人手不足が常態化する中、
人手を増やさず売り上げを増やす方策を
国の中小企業政策の中核的な実施機関として、中小企業・小規模事業者の成長をサポートしている中小企業基盤整備機構。2024年4月、その理事長に就任した宮川正氏は、東京・大田区の家族経営の町工場を体験しながら育ち、根っからモノづくりが好きだ。その宮川理事長は「人手不足が常態化する時代に入ったのだから、人手を増やさず売り上げを増やすことが重要」と語る。そのためにこそ、仕事を標準化し、デジタル化を進める必要があると説く。
八木美代子(以下、八木) 中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)の豊永厚志前理事長に、このインタビューシリーズの第1回目に登場いただきました。中小企業を取り巻く経済環境が変わっていますので、2024年春に就任された宮川正理事長にぜひお話を伺いたいと思っておりました。
インタビューの準備のため、宮川理事長に関する以前の記事やインタビューなどを読ませていただきました。宮川理事長は「モノづくり」に強い関心を持っておられる。通産省(現経済産業省)に入られた動機の一つが、「モノづくりに関心があったから」とのことでしたね。モノづくりに興味を持たれたきっかけは何ですか。
東京・太田区の町工場が経産省に入った原点
宮川正(以下、宮川) 父が母方の中小企業で働き、役員などをしていました。一眼レフの鏡を作っていました。東京都大田区にあった家族経営の会社で、手作り感満載でした。小さいときから肌身で町工場の雰囲気を体験しました。
小さいときから肌身で町工場の雰囲気を体験しました
モノづくりに関わる通産省に入りたいと思ったのは、大学4年の時でした。大学では経済学を専攻していたのですが、ご承知の通り、経済学はグラフを書いたり、数学を解いたり理論を学ぶ学問です。
大学3年生のころ、川崎製鉄(現JFEスチール)の千葉製鉄所と、今はなくなった日産自動車の座間工場の見学ツアーに参加する機会がありました。この2つの企業の方が大学に講師として来てくれて、半年ほど授業をしてくれました。
授業の一環として、工場見学のツアーが組まれ、モノづくりの現場を見ることができました。その時でしたね、「自分がやりたい仕事はモノづくりだな」と改めて思ったのです。
八木 当時、日本はモノづくり大国で勢いがありました。
宮川 最新鋭のロボットを省力化のために導入し、製造プロセスの省エネ技術に磨きをかけていた時期です。
経済学の授業は「供給曲線がこうだ、需要曲線がこうだ」とか実感を持てない勉強でした。工場での説明はかなり専門的な話ですが、わかりやすく納得の行く説明をしてくれました。新しい技術を入れてモノづくりを革新していくお話で、面白かったです。
八木 宮川理事長が経済産業省の関東経済産業局長、中部経済産業局長をされていたころ、積極的に最先端の技術を持つ中小企業を訪問されていましたね。
宮川 中小企業庁の次長もしていましたので、中小企業とはいろいろご縁をいただいています。役所の中にいるよりも、中小企業の経営者の方々のお話を伺うほうが楽しかったです。オーナー経営者は、自分の会社、自分の社員をこよなく愛しておられる。一国一城の主として体を張って、人生のほとんどを自分の会社に使っておられた。
八木社長も創業者ですから、ご苦労されたのではありませんか。
八木 おっしゃる通り、会社を軌道に乗せるまで大変苦労しました。
税理士のネットワークづくりに苦労しました
私は若いころ、家族の相続のことで弁護士さんを探したことがあります。しかし、どの弁護士さんが相続の専門家なのか、うちの家族の相続に適任なのかがわからず、探すのに大変苦労しました。
弁護士さんを探してマッチングして差し上げるビジネスが成り立つのではないかと考えたのですが、弁護士が紹介者に対して金銭や謝礼を支払うのは違反行為だと知りました。
ほかにマッチングになじむ士業はないかと検討し、税理士の先生を紹介するビジネスを立ち上げました。
一番苦労したのは、税理士事務所を訪ねて、ビスカスのネットワークの中に入ってもらうことでしたね。税理士の先生がオーケーしてくれなければ、税理士を探しているお客様にご紹介できません。
