新政権発足で「金融所得課税」の見直しが議論に語られた「1億円の壁」って?
「いわゆる1億円の壁ということを念頭に、金融所得課税についても考えていく必要があるのではないか」。岸田文雄新首相は、10月4日に行われた就任後初の記者会見で、そう述べました。岸田氏は、自民党総裁選でも「金融所得課税の見直し」を公約に掲げ、株式市場に影響するほどのインパクトを与えましたが、それはどんな政策なのでしょうか? 私たちの生活に影響はあるのか? わかりやすく解説します。
所得税の「1億円の壁」その実態とは?
所得税に関しては、「103万円の壁」や「150万円の壁」を意識している人も多いのではないでしょうか。「103万円」は所得税の課税のボーダーラインであり、納税者の扶養になっている場合には、パートやアルバイトの年収がこのラインを超えると、納税者が38万円の「配偶者控除」を受けられなくなります。また、配偶者が150万円を超えて働くと、「配偶者特別控除」(※)の額が徐々に減額されることになります。
一方、今回クローズアップされたのは、それらとは桁違いの「1億円の壁」。しかも、今説明した「壁」とは違い、所得がこのレベルを超えると税負担率が下がる、平たく言うと「得をする」というのです。いったいどういうことなのでしょうか?
配偶者の年収が201万円まで、納税者の合計所得金額が1000万円以下の場合(給与収入のみなら年収1,220万円以下)に受けることができる。控除金額は、配偶者の所得金額により異なる。
所得が増えるほど税率が上がる「給与所得」「事業所得」
ひとことで言えば、その「壁」は、所得税の課税の仕組みによって生まれたものです。実は所得税がかかる「所得」にもいろいろな種類(区分)があり、それぞれ課税の方法が決められています。
サラリーマンが会社から受け取るのは「給与所得」、自営業者(個人事業主)の稼ぎは「事業所得」です。これらは、所得が大きくなるほど税率自体も上がっていく「累進課税」という仕組みになっています。
稼ぎが多いほど高率の税を取られるというのは、一見理不尽にも感じられますが、もし一定の税率にしたら、経済格差がどんどん拡大していくでしょう。高所得者に、社会のために多くの税金を負担してもらい、格差の縮小も図っていこうという考え方が、この課税方法の基本にはあるのです。
具体的には、課税所得が195万円未満は5%、195万円~330万円未満は10%、330万円~695万円未満が20%……と、税率は段階的に上がっていき、4,000万円以上では45%の最高税率が課税されます(所得金額により控除額があることなどから、実際の税負担率はこれらよりも下がります)。
「税負担」は、ピークで約30%
所得が増えるほど税率がアップするはずなのに、1億円を境に税負担率が下がるというのは、明らかな矛盾です。なぜそんなことが起こるのでしょうか? それを説明する前に、「壁」の実態を見ておきましょう。
国税庁の「申告所得税標本調査」によると、所得階級別の所得税負担率(2019年分)は、年間総所得が250万円レベルで2.6%、500万円で4.6%、1,000万円で10.6%、2,000万円で18.6%と上昇していき、1億円で27.9%となりました。しかし、これをピークに下落に転じて、2億円で27.5%、5億円で24.2%、50億円を超えると16%台と、1,500万円レベルと同程度にまで税負担が「緩和」されていたのです。
「壁」の原因は「金融所得」
さて、今の税負担率が、「年間総所得」をベースにしていることに、注目してください。所得として課税されるのは、「給与所得」や「事業所得」だけではありません。結論を言えば、「1億円の壁」が生じる原因は、それ以外の所得、具体的には「金融所得」にありました。この所得がどう「働く」のか、ポイントは3つあります。
【ファクター1】「分離課税」である
金融所得とは、株式、投資信託などの金融商品で得た所得(配当金、利子、株式譲渡益=株を売った利益)などを指します。これらの所得は、原則として「申告分離課税」といって、給与所得など他の所得とは切り離して、独自に課税される仕組みになっています。
他方、例えば不動産所得(賃貸などで得た利益)は、給与所得や事業所得などと合算して課税される「総合課税」で、さきほどの累進税率が適用されます。もし、金融所得もこの総合課税の扱いになっていれば、このような「壁」ができることはありません。
【ファクター2】税率は一律
さらに、この金融所得に対する課税は、復興特別所得税を除き一律20%(所得税15%、住民税5%)となっています。得た利益が100万円でも、10億円でも、税率は変わりません。
【ファクター3】高所得者ほど多くの金融商品を保有する
当然といえば当然ですが、所得が高ければ、金融商品への投資に回す資金に余裕が生まれます。高額所得者ほど、「税率20%の金融所得が総所得に占めるウエート」が高まるため、結果的に税負担率は低下していく、というのが「壁」のカラクリなのです。
さきほどの国税庁の調査によれば、総所得に占める「株式等の譲渡所得等」が占める割合は、総所得5,000万円のレベルで4.1%だったのが、やはり1億円を境に上昇し、2億円で14.8%、5億円で29.2%、10億円で48.5%、50億円を超えるとなんと85.5%まで高まるという結果でした。
政策が実行された場合の影響
どうやって見直すのか?
こうした実情に、以前から「金持ち優遇」の批判があるのは事実です。では、具体的にどのような方策が考えられているのでしょうか?
現状で、政府筋から「金融所得課税をこうする」という方針が示されたわけではありませんが、考えられるのは、
- 税率を一律に引き上げる
- 累進課税の要素を導入する
- 総合課税に変更する
といった施策です。
金融所得課税見直しのメリット
もし、実際にそうした政策が実行された場合、どのような影響があるのでしょうか?
「課税見直し」は、すなわち「増税」です。ただし、基本的に「金融商品でたくさん儲けている人たちに、多く税を納めてもらう」ということですから、そうではない人が経済的なダメージを受けることはないでしょう。
国や自治体の税収が増えること自体は、メリットと言えます。さらに、その再配分などを通じて格差是正が前進すれば、大きな意味を持つことになるはずです。
デメリットは?
一方で、株式投資などを行っているのは、「1億円の壁」が気になるような高所得者だけではありません。一律に税率を上げると、そういう人たちにも影響が及び、投資の意欲を減退させるかもしれません。政府が旗を振ってきた「貯蓄から投資へ」というスローガンに逆行するのではないか、という批判もあります。
最初に触れたように、岸田氏がこの施策を掲げたことが、新政権発足後の株価下落に結びついた、という見方があります。政策の実行が決まれば、株式市場にはマイナスに働く可能性が否定できません。
見直しは「当面撤回」したが
ところで、岸田首相は、その後のテレビ番組で、金融所得課税の見直しには「当面は触らない」「2022年度の税制改正で取り上げない」と発言するなど、積極推進の方針を一部転換しました。株価下落や、経済界などからの反発に配慮したものと伝えられています。
まとめ
総所得が1億円を超えると、所得税負担率が下がっていく「1億円の壁」が存在します。その解消に向けて、岸田首相が金融所得課税の見直しに言及しました。今後の議論の行方に注目すべきでしょう。
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