ただの資産ではない「棚卸資産」が担う役割とは?利益と税金について解説

[取材/文責]奥谷佳子

販売目的で所有する資産を総称して「棚卸資産」と呼びますが、その他の資産と違い利益計算においては「資産」でありながら「費用」のマイナス項目でもあるという二面性をもっています。本記事では「棚卸資産」について具体的な例示を使い、棚卸資産とはなにか?利益と税金の関係について解説します。

会計における棚卸資産の位置づけ

決算といえば「棚卸し」

棚卸資産とは社内で保有している販売用資産や消耗品資産の総称です。決算業務の一つに「実地棚卸」という作業があります。会社の倉庫でバーコードを手に、商品の数を数えている光景を目にしたことはないでしょうか? 経理を担当している方のなかには、実際に作業に携わった人もいるかと思いますが、具体的には以下のような資産が該当します。

 

  • 仕入商品
  • 製品を製造するために仕入れた材料
  • 製造に要した人件費、外注費、水道光熱費等の経費
  • 販売前の完成商品
  • 未使用の消耗資材
  • 未使用の切手、収入印紙や封筒、チラシ…など

 

現物として目に見えるものから、人件費のように目に見えないものまで棚卸資産としてカウントされます。

決算で棚卸資産を確定させることの意義

実地棚卸では、前述した全ての棚卸資産を1種類ずつ数えていきますので膨大な時間と手間が掛かります。また人件費のように目に見えないものについては賃金台帳やタイムカード、工事台帳などから地道に数字を拾っていくケースもあります。

 

ここまでの手間暇をかけて正確な棚卸を集計する理由とは何でしょうか?

 

それは「正確な利益を計算するため」です。

棚卸資産と利益の深い関係

利益計算に及ぼす影響と計算方法

利益計算における棚卸資産の重要性を理解するために、2つのケースを例示として解説します。

 

例①:

3月決算の法人
決算直前の売上高1,000万円/仕入高800万円(他の経費はなしとした場合)

 

(当期利益)

1,000万円-800万円=200万円

 

計算した結果、当期利益が200万円。
法人税等の実効税率を30%とした場合、60万円の税金を納めなければなりません。

 

ここで、節税対策として「販売するのは来期でいいから、決算日前に200万円の仕入を追加し、利益を0円にすればいいじゃないか」と考える経営者の方もいるかもしれませんが、結論からいうと間違いです。

1,000万円-1,000万円(800万円+200万円)=0円

 

仮に上記のような会計処理が認められてしまうと、決算直前の利益と同じ金額だけ仕入をすれば、利益はゼロになり誰もが税金を納めなくてよい、ということになってしまいます。

 

企業会計原則(※)「損益計算書原則」という項目のなかに「費用収益対応の原則」というのがありますが、要約すると「費用として認められるのは収益に対応する部分のみである」ということが謳われています。

 

つまり例示の場合、直前に仕入れた200万円は費用ではありますが、まだ売上高という収益が計上されていませんので収益に対応していない費用となり、直前に追加仕入した200万円はマイナスしなければなりません。

 

(当期利益)

1,000万円-(1,000万円-200万円)=200万円

 

結果的には、決算直前に仕入れても仕入れなくても、当期利益は変わらないということになります。

 

※企業会計原則
会計処理を行うにあたり、全ての企業が指針としなければならない原則で、法的な拘束力はありませんが、規模や事業形態を問わず事業を行っている誰もが従わなければならない会計基準です。

 

例②:

3月決算の法人
決算直前の売上高1,000万円/仕入高800万円(他の経費はなしとした場合)

 

例①と同じ条件で「決算直前に仕入商品の割引キャンペーンをやっていたから400万円過剰に仕入れてしまった」という時はどうなるでしょうか?

 

元々仕入れていた800万円に追加で仕入れた400万円を加えればトータルの仕入高は1,200万円となりますので当期利益は以下のようになると考えてしまいますが、これも結論からいえば間違いです。

 

1,000万円-1,200万円=▲200万円(当期損失)

 

「費用収益対応の原則」に従えば、直前に仕入れた400万円は費用ではありますが、まだ売上高という収益が計上されていませんので収益に対応していない費用になります。したがって、上記の計算式から収益に対応していない仕入高をマイナスしなければなりません。

 

(当期利益)

1,000万円-(1,200万円-400万円)=200万円

 

決算直前に過剰に仕入れたとしても赤字決算とはなりません。

 

