「事業承継の対応」
という節税術
経営者の高齢化に伴って、中小企業、家族経営などの小規模事業者の事業承継が大きな課題になっています。多くの経営者の悩みの種は、「後継者」と「資金」です。課題を乗り越えて、会社を引き継いでいくためにはどうしたらいいのか、ポイントを解説します。
事業承継の課題と
対応策
経営者として育成する
子どもに事業を継がせる場合、“親の七光り”の状況では、従業員にも取引先にもそっぽを向かれてしまう公算大です。社長としての能力、資質を身につけてもらうためには、育成のための教育や経験が不可欠です。
後継者には、できるだけ早い時期から会社に入ってもらい、営業などの現場や、総務などのバックオフィスを一通り経験できるようなローテーションを組んで、経験を積ませるべきでしょう。加えて、経営企画などの経営の中枢を担当させることにより、経営者としての自覚を育てることが重要になります。
こうした社内での教育には、従業員との信頼関係や一体感を築くことができるほか、現経営者の目の届く場所で、経営者としての振る舞いや働き方を直接受け継ぐことができる、というメリットがあります。 従業員承継においても、同様の意識的な社内教育が必要になります。早めに後継者を明確にし、社内外からの理解を得られる環境をつくることが大切です。
税負担への対応が必要
親族内承継においては、先代経営者から後継者に対し、株式や事業用資産を贈与、相続により移転するのが一般的です。ただし、そのため後継者に発生する贈与税、相続税の負担が、事業承継の大きな障害となる場合が少なくありません。できるだけ負担が少ない形で、移転を進める必要があります。 そのために多く用いられるのが、次のような方法です。
税負担への対応① 暦年贈与
贈与税は、もらった金額が多くなるほど税率も上がる累進課税になっています。年間110万円という基礎控除(非課税枠)も使いながら、自社株や財産を少額ずつ生前贈与(暦年課税)していけば、節税は可能です。
ただし、節税を意識しながら高額の資産を渡すためには、長い期間が必要になります。また、24年1月からは、相続税への「生前贈与加算」が、従来の相続開始前3年から7年に順次延長されています。この期間に行われた財産の移動は贈与とは認められず、基礎控除分も含めて全額が相続財産に加算されて、相続税計算のベースとされます。
税負担への対応② 相続時精算課税制度の利用
一方、税務署への届け出をすることで、2,500万円までの財産を贈与税ゼロで贈与できる相続時精算課税という制度があり、60歳以上の父母や祖父母(贈与者)から18歳以上の子や孫(受贈者)に対して財産を贈与した場合に選択することができます。税金は相続発生時に、贈与された金額を相続財産に加えることで、相続税として納めます。
24年から、この制度には従来なかった基礎控除(年間110万円)が新設されました。こちらには生前贈与加算はなく、相続発生時まで基礎控除を使った贈与が認められます。相続税の財産評価は贈与時のものになるので、例えば自社株が将来値上がりしそうな場合には、この制度を使って贈与しておけば、節税効果が大きくなります。
税負担への対応③ 事業承継税制の利用
贈与や相続で自社株に課税される高額の税金が事業承継の障害になっている、という状況を打開するために設けられたのが、事業承継税制です。事業の後継者が自社株を贈与ないし相続で取得した場合、一定の要件を満たせば税金の支払いが猶予される、という制度です。
後継者が税の負担なく、経営に必要な自社株を譲り受けることができるのは大きなメリットですが、あくまでも納税猶予で、承継後に必要な要件を満たさなくなった場合などには、納税が必要になることもあります。
こうした対策には、一長一短があり、最も自社に見合ったやり方を選択する必要があります。早めに税理士などの専門家に相談し、助言を仰ぐべきでしょう。
自社株の分散を避ける
事業承継が絡む相続で避けなければならないのは、自社株の多くが後継者以外の相続人に分散してしまう事態です。中小企業では、経営者が自社株を100%保有するのが理想で、その比率が下がると、安定的な経営の足かせになったり、他の相続人から買い取りを請求されて、会社の資金が流出したり、といったトラブルになりかねません。
先代経営者が計画的な贈与を行っておく、後継者に確実に株を渡せる遺言書を作成しておく、といった事前の対策を講じておくことが重要になるでしょう。
従業員承継の後継者の資金調達
従業員承継の場合は、前にも述べたように、自社株の買い取り資金をどう確保するのかが、大きな壁になります。一般的には、金融機関からの借り入れや、後継者候補の役員報酬の引き上げ、会社からの借り入れなどが選択肢となります。また、さきほどの事業承継税制は、従業員承継でも利用可能です。
近年、ファンドやベンチャーキャピタルなどの投資によって、株の買い取り資金を調達する事例がみられるようになりましたが、当然、事業の将来性などの条件を満たす必要があります。資金調達の可能性については、やはり専門家のアドバイスを受けるべきでしょう。
「60歳には準備に着手」が
望ましい
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」(第3版、2022年3月)は、「後継者を決めてから事業承継が完了するまでの後継者への移行期間(後継者の育成期間を含む)は、3年以上を要する割合が半数を上回り、10年以上を要する割合も少なくない」と述べたうえで、「平均引退年齢が70歳前後であることを踏まえると、概ね60歳頃には事業承継に向けた準備に着手することが望ましい」と指摘しています。
実際には、経営者や会社の置かれた状況は千差万別で、事業承継に必要な時間もさまざまでしょう。ただし、着手が遅くなるほど、選択肢が狭まるのは確か。事業承継が頭に浮かんだら、できるだけ早く行動に移すべきだといえます。
この節税術に必要な
心構えとは
事業承継には、親族内承継、従業員承継、M&Aの3つの手法があります。どれを選択するのかを含め、早めの着手が成功の第一歩。まずは顧問税理士などの専門家に相談してみることをお勧めします。