40億円の負債を背負って家業を継承
音楽に学んだ経営手法で最高売上を達成
- 公開日:
- 2024/09/04
40億円の負債を抱えて父親から会社を承継した。「立て直すのは無理」と思いながらも、龍角散を愛する客の声に動かされ、抵抗勢力を一掃し改革を断行した。頼るは、ブランド力と客からの信頼。海外音楽コンクールで1位になったフルート奏者としての経験を生かし、強いところをさらに強くするため、ノド専業メーカーに立ち返った。その結果、240億円の過去最高の売り上げの会社に育て上げた。
八木美代子(以下、八木)藤井隆太社長と言えば、会社をV字回復された経営者として名高く、ぜひお目にかかりたいと思っておりました。藤井社長が8代目社長に就任されたとき、負債が40億円あったと伺っています。経営危機にあった会社を再建し、V字回復どころか、売り上げ規模を6倍にも増やしています。
当時を振り返っていただくと、危機的な状況の中でよく会社を継がれましたね。会社を再建できる勝算があったのですか。
売り上げ40億円なのに、負債40億円の厳しいスタート
藤井隆太(以下、藤井)当時は売り上げが40億円に対して負債が40億円でした。誰も再建できるとは思わないでしょう。
それが今では、2024年3月期の年商が240億円。過去最高です。
だけど、会社を継承したときは、正直言って立て直すのは無理だと思いました。
累積赤字はすごいことになっているし、社員はやる気がない。会社の業績をグラフで見たら、売り上げは下向き。上を向いていたのは、人件費とコストだけ。会社はあと3年持つか、5年で息絶えるのか、という状況でした。
当時の経営陣は焦っていましたね。健康食品やサプリメントを新規にやろうとしていました。品質の分からないものを、龍角散ブランドで売ろうとしていたので、私は「これは危険だ」と感じました。
そんなことをやるぐらいなら会社をやめたほういいと。会社を永らえさせても、変なものを売って、ひと様にご迷惑をかけたとしたら、お天道様に顔向けできません。会社はやめたほうがいいと本気で思いました。
八木よく思いとどまりましたね。
藤井実際のところ、会社をやめるのは、とても大変なんです。家内にも相談しました。私が社長になると、借金を個人保証しなきゃならない。「40億円の借金を背負う人生になってしまう。逃げる手もあるけど、どうする?」と家内に聞いたわけです。
家内が「今までお世話になった人たちに恩返ししなくていいんですか」と言ってくれましたね。「だったら、死ぬ気でやろう」と再建を始めたわけです。
「何軒でも龍角散を探します」の客の声に助けられる
八木中小企業の跡継ぎ問題で大きな課題が、金融機関からの借入金などの個人保証ですね。負債を背負うぐらいなら会社をつぶしたほうがいいという中小企業の経営者は多いです。それでも、会社を継がれ、V字回復させた要因は何ですか。
藤井よく「藤井さんは何か画期的なアイデアがあったのですか」と尋ねられますが、アイデアが素晴らしくたって、それは妄想です。アイデアでは会社は経営できません。
何か方策はないかと探すために、私が営業本部長を兼務して、全国の取引先を死ぬ気で回りました。自社の実態を知ることから始めました。
取引先に行くと、「あなたが来たから売れるわけじゃないよ」とか、「こんなガラクタな会社は消えたらいいんだ」なんてひどい悪口を言われました。
かすかな光が見えたのは、お客さんに対するグループインタビューをやって、龍角散に対するご意見を伺ったときでした。
「薬局に行って龍角散がなかったらどうしますか」という質問に対して、「なかったら、何軒でも探しに行きます」と話してくれる人もいて、うれしかったのを覚えています。
龍角散を再生する火種がまだ残っているのなら、火種を大きくできるはずだと決意したわけです。
八木火種というのは、龍角散に愛着を持つ根強いファンのことですね。中小企業にとって、自社のファンを増やすのは大きなハードルがあります。
藤井難しいですよね。火種を大きくするためには、とにもかくにも「余計なものは切らざるを得ない」と切りました。番頭連中、古い社員は「失敗したらどうすんですか」と猛反対しましたが、やるしかないので、かなり極端に実行しました。
