中小企業庁が「中小M&Aガイドライン」を改訂 そのポイントを解説
事業承継の後継者が見つからない中小企業を対象とした中小M&Aが増えています。その当事者やM&Aをサポートする各種支援機関の手引き・行動指針である中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」が改訂されました(第3版)。当事者が注意すべき点、仲介業者などが遵守を求められるポイントについて解説します。
M&A市場拡大に伴う問題に対応
2020年に策定
中小M&Aは、親族や従業員などに経営の後継者が見つからない場合に有効な事業承継の手段となります。その促進に向けて、中小企業庁は2020年3月、「M&Aの基本的な事項や手数料の目安を示すとともに、M&A事業者等に対して、適切なM&Aのための行動指針を提示する」ことを目的とした「中小M&Aガイドライン」を策定しました。
しかし、その後もM&A市場が拡大し、マッチング支援やM&Aの手続進行に関する総合的な支援を専門に行う仲介者やフィナンシャル・アドバイザー(FA)などのM&A専門業者が急増するなかで、その契約内容や手数料の分かりにくさ、支援内容への不満などが顕在化しました。そこで、23年9月に最初の見直しが行われ、専門業者向けの基本事項(支援の質の確保・向上に向けた取り組み、依頼者との仲介契約・FA契約前の書面交付による重要事項説明など)を拡充し、さらなる規律の浸透を図ってきました。
第3版の目的
今回の改定は、それに続くもので、当事者である中小企業向けのガイダンスやM&A仲介者・FA向けの留意事項など、概要次のような点が拡充されました。
- 質の高い仲介者・FAが選ばれる環境を促すため、手数料・提供業務に関する事項を追記
- 仲介者・FAが実施する営業・広告にかかわる規律や仲介者が禁止されている利益相反事項などを具体化
- 譲り渡し側・譲り受け側の当事者間のトラブルに関して、最終契約後にトラブルに発展するリスクとその対応策を解説するとともに、仲介者・FAに対して求める対応や最終契約を意図的に生じさせるような不適切な譲り受け側を市場から排除するための対応について追記
裏を返せば、今M&A市場では、こうしたことが特に問題になっているということです。
改定のポイントは7点
では、改定の中身をみていきましょう。
仲介者・FAの手数料・提供業務に関する事項
第3版では、中小企業がM&Aの仲介者・FAを選ぶ際の「考慮要素」として、次のような例を示しています。
手数料に関する事項
- 報酬率
- 報酬基準額(譲渡額/純資産/移動総資産など)
- 最低手数料の額
- 報酬の発生タイミング(着手金/月額報酬/中間金/成功報酬など)
提供される業務に関する事項
- プロセスごとに提供される業務(例えばバリュエーション、マッチング、デューデリジェンス、クロージング、クロージング後)
- マッチングの難易度(依頼者の業種・財務状況、依頼者の希望する譲渡額やその他条件など)
- 提供される業務の質(仲介者・FAのネットワーク・組織体制、保有資格など担当者の専門的知見、経験年数・成約実績など)
そのうえで、【中小企業】は、これらに基づいた検討の重要性を述べるとともに、「納得できない場合には、他の仲介者・FAへの依頼、手数料の交渉を検討することが考えられる」としています。
一方、【仲介者・FA】には、仲介契約・FA契約締結前に、上記を踏まえた説明(手数料の詳細な算定基準やプロセスごとに提供する具体的な業務、業務の質など)が必要だとしたうえで、手数料の交渉を受けた際には、誠実な対応を検討するよう求めています。
広告・営業の禁止事項の明記
【仲介者・FA】は、中小企業の意思決定を適切に支援する必要があるとしたうえで、広告・営業に関して次のような規律を遵守するよう求めています。
1 広告・営業の停止
中小企業から自社のM&Aに関する広告・営業を受けることを希望しない旨の意思(停止意思)を表示された場合には、これを拒んではならず、ただちに広告・営業を停止しなくてはなりません。
2 広告・営業の内容・方法
