【経営計画書 前編】「経営計画書」を作成すると社長が変わり、 社員が変わり、会社も変わる。 会社や自分の将来を考える機会に
NA税理士法人 代表理事 荒井正巳氏日々、目の前の課題に全力で取り組んでいるけれど、5年後、10年後の会社の姿などは、特に考えたこともない――。そんな経営者は、少なくないはずだ。しかし、事業を着実に成長させていこうと思ったら、将来を見据えた戦略が必要なのではないだろうか。今回は、自らも経営計画書を作成し、「これがなければ、今の当社はなかった」と語るNA税理士法人の荒井正巳代表理事(税理士、行政書士)に、その意義と活用法などについてうかがった。
記事では、「前編」で経営計画書とはどんなものなのか、「後編」でその意義や作成方法などを中心に、お話しいただく。
経営者の進みたい方向を示す「経営計画書」
――はじめに貴社の概要を教えてください。
荒井(敬称略) 当社は、税理士法人になってから、ちょうど10年という事務所です。社員は90名弱で、東京・池袋の本店に60名ぐらいが勤務し、他に練馬、立川、神田、茨城の水戸に支店があります。支店は、すべてM&Aで広げた拠点なんですよ。
お客さまは、法人、個人ともに1,000社、1,000人くらいでしょうか。業種特化はしていませんが、最近はサービス業やIT関連の顧客が増えていますね。グループに社会保険労務士法人を持っているのも、当初の特徴の1つです。
――そんな御社は、自ら経営計画書をベースにした経営に力を入れており、それを顧客にも勧められている、とうかがっています。まず、「経営計画書」とはどういうものなのか、「事業計画書」との違いなども含めて、簡単に説明していただけますか。
荒井 ひとことで言えば、経営者の進みたい方向を示したものが、経営計画書です。そこには、「そもそも自分たちの事業は何のためにあるのか」という経営理念から始まって、会社の将来像やその達成に向けた中長期の経営方針、数値目標などが記載されます。
事業計画書は、そうした経営計画を実現するための方策をより具体的、短期的に明確化したものです。経営計画が“戦略”で、事業計画が“戦術”という位置付けになるでしょう。
会社を経営している以上、経営計画という将来ビジョンは、あって当然とも思われるのですが、特に中小企業の社長さんの場合、忙しい日々を過ごすうちに、気づくとその部分が曖昧になっているようなケースは、決して珍しくありません。
――「とりあえず売上が伸びているからいい」「そんなことを考えている暇がない」といった感じでしょうか。
荒井 そうですね。でも、私自身の経験からしても、しっかりした経営計画を持ち、それを実践することで、会社は変わります。そのことを、一人でも多くの経営者の方に気づいていただきたい、お客さまにもぜひ活用していただきたい、と思うんですよ。
経営計画書に盛り込むべき項目は?
――では、経営計画書は、どのようなものにすべきなのでしょうか? より具体的にお話しいただけますか。
荒井 経営計画書に、「こうでなければならない」という決まりはありません。いろんなひな形も参考にしながら、自社に見合ったものを作ればいいのですが、大事なのは形だけでなく、“魂”のこもったものにすることです。
実は私たちが自ら取り入れ、参考にし、お客さまにも推奨しているのは、中小企業の「未来像経営」を掲げる税理士法人古田土会計(東京都江戸川区)が開発した『人を大切にする経営計画書』というツールなんですよ。
といっても、無断借用しているのではありません。同法人は、自社の顧客にその活用を勧めるだけでなく、中小企業を相手にする税理士事務所への提供にも力を入れているのです。実際、このツールを導入し、顧客に普及している事務所は、数多くあります。
――まずは、自社の経営に生かそうと思ったところが、出発点だったわけですね。
荒井 自分のことで恐縮ですが、開業して15年くらいは、ずっと5人ほどの所帯で仕事をしてきました。あるとき、「事業を成長させるためには、ある程度の規模が必要だ」という思いが強くなって、そちらに舵を切ったわけです。
そういう方針を実現していくうえで、経営計画書を作成し、ある意味愚直にその内容を実践していくというやり方が、大きな力になりました。規模が大きくなったことで、例えば事務所内に営業担当を置くことが可能になりましたし、システム部を設けることもできました。もし経営計画書がなかったら、今の当社の姿もないだろう、というのが私の実感です。
――そういうお話をうかがうと、「お客さまにも使ってもらいたい」という言葉に、より説得力を感じます。御社の経営計画書は、どのような中身になっているのですか?
荒井 「従業員の幸せを追求し、人間性を高める」「お客様に喜ばれ、感謝される」といった経営理念や経営方針、数字としては売上、経費、人件費、利益などについての5期分の計画ですね。加えて、松下幸之助さんや稲盛和夫さんだとかの先人の言葉とか、成功している企業の経営の実例などを載せているのは、一般的な経営計画書とは違うユニークなところかもしれません。
当社では、基本的な理念の部分を除き、決算期ごとに項目自体もなくしたり加えたり、というマイナーチェンジを行っています。数字については、その期の実績をベースにして見直しを行い、新たに5期分の計画を決めていきます。経営計画書を適宜修正、改良しつつ、数字も更新していく、というイメージですね。
――経営計画書は、かなりのボリュームになりますね。
荒井 150ページほどの薄手の書物くらいの厚さです。事務所ではメンバー全員に渡し、読み合わせなどもするのですが、お客さまに対しては、いきなり「これでやりましょう」といっても驚かれてしまうので(笑)、最初は7、8ページの簡易版をお見せしながら、お話しするようにしています。
重要なのは「経営理念」
――どれも大事だとは思いますが、経営計画書を作成する際に必須の項目、特に留意すべきことがらを挙げるとすれば、どんなことになるでしょう?
荒井 どうしても数字の話になりがちなのですが、私はやはり経営理念が重要だと思います。経営理念というのは、決してきれいごとなどではなく、自分たちが仕事をしてどうなりたいのか、何を実現したいのか、ということを表現したものです。
今もお話ししたように、私どもは、中小零細企業の最も身近なサポート役として、お客さまの役に立ちたい、感謝の言葉をいただきたい、という思いで仕事をしています。そこが揺るがなければ、私たちの仕事にとって生命線であるお客さまの信頼を失うようなことはないはずです。
――それを忘れて、目先の利益の獲得に走ったりすると、結局事業が先細りになるかもしれません。
荒井 実際、世の中にはそういう例がいくらでもあります。
――5期の計画を立てるというのには、何か特別な意味はあるのですか?
荒井 必ずしも5期先までの計画にこだわる必要は、ないかもしれません。実際問題、5年先に何が起こっているのかを見通すのは、難しいですから。
ただ、逆にいえば、翌年の計画だけで良しとしているのではいけない、と考えてほしいのです。少し先を見ながら経営を考えていくのが重要なのだ、と理解してください。
「後編」では、経営計画書を作成する方法などについて、さらに語っていただきます。
「人を大切にする経営」を掲げ、経営者の悩みに寄り添った提案をする専門家集団。税務会計業務だけではなく、経営計画書等の経営サポートや、社労士とのワンストップサービス、税理士事務所の事業承継の支援など、幅広いサービスを提供する。
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