【事業承継 前編】「事業承継はまだ早い」と考えるのはNG。いつでも譲れる魅力ある会社をつくりましょう

明治通り税理士法人 代表社員 阿部海輔氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

経営者の高齢化もあって、次の代(人)に会社を引き継ぐ事業承継が大きな問題になっている。今回は、昨年、税理士事務所をM&Aにより統合した明治通り税理士法人の阿部海輔代表社員に、事業承継の考え方、成功のポイント、注意点などを聞いた。

記事の「前編」では同事務所が湘南の事務所と統合したM&Aの事例を中心に、「後編」では顧客の事例や事業承継のポイントなどについて語っていただきました。

増えるM&Aによる事業承継

――先生の事務所では、事業承継の案件を今までに何件くらい扱ってこられたのでしょう?

阿部(敬称略) だいたい20件くらいですね。ご承知のように、事業承継には3つの方法があります。親から子などへ引き継ぐ「親族内承継」、従業員から次の経営者を選ぶ「従業員承継」、そして社外の第三者に事業を売却する「M&A」です。

当事務所の場合、東京・渋谷という土地柄もあって、50代くらいの経営者がM&Aを決断する事例が、わりと多いんですよ。バリバリ働いて事業を大きくしたけれど、周囲に受け継げる人が見当たらない。ならば、会社の成長力が鈍る前に売却して、何か別のことを始めようか。例えば、そんなパターンです。もちろん、社長が高齢になって、誰に引き継ごうか悩む、といった案件がないわけではありませんが、他の地域に比べて「まだ若い経営者によるM&A型」の割合が高いし、今後も増えていくと思います。

将来を担うメンバーが挑戦できる場を探した

――御社は、昨年、湘南の税理士事務所をM&Aで融合し、新たな拠点とされました。「買い手」の側だったわけですが、初めにその事例からうかがいたいと思います。

阿部 東京の近郊でM&Aが可能な事務所はないか探し始めたのは、5年ほど前からです。理由は、大きく2つありました。

1つは、税理士資格を持つメンバーに〝挑戦の場〟を作りたい、ということでした。拠点を任せれば「一国一城の主」ですから、渋谷のオフィスにいるのとは違った成長が望めるはずです。そうしたことを通じて、将来の事務所を支える人材を育てたい、という気持ちがありました。

もう1つは、いうまでもなくスピード感を持った規模の拡大です。事務所をゼロから立ち上げるのには、時間がかかります。新たな顧客の獲得や人の採用にはコストも必要になる。初めから地盤や安定収入のあるところと一緒になれれば、そこを拠点にして本社とのシナジーで発展させていくことができるだろうと考えたわけです。

ただ、相手を探す過程においては、苦い経験もしました。

ゴール直前で「白紙」になったことも

――どんな経験だったのですか?

阿部 実は4年ほど前、今回とは別に、当事務所と同程度の規模の事務所とM&Aの交渉を行い、合意寸前までいったことがあるんですよ。でも、最終盤になってから条件面で折り合いがつかず、まとまりませんでした。
 
相手方は40代の若い税理士さんで、事業を売却して新しいことをやりたい、というパターンでした。話はトントン拍子で進んで、デューデリジェンス(DD)※を終了し、銀行からは資金借り入れのOKももらい、というところまで進んでいたのですが、結局は白紙になってしまいました。しかし、あとから考えると一緒にならなくてよかった、とも思うのです。

※デューデリジェンス(Due Diligence):M&Aを実施するにあたり、M&A対象企業(事業)の実態を把握する事前調査。”DD”と略されることも。

――それはなぜでしょう?

