事業承継税制が平成30年度に改正される、優遇される内容とは?

[取材/文責]阿部正仁

中小企業の経営者にとって事業承継は気になるところでしょう。そのとき、ネックになるのが株式の後継者へ引き継ぐ際に課税される贈与税や相続税。納税資金を用意する必要があるからです。しかし、それでは、事業承継に支障をきたします。そこで、そのネックを取り除く事業承継税制の税制改正について解説します。

そもそも事業承継税制とは何か?

株式の役割は役員の人事権など会社の経営に対する権限を行使できる点です。この権限のことを議決権といいます。議決権のある中小企業の株式を後継者へ引き継ぐ際の優遇税制が事業承継税制です。

・事業承継税制の対象となる中小企業の範囲

(1)    業種と事業規模
業種目 資本金 従業員
製造業 3億円以下 300人以下
製造業のうちゴム製造業

(自動車または航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く)

3億円以下 900人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業 5,000万円以下 100人以下
サービス業のうちソフトウェア業または情報処理サービス業 3億円以下 300人以下
サービス業のうち旅館業 5,000万円以下 200人以下

※事業規模は資本金または従業員数のいずれかを満たせば中小企業に該当します。

 

(2)対象外の会社

上記(1)の条件を満たしていても、次に該当する場合は中小企業の対象外です。

 

・上場企業、風俗営業会社

・社長一人だけの会社など従業員がいない場合

・資産管理法人など資産保有型会社

・不動産投資・株式の配当など営業活動をしないで収入を得る資産運用型会社

 

※資産保有型会社や資産運用型会社は従業員5名以上など一定の条件を満たせば、中小企業に該当します。詳しい内容は税理士などの専門家に相談することをおすすめします。

株式に対する贈与税・相続税の優遇税制が事業承継税制

事業承継税制が優遇税制であることを理解するために、贈与税・相続税の原則と比較する必要があります。そこで、1億円の株式を実の息子(直系尊属)一人に贈与または相続・遺贈した場合を例にしましょう。

(1)原則

株式を贈与した場合には贈与税、相続・遺贈した場合には相続税が課税されます。

・贈与税(暦年贈与の場合)
(1億円-基礎控除110万円)×55%-640万円=4,799万5,000円
・相続税
(1億円-基礎控除3,000万円-600万円×法定相続人1人)×30%-700万円=1,220万円

(2)現在の事業承継税制

事業承継税制を用いると、贈与税の全額と相続税の80%が納税猶予(税金の納付を先延ばしすること)することができます。納税猶予の金額は税目ごとに次の通りとなります。

・贈与税
全額の4,799万円5,000円
・相続税
1,220万円×80%=976万円(残り244万円は納税する必要があります)

改正の内容、それは事業承継税制の特例の創設

平成30年度の税制改正では現在の事業承継税制を上書きするわけではなく、あくまでも特例制度の創設です。つまり、現在の事業承継税制と特例制度である新事業承継税制を選択できるようになります。それでは新事業承継税制のアウトラインを紹介します。

 

(1)    納税猶予の金額の拡充

税目 改正前 改正後
贈与税 全額 全額(改正前と同じ)
相続税 80% 全額

※現在の事業承継税制または新事業承継税制を受ける場合、贈与・相続した株式など納税猶予の贈与税・相続税(利子税を含む)に見合う担保を税務署に差し出す必要があります。

(2) 納税猶予の対象となる株式数が拡充

納税猶予の対象となる株式が「会社が発行した株式全体の3分の2から全株式(100%)」に拡充されます。

(3)適用期間

平成30年1月1日から平成39年12月31日までの10年間に限り、贈与・相続・遺贈した中小企業の株式について適用されます。

事業承継税制、現在と改正点を徹底比較

現在の事業承継税制でも中小企業の株式を贈与・相続する場合に優遇されています。それにもかかわらず、税制改正するのは理由があります。その理由を明らかにするため、事業承継税制の現在と改正点を徹底比較します。

徹底比較の前に事業承継税制が抱えるリスクを検証

現在の事業承継税制は贈与税・相続税の納税猶予をした後に大きなリスクがあります。株式を贈与・相続した後に従業員の数が減少したなど条件を満たさないと、事業承継税制が打ち切られます。そうなると、納税猶予している贈与税・相続税に利子税を上乗せして一括納付をしなければなりません。先ほどの1億円の株式を実の息子に贈与した例に当てはめると、「贈与税4,779万5,000円+利子税」を支払う必要があります。