税理士を紹介するビジネスがほとんどなかったせいか、税理士先生のところに行っても、「まあ、座ってお茶でも飲んで行きなさい」と言われて、取り合ってくれないことも多かったです。税理士のネットワークづくりに苦労したことを覚えています。
今では、たくさんの税理士先生たちとタッグを組んで、中小企業、個人事業主の皆様のご要望にお応えしています。
本題に入りますが、中小企業の一番の課題は何でしょうか。
人がやるべきこと、機械に任せることを仕分けするのが大事
宮川 課題はいろいろありますが、今直面している一番の課題は、人手不足ですね。人口が減っていますし、働き手も減っています。といって、人手不足を解消する打ち出の小槌みたいなものはない。働き手が減っているなかで、いかに人手をかけずに売り上げを大きくしていくかが重要です。
人手をかけずに、というのは、かっこよく言えば、生産性を上げることです。そのためには、機械やシステムに置き換える工夫をすることです。その工夫をするためには、仕事のやり方を独自のやり方ではなく、標準化したやり方に変えていく必要があります。
八木 デジタル化を進めるために大事なことは何ですか。
宮川 デジタル化というと、一夜にして変わるイメージを持ってしまいますが、地道な努力が必要です。経営者が最初にやらなければならないことは、「ここは削れる仕事だよね、ここはデジタル化できるね」と仕事の内容を見極めることです。人間の技が欠かせないところと機械で代用できるところを仕訳するプロセスがなければ、機械化、デジタル化はうまくいきません。
デジタル化は社長の大号令で済む話ではなく、会社全体で取り組む必要がある。そのためには社員、従業員になぜデジタル化するのかを理解してもらうことが前提になります。最近は「DX化しましょう」なんて言われるけど、そんなに簡単なことではない。社員の理解が前提だということを考えないと、頓挫します。
先日、ある企業を訪問してお話を伺いました。「デジタル化を進めたら、社員の力に差が出る。そのことを理解してもらうのにとても苦労している」とおっしゃっていました。年齢に関係なく、自分の仕事の進め方にこだわってしまう方がいる。概してシニアの方は自分のやり方でうまくやってきたから、どうしても仕事を標準化することに抵抗してしまう。
だけど、人手不足が常態化する時代になって、標準化は避けられない。製造業で多能工という言い方がありますよね。私たちの仕事も、多能工的になっていくと思います。機械に置き換えられる仕事は機械に任せ、人間は機械にはできない様々な仕事をやる時代になりますね。
デジタル化が進めば、生産性の違いによって給与も変わる
八木 そのとき、給与体系も変わりますか。
宮川 標準化が進めば、給与体系も変わってくる。基礎的な給与はあるとしても、生産性を上げた社員には標準給与以上の報酬を支払うことが求められます。
経営者はこれまでのように経費削減、コストダウンに頼って利益を上げる発想ではやっていけなくなるでしょう。インフレの時代に入って、日本全体もそうですし企業もそうだけど、全体のパイを増やしていかなければなりません。パイが増える分は標準化以上の仕事をした社員に報いることを忘れてはいけません。
八木 仕事の標準化、デジタル化を進めるために中小機構はどんなお手伝いをしてくれますか。
宮川 社長さんが「標準化するぞ」「生産性を上げるぞ」と言っても、社員から反発を招くこともあるでしょうから、そこは中小機構がお手伝いします。
デジタル化は社長の大号令ではなく、会社全体で取り組む必要があります
中小機構は、デジタル化のための様々な支援メニューを用意しているので、ぜひ活用してほしいですね。その一つが「ハンズオン支援」制度です。伴走するという意味で「ハンズオン」という言い方をしていますが、具体的には専門家を派遣する制度です。
テーマはたくさんあります。戦略・計画の策定、管理会計の導入、人事制度の構築、マーケティング、そしてデジタル化や生産性向上もターゲットです。
やっていただく順番としては、例えば、社員の人たちがデジタル化することの意味を座学で学んでもらいます。経験と実績を持つ専門家が、他社ではこうやって生産性を上げているといった豊富な事例を説明して、皆さんの会社でも導入したらどうですかと説明していきます。そのうえで、専門家を一定期間派遣します。専門家はアドバイスに徹し、その会社の社員が主体的に取り組むことを促します。
