【相続 前編】相続は人生のドラマ。ハッピーエンドのためには、「家族を想う」事前の準備が大切になる

税理士法人総和 代表社員 益本正藏氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

相続では、些細なことから子ども同士が揉めたり、相続税が思わぬ高額になったり、といった想定外の出来事がつきもの。株価が問題になる事業承継が絡む場合などは、なおさら。今回は、年間100件近くの相続案件を扱う税理士法人総和の益本正藏代表社員(公認会計士、税理士)に、「残された家族が幸せになれる相続」について、事例も含めて語っていただく。
記事では、「前編」で印象に残る相続の事例、「後編」で事業承継が関連する相続の対策などを中心に、お話をうかがった。

税務顧問と同時に相続に対応

――先生は、もともと公認会計士として、会計監査をされていたんですね。

益本(敬称略) はい。不動産業などを営んでいた父親に、「事業をやるのは大変だから資格を取れ」と勧められて、疑うことなく会計士資格を取得したんですよ。大手監査法人で上場企業の監査に携わった後、会計事務所に入所し、法人、個人の税務を経験してから独立開業した、という流れです。

会計士も税理士も企業などの数字を相手にするわけですが、それを見る視点が違います。お客さまにより幅の広い提案も可能になるという意味で、監査を経験したことは、今の仕事にも大いに役立っていると感じます。

――貴社の現在の概要を教えてください。

益本 社員は約20名で、税理士は6名在籍しています。顧問先は数百社あり、不動産オーナーの比率が高いですね。それ以外の業種はバラバラですが、東京・青山という土地柄、Web関連とか、デザイン、アパレルなどのお客さまが比較的多いかもしれません。

また、スポットを含めて、相続も年間100件程度の相談、申告に対応しています。近年は事業承継の案件も増えています。ただ、事業承継の成否だけにスポットを当てていると、例えば後継者とそれ以外の兄弟などとの間で、財産をめぐる問題が起こったりすることもありますから、あくまでも相続の一環として対策を考えようというのが、当社の基本的なスタンスなんですよ。

――わかりました。そうしたことも含めて、いろいろお話をうかがっていきたいと思います。

税務調査で6,000万円の現金が見つかった!

――先生ご自身も数多くの相続案件を手掛けてこられたと思いますが、最初に印象に残る事例をご紹介いただけますか。

益本 監査法人を辞めて入った会計事務所で、初めて担当した相続が衝撃ものでした。今から25年ほど前の30歳ぐらいの頃で、私にとっては“苦い思い出”でもあるのですが、まずはその案件からお話ししてみたいと思います。

都内に住むお医者さんが亡くなった相続で、相続人は自宅に同居していた奥さんと、離れて住む子どもでした。遺産は3億5,000万円ほどで、分割は問題なく終わり、私が相続税の申告を行いました。それから1年とちょっと経った頃だったと思いますが、税務署から私に「税務調査をしたい」という電話があったのです。相続税に限らず、税理士を通して申告していた場合には、普通はまず税理士のところに連絡がきます。

税務調査は、名前の通り納税者が行った申告の中身が正しいのかどうかを調べるものです。税務署が疑いを抱いたときのほか、相続税では遺産が3億円を超えるような場合には、たいてい行われるんですよ。

――申告漏れの財産などがないかを調べに、調査官が自宅にやってくるわけですね。

益本 当日は、2人の調査官が来て、奥さんに質問したり、部屋を見て回ったり。そのときは何かを指摘されることもなく、和やかな雰囲気のまま、私に追加の資料の提出などを求めて、調査は終わりました。

ところが、そこから1週間後くらいに税務署からまた電話があって、「明日、もう1度ご自宅を訪問したい」というのです。何ごとだろうと思って翌日待っていると、今度は若い調査官が1人で来て、玄関のドアを開けるなり「2階の寝室を見せてほしい」と。そして、部屋に入ってベッドの裏のほうをゴソゴソやっていたと思ったら、黒い大きな袋を取り出したんですよ。開けると、帯封の付いたお札が合計6,000万円入ってました。

――映画のシーンみたいですが、要するに奥さんが隠していた。

益本 そうです。まったく聞いてなかった私も驚きましたが、奥さんの「しまった」という罪悪感と後悔の入り混じった表情は、今でも忘れられません。結局、本来支払うべき税金に加えて、重加算税、延滞税というペナルティが課せられて、3,500万円ほどの追徴課税となりました。普通に申告していれば、1,000万円~2,000万円の納税で済んでいたはずです。

