現場へ張りつき、介護業界や自治体の業務改革で先頭走る
事務機大手のコニカミノルタは、150年間培ってきた画像処理の技術を駆使して介護業界の業務の「看える化」から、疾病・がんの兆候を診断する「診える化」、インフラの老朽化を発見する「視える化」まで、人々の「みたい」に応える。社長時代に社会課題をデジタルで解決しながら、持続的な社会を実現する新規事業に注力した山名昌衛取締役 執行役会長は「売り上げや利益で社員を引っ張る時代ではない。会社が社会につながり、社会に貢献すれば、社員も自律的に動き出す」と課題解決型の会社を標ぼうする。
八木美代子(以下、八木) ビスカスは税理士を中堅中小企業にご紹介する仕事をしていますが、先日、ある税理士の方が来社されてお話をしました。
中小企業のDX化の話をしてるときに、その先生が「実は先日、DXの研修を受けてきた」とおっしゃったのです。「どんな研修ですか」とお尋ねしたら、「コニカミノルタが実施しているDX研修だよ」とのお返事でした。オフィスをフリーアドレスにする場合に業務を効率的にするにはどう変えればいいかというテーマだったそうです。本当に偶然なのですが、今日の対談の直前でしたので、とても驚きました。
もう一つ、以前、プラネタリウムを見に行ったことがあります。どこが運営しているのだろうかと思っていたら、ナレーションの中でコニカミノルタだと知って驚いたことがあります。プラネタリウムの施設も展開されているのですね。御社の事業は奥深いので、今日は楽しみにして訪問させていただきました。
150年培った技術で人々の「みたい」に応えるのが会社のDNA
八木 最初にお伺いしたいのですが、御社の強みは何ですか。
山名昌衛(以下、山名) 4年ぐらい前ですが、世の中がどんどん複雑になって不透明化する中で、当社の幹となるDNA、存在意義とは何だろうと見つめ直す機会があり、それを文章化しました。
原点となるコア技術は4つあります。材料、光学、画像、微細加工です。特に「イメージング」と言いますが、画像処理の技術を使って世の中に提供していることを突き詰め、人々の「みたい」に応えることが当社のDNAと文章化したのです。
お客様の「みたい」は時代とともに変わります。今でしたら、例えば介護士の業務をみえる化する「看たい」、疾病・がんの兆候をみえる化する「診たい」、ものづくりの品質、ガス漏れやインフラの老朽化をみえる化する「視たい」、印刷物を高精彩にして業務のプロセスをみえる化する「見たい」、美しい映像をみえる化する「観たい」が、世の中に提供している「みたい」です。
八木 冒頭の税理士先生がお話なさっていた御社でのDX研修は、業務プロセスの課題をみえる化する「見たい」の範ちゅうに入るわけですね。
山名 そうですね。最初はコピー、プリンターとして複合機を提供するという事業から始まりました。それが今はオフィスの業務フロー、ワークフローを可視化するところまで進化しているのです。複合機から起こった事業が働き方改革のお役に立っているということです。
八木 ガス漏れの検知を、御社が取り組まれているとは意外です。
山名 見えないガス漏れを赤外線カメラを使って24時間365日監視し、「視える化」しています。ここにも画像処理技術が生かされています。遠隔でのガス検知システムですから、熟練した保全担当者が現場にいなくても大丈夫です。また、工場で働く人の動きを見える化することで、安全な働き方を提案して、労働災害を減らすこともできます。
介護施設に1か月以上泊まり込み、24時間、業務を分析して見えたこと
八木 介護士の業務を見える化されているのですね。ビスカスは「みんなの老人ホーム」という介護施設の検索紹介サイトを運営しています。介護施設の職員はとても業務量が多く、苦労をされています。そこに御社の「看たい」が役立っているのを初めて知りました。
山名 介護業界の業務改革に取り組みたいという提案が社内から出たとき、私も「やるべし」と思いました。日本は他の国より先に高齢化が進んでいる。日本の介護分野で課題解決型のDXモデルが作れたら、中国やアジアなど後から高齢化が進む国でもお役に立てるだろうと考えたからです。
八木 どんな参入の仕方をしたのですか。
山名 介護現場の業務を徹底的に観察して、分析しました。「介護士の方はどんな仕事の進め方をするのだろう」ということで、介護施設にお願いして、当社の技術者が1カ月以上にわたって昼夜24時間、寝泊まりしました。つぶさに介護の仕事を見て仕事の仕方を可視化していったのです。
社内で提案が出た当初は、技術中心の参入を検討していました。ベッドからの転倒などは大きな事故につながりますから、センサーやカメラを使ってウォッチすれば、課題解決になるという社内提案だったわけです。
私は技術主導のやり方で大丈夫だろかと考え、部下に疑問をぶつけました。「そもそも介護業務を知っているのか」「一番困っている介護士の業務は何ですか」と根本的な問いを発したわけです。そうしたら、担当の技術者たちもわかってくれて、介護施設に駐在して、介護業務を根本から理解しようとしてくれたのです。
