【相続税対策 前編】元国税専門官が語る相続税対策のポイントと注意点 早く準備を始めるべき理由とは
中林善明税理士事務所 所長 中林善明氏「相続税は高いんじゃないのか」「どんな準備をしたらいいのかわからない」――。相続・贈与についての疑問や不安を持つ人は多い。不動産などの資産を持っていたり、あるいは事業承継が絡んだりするケースはなおさらだ。今回は、国税専門官として相続税をはじめとする資産税関連の調査事務に長く従事したキャリアを持つ一方、自ら相続対策として不動産保有会社を実質経営する中林善明氏(中林善明税理士事務所所長、税理士)に、“相続を知り尽くしたプロ”ならではの話を聞いた。
記事では、「前編」で制度改正された生前贈与、事業用不動産を活用した相続対策などについて、「後編」では事業承継のポイントなどを中心にまとめた。
国税局、税務署で資産税関連業務に携わる
――先生の事務所の概要を教えてください。
中林(敬称略) 2017年秋に千葉県習志野市に設立して、7年ほどになります。現在、法人は60社超、個人事業で約20名から顧問契約をいただいています。税務とは直接関係ないのですが、事業承継アドバイザーとして、都内の大手企業などの顧問もしています。また、縁あって福岡県内の仕事が増えたため、2024年7月、同県柳川市に記帳代行会社(中林税務会計マネジメント合同会社)を設立し、2拠点体制で事業展開しています。
――先生は、国税にいらっしゃったそうですね。
中林 はい。大学卒業後、東京国税局と税務署に勤務し、主に相続税や贈与税、不動産売買に係る譲渡所得税など、資産税関連の調査事務に20年以上関わりました。その後、千葉西税務署資産課税部門の統括国税調査官として、税務調査管理や若手育成などの業務に携わった後、税理士に転職しました。
税理士業と同時に、自分で不動産保有会社を設立して、経営者、不動産投資家としても活動しています。当社にいらっしゃるお客さまで一番多いのが、純粋に事業経営のアドバイスを求める方なんですよ。そういうときに、自分の経営者としての経験は大いに役立っていると感じます。
相続対策の必要な人は
――今日は、そんな先生に、ご専門である相続対策についてうかがっていきたいと思います。相続については、みなさんどんな悩みを抱えて先生のところにいらっしゃるのでしょうか?
中林 最も多いのが、「相続税は、いったいいくらかかるのでしょうか?」というご相談です。すごく高い税金を取られるのではないか、と心配になるわけですね。ただ、実は一般の方にとって、相続税はそんなに「重税」ではありません。
相続税には、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」という基礎控除(非課税枠)があります。例えば、相続人が3人なら4,800万円。故人の残した相続財産からこの基礎控除額を差し引き、残りの金額に課税されるわけですが、相談に来る方の中には、遺産が基礎控除の範囲内のケースも多いのです。
――それならば、そもそも相続税はかかりませんね。
中林 課税対象になっても、大まかに言って、相続人が妻と子ども2人で相続財産が1億円ならば、相続税は300万円くらい。遺産の3%程度です。相続税は、相続財産が多いほど税率が上がっていく累進課税になっているので、同じ条件で遺産が2億円ならば、相続税は1,350万円、7%程度の負担額ということになります。
――確かに、遺産額からみて驚くほど税金が高いというわけではないようです。
中林 今の例は、相続税の配偶者控除(※)を使って計算していますから、相続人に配偶者がいない場合には、税額が上がります。一方、要件を満たせば自宅などの評価額を最大80%減額できる小規模宅地等の特例を使えば、相続財産自体を大きく減らすことができるんですよ。
※相続税の配偶者控除 被相続人(亡くなった人)の配偶者は、相続した財産の1億6,000万円か法定相続分のどちらか多い金額まで相続税がかからない、という制度。
ただ、いずれにしても、お話ししたように相続税は相続財産が多いほど税率が高くなり、最高は55%です。私の経験から言わせていただくと、今の相続財産に対する税額の割合が10%を超えるようなケースでは、生前からしっかり対策を進めるべきだと思います。
認知されていない贈与のルール変更
――わかりました。そうした相続対策について、具体的なお話をうかがっていきたいと思います。オーソドックスな対策として、生前贈与があります。できるだけ財産を渡しておくことで相続財産を減らすことができるわけですが、贈与に関しては、2024年から大きな制度の変更がありました。一般の方の理解は進んでいる印象ですか?