阿部 当時は、「とにかく拠点が欲しい」という思いが先行していました。ですから、相手についてのDDは入念に行ったものの、相手方にこちらのやりたいこととか理念とかをきちんと説明する努力を払っていたかというと、必ずしもそうではなかったんですね。考えてみれば、その税理士さんは、M&Aが終わればいなくなるのです。残った人たちとの間に我々との信頼関係が築けていない状況では、多くの人が辞めていくような事態になっていたかもしれません。

まあ、確かに痛い経験でしたが、当事務所にとっては大きな教訓ともなった出来事でした。

M&Aには「共感」が重要

――お話をうかがって、そう感じます。さて、今回の湘南の案件に関しては、当社(ビスカス)が仲介させていただきました。ご高齢の先生が倒れられて、引き継ぐ予定だった税理士も病気になってしまった。「どうしたらいいか」という相談が、事務所で働いているご子息からあり、それを阿部先生につながせていただきました。

阿部 先生とご息子、そしてスタッフ2名の個人事務所でしたが、話をうかがうと、承継をめぐる状況はかなり切羽詰まった状況でしたよ。でも、ご紹介いただいてから1カ月くらいで、M&Aの成立までこぎつけることができました。

――今回は、ご息子が事務所の中枢として残るという形でのM&Aでしたが、スムーズに進んだ理由はどこにあるとお考えですか?

阿部 ひとことで言えば、残られる方々とすぐに意気投合できたからです。我々のやろうとしていることをよく理解してくれて、共感してもらえたというのが大きいですね。

息子さんのおっしゃることに、我々も共感を覚えることができました。地方の個人事務所というと、税務、記帳、申告といった作業系の業務が多いわけですが、彼は財務的なアドバイス、コンサルティング的なことをもっとやりたい、相続のサポートも広げていきたい、と語るわけです。それは、我々のやりたいことでもあったし、そうしたマインドを持った人と組めば、きっと事業の成長が期待できるだろうと思いました。

――あえてうかがうと、一番気をつけたことは何でしょう?

阿部 我々の立場で最もリスクを感じるのは、引き継いだとたんに、そこの顧客がいなくなることです。お父さんとの関係で、仕事を依頼していたお客さんもいるはずです。顧客にしてみれば、事務所の名称が変わること1つとってみても、不安に感じるでしょう。そうした点には、非常に気を遣いましたね。

湘南の事務所のメンバーには、料金や仕事の仕方は従来と変わらないこと、プラス東京の税理士法人と一緒になることで、できる業務の幅が広がるというメリットについて、お客さまを1軒1軒回って伝えてもらいました。大変だったと思うのですが、おかげさまで統合による顧客の離反などは起こりませんでした。

立場を入れ替えると、M&Aで事業を引き継いでもらおうと思ったら、お客さまもきちんと渡せるように手立てを尽くすことが重要です。その点を買い手が安心できるかどうかも、M&Aのポイントの1つになるでしょう。この点は、税理士事務所に限った話ではないと思います。

発揮された協業のメリット

――統合後の体制は?

阿部 お話ししたように、既存のお客さまを守るため、業務内容などは変えずに、体制も従来通り維持しています。事務所の場所もそのままで、当法人の湘南横浜オフィスとしました。

同時に、やろうと思えば、完全独立採算制にして別々に運営するようなやり方も可能だと思うのですが、我々の志向は、そこにはありません。あくまでも協業によるシナジーの発揮を目指していく考えです。

――成果はありましたか?

阿部 一例を挙げれば、M&A以降、湘南オフィスから、以前は受けきれなかった地元の相続案件が持ち込まれるようになりました。それに対しては、本社から担当者を送って対応しています。渋谷には、相続案件はそんなに多くはありませんから、相続をやりたいという思いのあったメンバーのモチベーションアップにもつながったんですよ。

もちろん、課題もあります。顧客がほぼクラウド会計を導入済みの渋谷と違い、いまだに手書きの書類が多いことには、正直驚きました。また、地方特有のお客さまとの「距離の近さ」も、いいことではあるのですが、頼まれた仕事をなんでも親切に受けてしまう(笑)、といった状況は、やはり改善の余地があるでしょう。

こうした問題にも対処しながら、さらに統合メリットを追求していきたいと考えています。

「後編」では、同事務所の顧客の事例や、それらも踏まえた事業承継のポイントなどについてうかがいます。

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