
【美容業の税務 後編】美容師の独立・開業で大事なこと、安定経営のポイントとは “元美容師”の税理士が解説
plusC会計事務所 所長 平川太郎氏法人化で問題になる社会保険料
――どの業界でも、個人事業主として独立後、ある程度事業規模が大きくなると、法人化が検討されます。美容室も、スタッフを雇っているようなところは、法人が多いのですか?
平川 それは、ケースバイケースですね。当事務所の美容室のクライアントで法人になっているのは、全体の3~4割くらいです。
税金、コスト面からみた法人化の判断基準には、売上高と、そこから仕入や経費などを差し引いた利益(所得)の2つのモノサシがあります。所得のほうからみると、個人事業に課税される所得税は、5%から最高45%まで、所得が増えるほど税率も上がっていく累進課税になっています。一方、法人化して支払う法人税の税率は、20%台で固定されます。所得が一定の金額以上になったら、法人になったほうが納税額は少なくて済むのです。
どのくらいが分岐点になるのかは、いちがいには言えないのですが、目安としては800万円くらいでしょうか。所得がこの水準をコンスタントに超えていて、事業の拡大意欲もお持ちの方は、法人化を検討してみる意味があると思います。逆に言えば、そうでないケースでは、あえて法人になることはお勧めしません。
――そうおっしゃるのは、なぜでしょう?
平川 社会保険料の負担が生じる、という大きなデメリットがあるからです。法人になると、経営者本人も従業員も社会保険への加入が義務付けられ、その保険料を半分会社が支払わなくてはなりません。給料の額によりますが、この負担が半端なく大きいのです。
人件費の売上高比率はだいたい50%だという話をしました。法人化したからといって、これを大幅に引き上げることはできないので、個人事業主時代から雇っていたスタッフがいる場合には、給与を下げさせてほしい、という話にもなりえます。例えば、給与は35%くらいにして、会社負担分も合わせた社会保険料を足して50%に設定する、というイメージですね。
ただし、当然彼らの手取りは目に見えて減ってしまいます。それを避けるために、法人化後には、スタッフを業務委託に切り替えるケースも増えているんですよ。スタッフと契約を結び、フリーランスとして働いてもらうかたちにするわけです。
――法人になって給料の支払いに影響が出るのでは、困ってしまいますね。
平川 この業界も人材不足の環境にありますから、給料が低いのは致命的です。そうした現実があるので、たとえ法人化で税金の支払いは減ることがわかっていても、社会保険料の負担に十分耐えるだけの所得のないうちは、急ぐべきではないのです。
法人化と消費税

平川 法人化のもう1つの判断基準である売上高のほうもみておきましょう。こちらが関係するのは、消費税です。
最初に説明しておくと、個人か法人かを問わず、年間の売上が1,000万円を超えると消費税課税事業者となり、納税義務が生じます。売上がそれ以下ならば、免税事業者とされ、原則として消費税を納める必要はありません。
2023年10月にインボイス制度が導入された際に、免税事業者でもあえて課税事業者になるべきかどうかが、一部で問題になりました。
――免税事業者のままだと、インボイスが発行できないからですね。それだと、取引先が仕入税額控除(※)を行えなくなったため、結果的に取引打ち切りなどの不利益を被る可能性が指摘されました。
※消費税は、売上の消費税額から仕入や経費の消費税として自分が支払った金額を差し引いて納付する。この差し引きの計算を仕入税額控除という。
平川 ただ、この点に関しては、美容室は基本的に気にする必要はありません。インボイスが必要なのは仕入税額控除を行っている課税事業者で、美容室に来る個人のお客さんは関係ないからです。売上1,000万円以下の場合には、免税事業者のままでいるのが正解です。
法人化との絡みで検討の余地が生まれるのは、売上がそれを超えた時です。消費税は、2年前の売上を基準にして課税される仕組みになっており、実際に納税するのは、売上1,000万円を超えた2年後からになります。また、個人事業から法人になった場合にも、原則として法人設立から2年間は納税が免除されるのです。
――最大で4年間は、消費税の免除期間をゲットできるわけですね。ご説明にあったように、インボイスを気にかける必要もなく、免税のメリットを享受できます。
平川 ですから、そのタイミングで法人にしたい、という人もいます。でも、法人化で免除期間が延長できるのは2年だけ、という考え方もできるんですよ。それに比べると、さきほどお話しした社会保険料負担のインパクトは、ずっと大きいと言えるでしょう。
こうしたケースでも、法人化するかしないかは慎重な検討が必要で、説明したようなメリットだけを理由に決断するのは、やはりお勧めできません。法人になるのは、十分稼げるようになってから。その時に、「消費税2年免除」というボーナスが付いてくる、と考えればいいと思うのです。
――目先のことにとらわれないのも大事なことですね。
経営者の資質は大切
――独立後の美容室経営で重要になること、成功事例などをお聞かせください。
平川 一般的に言えることですが、美容室にもいろいろな形態がある中で、夫婦で開業するというのがオーソドックスなパターンとしてあります。これはほぼ「鉄板」で、2人で月に150万円売り上げることができれば、かなり余裕が生まれるはずです。
――家計が1つだから。
平川 加えて、夫婦だから「人が辞めない」ことも重要です。この形の独立だったら、我々もゴーサインが出しやすいんですよ。
私がサポートした中で一番「はまった」事例を紹介すると、横浜の美容室で、関与した当時は1店舗だったのが、今は十数店を展開するまでになったところがあります。ここもポイントは「人」でした。
この業界では、スタッフが3年でほとんどいなくなります。手に職があるので、転職はしやすい。でも、そこは、とにかく人が辞めないのです。
――その理由は?