以下のような広告・営業は禁止されています。
- 仲介者・FAの名称、勧誘を行う者の氏名、当該契約の締結について勧誘をする目的である旨を告げずに行う広告・営業
- 仲介・FA契約を締結し、M&Aを実施しようとするか否かの意思決定の上で必要な時間を与えず、即時の判断を迫る広告・営業
- M&Aの成立の可能性や条件など中小企業の意思決定に影響を及ぼす事項について、虚偽もしくは事実に相違するまたは誤認を招くような広告・営業(例えば、譲り渡し側ないし譲り受け側の収益・財務状況、今後の見通しなどの情報について、実際のものよりも優良であると依頼者を誤認させるもの)
利益相反に係る禁止事項
利益相反とは、ある行為が一方の利益になるものの、他方への不利益になる状態にあることをいいます。【仲介者】は、譲り渡し側・譲り受け側の両当事者から依頼を受ける以上、双方に対して中立・公平でなければならず、不当に一方の利益ないし不利益となるような利益相反行為を行うことは許されません。第3版は、「特に、仲介 者自身又は第三者の利益を図る目的で当該利益相反行為を決して行ってはならない」としています。
具体的には、少なくとも以下の行為を行ってはならず、「M&Aの仲介契約書にその旨を仲介者の義務として定める」ことが求められています。
- 譲り受け側から追加で手数料を取得し、譲り受け側に便宜を図る行為
- リピーターとなる依頼者を優遇し、当該依頼者に便宜を図る行為
- 譲り渡し側(譲り受け側)の希望した譲渡額よりも高い(低い)譲渡額でM&Aが成立した場合、譲り渡し側(譲り受け側)に対し、正規の手数料とは別に、希望した譲渡額と成立した譲渡額の差分の一定割合を報酬として要求する行為
- 一方の当事者から伝達を求められた事項を他方当事者に対して伝達しない、または一方の当事者が実際には告げていない事項を偽って他方当事者に対して伝達する行為
- 一方の当事者にとってのみ有利または不利な情報を認識した場合に、その情報を当事者に対して伝達せず、秘匿する行為
ネームクリア・テール条項に関する規律
通常のM&Aのマッチングにおいては、【仲介者・FA】は、まず譲り渡し側の名称を伏せたノンネーム・シートで候補先に打診した後、関心を示した候補先をリスト(ショートリスト)とし、これら候補先に譲り渡し側の名称を含む企業概要書などの詳細資料の開示=「ネームクリア」を行う、という流れで手続きが進みます。
第3版では、譲り受け側の秘密保持を徹底する観点から、このネームクリアは、「興味を示した候補先に対して、譲り渡し側からの同意を取得し、候補先との秘密保持契約を締結したうえで実施されることが求められる」と明示されました。
また「テール条項」とは、M&Aの交渉が成立しないまま仲介契約が終了した場合、一定期間内(テール期間)に譲り渡し側がM&Aを行った場合、その契約が終了しているにも関わらず、仲介者が手数料などを請求できる、という条項をいいます。
これについては、従来のガイドラインで
- テール期間は最長でも2~3年以内
- テール条項の対象は、M&A専門業者が関与・接触した譲り受け側であって、譲り渡し側に対して紹介された者のみに限定すべき
ことが定められていましたが、第3版で次の点が追加されました。
- ショートリストやノンネーム・シートの提示にとどまる場合は対象とすべきでなく、少なくともネームクリアが行われ、譲り渡し側に対して紹介された譲り受け側に限定すべき
⇒従来内容の具体化 - 専任条項が設けられていない場合、成約に向けて支援を受けるM&A専門業者として依頼者から選択されなかった者がテール条項を根拠として手数料を請求すべきではない
⇒今回新設
最終契約後のリスク事項への対応
M&Aが成立後も、「譲り渡し側の経営者保証の扱い」「デューデリジェンスの非実施」「クロージング後の支払い・手続き」「譲り渡し側資産・負債等の最終契約後整理」などに関連するリスクが発生する可能性があります。
第3版では、【中小企業】には、そうしたリスクを認識したうえで、士業など専門家の支援も受けつつ、自らも確認することの重要性を指摘しています。
