サザビーリーグ創業者らへの80億円の課税を取り消した「国税不服審判所」とは?
飲食店併設の生活雑貨店「アフタヌーンティー」をはじめとするアパレルや飲食ブランドを広く手掛けるサザビーリーグの創業者などに対して、東京国税局が計約80億円を追徴した課税処分について、国税不服審判所が全額取り消しの裁決を下していたことが明らかになりました(2022年2月24日に各紙報道)。
いったん決まった課税が取り消されること自体が稀なうえに、これだけ巨額の税が全額“支払いの必要なし”とされたのは、過去にほとんど例がありません。ところで、今回の裁定を下した「国税不服審判所」とは、いったいどんなところなのでしょうか?実は納税者ならば誰でも利用できるその仕組みを解説します。
TOBに伴う株の売買が問題に
MBOで上場廃止したサザビーリーグ
事の発端は、2011年のサザビーリーグ経営陣による自社の上場廃止でした。同社は当時、大阪証券取引所ジャスダックに上場していましたが、「収益環境が低迷するなか、株式の非公開化で中長期の事業改革を進める(当時の報道)」方針を選んだのです。株式の公開(上場)は、市場からの資金調達や会社のネームバリューの向上といったメリットがある半面、株主の意向を無視することができず柔軟な経営がしにくいといったデメリットが顕在化したりもします。このため、大企業でもあえて上場しなかったり、上場廃止の道を選んだりするケースも珍しくありません。
同社は目的を達するためにMBO(経営陣が参加する買収)を実施しました。MBOとは、企業の経営陣が既存の株主から株式を買い取って、自社あるいはその事業部門の経営権を取得することをいい、このように上場廃止の手段としても使われます。ちなみに、2011年はMBOによる上場廃止が相次いだ年で、出版社の幻冬舎、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブも株式が非公開となりました。
国税が申告漏れを指摘した理由は?
サザビーリーグのMBOの一環として行われたのが、TOB(株式公開買い付け)です。TOBは、「買付期間」「買付価格」「買付予定株数」などを公表したうえで、対象企業の既存株主の株式を、証券取引所を通さず買い付ける手法で、ある会社の経営権を“奪取”する場合には「敵対的TOB」と呼ばれます。
このケースでは、経営陣が自社の株式を全株取得する目的で実施されました。具体的には、創業者の親族が全額出資する投資会社が、2010年11月~11年1月にTOBを行い筆頭株主となった後、同社を吸収合併し非上場化する…というスキームでした。
これに先立ち、創業者の鈴木陸三氏と、森正督会長の資産管理会社「三木家」は、投資会社がTOBの資金調達を目的に発行した新株を、1株5万円で6万株取得しました。要するに、TOBを成立させるために出資を行ったわけです。首尾よくTOBを成功させた投資会社は、2015年、鈴木氏らが保有していた株の一部を1株8万円で買い戻しました。その際に鈴木氏らは、株の売却により9億円の利益が出たとして申告を行いました。
しかし、この株取引に異を唱えたのが東京国税局でした。サザビーリーグを吸収合併した後、投資会社の資産が大幅に増えているため、1株8万円という株価は不当に安すぎるのではと指摘をしたのです。
非上場会社の自社株は、基本的に資産が増えるほど評価額が上がります。国税局が弾いた株価は、創業者たちの評価の10倍以上の1株84万円でした。このため、これをベースにした本来の売却益と、申告した利益の差額約210億円の申告漏れが生じていると指摘し、過少申告加算税などを含めて約80億円を追徴しました。
ところが「課税取り消し」に
これに対して、鈴木氏と「三木家」は、19年に国税不服審判所に審査請求を行います。売却額については「投資会社の定款に定められており、適正なものだ」と主張したのです。
その裁決が、今年1月20日付けでありました。結果は、鈴木氏らの言い分を全面的に認め、「国税当局の主張する株価の根拠は明確ではない」というものでした。いったん納付された追徴税は、利子に当たる「還付加算金」を付けて全額が返還されました。
納税者の主張を認めた「国税不服審判所」とは?
