
【美容業の税務 前編】美容師の独立・開業で大事なこと、安定経営のポイントとは “元美容師”の税理士が解説
plusC会計事務所 所長 平川太郎氏専門学校を出てから現場を経験し、30代、40代で独立するのが当たり前の美容師の世界。ただし、開業コストの上昇をはじめ、業界をめぐる環境は厳しさを増しているようだ。今回は、元美容師という異色の経歴を持ち、実際に美容業の顧客が多いplusC会計事務所の平川太郎所長(税理士)に、独立に当たって考えるべきことや美容室経営のポイントなどについてうかがった。
記事は、「前編」で独立・開業に必要なことや注意点、「後編」で法人化の判断など経営上の問題点、業界に詳しい税理士に依頼する利点を中心にまとめた。
増え続ける美容室
――事務所の概要を教えてください。
平川(敬称略) 現在、フルタイムの社員が私以外に6名、パートさんが7名という体制です。開業したのが2020年の4月で、ちょうど新型コロナが蔓延を始めた頃だったんですね。それもあって、社員については最初からリモートワークにして、データ化した資料をどこでも見られる仕組みを構築しました。
お客さまは、法人が160社、個人の方が300件程度。業種は、美容室が全体の3~4割で、不動産系が1割強、あとはITや医療系などさまざまです。事務所は神奈川の三浦市にありますが、東京都内のお客さまが6~7割を占めています。
――ご自身は美容師から転身したとうかがっています。

平川 ちょうど「カリスマ美容師」ブームの頃、表参道や代官山の人気店でハサミを握っていました。でも、やっているうちに、これは自分には向いてないな、と(笑)。転職した会社で簿記の試験に挑戦したのをきっかけに、税理士資格を取り、他の事務所で5年ほど働いてから独立した、というのがここまでの流れです。
まあ、回り道して別の世界に入り、独立も果たせたので、人生いつでも挽回は可能だという感覚が、自分の中にはあります。そういうキャリアは、お客さまをサポートするうえでもアドバンテージになっているかもしれません。
――何ごとも実体験があるのは強いですよね。今日はそんな先生に、美容室の経理、税務を中心にお話しいただきたいと思います。まず、業界の大まかな状況からお聞かせ願えますか。
平川 そもそも美容室ってどのくらいあるか、ご存知ですか? 全国のコンビニが6~7万件といわれているのですが、美容室はおよそ25万件です。
――そんなにあるのですか。
平川 ですから、普通に考えれば「多すぎ」です。その結果、競争が激しくなり、昔に比べて稼ぐのが難しくなっているとか、広告費をかけないと顧客が獲得できないとかの問題も生まれています。
件数は今も増加傾向なのですが、そうなる大きな理由は、多くの場合、美容師という職業が独立を前提としたビジネスモデルになっているからなんですね。この世界では、40代になってサラリーマン的に働いているのは、けっこう珍しい部類といえるでしょう。給与水準は決して高くないし、ある時点で独立しないとやっていくのが難しい業界でもあります。
――なるほど。そういうこともあって、必然的に店の数が増える傾向になるのですね。
業界独特の「費用バランス」がある
――美容室の経理や税務には、他の業界とは違う特徴のようなものはあるのでしょうか?
平川 会計処理という面では、特別複雑だったりするようなことはありません。サービスを提供し、顧客から現金をもらって売上にするというところは、飲食業に近いでしょう。
ただ、やはり日銭の商売なので、毎日の売上や経費の支払いなどを管理するのは、けっこう大変です。美容師さんたちは、髪を切ってサービスを提供することには長けていても、現金管理が得意とは限りません。日計表の数字と通帳への入金額が、毎日合わないとか(笑)。そうしたところのフォロー、仕組みづくりは、とても重要です。
会計の中身について言えば、美容室の場合、人件費が売上の半分ぐらいを占めていて、ディーラーという材料屋さんから仕入れる材料代が10%、広告費が10%、その他の経費関係が10%程度。このバランスが、ほとんどどの店でも変わらないんですね。これをベースにして、給与体系とかいろんな制度設計を考えたりして、いかにして利益率を高めていくか、というところが勝負になるわけです。そこまでの意識を持つ方は、なかなかいないのですが。
――業界に詳しい専門家ならば、そうしたアドバイスも可能でしょう。
平川 どの業種でも、独立・開業して最初に必要になる士業は税理士です。我々も初めは税金という切り口で関与するわけですが、そのうちに相談事の半分以上は、「それ以外」になります。「よその店は、どうやってうまく経営しているのか?」とか、「人材をどのようにして集めているのか?」とか。
最近多いのは、さきほどの独立の話に絡むのですが、「ある店を任せていた店長が、独立したいと言ってきた。どうすればいいでしょうか?」というパターンです。
――店にとっては死活問題です。
平川 店長が辞めれば、スタッフも辞め、お客さんもいなくなって、“箱”だけになってしまうかもしれません。そうなると、いっそ店長に店ごと売りたい、ということも珍しくないんですよ。その場合には、いくらで売ったらいいのか、といった相談にも乗ることになります。
独立・開業は資金調達から始まる
――お話に出た美容師の独立についてうかがいます。みなさん、だいたいいつ頃、それを意識されるのでしょう?
