8月初旬に乱高下した円と株価マーケットの「混乱」は続くのか経済の先行きは

[取材/文責]マネーイズム編集部
税理士法人あるた竹内 翼(税理士・CFP・1級FP技能士)

2024年8月初旬、日経平均株価が大暴落した翌日に史上最高の上げ幅で戻す、という近年にない乱高下(相場などが短期間のうちに激しく上下に動くこと)を演じました。こうした事態はなぜ起きたのでしょうか? 再発はあるのか? 株価暴落の日本経済への影響、今後の動向も併せて考えてみます。

歴史的な「株価混乱」

約1ヵ月で25%減の急落に

8月初めの日経平均株価の乱高下がどのようなものだったのか、あらためてみておきましょう。

5日、週明けだった東京株式市場は、取引開始から売り注文一色となり、終値は前週末比4,451円安の3万1,458円となりました。暴落幅は、1987年10月20日(アメリカのブラックマンデー翌日)の3,836円を上回る過去最高。前営業日も前日比2,000円超の値下がりとなっていたこともあって、個人投資家などに動揺が広がりました。折しも新NISA(少額投資非課税制度)で株式投資を始めたばかりの人たちが、大挙して金融機関の窓口で説明を求める姿などが報じられ、ショックの大きさをうかがわせました。

日経平均は、そのつい1ヵ月前の7月11日には、4万2,224円という過去最高値を付けていました。そこから4分の1近くの株価が1ヵ月で減りしたわけですから、動揺が隠せないのも無理はないでしょう。

大暴落翌日に過去最高の上昇

ところが、翌日6日の東京市場では一転して買い注文が殺到し、株価は3,217円という過去最高の上げ幅で急反発しました。その後も値を戻し、暴落から約3週間で3万8,000円台を回復しています(8月26日現在)。

市場には一定の安心感が漂っていますが、当面気になるのは、こんな絵に描いたような株式相場の乱高下がなぜ今起こったのか、再び起こる可能性はないのか、ということです。

市場が「大揺れ」したのはなぜか

暴落を呼んだ日銀の利上げ発表

今回の株価暴落には、2008年のリーマンショックのような明白な「経済危機」があったわけではありません。そんな中、「暴落の要因」とされているのが、日本銀行(日銀)です。日銀は、7月30日・31日にて開かれた金融政策決定会合で、政策金利(無担保コールレート オーバーナイト物)を0.1%程度から0.25%程度に引き上げることを決めました。今年3月に行われた「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」及び「マイナス金利」解除に続く、追加利上げに踏み切ったわけです。

マイナス金利政策についてはこちら:
日銀が「マイナス金利」を解除 「異次元の金融緩和策」の転換が暮らしに与える影響は | MONEYIZM

日銀の追加利上げについては、ある意味「既定路線」でした。しかしながら、過去30年間日本の政策金利は0.5%を超えていなかった背景があり、会見に臨んだ植田和男日銀総裁が一応の上限と意識されてきた0.5%を「壁として特に意識していない」と発言をしたこと、利上げのタイミングが大方の予想よりも早かったことが、マーケットに影響しました。

これに刺激を受けたのが、外国為替市場です。利上げ発表前に1ドル=153円台だった相場は、5日には141円台にまで円高が進行し、わずか3営業日で12円もの急騰となりました。

なぜ日銀の利上げ発表がこれほどの円高を呼び込んだかについては、後ほど説明したいと思いますが、こうした状況に日本株を持っていた外国人投資家などが、即座に反応しました。超低金利政策やそれに伴う円安は、大局的には日本経済にとってプラス要因であり、輸出を主力とするグローバル企業の収益は良好といえます。

だから日本株はまだ上がると考えていたところに、その根底が怪しくなる(と彼らが疑う)事態が起こったのです。その結果、大量の売りが重なり、記録的な暴落となった、と説明されています。

日銀は利上げの影響を「否定」

こうした事態を踏まえて、日銀の植田総裁は、8月23日に異例の国会閉会中審査(衆院・財政金融委員会)に出席を求められ、追加利上げに関する答弁を行いました。その場で植田総裁は、米国の主要経済指標から悲観的な見方が急拡大した点が主な要因である、とし日経平均暴落と日銀の利上げとの関連性については、直接の言及を避けています。なお、ドル・円相場の円高化については日銀の利上げの影響があったと示唆しています。

確かにアメリカでは、8月1日と2日に発表された7月の製造業の景況感指数や雇用統計(失業率)が、立て続けにマイナスとなったことで、米国経済の先行きに対する投資家の疑心暗鬼が広がりました。そういう素地のあるところに日銀の政策決定が重なったことが、投資家の心理に大きく影響し、株価の暴落につながった、という見方もできそうです。