ほかにも、IT化の悩みを気軽に相談できるオンライン相談サービス(IT経営サポートセンター)などいろいろな支援メニューがあるので、活用してほしいですね。
デジタル化したら、すぐに業務の生産性が上がるわけではないという覚悟が必要です。今までやってきた人間の知恵とかいいところを抽出して残しながら、一方で、機械に任せられないところがどこで、社員が多能工的に働くにはどうしたらいいか、そんなことを一歩一歩考えながら、改善していく努力が必要です。
八木 私がお客様と接して思うことと共通しています。最近、生成AIを活用して生産性を上げていくみたいな話がありますが、現実的ではない。私たちのお客様は年商2億円以下という小さな会社を経営されているところも多い。そういう会社さんがいとも簡単に生成AIを導入できるなんて話はないと思います。誰か専門家が架け橋となり、アナログで教えながらデジタル化を進めることがとても大事だと思います。
人手不足以外に、中小企業が抱える課題は何ですか。
「事業承継・引継ぎ支援センター」「後継者人材バンク」の活用を
宮川 事業承継の問題解決は待ったなしです。「2024年版中小企業白書・小規模企業白書」によれば、中小企業の半数は後継者が不在です。
不在というだけではなく、次の世代に任せる決断ができないことも多い。経営者が年を取ってきて、ご自身でも「どうしようかな」と思いつつも、「自分が引退したら、気が抜けてしまう」と考えて、跡継ぎ問題が先延ばしになっている中小企業もあります。
八木 経営者にはいつまでも働いて、生きがいを持ってもらいたいと思う半面、後継者がまったくいない状態で経営を続けるのは、リスクがありますし、健全ではないと思います。
宮川 事業承継の問題は、ここ10年は、改善してきている印象です。以前だと、何が何でも子どもに継がせたいという経営者が多かった。最近は、「会社を売る」ということが一般的になってきたので、第三者承継に抵抗感が少なくなっています。
家族に継がせる場合でも、事業承継税制ができて、会社を継ぎやすくなりました。
八木 事業承継税制は、会社の後継者が先代経営者などから自社株式などを取得した場合に、一定の要件を満たしているときは、贈与税や相続税の納税を猶予され、3代目になると猶予された税金が免除される制度ですね。
ビスカスは、M&A(合併・買収)や事業承継のご相談を受けています。税理士の先生ご自身の事業承継を手掛けた件数は、国内で突出しています。
税理士の場合、息子さんや娘さんがいても、資格を取らないとできない仕事なので、後継者が実際はいないというケースは多いです。
宮川 ある程度規模のある企業でしたら、M&Aの専門会社に依頼して、別の会社に事業を引き継いでもらうこともできます。規模の小さな会社だと、M&A専門会社を使うと割に合わない。
そこで、中小機構では「事業承継・引継ぎ支援センター」の全国本部を担い、親族内の承継だけではなく、第三者への承継もお手伝いしています。また、後継者がいない経営者の方と、創業したい方とをマッチングする「後継者人材バンク」もあります。
実際は、各都道府県の商工会議所等の中に「事業承継・引継ぎ支援センター」を置いていますので、ご自身の会社がある所在地で気軽に相談できます。
八木 中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人になる「経営者保証」が事業承継のネックになってはいませんか。金融庁が2023年、金融機関に対して、融資する際に安易に経営者保証をとらないようにとの指針を出しました。
宮川 契約前に調整のうえ経営者保証の解除を義務化する動きはありますが、契約した後にしか経営者保証を外せないので、後で「外すはずだったじゃないですか」ともめることも想定しなければなりません。
ですので、事業承継・引継ぎセンターなどの専門家への相談も含めて、確実に承継できるようにすることが大事です。
価格転嫁がスムーズにいくためには、しっかりとした原価管理を
八木 3つ目の課題として、価格転嫁の問題をお伺いしたいと思います。政府は 中小企業の取引先に対する価格転嫁がスムーズに行くように「下請けGメン」(取引調査員)が実態を調べ、価格転嫁に応じない大企業の名前を公表しています。