課税処分や滞納処分などへの審査請求を受ける
今回、サザビーリーグの主張を認めた「国税不服審判所」は、税務署長などが行った更正(※)・決定などの課税処分や、差し押さえをはじめとする滞納処分などに納税者が納得のいかない場合に、その審査請求を受け入れ裁決を行うことを目的に、国税庁に設置されている機関です。こうした場合、裁判に訴えるという手段が考えられますが、その一歩手前で公の機関に判断を仰げる、と考えればいいでしょう。審査自体に費用はかかりません。
審査請求(不服申し立て)ができるのは、
(1)税務署長などによる処分
- 課税標準等又は税額等に関する更正又は決定
- 加算税の賦課決定
- 納税の告知
- 国税の滞納処分
(2)税務署長など以外による処分
- 登録免許税法の規定による登記機関が行う登録免許税額等の認定処分
- 自動車重量税法の規定により国土交通大臣等が行う自動車重量税額の認定処分
などです。
基本的に税額の多寡などに関係なく、処分に不服がある納税者や、処分により権利侵害を受ける可能性のある人(例えば、抵当権を設定している財産が著しく低い額で公売されることによって、債権の回収ができなくなる抵当権者)なら、申し立てが可能です。逆に、具体的な利益の侵害などがなく、ただ単に処分に不満があるというだけでは、審査請求はできません。
審査の流れ
国税不服審判所に審査請求書が提出された後の一般的な審理の流れは、次のようになっています。
上の図にあるように、審判所の裁決にも納得できない場合、審査請求した人は裁判に訴えることができます。審査請求したからといって、裁判をする権利が失われることはないのです。しかし、国税不服審判所の裁決は行政部内の最終判断となるため、国税当局がそれを不服として新たに提訴することはできません。
裁決の結果は、次のいずれかになります。
①全部取り消し⇒今回のサザビーリーグの事例が該当
審査請求人が原処分の全部の取消しを求める場合において、その主張の全部を認める。
②一部取り消し
審査請求人が原処分の全部の取消しを求める場合において、その主張の一部を認める、または、審査請求人が原処分の一部の取消しを求める場合において、その主張の全部または一部を認める。
③変更
審査請求人が原処分の変更を求める場合において、その主張の全部または一部を認める。
④棄却
審査請求人が原処分の取消しまたは変更を求める場合において、その主張を認めない。
国税不服審判所について、詳しくは『国税に関する処分に納得できない!「国税不服審判所」への審査請求とは?』で解説しています。
納税者の主張が認められる確率は?
納税者にとって心強い存在に思える国税不服審判所ですが、実際の裁決でその主張がどれくらい認められているのでしょうか。
残念ながら…と言っていいのかどうかは分かりませんが、一部でも審査請求が認められる確率は1/10程度にとどまります。
国税庁が公表した20年度の審査の概要によれば、同年度中に処理された審査の件数は2,328件で、そのうち納税者の主張が受け入れられた「認容」件数は、233件(一部認容168件、全部認容65件)でした。サザビーリーグの案件のように、納税者側の「全面勝利」は、全体の3%にも満たなかったわけです。棄却は1,803件・却下が93件・取下げなどは199件でした。
ちなみに訴訟になった場合にも、訴えられた国が敗訴した件数は全体の約8%しかありませんでした。国から課税処分などを下された場合、それを覆すのは至難の業です。サザビーリーグの件は、やはり「異例」と言えるでしょう。
「審査請求」などについて、詳しくは『国税に関する「再調査の請求」「審査請求」「訴訟」は納税者の権利! しかし、“勝率10%”の現実が』で解説しています。
まとめ
サザビーリーグの創業者などが、上場廃止に際して行った株取引に関連する巨額の追徴が、国税不服審判所の裁決で取り消しになりました。このように、納税者の主張を認めることもある国税不服審判所ですが、その確率は極めて低いという現実があります。
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