【法人設立 前編】法人設立は自分でもできる。でも、プロである税理士に相談した方がいい、これだけの理由

白兼公認会計士・税理士事務所 代表 白兼道夫氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

脱サラして起業したい。個人でやっている事業が大きくなってきたので、法人成りしようか――。そんな場合には、資本金1円でも簡単に会社をつくることが可能だ。ただし、白兼公認会計士・税理士事務所の白兼道夫代表は、「法人設立の際には、メリット以上にデメリットをきちんと説明するようにしている」という。それはなぜなのか? スムーズな法人設立のために必要なこと、注意点などについてうかがった。
記事では、「前編」で法人をつくるタイミングや、そのメリット・デメリット、「後編」で設立時に特に注意すべきポイントなどを中心に、お話しいただく。

法人設立を考える個人事業主は多い

――先生は、公認会計士として、大手監査法人に勤務なさっていた経歴をお持ちですね。

白兼(敬称略) はい。十数年、上場企業の監査や会計アドバイザリー業務に携わった後、4年ほど前に税理士として独立しました。企業の会計監査が世の中で必要とされる重要な仕事であるのは、いうまでもありません。ただ、顧客である上場大企業から求められるのは、決められたルールに沿って間違いがないかチェックをお願いします、という「リスクを潰す」役目なんですね。お客さまの「こうしたい」という希望に沿った仕事がしたいと思って、税理士への「転進」を決めました。

――今日は、そんな先生にまさに仕事上の転機である法人の設立について、うかがっていきたいと思います。最初に、事務所の概要を教えてください。

白兼 現在は、パートさん2名を含めて3名の個人事務所です。お客さまは、法人と個人事業主あわせて約50件で、医療法人・個人開業医やMS(メディカルサービス)法人といった医療関係のほか、IT、不動産、飲食業など、業種はさまざまです。

大半は売上2億円以下の中小企業、事業者の方で、起業間もないお客さまが多いですね。

テーマである会社設立に関していえば、顧問などのご依頼があった時点で、初めから会社にしたいという方や、今は個人事業主だが将来的には設立したいとおっしゃる方は、けっこういらっしゃいます。以前からの個人事業主のお客さまで、そろそろ法人成りをしたい、というパターンもあります。

「所得1,000万円」が1つの目安

――「事業規模が大きくなってきたら、会社にしたほうがいい」といわれます。それはなぜでしょう?

白兼 個人事業か法人かの判断で最も大きいウェートを占めるのは、どちらが税金の支払い額が少なくて済むのか、ということです。

個人事業主が支払うメインの税金は所得税、法人の場合は法人税です。所得税は、所得が上がるほど税率も高くなっていく累進課税という仕組みで課税され、最高税率は45%です。一方の法人税の税率は、原則として年800万円以下の部分は15%、それを超える部分は23.2%で固定されているんですね。ですから、所得が一定水準を超えると、所得税よりも法人税のほうが税率が低くなる、すなわち法人化したほうが節税になるわけです。

――具体的には、所得がいくらになったら法人にすべきなのでしょうか?

白兼 実は明確な「損益分岐点」はありません。例えば、法人になると社長でも会社から役員報酬を受け取ることになるのですが、それには所得税がかかります。つまり法人の場合には、会社の法人税+個人の所得税のトータルの納税額で考える必要があるのですが、経営者がいくら報酬を受け取るのかによって、その金額が変わってくるのです。このほか、法人化すると、後で説明する社会保険料の負担などの問題も生じます。

そうしたことも織り込んで、一応の目安をお示しすれば、「年間所得1,000万円」というのが1つの基準になると思います。事業がそのくらいの規模になったら、あるいは翌年にはそうなる道筋が見えていたら、個人事業主の方には「法人化を考えましょうか」とお話しします。

なお、「売上」1,000万円がラインと思い込んでいる人がいますが、それは誤解です。あくまで売上から経費などを差し引いた所得=利益が基準になることに、注意してください。

――節税になると思って法人化して、逆に納税額が増えてしまったのでは、笑い話では済みません。

白兼 利益についても、継続的にその水準以上をキープできる見通しが立っているかどうかは、重要です。「今年1,000万円を超えそうだけれど、来年はわからない」というような場合には、あえて法人化をお勧めしないこともあります。

会社設立にはメリットもデメリットもある

――今のお話以外に、法人を設立するメリットはありますか?