価格転嫁の交渉が苦手な経営者は多い
経済産業省が調査したところ、コスト上昇分を価格転嫁できている中小企業は半分に満たない。また、全く価格転嫁できなかった中小企業がなお2割程度残っています。価格転嫁について中小機構はどんな役割を果たしていますか。
宮川 下請けGメンなど強制力を働かせるのは経済産業省や中小企業庁がやっています。中小機構は、中小企業がしっかりと価格交渉できるように、例えば品目別に原価管理できるようにアドバイスしています。
八木 価格転嫁は、交渉次第ですからね。
宮川 中小企業が自分たちの製品の価格を決めるときにも原価をしっかり把握しておくことが大事です。ましてや取引先に納得してもらうためには、どこまで開示するかは別にしても、原価をしっかり管理しておくことが前提です。エビデンスがあって初めて、自社の社員も取引先も納得できます。
どうやって相手に話を切り出すか、どういう言い方をして折衝するかといった交渉術もご教示します。
中小機構は、「中小企業大学校」という組織を持っています。全国9カ所に中小企業大学校がありますが、コロナになって、ウェブを通した多彩なメニューを用意するようになりました。
ホームページを見ていただければ、例えば、「人手不足時代に挑む中小企業経営陣に向けた研修」といったテーマなどで参加者を募っています。
下請け構造から脱却するためにも輸出が大切
八木 ほかにはどんな課題がありますか。
宮川 営業というか、販路開拓はどの中小企業も共通した課題です。その中で一番大きなテーマは輸出です。元気のある中小企業は、下請けの構造から脱却して、自分たちで完成品を作って、海外に販路を開拓する意欲がとてもあります。
中小機構には、J-GoodTech(ジェグテック)というマッチングサイトがあります。製造業、卸売業、サービス業など幅広い業種の国内中小企業、大手企業、海外政府機関が推薦する海外企業など約3万5000社が活用するビジネスマッチングサイトです。
日本と取り引きしたい海外企業も約8000社が参加していますので、海外でのビジネスパートナー探しや新規取引に向けた商談などがサイト上で行えます。
全国の中小機構のアドバイザーがビジネスマッチングのサポートを実施しています。サイトに登録していただくと、海外企業からコンタクトがあれば話し合いが始まります。
マッチングサイト上でのやりとりだけでは商談の実現に結び付きにくいので、支援活動も行っています。専門家が商品開発についてアドバイスしたり、商社の方が複雑な輸出手続きについて教えて差し上げたりとか、商談が実現できるように支援しています。
中小機構は独自の海外ネットワークを構築しています。インドネシア商工会議所、タイ投資委員会など世界各国の関係団体と業務連携しています。さらに踏み込んで、タイの工業省に職員を出向させています。タイ工業省も相談窓口「ジャパンデスク」を設置して、日本企業や支援機関、自治体などからの相談を受けています。
八木 どんな業種が、輸出志向が強いのですか。
宮川 業種は問いません。輸出志向が強いといえば、伝統工芸は強いですね。先だってお話を伺ったのは、焼酎メーカーです。焼酎そのものではなくて、蒸溜する技術を輸出したいとのことです。技術指導するってことですね。自社の規模を拡大していくためには、国内に限らず海外にも販路を見つけていく積極姿勢が大事です。
東京都出身。東京大学経済学部卒業後、1982年4月に通商産業省(現経済産業省)入省。中部経済産業局長、大臣官房審議官(政策総合調整担当)、中小企業庁次長、関東経済産業局長、製造産業局長、大阪ガス代表取締役副社長執行役員等を歴任し、2024年4月から独立行政法人中小企業基盤整備機構理事長。
各業界のトップとの対談を通して”企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒントをお伝えする連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第17回目は、中小基盤整備機構の宮川正理事長です。宮川理事長は、モノづくりに関わりたいという気持ちで通産省(現経済産業省)に入省した経歴を持っています。人手不足が常態化する時代には、中小企業であっても経営手法が変わることを強調されていたのが、とても印象的でした。