案と不透明な挑戦
南米の大国アルゼンチンで実施された11月19日の大統領選挙において、アルゼンチン経済の変革を訴えるハビエル・ミレイ下院議員が現職のアルベルト・フェルナンデス大統領の後継候補であったセルヒオ・マッサ経済産業大臣に勝利し、新大統領に選ばれました。
ミレイ氏は経済学の学派のひとつであるオーストリア学派の影響を受けたエコノミストであり、市場への介入を嫌い、「小さな政府」を重視しています。
※記事の内容は2023年12月15日時点の情報を元に作成したものであり、現在の内容と異なる場合があります。
ミレイ新大統領の経済政策
ミレイ氏は中央銀行の廃止と自国通貨ペソの放棄、つまり「公式なドル化」を公約に掲げ、アルゼンチン経済の大胆な改革を提案しています。
一方で、対立候補であったマッサ経済産業大臣はペロニズム(アルゼンチン特有の反米左派主義)の支持者であり、キルヒネリズム(ネストル・キルチネル元大統領以来の大衆迎合主義)の正統な後継者と見なされ、分配重視の経済政策を継続する、アルゼンチン政界のエリートです。
しかし、大統領選挙の結果、ミレイ氏の圧倒的な得票率により、有権者は大胆な変革を主張する彼を次期大統領に選出しました。ミレイ氏は公約どおり、12月10日に大統領に就任し、2027年12月までの4年間を務めることになります。その一方で、公式なドル化の実現については確定的ではなく、アルゼンチン経済が既に高度にドル化していることを鑑みて、慎重な姿勢が求められます。なぜなら、国内の世論は極めて分かれており、先述の公約が実現するかどうかは不透明な状況だからです。
アルゼンチンにおける通貨政策の歴史を振り返ると、実は1990年代前半にドルペッグ政策が採用されていました。これは一種の固定相場制度であり、その結果、ダラライゼーション、すなわち「経済のドル化」が進展していました。
かつてのアルゼンチンは南米有数の豊かな国であり、実は19世紀以降の世界で唯一、先進国から脱落した国家です。繁栄していた時代の名残が現在でも、ブエノスアイレスの建築などに残っています。
つまり、ミレイ氏の提案は30年前のドルペッグ政策を彷彿とさせ、通貨発行権を中央銀行から奪い、中央銀行を廃止してすべてをFRB(米連邦準備制度理事会)に委ねるというものであり、これはアルゼンチンにおけるガバナンスのグレードアップを意味するのです。
アルゼンチン経済の歴史と課題
今回の大統領選挙の結果が明らかになると、それまでアルゼンチンの資産は安値で取引されていたため、「為替リスクが無くなる」という期待から、株価が急騰しました。
しかし、今後の展開は簡単ではないでしょう。
なぜなら、中央銀行の廃止は金利政策の独立性を喪失することを意味し、不況時に景気を刺激する手段が制限される可能性があるからです。
いいかえれば、不況が訪れて自然淘汰が進むなかで、経済的弱者を見殺しにする選択となります。
前述したように、アルゼンチン経済は第二次世界大戦前まで先進国に分類されるほど発展しており、ブエノスアイレスは南米のパリとして知られ、世界有数のコスモポリタンな都市でした。
しかし、戦後はペロン元大統領の左派の経済運営が行き詰まり、クーデタにつながる事態となったのです。
その後、ペロニスタと軍部の対立が続き、分配を担う民政と成長を担う軍政の構図がアルゼンチン経済の停滞をもたらしました。
1989年に就任したメネム元大統領は、分配よりも成長を重視し、米ドルとの間に強固な固定相場制度であるカレンシーボード制を導入し、ハイパーインフレの収束と安定した経済成長を実現しました。しかし、この制度は2002年に放棄され、アルゼンチンは債務不履行に陥り、混乱が広がりました。
その後もペロニスタ政権の下で分配重視の政策が続き、経済は停滞を続け、2015年に誕生したマクリ元大統領は経済改革を進めようとしましたが、ペロニスタ政権に阻まれ、退場を余儀なくされました。
アルゼンチンの課題は、ペロニスタによる分配重視の政策が社会に深く根付いてしまったことにあります。そのため、変革を望む有権者はミレイ新大統領に期待を寄せています。ミレイ氏が公式なドル化に踏み切るかどうかは不透明ですが、アルゼンチン経済における分配重視の政策への決別を求めています。