新事業承継税制の条件緩和について解説

中小企業の株式を後継者へスムーズに引き継ぎができるように、事業承継税制が打ち切られる条件が緩和される予定です。

(1)雇用確保要件

贈与・相続した日から5年間平均で8割以上の雇用を確保する必要がありました。たとえば、贈与・相続した日の時点で従業員10人の会社の場合、5年間平均で8人以上雇用する必要があります。しかし、新事業承継税制で雇用を確保できなくても、理由を記載した書類を都道府県に提出すれば、納税猶予の継続が認められます。

(2)先代経営者の要件

株式を後継者へ渡す人の条件が「代表者または代表権を持っていた経営者一人から代表者でない人を含む複数人」に拡充されます。要するに株式を持っている全ての人のから贈与または相続・遺贈が納税猶予の対象となります。
※先代経営者の要件は現在の事業承継税制でも上記と同じように改正される予定です。

(3)後継者の要件

株式を引き継ぐ後継者は「代表者または代表権を持つ見込みのある後継者ひとり」から次の全ての条件を満たす3人までの複数人に拡充されます。

・後継者が代表権を持っていること
・後継者が同族関係者(基本的に親族6親等、姻族3親等)と合わせて持っている株式数が会社の発行した全株式数の50%超であること
・後継者の持っている株式数が全体の10%以上であること
・後継者の持っている株式数の割合が次の通りであること

後継者が一人の場合 持っている株式数の割合が同族関係者内のうち最も多いこと
後継者が二人の場合 持っている株式数の割合が同族関係者内のうち上位2位以内であること
後継者が三人の場合 持っている株式数の割合が同族関係者内のうち上位3以内であること

新事業承継税制のみ相続時精算課税が拡充される

そもそも相続時精算課税制度とは、贈与税の非課税枠が一人あたり2,500万円の制度です。現在の事業承継税制では原則通り、対象者は60歳以上の親・祖父母から20歳以上の直系尊属へ贈与した場合に限られます。

しかし、新事業承継税制では贈与を受ける側が後継者の要件を満たす3人までなら誰でも大丈夫です。たとえば、直系尊属でない従業員でも相続時精算課税制度の贈与を受ける側の対象者とすることが可能です。

この拡充により、納税猶予を受けている後継者が万が一条件を満たさなくなっても、非課税枠の2,500万円分の贈与税を減らすことができます。そのため、事業承継税制が打ち切りになった場合のリスクヘッジとなり、今まで以上に事業承継がしやすくなります。

納税猶予された贈与税・相続税が免除される制度を創設

新事業承継税制では事業承継した会社が特例承継期間である5年後に経営環境の悪化などにより、会社を譲渡(売却)、合併、解散などにより消滅した場合には、納税猶予されていた贈与税・相続税の一部が免除されます。この制度により、経営環境の悪化に伴うリスクを軽減して事業承継を促すことができます。

新事業承継税制を活用するポイント

新事業承継税制は贈与税・相続税の納税猶予の条件が緩和されますが、手続方法は現在の事業承継税制よりも若干複雑になります。

事前承継計画を作成・提出する

新事業承継税制では次の条件をすべて満たす、「後継者を誰にするのか」などの予定を記した承認計画を事前に都道府県へ提出することが求められます。

(1)提出期限

平成30年4月1日~平成35年3月31日

(2)認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けること

現在の事業承継税制では認定経営革新等支援機関の指導・助言を受ける必要はありませんが、新事業承継税制では要求されます。

認定経営革新等支援機関とは?

平成24年8月30日に施行された「中小企業経営力強化支援法」により設けられた制度です。税務、金融、財務に関する専門的知識を持つ個人・法人が経営革新等支援機関に認定されます。そのなかには税理士や税理士法人も含まれます。

まとめ

新事業承継税制が選択できることにより、今まで以上に事業承継がスムーズにできることが期待されます。特に後継者の要件が緩和されたことにより、直系尊属以外の優秀な従業員などを後継者にするハードルが低くなります。事前承認計画を作成するときは認定経営革新等支援機関である税理士や税理士法人に相談することをおすすめします。

TAX(税金)ライター。会計事務所で約10年間の勤務により調査能力を身に付けた結果、企業分析の能力では高い定評を得、法人から直接調査を依頼される実績も持つ。コーチングスキルを活かした取材力で、HP・メディアでは語られない発言を引き出すのが得意。

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