【中小企業のM&A 前編】中小企業のM&Aに潜む意外な“落とし穴”とは
ベストの相談相手は同業他社!?

塩見健二税理士事務所 代表 塩見健二氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

中小企業でも、経営戦略の実現、事業承継の手段としてM&A(企業の合併・買収)を選択することは、珍しくなくなった。それだけに、メディアにはさまざまな情報が溢れているが、実際には多くの経営者にとって「知られざる事実」も存在するようだ。今回は、M&Aに関して、スキーム検討から実行のフォローまでサポートしている塩見健二税理士事務所の塩見健二代表(税理士、ソルトルック株式会社 代表取締役)に、その実情をいくつかの事例も含めて聞いた。
記事では、「前編」で中小企業のM&A市場の現状について、「後編」では自社を高く売るためのポイント、見落とされがちな注意点などを中心にまとめた。

M&Aではスキーム作りより難しいことがある

――事務所の概要からお聞かせください。

塩見(敬称略) 会計事務所、コンサルティング会社に勤めた後、2016年に独立して中小企業向けのコンサル会社を設立しました。業務の拡大のために税理士業を始めたのは、4年ほど前のことです。事務所は現在、1人体制で、法人を中心に40軒以上のクライアントがいます。顧客の業種は不動産、飲食、サービス業、メガソーラー発電ファンドなどさまざまですね。

M&Aの業務は独立前から扱っていて、グループ内再編や企業買収などをスキームの検討からスケジュール調整、ファイナンサー(買い手の買収資金を提供する金融機関)との条件折衝、「アフターM&A」まで、一貫して受注しています。売り手側・買い手側、どちらのサポートも行います。

M&Aに関しては、僕の経験上、スキームを作るのはそんなに難しくありません。多くて10パターンくらいしかありませんから。最も難しいのは、会計とか税とか以外の部分で、そういうところにけっこう“落とし穴”があったりするんですよ。

――どんな“落とし穴”なのですか?

塩見 例えば、売り手のメインバンクはM&Aに賛同してくれるのか、買おうとしている会社の株主は、「真実の株主」なのか、業法上の規制は問題ないのか……。

――いきなり「えっ」と感じるご指摘ですが、本日は中小企業のM&Aを成功させるポイントについて、今のような注意点も含めてうかがっていこうと思います。

塩見 わかりました。

「買い手のつかない案件」も多くある

――まず、中小企業のM&A市場の現状について、先生はどう見ているのか、お聞かせください。

塩見 M&Aの件数が増えているのは、確かです。一方で、売りに出したものの、成約に至らず、市場に滞留している案件もすごく多いのです。

――そうなんですね。そうなる理由は?

塩見 ある意味、不動産と同じなんですよ。人気のある会社は、すぐに売れます。一方、業績とか業種だとかの関係で、買い手にとって魅力の薄いところは、どうしても売れ残ってしまう。一見いい会社に見えても、実は「わけあり物件」だったりすると、なおさらです。

――「わけあり」というのは?

塩見 典型的なのは、法律上、問題のあるケースです。例えば、売上を除外している、業法上の違反がある、社会保険逃れをしている。M&A仲介会社は、みんなが同じ「ロングリスト」という、売りに出ている会社の名簿を持っているのですが、こういう会社は、そこにずっと名前が載ったままになります。

もちろん、価格が問題になって売買が成立しないことも、多々あります。売値が高すぎれば、やはり「滞留物件」になりやすい。逆に、買い手の側が、売り手にとって好条件を示しておきながら、交渉が詰めの段階に入ってから「本音」を出してきてブレイクすることも、けっこうあります。

――会社の買収価格を値切るのですか。

塩見 わかりやすく言うと、そういうことです(笑)。M&Aには、売り手が最も有利な条件を提示した買い手と交渉を進める優先交渉権というものがあります。この権利を得るために、最初は、すごくいい条件を出してくることがあるんですよ。

僕も経験があります。売主側でサポートした案件なのですが、当初、買主は「代金は全額キャッシュで支払う」と言っていました。ところが、話が煮詰まってきたところで、「一部は、数年後に買主が課した条件を達成したら退職金として支払うことにしたい」と、急に条件を変えてきたのです。売主の社長は、「話が違う」と言って、結局破談になりました。

――売る側は、望み通りの価格を示す買い手が現れたからといって、手放しで喜ぶのは早いかもしれない。

塩見 買い手はいつも高値で切り出す、というわけではありませんが、そういうことがありうるということは、頭に入れておいてほしいですね。

交渉の中身が変わることもある

塩見 一方で、結果的に「買い叩かれた」形になっても、うまくまとまることもあります。これも私が売主側で経験した事例をお話ししましょう。

コロナ禍で債務超過に陥った会社を売りたい、という案件でした。幸い同じ業界の買い手が現れて、最初は会社を丸ごと売却する方向で交渉に入りました。しかし、先方が査定を進めた結果、やはり会社ごと買うのは難しい、と。そこで提起されたのが、会社の中身だけ買う、というスキームでした。

ひとことで言えば、従業員を含めた事業だけを買主が譲り受ける。そして、借金を抱えた会社は破産させます。会社はなくなりますが、従業員の雇用を守りたいという社長の思いは守れるし、普通に倒産するのと違って手元に売却代金が残ります。