平川 そうですね、多くは30代、40代。中には20代で自分の店を構える人もいます。もちろん、誰でも簡単に独立できるわけではありません。お客さんは店というより、美容師個人に付くというのも、この業界の特徴です。そういう贔屓の顧客も持ちながら、月の売上が100万円あればやっていける、という感じでしょうか。あくまでも大まかな目安ですが。
――やはり、実力がものをいう世界。
平川 さらに言えば、実力があっても、開業資金を用意できなければ、夢を叶えることは困難です。実はこのハードルも、昔に比べると上がっているんですよ。4席ぐらいの小ぢんまりとした店だったら、物件を借り、内装などを仕上げて1,000万円くらいで準備できたのが、今は最低でも1,500万円は必要になるイメージ。資材や家賃などの値上がりが響いているのです。
開業を考えるタイミングで、そのための費用をどれだけ貯められているかは重要なポイントで、総額の1/3、1,500万円必要だったら500万円くらいは持っておきたいですね。不足分は日本政策金融公庫などの金融機関から融資を受けるわけですが、自己資金が用意できていないと、審査をクリアすることも難しくなってしまいます。貸すほうは、「今まで貯蓄できなかったのに、どうやって返済するのか」と考えますから。
――「初期費用は借りればOK」というほど、甘くはないわけですね。
平川 独立・開業する美容師さんに対して、我々が最初にお手伝いするのは、この開業資金の確保、具体的には金融機関からスムーズに融資を受けられるようにすることなのです。カギになるのは、今の自己資金と、しっかりした事業計画です。
金融機関に対し、開業後の売上数字を根拠とともに示したうえで、さきほどの人件費や材料代の比率などをベースにした費用を計算し、「利益がこれくらい見込めるので、毎月この金額は返済可能です」という説明をしなくてはなりません。
――業界を知る専門家にサポートしてもらえるのは、心強いでしょう。
平川 ただ、それでも融資が受けられないことはあります。けっこういらっしゃるのが、金融機関の融資の審査が下りる前に、手付金などを払って物件を契約したものの、結局資金を借りられなかった、と駆け込んでくる人。自己資金は他に使ってしまって、内装にかけるお金がありません、と。
最近は、いい物件を見つけること自体が簡単ではないので、不動産屋さんに「すぐに決めてください」と言われると、飛びついてしまう。でも、これは避けたい事態です。
――そんなケースには、どう対処なさるのですか?
平川 例えば、リースの活用ですね。事業に必要な機材などを、リース会社に料金を払って貸してもらうかたちにするのです。ただし、普通に融資を受けて購入するよりも「割高」になることは、覚悟しなくてはなりません。
事業計画を練り直して、1,000万円が無理ならば、とりあえず500万円を借りる、といった方策もあるでしょう。この場合には、融資で足りない分をどう手当てするのか、あるいは店舗の内装や設備を見直すのか、といった課題が残ることになりますが。
いずれにせよ、最初から躓かないためには、物件の契約は融資の承認が取れてからにするというのが鉄則です。
まず開業資金の総額を見極める
平川 「開業資金に1,500万円が必要」と言いましたが、当然、どこにどんな店を出すのかによって、それは変わってきます。そもそも、出店するときに総額でいくらかかるのかをきちんと把握していないケースが、これもまた多いんですね。
――そうなんですか。

平川 フォローする税理士さんも、ある程度業界のことを理解していないと、なかなか難しい面があります。例えば、理美容業に欠かせない設備にシャンプー台があるのですが、これがけっこう高額なのです。それがまるまる抜けていて、おおかた内装が終わってから、買うお金がない、と。そうなると、やはり笑い話では済まなくなります。
初期費用の見積もりが高すぎて、とても融資では賄えない、要するに予算オーバーになっている人も少なくありません。よくよく費用の中身を見ていくと、私からすると無駄な設備投資を考えていたりするんですね。今のシャンプー台を、ものすごく豪華なものにしているとか。
――いよいよ開業となると、いいものを揃えたくなる。その気持ちは、わかるような気もします。
平川 ただ、そういう店なら、客層はやや上の年代をターゲットにして、単価を高く設定するといったコンセプトにすべきなのですが、特にそういった戦略もないわけです。
収入は、あくまでもその限られた空間の中でしか生まれないので、そこにかけていい設備投資額は自ずと決まってきます。そのバランスが崩れていれば、たとえ融資が受けられたとしても、事業を継続するのは、かなり大変になるでしょう。
――事業計画に基づいた資金計画が必要なのですね。
平川 開業時から、コスト意識を持つ必要があります。独立が多いぶん、廃業する店も出るため、設備については中古品も多いのです。新品でなくてもOKの部分は、それを使って始めるのもいいと思うんですよ。
物件についても、最近は、建物内に複数のブースがあり、それを独立した美容師が分け合うシェアサロンという形態の店も増えました。これだと、初期費用はかなり抑えることができます。まずはそうしたかたちで始めるのも1つの方法で、私もケースによって、お勧めすることがあります。
「後編」では、美容室の法人化や税理士の選び方などについて、さらに話をうかがいます。
美容師から税理士に転向するというイレギュラーな経歴を持ち、美容室のお客様を数多く支える会計事務所。美容業以外にも不動産・IT系・医療系をはじめとする幅広い業種に対応し、開業・起業~法人化まで、さまざまなフェーズのお悩みに答える。
URL:https://plusc-tax.com/