株価が急反発したわけ

では、日経平均が過去最大の下げ幅を記録した翌日、今度は急騰するようなことは、なぜ起こったのでしょうか。さきほど、今回の乱高下は経済危機を背景にしたリーマンショックとは違う、と述べました。総論的には、それが1つの答えになると思います。

日本銀行は、個人消費をはじめ各指標が底堅く推移していると判断し、物価安定目標の持続的・安定的な実現という観点から政策金利の引き上げが実施されました。株価下落の要因が日銀の利上げによるものか否かは別に、大幅に株価が下落したことは事実です。90年代バブル崩壊や08年リーマンショック等の過去の経験から、一度下落した株価の回復には一定の時間がかかることは、想定される状況といえます。

税理士法人あるた竹内 翼(税理士・CFP・1級FP技能士)

他方、株価の暴落は、主として投資家の心理的な要因で起こる場合があります。87年のブラックマンデーがその典型だといわれますが、今回の事態もこちらに分類されると考えていいでしょう。ざっくりいえば、米国景気の頭打ち、日銀の利上げという環境変化に直面して、先行きに不安心理をかきたてられた投資家が損失を防ごうと売りを加速させたのが、5日にかけての暴落だったと考えられます。

しかし、これも述べたように、日銀の利上げはすでに織り込み済みのもの。米国の経済指標もマイナスが並んだものの、中身を見ればそれほど悪いものではなく、加えてFRB(連邦準備制度理事会)は、日銀とは逆に9月の政策金利引き下げ=景気刺激策を実施することが確実視されていました。冷静にみれば、経済が底割れするような可能性は低いはずです。

そう考えれば、日経平均が3万1,000円台にまで下落した段階で「買いのチャンス」と捉えた投資家は多かったでしょう。株価が上昇に転じたのを見て、さらに多くの人が買いに向かった結果、株価は大きく戻すことになりました。

以上が、今回の市場の混乱の大まかなストーリーです。株価にいかに心理的なファクターが多大な影響を与えるのかを示した事例ともいえますが、それにしても振幅の幅が大き過ぎる、と思われる方も多いのではないでしょうか。実は「円キャリートレード」という投資に大量のマネーが流入していることが、乱高下を増幅させた、という指摘があります。

円キャリートレードとは

歴史的円安の原因

日銀の利上げ発表に反応して円が急騰し、それが日本株の暴落を招いた、という話をしました。そもそも日本の利上げが、なぜ急激な円高を招いたのでしょうか? その背景にあるのが、外国人投資家などによる円キャリートレードが一因といわれています。

仕組みを簡単に説明すると、投資家は金利の安い円を借り、利息の高い米国債や、アメリカのハイテク関連企業の株式などを買います。ドルでお金を借りるより円で借りたほうがはるかに金利は低く、株の値上がりなどでも利益を期待できるため、日本の低金利政策の下で運用が拡大しました。

ところで、アメリカの金融商品に投資するためには、借りた円を外国為替市場でドルに換える必要があります。今年7月に一時1ドル=160円を突破したようなこのところの歴史的な円安は、まさにその大量の「円売り・ドル買い」がもたらしたものだとされています。為替相場をそこまで動かすくらいの資金が、この取引に流れ込んでいる可能性がある、ということになります。

利上げ発表→円高が進んだのは?

ただし、この投資には1つ弱点があります。借りた円は、いつかは返さなくてはなりません。その時の為替相場がリスクになりうるのです。

相変わらず円安環境ならば、稼いだドルを安い円に換えて返せばいいため、投資家にとっては利益をもたらします。しかし、逆に借りたときよりも円高に振れていたらどうでしょうか。今度はドルの価値が下がっていますから、為替差損が生じます。円の値上がり幅によっては、せっかく投資で儲けた利益を大きく殺がれる、場合によってはトータルで損失を被る恐れもゼロではありません。

投資家の中には、手元資金の何倍もの取引をしているヘッジファンドなどもあり、失敗すれば大ごと。そのためドル/円相場の動向に神経質にならざるをえないと考えられます。

その状況で飛び込んできたのが、予定よりも早い日銀の利上げ発表でした。現状、日米の金利差(日本が安く、アメリカが高い)が縮小すれば、為替は円高方向に進みます。FRBの利下げ方針もあって、今後金利差が縮小に向かう=円高圧力が強まるとみた円キャリートレードの参加者たちが、今度は急いで手元のドルを円に戻す動きを強めたことが、円の急騰を招いた一因ではないか、という背景です。

