【法人化 前編】法人成りには、運営コストの見極めが大事。 将来に向かって考えるべきことは、「個人完結」か「拡大志向」かで違ってくる
桑原税務会計事務所 代表 桑原正樹氏個人事業主が法人成り(法人化)を考える場合、多くは節税が目的だ。ただ、 桑原税務会計事務所の桑原正樹代表(税理士)は、「法人化して何を目指すのかで、考え方ややるべきことが変わってくる」と指摘する。法人設立に関するよくある誤解、設立後も含めた見落としがちな注意点なども併せて、成功のポイントを解説いただこう。
記事では、「前編」で法人化の意味や必要な手続き、注意点などを、「後編」で法人化後の作業や専門家のサポートの受け方などを中心に語ってもらった。
「とにかく節税」か「事業の拡大を目指す」のか
――初めに事務所の概要をお聞かせください。
桑原(敬称略) 千葉県習志野市の津田沼で独立開業して、12年になります。現在、事務所のメンバーは総勢8名、税理士は3名という体制です。
お客さまは、法人150社程度、個人200件程度ですね。千葉という土地柄もあって、業種としては建設・建築業や運送業の割合が比較的高くなっています。特殊なところでは、葬祭業社さんや子ども園なども担当していますが、基本的には業種を問わずオールラウンドで対応しています。
――本日は、個人事業主やフリーランスの法人化のポイント、注意点などについてうかがっていきたいと思います。早速ですが、そもそも法人化すべきかどうかの判断基準について、先生はどうお考えですか? 一般的には、節税が主な目的だといわれます。
桑原 もちろんそうなのですが、最近は、将来的に事業を個人に近いスタイルのままでやっていくのか、それとも人を多く雇って売上や規模の拡大を志向していくのか、というところが大きなポイントになっていると感じます。
なぜかというと、今が雇用難の時代だからです。特に若い人は、職場を選ぶ際に、目先のお金より社会保険や雇用保険などにきちんと加入しているかをはじめ、雇用環境がどれだけ充実しているのかをシビアに見る傾向を強めているんですね。そうなると、社会保険に未加入だったりする個人事業は、選択肢から外されてしまう。
ですから、「拡大路線」で行きたい場合には、ある程度の所得水準になった段階で、迷わず法人化するというパターンが多いですし、それが「正解」といえます。
一方、個人で事業をやりながら法人化するメリットは、やはり「税率差」です。個人に課税される所得税が、所得が増えるほど税率も上がっていく累進課税なのに対して、法人に課せられる法人税の税率は一定なので、利益が1,000万円とか1,500万円とかになってくると、「そろそろ法人化すべきでしょうか?」という相談が多くなります。
――所得が一定の水準を超えると、所得税と法人税の税率が逆転し、その差が開いていく。利益が増えたら法人化しないと、税負担がどんどん増えてしまいます。
桑原 ですから、個人である程度節税対策を打ち尽くして、それでも税率差が出るようなケースでは、法人成りを検討してみるべきでしょう。
注意したい社会保険料負担
桑原 ただし、「個人か法人か」のコスト比較には、税金以外のファクターも存在することには、注意してください。特に問題になるのは、ジリジリ上がっている社会保険料なんですよ。社会保険への加入は雇用に有利だといいましたけど、裏を返すと、法人化したら社保に強制加入になります。決して安いとはいえない保険料の支払いは、経営の大きな負担になりかねません。
このほか、個人に比べて税務申告が大変になるため、税理士への依頼が不可欠になるなど、法人の運営コストは、想定を超えるかもしれません。実際、税率差を考えて法人化してみたものの、経済的には得になっていないような人もいます。
――単純に「所得がいくらになったから法人化」という話ではないのですね。
桑原 そのことは、当然「拡大型」の場合にも当てはまります。従業員が増えれば、それだけ会社の社会保険料負担も大きくなりますから。
法人化したものの、経営がうまくいかずに個人事業に戻ったりするケースもあります。そういう人のほとんどが、この社会保険料負担が原因で行き詰っているんですね。法人化後のコストについては、シビアにシミュレーションしておくべき。このことは強調しておきたいと思います。
「銀行口座開設」というハードル
――そうした検討を踏まえて法人設立を決断すれば、設立の手続きに進みます。その過程で、特に注意すべきことはありますか?