――重加算税というのは、加算税(※)の中でも最も重いペナルティです。「悪質な財産隠し」とみなされたのですね。

※加算税:税の申告が正確に行われなかったときに、本来納付すべき税額に加えて課される。申告しなかった場合の無申告加算税、申告税額が少なかった場合の過少申告加算税などがある。

益本 お話ししたようにそれが相続の初仕事でしたから、本当にショックでした。あのときは、自分の無力さを思い知らされたような気がしましたね。もちろん、一番悪いのは税理士にも話さずにお金を隠そうとした奥さんなのですが、例えばそのリスクをもっとしっかりお伝えしていたら、そんな結果を招くことはなかったかもしれません。相続をやる以上、二度と同じような失敗は繰り返すまい、と心に誓った事例でもありました。

――苦い思い出は、先生にとっての原点でもあったわけですね。ところで、その若い調査官は、なぜピンポイントで「隠し財産」のありかがわかったのでしょう?

益本 「再調査」までしたのは、「どこかに現金があるはずだ」という目星をつけていたからだと思います。税務署は、被相続人(亡くなった人)と相続人の過去10年の預貯金口座を調べることができます。彼らなりの経験の蓄積もありますから。

ただ、なぜ1回目にスルーしておいて、2度目にいきなり発見したのかを含めて、そのときのいきさつについては、今でも謎なんですよ。はっきりしているのは、税務署は納税者の不正を結果的に見逃さなかったと、いうこと。

――お金を口座から下ろして自分の手元に置いておけばバレないだろう、といった安易な考え方でいると、思わぬペナルティを課せられるかもしれません。

税金対策は「完璧」だったが

益本 相続というものについて深く考えさせられた、こんな事例もあります。
スポットで相談を受けた、東京近郊に住む不動産オーナーの相続でした。ちなみに、生前のご相談でしたが、オーナーである80歳代のお父さんは、「十分な税金対策を講じているから、本当は税理士に相談するまでもないのだが」というスタンス。それでも、「財産が大きいから」と知人に勧められて、私のところに来たのでした。相続人になる40代の息子さんと娘さんもご一緒でした。

お父さんは、若い頃から将来値上がりしそうな地元の土地を複数購入していらっしゃいました。目論見は当たり、そこにやがて鉄道が通り、市街地に発展したわけです。その土地にマンションやオフィスビルなどを建て、不動産管理会社をつくって管理しており、資産は実勢価格で土地・建物合わせて50億円ぐらいだったでしょうか。

一方、建物の建設資金は、金融機関からの借り入れでまかなっていました。相談時点で、30億円近くの借金があったんですね。

――資産も借金も、一般の人にとってはケタ違いですね。

益本 ただ、それも十分考えられた相続税対策でした。相続の際には、原則として土地は路線価、建物は固定資産税評価額を基に評価され、実勢価格より大幅に減額されます。このケースでも、それら不動産の相続税評価額は30億円を下回り、他の資産を加えても借金のほうが上でした。この場合、相続税は課税されないのです。

子どもは相続税を支払うことなく、50億円の不動産を引き継げることになりました。しかも、毎月家賃収入も入ってくる。一見ハッピーな相続に思えますよね。ところが、息子さんたちにとっては、必ずしもそうではなかったんですよ。

――それはなぜですか?

益本 相談の最中、お父さんが席を外したときに「羨ましいですね」と息子さんに話すと、「財産を残してくれるのはいいけれど、何十億円も借金を背負っていくのは、不安でしかたない」と口にするのです。考えてみれば、若い頃から計画的に不動産投資を行ってきたお父さんに対し、子どもたちは管理会社にもノータッチ。いきなり事業や借金を背負わされることになるプレッシャーは、相当なものだったでしょう。

――親子で話し合うことは、できなかったのでしょうか。

益本 「多くの財産をもらえるのに、何か問題があるのか」という感じのお父さんに対して、子どもたちは意見をいいにくい、という雰囲気でしたね。そうしたことも含めて、果たしてこれはこの家族にとって幸せな相続なのかと、疑問のほうが大きくなりました。

いろいろな案件に接してきて、相続というのは本当にドラマだと思うんですよ。亡くなった人の生き方とか、家族のありようなどが凝縮されていて、しかもそれぞれに違うストーリーがあるのです。

ともあれ、重要なのは円満で幸せなものかどうか、ということ。家族が幸せでなければ、たとえどれだけ節税できたとしても、相続対策がうまくいったとはいえないでしょう。

「後編」では、引き続き事例を紹介いただきながら、事業承継が絡む相続についてお話をうかがいます。

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