変革は痛みを伴いますが、アルゼンチンは自らの経験から分かるように、問題を先送りすればするほど、あとから大きな痛みを伴う改善が難しくなります。
今後、ミレイ氏が公式なドル化を実施すると発表すれば、社会経済の安定が期待されますが、ミレイ氏の決断が国民に受け入れられたとしても、今後、少なからず市場が乱立し、競争が激しさを増すことが予想されます。
なぜなら、公式なドル化を実現するためには、中央銀行の廃止と自国通貨ペソの放棄が必要だからです。この提案は、アルゼンチンの通貨政策において大きな変革をもたらすものであり、こうした「ジャングル資本主義*」のような社会がやってきたとしても、アルゼンチン国民が耐える気持ちになったのは、社会保障制度の充実が不正腐敗の温床となり、国政全体に浸透した問題に悩まされていたためです。
これは経済の活力が喪失した国特有の政治現象であり、富の分配を巡る論争が起こっています。アルゼンチンはセーフティーネットを縮小させることで、国民全体が積極的な投資行動に出る「アニマル・スピリット」を喚起しようとしているようです。
アルゼンチン経済の今後の行方
ここで大きな疑問点が一つあるかもしれません。
そもそも、ミレイ氏が提案するアイデアは、アルゼンチン・ペソを廃止し、代わりに米ドルを使用することでした。同時に、中央銀行も不要とするその提案には、経済専門家たちから賛否両論が巻き起こりました。
この提案は、理論的には妥当であるとされています。
実際、2000年に法定通貨として米ドルを導入したことで、物価が安定したエクアドル経済が堅調な成功事例があるため、アルゼンチンが抱える厳しい経済状況を打開する可能性があると期待されているからです。
しかし、実現には様々な課題が待ち受けているといわれます。
外貨準備が底をついている現状では、アルゼンチンはドル採用に移行するための十分な裏付けが必要となります。民間銀行の債務も考慮に入れれば、国の収支は大幅な赤字となり、これを補うためにはドル・ローンの調達が不可欠になります。
こうした厳しい状況に直面するアルゼンチンは、先例として挙げられる1923年のドイツの例を思い起こすことでしょう。第一次世界大戦後、ドイツは賠償金支払いのために紙幣を増刷し、結果としてハイパー・インフレが発生しました。紙幣の価値が急激に暴落し、国内は混乱を極めるのです。その後、ドイツは新通貨を発行し、アメリカからのローンを活用してハイパー・インフレを収束させました。
アルゼンチンも同様に、ドル採用に際して十分な裏付けを確保するために、国際的な協力が不可欠です。現在、中国からの援助があるものの、これだけでは不足しており、新たなローンの獲得が急務です。しかし、これが成功する保証はなく、アルゼンチンは厳しい交渉を強いられることでしょう。
この難局に立ち向かうミレイ氏は、議会においても課題に直面しています。なぜなら、母体政党の議席は10%に過ぎず、政敵との協力が不可欠だからです。とはいえ、アルゼンチンはハイパー・インフレの結果、国民の4割が貧困層に没落しており、経済改革は待ったなしの状況が続いています。
とはいえ、アルゼンチンが迎える未来は不確かでありながらも、ミレイ氏の提案がもたらす可能性に注目が集まっています。また政治的な課題や国内の不確実性も無視できません。有権者の期待とは裏腹に、市場や国内世論は分かれ、ミレイ氏の政策が国民に受け入れられるかどうかは未知数だからです。提案された経済政策が実現すれば、アルゼンチンは大きな変革の渦に巻き込まれることになります。
まとめ
今後、ミレイ氏の政府は国内外の期待に応えつつ、国内の経済不安を和らげ、社会の安定を確保するために、巧みなリーダーシップと柔軟な政策の展開が求められます。
アルゼンチンの未来は未だ明確ではありませんが、ミレイ氏の主張が具体的な成果へとつながり、新たな展望を切り開くことができるのか、その一挙一動に世界中の注目が集まっているといえるでしょう。
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