また、【仲介者・FA】に対しては、最終契約締結前に、当事者間でのリスク事項について、依頼者に具体的な説明を行うよう求めています。
譲り渡し側の経営者保証の扱いについて
中小企業では、経営者が自社の債務の保証人となることが珍しくありません。M&Aの際には、その扱い(保証の解除、譲り受け側への移行)が重要な課題になります。第3版は、それぞれの関係者に次のような対応を求めています。
【仲介者・FA】には、
- 譲り渡し側経営者の経営者保証に関する意向をていねいに聴取するとともに、士業など専門家(特に弁護士)、国が設けた公的相談窓口である「事業承継・引継ぎ支援センター」への相談や、保証の提供先である金融機関などに対するM&A成立前の相談も選択肢である点を説明しなければならない
- 当事者間で調整の上、保証の解除または譲り受け側への移行を想定する場合、最終契約において譲り受け側の義務として保証の解除または移行を位置付けたうえで、保証の解除または移行のクロージング条件としての設定や、保証の移行がなされなかった場合を想定した条項(例えば、契約解除条項や補償条項など)を盛り込む方向で調整すべきである
としています。
また【譲り受け側】には、譲り渡し側から専門家などへの相談や、保証の提供先である金融機関などへのM&A成立前の相談を実施したいとの申し出があった場合には、その実施を拒むべきではなく、保証の提供先である金融機関などからの確認がある場合には、誠実に対応することが求められる、としています。
一方、【金融機関】に対しても、譲り渡し側から経営者保証の解除または移行について相談を受けた場合には、秘密保持の徹底とともに「経営者保証に関するガイドライン」および「経営者保証に関するガイドラインの特則」に留意し、どうすれば経営者保証の解除の可能性が高まるかの説明を譲り渡し側に行うなど、適切な対応を検討することが求められる、と述べています。
不適切な事業者の排除について
最近、M&Aの成立後に、譲り受けた人間が会社の資金を役員報酬などの名目で個人に移して「蒸発」する、といった事件が複数発生しました。そこまでいかなくても、最終契約に定めた義務を履行しない(例えば、譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側に移行させる想定であったにもかかわらず移行しない)など、「不適切な譲り受け側」の存在が問題になっています。
こうした事業者を市場から排除するため、第3版では【仲介者・FA、M&Aプラットフォーマー】に対して、以下の取り組みを求めています。
1 譲り受け側に対する調査
財務状況、コンプライアンス、事業実態、最終契約の実行可能性(財務諸表や預金通帳、融資証明書等の確認など)を調査し、譲り渡し側に報告しなくてはなりません。
2 不適切な行為に係る情報を取得した場合の対応
最終契約の不履行等の不適切な譲り受け側に関する情報を取得した場合には、その情報を組織的に共有し、当該譲り受け側に対するマッチング支援の提供を慎重に検討するための体制を構築しなければなりません。
3 業界内での情報共有の仕組みの構築
不適切な行為を働く者に関する情報を業界内で共有する仕組みの構築が期待され、依頼者には、自らがその仕組みに参加しているか否かを説明しなくてはならない、としています。
まとめ
中小M&Aガイドラインが改定されました。繰り返しになりますが、ガイドラインが改められたのは、実際にそれに抵触するような事態も起こっているからです。M&A仲介業者の選定は、顧問税理士など専門家のアドバイスも受けながら、慎重に行うようにしましょう。
なお、当社(株式会社ビスカス)も国が創設したM&A支援機関登録制度の登録を受けている支援機関であり、この「中小M&Aガイドライン(第3版)」の遵守を宣言しています。
中小企業オーナー、個人事業主、フリーランス向けのお金に関する情報を発信しています。
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