自分たちが手掛ける分野も、ノドの領域に特化しました。「ノドの分野しかやらないのは、イノベーティブではないですよ」と言われましたが、それは大企業の話です。三菱化成工業(現三菱ケミカル)にいたので、大企業のやり方はわかっていたつもりです。
私が継ぐまでにいろいろな製品に手を出していて、工場では50品目ぐらい作っていましたが、それを4品目にまで減らしました。製造する品目数を減らしたことに加え、工場のラインを全自動化したら生産性が飛躍的に上がりました。
八木水なしで服用する「龍角散ダイレクト」もこれまでになかった製品ですが、「らくらく服薬ゼリー」も画期的な製品です。薬が飲みにくい高齢者などのため、ゼリーに薬を包んで飲むと、つるんと飲める。水と一緒に飲むより、スムーズです。
藤井ヒット商品とは言っても、売上構成比でみたら、たいしたことはありません。利益もほとんど出ていない製品です。しかし、「らくらく服薬ゼリー」から得るものは大きかったです。私たちの企業にとっての財産である「信頼」を勝ち得ました。
「おくすり飲めたね」というお子さん向けの服薬補助ゼリーも販売していますが、高齢者の方々、介護している方々、お子さんを持つ若いお母さんお父さんに感謝されました。そういった方々からの信頼こそ、この製品の最大の成果です。
ブランドと信頼が龍角散を救った
八木ノドにこだわる勇気をよく持てましたね。現在の事業がうまくいかないと、隣の芝生が青く見えて、ついつい手を出してしまい、失敗する企業が多いです。
藤井ノドにこだわって再建したのは、実は音楽の経験を生かしたからです。
八木音楽ですか。音楽と会社の再建がどう結びつくのでしょうか。藤井社長は桐朋学園大学音楽学部を卒業された。海外の国際コンクールで1位入賞されてもおられる。今でも演奏会をたびたび開かれている。音楽と経営の結びつきはとても興味深いです。
藤井私はフルート奏者ですが、西洋音楽を真似しても、だれも聞いてくれません。故小沢征爾さんがおっしゃっていましたが、異文化である西洋音楽を西洋人と同じようにやったら、誰も聞いてくれません。日本ならではの西洋音楽の理解をしてはじめて、少しは注目されるようになるわけです。
音楽を演奏するときに、日本人である自分のいいところは何かないかと必死に探しました。そうした苦しい経験があったから、龍角散という会社にもいいところはあるはずだと必死に探しました。何か一つぐらいはいいところがあるはずだと考えたのです。
必死に探したら、お客さんのほうがうちのいいところを知っていた。「龍角散はブランドイメージは高いですよ。ノドの薬、漢方の世界では歴史があって、信頼度は高いですよ」とお客さんが言ってくれました。ブランドと信頼が当社を救済する切り札なんだと実感したわけです。
社長なのに、経営権をはく奪されたことも
八木龍角散のいいところを再確認し、覚悟を決めて再生し始めて、順調に行きましたか。
藤井いえ、最初からうまくいったわけではありません。大変でした。父である先代の社長が亡くなった後は、私の経営権は実質的にはく奪されましたから。
親から引き継いで私が借金の個人保証をしていましたから、社長の座は奪われませんでしたが、「会社に出てこなくていい。家で静かにしておいてくれ」と実質的に経営権はありませんでした。
私には口を出させないで、残った役員連中が風邪薬だ、胃腸薬だ、精力剤だと手を出していて、それこそ最悪でした。大企業みたいに事業を広げて墓穴を掘ったわけです。うちは中小企業だという自覚がなかったのでしょう。
八木よく経営権を取り戻せましたね。
藤井新規に売り出した製品が売れず、万策が尽きた。会社の身売り話にまでなりました。
忘れもしませんよ、「6.24」と言っているのですが、6月24日に株主総会を開きました。株主は当時7人。家内、母親、家内の妹と一緒に、当時の役員の再任を「ノー、ノ―、ノー」と言って否決して、役員全員を否認しました。オーナーとしてやっと経営できるようになったのです。