八木 実際、介護施設に入ったら、どんな発見があったのですか。
山名 介護現場に行っている技術者から報告をもらうのですが、その報告の内容がとてもおもしろい。
例えば、とても忙しく働いている介護職員が各部屋を回ったあとに、廊下で立ち止まって3分間じっとしてるっていうのです。
「何をしているのだろうか」と見てみると、ボールペンを持って自分の手に何かを書いていた。「入居者の誰々にどんな支援をしたか」の介護記録を手に書いていたのです。介護記録は介護報酬のポイントにつながりますから、忘れないうちに手に書いていたのです。
これ、改善ポイントになるでしょ。今はスマホで音声入力すれば済む。手に書いて、後で書類に書き写す二度手間が要らなくなるのです。
動きのムダを省くことで、入所者との会話の時間を増やす
八木 現場に入らないと、わからない改善提案ですね。
山名 別の例ですが、施設の3階の部屋からナースコールで呼び出しがあった。介護職員は1階から3階のご入居者様のところまで走ったわけです。部屋まで行って見ると、オムツの交換だった。その職員はオムツが置いてある地下まで取りに行って、また3階に駆け上がった。
その間、介護職員も体力を使うし、何分も時間がかかっています。これをカメラで見て、スマホか何かでご入居者様と話せたら、「オムツの交換ですね」とわかって、まずは地下室に行き、それから3階に上がればいいわけです。
動きのムダを省くことで介護職員が楽になるというだけではありません。時間的な余裕ができますから、入居者の高齢者と話をする時間を増やせますよね。
八木 業務改革で時間を生み出すことはとても大事だと思います。
山名 リハビリテーションの効果もデータで取れるようになりました。高齢者がベッドから降りて車椅子に乗るときの関節の動きやスピードを計測すると、リハビリの効果があったかどうかがわかります。リハビリしているのに関節の動きが鈍いままだったら、今やっているリハビリが合っていないことになります。その場合は、別のプログラムを組むという検討ができるのです。
八木 実際に現場に張り付いて細かいデータを取っていく行動って大事ですね。これは御社の中にコピー機の保守点検の時代から現場に入っていこうとする企業文化があるからできるのでしょうね。
山名 とてもうれしい出来事もありました。当社の事業所には総務や庶務の仕事をする部署があります。コロナで社員が出社せずリモート勤務になったりして、業務量が減った。その総務の仕事をしていた従業員の何人かが自ら手を挙げて介護の勉強をして、介護の資格を取ってくれました。
技術者たちが介護の現場に入って懸命に頑張っている姿を見て、自分たちも介護の事業を大きくするために何か貢献したいという気持ちになってくれたのです。
八木 自分も社会に役立つ仕事をしたいと社員が考える会社は魅力的です。
山名 売り上げと利益を伸ばすだけで社員を引っ張る時代は終わっています。会社が社会につながり、貢献することで、社員が自分たちも社会に貢献するためにはどんな仕事をすればいいか自律的に考え、動くようになる。そういった個々人の変容、成長こそが、10年後20年後の大きな力になると思います。
ですから、イメージングの技術で製品を作るのが最終目的ではありません。イメージングを通じて人々に貢献することが大事です。そこで、2030年を見据えて、「Imaging to the People」というステートメントを経営ビジョンに加えました。
2万件のクリニックとつながり、画像処理の技術で病気の早期診断に生かす
八木 医療分野の「診える化」にも取り組んでおられますね。
山名 なぜ医療分野の新規事業に取り組んだかと言えば、膨大な医療費の抑制に私たちの「診たい」というコア技術が役に立つと考えたからです。
当社の最初の90年間、レントゲンフィルムで「診たい」を実現してきました。フィルムがデジタル画像に変わった。X線装置に加えて超音波も扱うようになり、AI(人工知能)で画像診断の補助もする。当社のヘルスケアの領域は、治療ではなくて、早期の診断をどんどん高度化することです。
早期の診断で早め早めに手を打てば、重い病気になる前に体の状態がわかりますから、早期治療につながり、医療費の抑制にも貢献できます。
診断、検査の領域で活動をしている当社の大きな財産になっているのが、全国2万件のクリニックと画像ネットワークがつながっていることです。
「infomity(インフォミティ)」という医療機関向けのICTサービスですが、診断を助ける画像処理の提供や医療情報の提供などに加え、医療機関同士のデータ共有を行っています。例えば、クリニックで撮影した画像を読影専門医に依頼することもできます。