中林 いいえ。正直、ほとんど浸透していないのが実情です。国税庁や税理士会のPR不足もあると思うのですが(笑)。
変更点について、簡単に説明しておきましょう。贈与には年間110万円まで非課税の「暦年課税」と、2,500万円まで非課税で贈与でき、相続時に相続税として納税する「相続時精算課税」があります。相続時精算課税を選ぶときには、税務署への届け出が必要です。
歴年課税で贈与していた場合、相続開始前3年分については贈与とは認められず、相続財産に加算されていたのですが、この期間が段階的に7年まで延長されることになりました。それだけ非課税で贈与できる期間、金額が減るということです。
一方、相続時精算課税のほうには、従来なかった年110万円の基礎控除が新設されました。しかも、こちらは相続財産に加算されたりはせず、相続時まで非課税枠を使った贈与を行うことが可能になったんですよ。
――非課税枠を意識しながら毎年贈与を行っていく場合にも、相続時精算課税を選んだ方が有利ですよね。
中林 そうです。ところが、私のお客さまでもほとんどが、ルール変更があったことを知らず、話をすると、「えっ、そうなんですか」と驚かれる。それまで暦年課税で贈与をしていた人は、みなさん速やかに相続時精算課税に乗り換えられます。
――そうしたことを知っているかどうかで、相続になったときの納税額に、けっこう大きな差が出そうです。
中林 ただし、生前贈与の節税効果を高めるためには、相続時精算課税を選ぶだけでは不十分です。できるだけ早く始めて、非課税枠を意識しながら、少しずつ時間をかけて渡していく必要があるのです。
贈与には、住宅取得資金や教育資金、結婚子育て資金といった特例もあって、上手に使えば大きな節税メリットが期待できます。しかし、これらもタイミングが重要で、高齢になってからでは、あまり意味がないこともあります。
――どんな制度があるのかを調べて、早めに準備を始めるのがポイントですね。
「不動産投資を兼ねた相続対策」には注意点も
中林 不動産投資というのも、相続対策の「王道」といえます。現金を不動産に換えておけば、相続時の課税評価額を減額できるからです。アパートなどの賃貸物件を金融機関から融資を受けて建てれば、さらに減税効果は大きくなります。
賃貸アパートなどを建てて人に貸すと「貸家建付地」となり、賃貸割合などに基づいて、相続税評価額が減額されます(※)。「貸付事業用宅地」として小規模宅地等の特例を使うことも可能で、土地の評価額を50%減額できます。
※詳しくはNo.4614 貸家建付地の評価|国税庁
また、金融機関からの借金は、相続時には「負の遺産」として相続財産から差し引けます。高額のローンを組んでいるほど、節税効果は高くなるでしょう。こうした“合わせ技”で、相続税が大幅に軽減できるというわけです。
――節税できるうえ、相続人には賃貸アパートという収益物件が残るのだから、素晴らしい話だと感じます。
中林 金融機関や建設会社などは、そうしたメリットをアピールして、不動産投資を勧めます。ただし、このスキームには大きな落とし穴もありますから、注意しなくてはなりません。確かにアパートは自分のものになるものの、ローンも抱えることになるというのが1点。同時に、建物である以上、経年劣化が避けられず、修繕などのコストが発生してくることです。
経年劣化は、家賃引き下げの要因にもなりえます。なんらかの理由で入居者が確保できずに空き部屋が増えたら、収益は瞬く間に低下するでしょう。でも、毎月支払うローンの金額は変わらないのです。受け継いだ不動産で、そうした収支の悪化に直面し、私のところに駆け込んできた方が、何人もいます。
――残された不動産が「金食い虫」になってしまうのですね。結果的に、被相続人がやった相続対策は「本末転倒」だったことになります。
中林 私はよく「不動産投資には、経営者目線が必要だ」とお話しするんですよ。相続税の節税効果だけに目を奪われるのではなく、お話ししたようなローンの返済や後々必要になるコスト、中長期の収益見通しなどを検討項目に入れたうえで判断すべきなのです。
資産保有会社を活用した節税
中林 初めに注意点を述べましたが、「不動産投資はやめておけ」と言うのではありません。投資の収支が合えば、大きなメリットが期待できるはずです。さらに、資産保有会社を設立して、そこに親が個人で所有する賃貸物件(事業用不動産)を売却などの形で譲ることで、有利な節税が可能になる場合があります。
――どのような仕組みなのか、説明してください。
中林 まず、親が所有する賃貸物件(事業用不動産)を資産保有会社に譲った場合、不動産は「会社のもの」になるため、親の相続財産から切り離されます。それだけで、相続税の圧縮が可能になるわけです。
家賃収入が会社に入れば、納めるのは法人税になります。個人が収益を受け取って支払う所得税は相続税と同じ累進課税なので、収入額によっては法人税のほうが節税になるでしょう。また、子どもなどを会社の役員にして、賃料収入を役員報酬として渡していけば、親の相続財産が膨らむのを抑えながら、財産を移転することができるんですよ。
ただし、ここでも手を打つべき問題があります。親が会社に不動産を売ったときの譲渡代金です。資産保有会社が設立間もなければ、資金がないため、それは親に対する未払金、すなわち親の財産になります。
――そのままだと、相続財産にカウントされてしまいます。
中林 有効な対策は、最初に説明した非課税枠を使った生前贈与によって、時間をかけてその財産を子どもに移していくこと。この場合、贈与するのはお金ではなく、未払金という貸付債権です。
――資産保有会社を使う場合には、そこまでやって完璧に近い形になるわけですね。
「後編」では、相続対策の注意点、事業承継のポイントなどについて、さらにお話をうかがいます。
千葉県、東京都、福岡県を中心に、相続に悩む経営者を支える税理士事務所。税務署歴25年・不動産売買10年以上のキャリアを活かした相続税対策・不動産コンサルティングを得意としており、難しい相続を分かりやすく説明する。
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