再建で一番大事にしたのは、会社のコンセプトの明確化
八木再建の一番のポイントは何ですか。
藤井一番大事なことは、会社のコンセプトを明確にしたことです。「何でもいいから龍角散」ではなくて、「龍角散はここがいいんだ」とはっきり打ち出しました。オンリーワンにこだわるということです。強いところを強くすることが肝心です。
八木大手企業の真似事をして、いろいろやろうとしても事態は悪化するだけですね。
藤井弱いところを克服しようなんて考えたって、弱いところは強くなりません。強いところは何か、そこにこだわりました。
龍角散という薬の良さは、ノドの粘膜に直接作用することです。一般的な薬は血中に入るので副作用のリスクがありますけど、龍角散はノドの粘膜に直接作用して効果を発揮する薬だから、安心。CMなんかで「副作用はありませんよ」とは言いたくても言えませんが、産婦人科の医師や妊婦さんからの問い合わせが多いことで、安心な薬だと証明しています。
八木ノドの専門企業にこだわった結果、ブランドイメージも高いですよね。
藤井日本経済新聞社が毎年発表している「日経企業イメージ調査」では2023年にビジネスパーソン対象で91位、一般個人対象で83位。並みいる大企業の中に分け入っているわけですよ。これは、専業にこだわり、ブランドと信頼を高めてきた結果、ブランドイメージも大企業並みになったんだと思っています。
売り上げが伸びても社員は100人から増やさない
八木これだけ売り上げ規模が大きくなったのに、正社員100人でやれるのは何がポイントですか。中小企業も売り上げが増えるのに応じて、社員数を増やすのが常ですが、後々、人件費の負担が重荷になるケースをよく聞きます。
藤井私が経営を継いだ時、会社はへたっていました。経営リソースもない、人材は不足している。なので、大企業と同じような組織体制でやったら、会社は生き残れません。だから、正社員を100人から増やさないために、中間管理職的な仕事はさせません。
参考になるのがオーケストラです。オーケストラにもパートリーダーがいますが、あれは中間管理職という位置づけではありません。演奏者は普段は独立した存在です。それがオーケストラになると、プロが集まって全員で演奏する。お互い話し合っていないのに、一糸乱れぬ演奏ができるのです。
経営も同じです。中間管理職が自分で判断しないで、上と下をつなぐだけなら、要りません。各人がプロ意識で仕事をすることが大切です。
一方、指揮者の場合、あまり楽団員の言うことを聞きすぎても良い演奏にはならないのではないでしょうか。楽団員が持っているのはパート譜だけで、全体の総譜は指揮者しか持っていないのです。しかも全体の音を平均的に聴けるのは指揮者だけなので、例え楽団員が異論を唱えても、場合によっては結果責任を伴って全体最適化に邁進できるのです。
もう一つ大事な点は、1対100の経営です。経営者には最大の権限がある。一人ひとりに対して、あなたはこうだ、君にはこうしてほしいと言えます。
経営者が会社のコンセプトや方向性を決める。顔の見える一人ひとりと話して行動に移す。オーナー経営者は、やってもやらなくても皆に文句言われる存在ですから、やるしかありません。
八木オーナー経営の特徴を生かしていますね。
藤井オーナー経営の最大の特徴は迅速性と斬新性です。大手企業の真似はしない。だいたい失敗するのは、大企業になりたい病です。
今朝も取引先を訪問したら、「君のところは、とっくに大企業だ」と言われましたが、大企業になるつもりはありません。専門企業としては、売り上げ規模は大企業並みかもしれませんが、中身はコテコテの中小企業です。従業員100人で回していますから。
毒掃丸の山崎帝國堂と提携し、家庭薬市場を伸ばす
八木6月に山崎帝國堂と提携されましたが、狙いは何ですか。
藤井便秘薬の毒掃丸ブランドを手掛ける家庭薬メーカー「山崎帝國堂」と6月20日付で資本業務提携しました。目的は、家庭薬の伝統文化の承継と振興によって、日本の医療保険制度の維持に少しでも貢献したい気持ちからの提携です。