白兼 例えば賃貸住宅に住んでいるのなら、それを社宅扱いにすれば、家賃の一部を経費にできますし、仕事で使う車の購入費用やガソリン代なども全額経費で落とせます。ちなみに個人事業主の場合は、「家事按分」といって、仕事に使う分のみが経費にできる仕組みになっています。このほか、出張手当や退職金を経費に計上できる、接待交際費が個人事業主よりも経費として認められやすいなど、税金面で多くのメリットがあるんですよ。

それだけでなく、法人になれば社会的な認知度も上がりますから、人を多く雇いたいような場合にも利点があります。金融機関の融資も、個人事業主より受けやすくなるでしょう。

また、開業医や私たち税理士、公認会計士もそうなのですが、1か所だけで事業を行うのではなく、複数の事業所を持つ場合には、法人にしなくてはなりません。このように、事業によっては法人化が「マスト」のケースもあります。

――では、反対に法人化のデメリットは?

白兼 個人事業主は、税務署などへの開業届を出すだけで事業を始めることができますが、会社の設立には法務局での登記が必要です。資本金に縛りはないので、よく「1円で起業」などといわれますが、株式会社の場合、設立時に印紙代や登録免許税など20万円超の実費がかかることは、頭に入れておく必要があるでしょう。

事業開始後も、税務署に申告する際の書類が多く、日々の経理作業なども個人に比べると煩雑です。本業に集中するためには、多くの場合は顧問税理士のサポートが必要になりますから、そうした部分のコスト増は避けられません。

さらに、法人には、社会保険(厚生年金保険・健康保険など)への加入が義務付けられています。けっこう知らない方もいるのですが、その保険料は会社が半分負担しなくてはなりません。高額の所得があると、保険料は100万円単位になりますから、注意が必要です。

――保険料の支払いが負担になって、経営が行き詰まってしまうケースさえあると聞きます。

白兼 ただし、社会保険への加入は、デメリットばかりではないんですね。将来、国民年金に加えて手厚い厚生年金の給付も受けられますし、「社保完備」は求人の際に大きなアドバンテージになります。社会保険に関しては、この両面をみておく必要があるでしょう。

あえてデメリットを説明する

――日本経済の活性化に向けて、国も先頭に立って起業、法人設立を後押ししていますね。

白兼 独立・開業する人を増やしていこう、という総論にはもちろん賛成です。節税メリットなどが明らかな場合には、お客さまの背中を押して、法人設立をサポートします。

ただし、「多少の問題には目をつぶって、今すぐ会社を立ち上げましょう」というような考え方は、私にはできないんですよ。性格的なものかもしれませんが、どうしてもリスクが気になって(笑)。

事務所に相談に来られる個人事業主の中にも、他の税理士に節税メリットだけ説明をうけて法人成りを強く勧められた、という方が時々います。でも、話をうかがってみると、デメリットについては、十分理解していらっしゃらないことが、実際に多いのです。

――そうした場合に、あえて「法人化はやめましょう」と、ストップをかけることもあるのですか?

白兼 会社の設立を勧めるかどうかの大きなポイントは、さきほどもお話しした事業の継続性です。税理士の目から見て厳しそうだと判断した場合には、「1~2年は個人でやって、軌道に乗ってから法人成りを検討してはいかがですか」と率直にお話しします。

――法人化した後に個人事業に戻すことも、可能ではありますよね。

白兼 もちろん可能です。ただし、せっかくつくった会社を廃業ないし休眠させなくてはなりません。また、事業がうまくいかずに、結局廃業を選択することもあるでしょう。

いずれにしても、事業をやめる場合には、個人事業主は廃業届の提出だけでOKなのに対し、法人は法務局や税務署などに対する手続きが必要になります。司法書士や税理士に依頼すれば、本人が煩わしい思いをすることはないのですが、専門家に対する報酬も含めたコストが発生し、手続き終了までには早くても4か月くらいはかかるんですよ。

――会社をつくりたいという気持ちが強いと、どうしてもメリットに目がいきがちですが、あえてデメリットをきちんと知ることは大事なんですね。

白兼 正直、個人から法人になっていただいたほうが、高い顧問料をもらうことができます。しかし、お客さまが無理をした結果、不幸を招いたのでは、元も子もありません。きれいごとをいうのではなく、短期間で廃業などということになれば、結局顧問の私たちも困るのです。

「後編」では、法人設立時に注意すべき点などについて、さらにお話しいただきます。

大手監査法人、会計事務所、民間経理での勤務経験を経て独立。税務顧問、法人設立支援だけではなく、補助金・事業計画書の作成支援や会計ソフト導入支援まで、幅広く経営者をサポートする。公認会計士・税理士である代表がお客様を直接担当している、相談がしやすい「かかりつけの税理士」。

URL:https://cpa-shirokane.com/

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