投資家の中には、保有していた株を売って円高による差損を穴埋めしようという動きもあり、それも株価暴落の一因になったとみる指摘があるのもうなずけます。

今後の経済の動向は

株価の暴落がもたらす影響

稀に見る乱高下を見せた株式相場ですが、再び暴落したりする可能性はあるのでしょうか? これについては、急落後にすぐ戻したこともあり、「一応の調整は済んだ」という見方が強い一方、「暴落局面が終わったとはいい切れない」と指摘する専門家もいます。

ただ、今回の「株価暴落」が、実体経済に大きなダメージを与えるような性格のものではない、という点では、見解は一致しているようです。下落要因は、説明したような投機筋の行動が主因で、例えば多くの銀行が不良債権を抱えたことによる経済損失の波及、といった状況にはないためです。

キャリートレードは、投機筋の投資家が積極的に取引した、とされていますが実際のところ取引を正確に示すデータの存在はないとされます。当面は、回復基調にある株価がどこまで戻るかが注目されると思われ、この点では円安基調に変化もみられることから、一気に4万円台回復というのは難しい、と見る向きが多いようです。

税理士法人あるた竹内 翼(税理士・CFP・1級FP技能士)

なお、今回は新NISAで株式投資を始めた多くの日本人が、1年もたたずに、否応なく株価の暴落に巻き込まれました。NISAをやっていない人も含め、投資の「怖さ」を実感させられたたことによる、心理的な影響を心配する専門家もいます。

歴史的な円安は解消するか

一方、141円台まで一気に円高が進んだ為替相場は、その後やや反発して、144円台での取引になっています(8月26日現在)。長期化する円安は輸入コストの増加を招き、物価高騰の原因になってきました。今回の円の急騰で、円安トレンドには区切りがついた、と考えていいのでしょうか?

述べたように、この間の円安の主因とされているのは、日米の金利差の拡大です。これについては、「日本の利上げ・アメリカの利下げ」により、縮小に転じることが確実で、それが円高方向に向かう圧力になるのは、間違いないでしょう。ただし、今後どのような相場を形成していくのか、正確に見通すのには、やはり困難が伴います。

日銀は、利上げ発表直後に株価の暴落を招いたことから、内田副総裁が「金融市場が動揺する場合には利上げをしない」と発言(8月7日の講演)するなど、総裁と副総裁で政策に対する姿勢の違いに注目が集まりました。少なくとも、引き続き利上げを敢行する、という状況には一定の制限がありそうです。

一方のアメリカは、9月以降についても、さらなる利下げに動く可能性が大いにあります。カギになるのは、さきほども触れた各種の経済統計です。ここで「景気減速」のシグナルが灯れば、FRBがその都度それに対応して、利下げを行うことになるでしょう。景気の過熱によるインフレを抑える目的で利上げを繰り返したのとは逆の政策を、粛々と実行するわけです。

物価高に苦しめられている国民にとって、この間の「行き過ぎた円安」の是正は、好ましいものだといえます。ただ、「緩やかな円高ならば」という条件が付くことには、注意が必要です。円安・円高のメリット・デメリットは、裏腹の関係にあります。仮にアメリカの景気が想定を超えて悪化し、FRBによる利下げのペースが加速するような状況になると、今度は円高が一気に進むでしょう。「行き過ぎた円高」は、日本のグローバル企業の収益悪化、株価の下落、ひいては日本経済の悪化を招く可能性があるのです。

米国FOMC金利は、中期的には中立金利水準(景気の追い風にもブレーキにもならない金利)に落ち着くものと想定されますが、雇用統計等の各種指標にも注目が集まります。また、11月の米大統領選挙も注目すべきイベントです。トランプ氏が返り咲いた場合、ドル安政策や移民政策にも市場が反応することが考えられ、見通しがつきにくい状況ともいえます。

税理士法人あるた竹内 翼(税理士・CFP・1級FP技能士)

いずれにしても、円相場に影響する日米金利差の調整が、当面アメリカの手に委ねられている形になっていることは、認識しておく必要があるでしょう。

記事監修者 竹内税理士からのワンポイントアドバイス

2024年8月初旬の日経平均の歴史的な乱高下は、日銀の利上げ発表に反応した投資家の売買が主因であるとされ、それ自体は実体経済に大きな打撃を与えるものではなかったとみられます。しかしながら、史上最高水準からの日経平均の暴落、急速に円高に向かった為替相場と、日本経済が1つの転換点に立っているのは確かといえます。見通しがつきにくい状況ではありますが、株価はどこまで戻るのか、円安が適正水準に是正されるのか、先行きを注意深く見守る必要があります。

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