平川 ひとことで言えば、社長がいい人だから(笑)。この業界では、いまだに修業的な面が残っていたりするんですね。例えば、ミスしたスタッフに辛く当たったり、営業終了後に深夜までレッスンさせたり。
この美容室の社長はその真逆のタイプで、従業員に長く働いてもらうためにはどうしたらいいのか、ということを最優先に考えた店づくりをしているわけです。労働環境が良ければ、リスクを負って転職したりもしません。結果的に飛び抜けたスターは生まれない代わりに、粒ぞろいの実力派がたくさん育つ職場になりました。実は美容室の経営にとっては、そちらがベターなのです。誰かが辞めたとしても、カバーできる人材がいくらでもいますから。
――なるほど。顧客を多く持つスターに抜けられた場合と比較すれば、違いは歴然です。
平川 そのうち、1つの店舗ではお客さんをさばききれない状態になったので、「近隣にドミナント出店を考えましょう」とアドバイスしました。大きな“箱”を探して移転するよりも、現状の店を残しつつ、近くに出店するほうがコストは安くて済みます。近くにあれば、人や材料も柔軟に移動させることができる。さらに、遠くに出店するのと違って、広告費は今まで通り本体だけにかければいいわけです。
この戦略は見事に当たり、売上は大きく伸びました。ただし、そんなふうに拡張出店がうまくいったのも、繰り返しになりますが、優秀で辞めない人間たちを揃えることができたからにほかなりません。
――将来、多くの店を持ちたいと考える人には、とても参考になるお話だと思います。
税理士のサポートを受けるメリットは
――お話をうかがってきて、やはり美容師として独立・開業を考えるなら、業界に詳しい税理士のサポートを受けることが大切だと感じます。
平川 そうですね。例えば、我々の最初の仕事は資金調達だという話をしましたが、「政策金融公庫に申し込みますから、事業計画を持ってきてください」という通り一遍の対応では、のちのち問題が起こるかもしれません。融資が通らないとか、資金がまったく足りなかったとか。
開業してからけっこう起こる問題を挙げておくと、記帳代行を業者に頼んで、申告だけやってください、というパターンがあります。そうやって税理士報酬を減額し、申告をトータルで安く済ませたい、と。気持ちはわかるのですが(笑)、その場合には、本当に信頼できる業者なのかどうかを確かめる必要があります。
――というと?
平川 多くの業者は、同様の多数の依頼を安価で請け負っています。利益を確保するための仕組みは恐らく2つあって、会計ソフトなどを駆使して半自動で作成するか、人件費の安い海外にデータを投げて数字を集約するか。いずれにしても、そうやって上がってきた内容をチェックする機能が非常に劣るのです。
その結果、我々から見ると、とんでもない仕訳になっている。わかりやすい例で言えば、ある会社から材料を買えば、それは仕入です。ところが、同じところから機器類を買っても、仕入になっている(笑)。その会社からの購入はすべて仕入、と設定されているのでしょう。そういう誤りが珍しくないんですよ。
――節税がどうこうというレベルではありません。
平川 美容師の方も会計の専門家ではないですから、業者の成果物が正しいかどうかの判断はできないと思います。とはいえ、そのまま申告はできませんから、持ち込まれた方には、「1からチェックが必要なので、費用は高くなりますよ」とお話しすることになります。
――見かけのコストだけで判断すると、結局高くついてしまうこともあるわけですね。
平川 ちなみに当事務所では、シンプルな入力フォームを用意して、そこに記入だけしていってもらえれば申告に対応する、というやり方にしています。宣伝のようで恐縮ですが、業者に記帳を頼むより、トータルコストを抑えられるはずです。
税理士選びのポイントは「相談のしやすさ」
――先生は、税理士選びのポイントは、どういうところにあると感じますか?
平川 もちろん、業界に詳しいというのは大事なファクターですが、それ以前に、相談しやすい人を選ぶのが大事だと感じます。当事務所の新規のお客さまは、半分くらいが他の税理士からのチェンジです。理由をうかがうと、一番多いのが、「上から目線で対応されたりして、相談しにくい」というパターン。何人かと実際に会ってみて、「この人だったら」という先生を選ぶのがいいと思います。

――わかりました。最後に事務所の今後の展望をお聞かせください。
平川 自分のキャリアもあるので、これからも美容室のサポートには力を入れたいと思います。ただ、おかげさまで他の業種のお客さまも増えているので、全体のバランスは崩すことなく、「あらゆる業種に対応しますが、美容室については特に強みを持っています」というコンセプトでいきたいですね。
1人で完結できるスキルがあって、リモートワークに適性を持つ人材がどれだけ集められるのかにもよりますが、5年ぐらいで30~40人規模の事務所にするのが目標です。
――事務所の発展を期待しています。本日はありがとうございました。
美容師から税理士に転向するというイレギュラーな経歴を持ち、美容室のお客様を数多く支える会計事務所。美容業以外にも不動産・IT系・医療系をはじめとする幅広い業種に対応し、開業・起業~法人化まで、さまざまなフェーズのお悩みに答える。
URL:https://plusc-tax.com/