国の医療費は50兆円近くになっていて、もっと膨らむことは目に見えている。このままでは危機的状況になります。
今までは「薬の値段、薬価を下げるんだ」「ジェネリック医薬品を普及しなさい」とやってきて、何とか帳尻を合わせてきましたが、もうこれ以上はできなくなります。ご存知のように3000品目の医療用医薬品が製造不能になっている状況です。
そうなると、東京都医師会会長の尾﨑治夫先生がおっしゃってる通り、セルフメディケーションを普及させて、医療費を抑制しないと医療制度は持ちません。
八木セルフメディケーションは、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」ですね。
藤井団塊の世代が後期高齢者に突入すると、今の医療キャパシティではとても対応できなくなります。
八木「2025年問題」ですね。団塊の世代の800万人が後期高齢者に入るのが、2025年。医療費の急激な増大が問題になりそうです。
藤井病気になったとき、症状が軽くても病院に行ってしまう習慣から脱しなくてはいけません。軽い疾病の場合、例えば風邪を引いたら、まずは自分で薬局で薬を買って治すことを心がけてもらいたいわけです。
また、普段から病気にならない体づくりをしてもらうとか、病気を重症化させないように気をつけるとか、医療費を抑制するための工夫はあれこれあります。そのためには、家庭薬市場を拡大することが、医療の危機を救う一つの方策になるわけです。
ただ、当社単独ではできない。そこで龍角散ブランドに加え、毒掃丸という130年以上の伝統に裏打ちされた家庭薬ブランドを持つ山崎帝國堂さんと協力して家庭薬市場を拡大していきたいわけです。
金儲けをするために生まれた会社じゃない
八木最後に音楽のことをもう少し伺いたいのですが、藤井社長にとって音楽はどういう位置づけですか。今年だけでも、バルカン室内管弦楽団の日本公演など表舞台で何度も演奏されていますよね。
藤井私は経営者であって、音楽は本業ではありません。ただ、当社の存在意義は何か、というと、当社の企業活動を通じて健康になれる方が少しでも増えることです。
当社の起源は、秋田藩の典医、医薬をつかさどる医師です。喘息に苦しむ藩主のため、藩に伝わる家伝薬をもとに漢方・蘭方の長所を取り入れ、新しい薬を完成させます。これが後の「龍角散」となります。
龍角散はビジネスのために作ったものではなくて、秋田藩、つまり地域に貢献するためのものです。だから、金儲けをするためにできた会社ではありません。健康な人を増やすために日々活動しているわけです。
ですので、会社を大きくするつもりもありません。上場する気もありません。社員も100名程度から増やすつもりもありません。そして、割り切ってノド関連以外はやるつもりはありません。どんないい話にも乗らない。
でもですよ。健康というのは体だけではなく、心の健康も大事ですが、私の会社に心の健康までカバーする力はありません。しかし、音楽にはそれができると信じています。
バルカン室内管弦楽団指揮者の栁澤寿男さんに「藤井社長に出演してほしい」と依頼されたとき、「私は車検切れの車みたいなもので、動くけれど信頼性低いですよ」とお伝えしましたが、栁澤さんの情熱に共感し、一緒に演奏したわけです。
たまたま、私が多少フルートを吹けますから、お呼びがかかれば、皆さんの心の健康のため演奏をやらせてもらっているということです。
各業界のトップとの対談を通して”企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒントをお伝えする連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第16回目は、龍角散の藤井隆太社長です。フルート奏者として“現役”の活動を続けておられますが、本業ではノドの専業メーカーとして経営をV字回復させた辣腕経営者です。売り上げが6倍に伸びても社員100人体制を堅持。「中小企業が失敗するのは、大企業になりたい病が原因」と断じる。「独裁経営者で何が悪いんですか」と切れの良いお話は、納得の行くことばかりでした。