――そんなことができるのですか。

塩見 諸々の条件が整えば、可能です。このケースでは、会社には借金や税金の未納分などの債務が8億円ほどありました。一方、買主と合意した買収金額は3億円。滞納している消費税や社会保険料を支払い、事業停止をして、破産法を活用して、金融や商事債権者に配当されて、債務整理をしました。

もちろん、「無傷」というわけにはいきません。会社の債務の連帯保証になっている売主の社長は、一緒に破産を余儀なくされました。M&A後は、従業員とともに新会社に移り、職に就いています。

「会社を売れば、代表者保証は外れる」という誤解

――売る側、買う側のいろんな思惑が交錯して、M&Aの結果も変わってくるわけですね。

塩見 M&Aはやった人間しかわからない、と言っても過言ではないでしょう。それだけに、いろいろと誤解している経営者の方もたくさんいます。例えば、今の事例に会社の連帯保証の話が出てきました。

社長と話をすると、ほとんどの人が、M&Aをやって会社から去ったら、自動的に金融債務、リース債務や賃貸借契約の代表者保証が外れるものだ、と思い込んでいるんですよ。でも、そんなことはないのです。

例えとして適切かどうかわかりませんが、夫婦で組む住宅のペアローンと同じです。離婚した場合に、家を出た方が、「もう住まないので、あの家の連帯保証を外してください」と銀行に要求しても、「婚姻関係と債務は関係ないんですよ」と言われてしまう。

――いや、非常にわかりやすい例だと思います(笑)。

塩見 融資を受けている銀行に黙って会社の売却を進める人が、実はけっこういるのです。で、M&Aが決まった後に「会社を売ります」と話に行く。本人は、それで銀行との関係はおしまい、と思っているかもしれませんが、そう簡単にはいきません。

会社の連帯保証を外すには、買主の代表者に新たに連帯保証人に入ってもらって自分の名前を消すか、ローン自体を借り換えてもらうかの2つ。でも、諸般の事情で両方ともNGの場合があるわけです。そうなって、「保証は外れないんですか?」と、初めて事の重大さに気づく。せっかくうまくいったと思ったM&Aが、それで振り出しに戻ってしまうこともあります。

M&A仲介会社の手数料は適正か

塩見 M&Aについて、経営者が誤解しやすいことをもう1つ挙げておきましょう。M&Aでは、多くの人が仲介会社を利用します。

――M&Aの件数が増えるにつれて、仲介会社も急増しているようです。

塩見 その手数料の高さが、今問題になっています。はっきり言って、サービスに見合った価格かというと、はなはだ疑問だと僕も感じます。

さきほど、M&Aは不動産取引と同じだ、と言いました。ただ、不動産取引には業法上の規制がかけられていますよね。一方、M&A仲介に関しては、今のところ法的な規制などは何もないのです。だから、提供するサービスの中身も価格も、仲介会社が自由に設定できる。

実は、M&A会社が、売主、買主からM&A後に訴えられるケースも増えているんですよ。高い手数料を支払ったのにどういうことなんだ、と。

――そうなんですか。利用者は、どんなことに不満を感じるのでしょう?

塩見 例えば、買主の場合は、会社の中心人物にいきなり辞められてしまった。売主は、売却代金の支払いで買主と揉めているとか、理由はいろいろあります。

――なるほど。そんな問題も起きているんですね。

塩見 注意喚起という意味で、もう1つ、僕自身の経験した事例を紹介します。飲食店を複数経営している経営者だったのですが、債務を数千万円抱えていて、経営的にちょっと厳しい状況にあったんですね。そこに、あるM&Aブローカーから、こんな話を持ち掛けられたのです。

まず、今手元にあるお金を数ヶ月かけて、業務委託費などの形で会社から流出させる。その後、全部の店舗をいろんな会社に0円譲渡する。そのうえで、会社に残った借金を特定調停というスキームを使って金融機関に債務免除してもらう、というものでした。特定調停というのは、簡単に言えば、裁判所に申し立てを行い、債権者の同意が得られれば債務免除が認められる、という制度です。

確かに、その通り事が運べば、社長も連帯保証の債務から免れることができます。ただ、前段の動きを考えれば、これは明らかな「破産詐欺」。調停も認められない公算大です。債務が減らないばかりか、社長は詐欺の主犯ということになります。

そういう説明をすると、さすがに社長も怖くなって、「断るから一緒に来てほしい」と。何とか事なきを得ました。

――かなり怖い話ですね。

塩見 こんなことが、まったくのレアケースとは言えない現実があります。少しでも「おかしい」と感じたら、ちゃんとした専門家に相談すべきでしょう。

「後編」では、M&Aを進めるうえでのポイントなどについて、引き続きお話をうかがっていきます。

経営コンサルティングで中小企業を支える「ソルトルック株式会社」と、税務会計で中小企業を支える「塩見健二税理士事務所」を運営。資金繰り、相続、事業承継、M&Aなどを、あらゆる金融サービスを活用して成功させる。各士業や金融機関との連携をワンストップで行い、経営者のお悩みに幅広く対応。

URL:https://stlk.co.jp/

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