例①・②のように、一旦計上した費用から売上が計上されていない部分をマイナスしたものが「棚卸資産」となります。

税額計算の基礎となる利益

税金の計算基礎となるのは利益です。棚卸だけに限ったことではありませんが、棚卸を間違えるということは利益計算を間違えることになり、結果、納税額を間違えることになります。仮に前述した例示①・②で棚卸資産を計上しなかった場合、いずれも税金がかかるべき200万円の利益がなかったことになります。しかし、棚卸資産を正しく計上していれば黒字決算となり、納税義務が生じます。意図的な「在庫外し」は論外として、棚卸資産に対する認識不足や計上忘れであっても「利益の計上漏れ」になってしまうのです。

 

税務調査で発見されれば、修正申告により本税の他に延滞税、不納付加算税を納付しなければなりません。正しく納税するよりも結果的に高い税金を払うことになりますので十分に注意が必要です。

棚卸資産で注意したいポイント

計算の基本は「実地棚卸の数量」×「仕入単価」

棚卸高とは棚卸資産を金額として表したものであり、計算式は以下の通りです。

 

棚卸高=実地棚卸数量×仕入単価

 

「仕入単価」は棚卸資産を実際に仕入れた時の単価を指します。

 

棚卸高を計算する際に、いつの時点での仕入単価を用いるかは「法人税法第二十九条」及び「法人税法施行令第二十八条」で規定されており、選択した評価方法で計算します。選択していない場合には「最終仕入原価法(決算日直前で最後に仕入れたときの単価)」により計算します。棚卸高の計算でポイントとなるのが「実地棚卸数量」の取り方です。棚卸資産の入出庫を「棚卸受払帳」で管理する企業もありますが、返品や入出庫の記録漏れ、廃棄処分や紛失などにより帳簿有高と実際有高が一致しないケースがほとんどです。

 

前述したとおり、実地棚卸には膨大な時間と労力を要しますので毎月とはいきませんが、正確な利益を確定させなければならない決算において実地棚卸は必須です。倉庫や工場内は勿論のこと、事務所の棚やデスクの引出の中にある棚卸資産にも注意しながら漏れなく実地棚卸を行いましょう。

忘れがちな「預け在庫」「預かり在庫」

預け在庫とは、購入はしているが保管場所や配送等の都合により社外に置いてある棚卸資産です。実地棚卸の際には現物が目の前にありませんので見落としがちですが、売り上げていないものは全て棚卸資産となりますので計上漏れに注意しましょう。預かり在庫とは預け在庫の反対で、販売済みにもかかわらず先方の都合により社内で預かっている資産のことです。売り上げは計上済みですので在庫としてカウントする必要はありません。実地棚卸の際には現物がありますので間違えてカウントしないよう注意しましょう。

在庫に含まれる「仕掛品」の単価の決定方法

製造業や建設業のように、材料を仕入れて加工して販売するといった場合、決算において加工途中の棚卸資産として「仕掛品」が発生することがあります。「仕掛品」には材料の他に、加工に要した人件費や経費を含めなければなりません。仕掛品の「仕入単価」は1つの仕掛品を作るためにかかった費用の合計額で表されますが、計算するためには材料や外注費、かかった人件費や経費を細かく拾っていかなければなりません。1つ1つの仕掛品で費用を集計していくのは大変な作業となります。簡便的な方法として以下のように単価を決定する場合もあります。

 

売上高×作業の進捗割合=仕掛品

 

作業の進捗割合については、合理的な理由を明確にしておく必要がありますが、多種多様な仕掛品が発生する製造業などでは棚卸計算の事務負担を軽減することができます。

まとめ

棚卸資産は「資産」でありながら「費用」のマイナス項目でもあるという二面性から、重要でありながらなかなか理解しづらいという難点があります。しかし、税務調査では間違いを指摘・修正されやすい箇所でもあり、また利益がどれだけ出ているのか?という経営の基本的な指標を正確に把握するためにも必要となります。棚卸資産に対する正しい認識をもって決算にのぞみましょう。

Webライター/ライター
フリーランスとして様々な記事を執筆する傍ら、経理代行業なども行う。自身のリアルな経験を活かし、税務ライターとして活動の場を広げ、実務で役立つ生きた税法の解説に努めている。取材を通じて経営者や個人事業主と関わることも多く、経理や税務ほか、SNSを使った情報発信の悩みにも応えている。

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