桑原 法人をつくるには、設立登記が必要になります。いつ設立するか、名前はどうするか、資本金はいくらにするか、代表取締役は誰か、株主は誰か。そうした一般的な登記情報を確定し、当事務所の場合であれば、提携する司法書士と連携しながら、情報を記載した定款の認証というステップを踏んで、最終的には法務局に必要書類を提出し、登記完了―という流れになります。
ただ、相談を受けて話を詰めていくと、けっこうその手前のところの基本情報そのものが決まっていなかったりするんですよ(笑)。法人には不可欠な事項ですから、そこは社長になる方にきちっと決めていただくしかありません。
――設立に際して注目されるのが、今の話にもあった資本金の額です。「1円で会社が作れる」といわれますが。
桑原 法的にはそうなのですが、現実には「不可能」に近いといっていいでしょう。大きな理由は、法人として事業を行っていくために必要な法人名義の銀行口座の開設が困難なことです。
資本金があまりにも少額な会社は、「ペーパーカンパニー」ではないか、という疑いを持たれます。特に近年は、法人の口座が特殊詐欺に悪用されることがあるため、金融機関の審査が非常に厳しくなっています。
――法人の信用力が詐欺に使われるのを防ぐ、という目的があるわけですね。
桑原 口座開設に当たってネックになる点は、資本金以外にも考えられます。例えば、事業内容がイマイチ不明瞭なケース。定款には事業目的を書くわけですが、そこにあまりにもたくさんのことが書かれていたりすると、問題になることがあります。
――将来事業を拡大したときにあらためて登記し直す必要がないように、定款には可能性のある業種などはすべて書いておくべきだ、ともいわれます。
桑原 そうした意図が明確になっていればいいのですが、今の事業に無関係なものがいくつも列挙されているために、何をやる会社かがわからないといった状態は、口座開設の審査にプラスにはなりません。
また、最近はバーチャルオフィスで起業する人もいますよね。口座が開けないということはないのですが、そのハードルはどうしても高くなります。社長の住所と法人の登記場所があまりに離れていたりするのも、「なぜ?」ということになりやすい。
要するに、金融機関は、口座を開こうとする会社にちゃんとしたビジネスをしている実態があるのかどうかを気にするわけです。
――その結果、法人の口座を持てないことになったら、スタートの出ばなをくじかれてしまいます。
桑原 口座を開くまで入金先がありませんから、その間は請求書を作りたくてもできないんですね。登記を終えて、念願の会社を立ち上げたとたんに資金繰りに窮する、という笑えない状況になるかもしれません。
資本金に話を戻すと、そうしたことにならない担保という意味でも、ある程度の金額をそこに積んでおくことが大事になるわけです。自己資金をどれだけ資本金に入れられるのかというのは、1つの評価基準になりますから。
――銀行に口座開設の審査をスムーズに進めてもらうためには、どのくらいの資本金が必要なのでしょうか?
桑原 一概にはいえませんが、10万円未満だと、審査の目はかなり厳しくなると考えたほうがいいでしょう。最低でも50万円、できれば100万円以上用意したいですね。
付け加えておけば、資本金については誤解もあって、積んだ金額は使えないとか、供託されてしまうのではないか、というようなイメージを持つ人もいるんですね。決してそんなことはありません。あくまでも自己資金ですから、初期投資や運転資金などに充てることも可能なのです。
現物出資で上乗せする方法もある
桑原 法人化の際に資本金を積み増す必要があるときには、現物出資という方法もあります。出資できるのは、自動車や不動産など資産性のあるもので、その価値に応じた金額を資本金に組み入れることができるのです。
キャッシュが足りなかったり、資本金に500万円以上という下限が定めされている建設業で法人化を考えたりする場合などには、有効な手段といえます。
――手持ちの現金が少なくても、資本金を大きくできるのはいいですね。
桑原 ただし、名義変更を含めた手続きが煩雑で、時間もかかります。苦労した割に税金面などでのメリットは、ほとんどないことも頭に入れておく必要があるでしょう。「どうしても資本金を増額したいときの手段」と考えてください。
なお、個人事業で使っていた業務遂行上必要な資産は、このように現物出資することができますが、一般的には会社に売却したり、賃貸したりする形で引き継ぎます。
例えば、自動車を売却して会社名義にすれば、車両の減価償却費のほか、ガソリン代・自動車税・保険料・車検代などのランニングコストも、基本的に全額経費にすることができます。この場合も名義変更が必要になりますから、速やかに手続きを行うようにしてください。
資産が不動産などの場合には、所有権は個人のままで、設立した法人に貸すという方法もあります。会社が多額の購入資金を用意する必要はなくなりますが、賃料を受け取る形になる個人は、不動産収入の確定申告をしなくてはなりません。
「後編」では、法人化後の手続きなどについて、さらにお話をいうかがいます。
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