その次の段階では、お医者さんと当社がつながっているこのネットワークを、患者さんにもつなげようとしています。患者さんを遠隔で診断したり、患者さんにとって早く知りたい情報を送ることも考えています。
八木 医療業界のデータ共有、その先にいる患者さんへのサービス展開のお話はとても興味深いです。ビスカスでも、税理士業界の先生たちのためのDX支援プラットフォーム「ビスカスpal」のサービスを昨年スタートさせました。
現在までに導入実績は100社を突破しましが、今後はビスカスと税理士だけではなく、中小企業の経営者もネットワークでつないでいきますので、「infomity」サービスと同じようなコンセプトです。
御社は自治体のDX化でも先頭を走っておられるのですね。
自治体の業務改革支援で先頭走る、強みは業務分析の300万超データ
山名 予算が縮小して職員の数が少なくなる中で、自治体はコロナ対応で多忙を極めています。自治体の仕事をDX化することは、業務の効率化につながりますので、とても大事な社会課題の解決です。
一番最初は札幌市や神戸市の政令指定都市から始めました。やり方は介護施設の見える化と同じです。当社の技術者、特に製造業の品質保証のプロセスを担当してきた技術者がチームを組んで札幌や神戸に駐在して業務量調査を行ったのです。
自治体の業務フローはほとんど文書化されていませんでした。そこで、どういうワークフローになっているか、アンケートを取ったりヒアリングをしました。ものすごい時間がかかりましたけれど、ワークフローに関わる300万件を超すデータの収集ができました。
八木 300万とは途方もない数ですね。
山名 データを集めてみると、コアになる仕事と、そうでないノンコアの仕事が見えてきました。ある自治体では、ノンコアな仕事に65%も時間をかけている実態が浮かび上がってきました。
業務分析をすることでノンコアの仕事は、ソフトウエアにやらせたり外注したりして、コアな仕事に専念できるようになったのです。
いろいろな自治体の仕事を分析してみると、やり方がそれぞれに違っていました。本来、自治体の業務は同じなはずです。そこで5000ぐらいの業務をAIを使って分析して、8つぐらいのパターンに集約し、そのノウハウを集約したプラットフォームを作りました。
そのプラットフォームのノウハウがありますから、他の自治体に出かけて分析してみると、1週間もかからずに、無駄な作業がわかるし、効率化すべきところがわかるのです。
志が高く、信念をもった中堅中小企業とお付き合いしたい
八木 山名会長は、大企業だけでなく、いろいろな中堅中小企業ともお付き合いされてきたと思いますが、どんな中堅中小企業が良い会社ですか。
山名 オーナーとか創業家の人が志が高く、信念を持って経営している会社は素晴らしいと思いますね。
実際、当社とお付き合いしてもらうとき、どんな技術や顧客を持っているかを分析する前に、トップ同士が共感できるかどうかを大事なチェックポイントにしています。
ここ数年はコロナでなかなか海外に行けませんでしたが、コロナ前だと協業・提携をするときなどは、まずはその創業者、経営トップと直接会ってお話をさせてもらいます。そのオーナーがやり遂げようとされてることと、当社が大切にしてることに親和性があるかどうかを知りたいのです。
もう一つ、その会社ならではの強み、コアコンピタンス(企業の中核能力)は何か、きらりと光るものは何か、ということを見ますね。当社で言えば、イメージングを核として事業を成長させているわけですが、相手企業をみるときも、規模ではなく、その会社が独自の強みを持っているのかを確認します。
八木 私たちのお客様にもいますが、その会社特有の強みや特色を備えた中小企業は成長していますね。今日は、社会の課題解決に寄与してこそ会社は成長すること教えていただきました。丁寧なご説明をありがとうございました。
1977年早稲田大学商学部卒、同年ミノルタカメラに入社。新興国の市場開拓、英国駐在などの海外販売に携わった後、買収した米国プリンター会社のCEOを務める。2006年コニカミノルタホールディングス(現コニカミノルタ)取締役 常務執行役、2014年代表執行役社長、2022年に執行役会長に就任。社長時代には、社会課題をデジタルで解決しながら、持続的な社会を実現する新規事業の開拓に力を注いだ。
各業界のトップとの対談を通して”企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒント”をお伝えする新連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第5回は、コニカミノルタの山名昌衛会長にお話を伺いました。一番印象的だったのは、介護の現場、自治体の現場に徹底して入り込み、業務フローのデータを集積して、業務改革に生かしておられることでした。自治体の業務分析では300万件以上のデータがあるとのことで、その膨大な数に驚きました。