あなたもいつかは「当事者」に知っておきたい相続の流れ

[取材/文責]マネーイズム編集部

相続税の申告は、被相続人が亡くなってから10ヵ月以内にしなくてはならない――。例えばあなたは、そんな決まりをご存知でしょうか? 人口の高齢化が進むにつれて増える相続。争いになったり、余計な税金を納める羽目になったりしないために、まずはその大まかな流れを理解しておくことが大切です。わかりやすく解説しましょう。

実は大事な「事前の準備」

 

 

この表にもあるように、実は相続は、被相続人(遺産を渡す人)が亡くなる前から「始まって」いるのです。それどころか、相続に詳しい税理士などの専門家は、「生前の準備が、相続をスムーズに進めるための最大のポイント」と口を揃えるほど。では、どんな準備が必要になるのでしょうか?

◆準備不足で発生する問題とは?

「必要な準備」は、「事前の準備を怠ると、どんな不都合、トラブルが起こる可能性があるのか?」を考えてみれば、より明確になるでしょう。実際の相続で起こる問題には、次のようなものがあります。

  • 相続をめぐって、相続人同士の争いになってしまった。
  • 相続税が思いのほか高額になり、支払いが大変になってしまった。
  • 相続前に親が認知症になったため、子どもが遺産分割の仕方や正確な財産の中身などについて、直接確認することができなくなってしまった。
  • 被相続人(亡くなった人)に、「相続はこうしたい」という考えがあったにもかかわらず、結果的に意に反する遺産分割が行われてしまった。

◆遺言書を残す

被相続人の遺言書があれば、遺産分割は原則としてそこに書かれた内容に従って行われます。逆に言えば、遺言書がなければ、相続人は遺産分割協議を行い、自分たちで1から遺産の分け方を話し合うことになり、揉め事も起こりやすくなります。法的効力を持つ遺言書を残せば、被相続人の意に反する相続が行われることもありません。

遺言書には、自分で書く「自筆証書遺言」のほか、公証役場で公証人に作成・保管してもらう「公正証書遺言書」、自ら作成し公証役場に持参する「秘密証書遺言書」があります。2020年7月から、全国の遺言書保管所(法務局)において、自筆の遺言書を管理・保管してもらえる「自筆証書遺言書保管制度」が始まっています。

◆生前贈与を考える

親族などに生前に財産を渡せば、思い通りの財産の分配ができます。相続財産を減らしておけば、相続税を抑えることもできるでしょう。生前贈与にも贈与税が課税されますが、年間110万円という基礎控除額(無税の額)がありますから、時間をかけて計画的に行えば、大きな税負担をすることなく、財産を渡すことが可能です。

ただ、この「暦年贈与」に関しては、「富裕層優遇」という批判もあり、見直し(相続税との一体化)の議論も始まっています。生前贈与を考えるのならば、早めに始めるのがいいでしょう。

◆現金を不動産などに換えておく

当然のことながら、相続税は相続財産が多いほど高額になります。生前に不動産を買う(現金を不動産に換えておく)と、その相続財産を減額することができます。不動産の相続税評価額(課税価格)は、「路線価」などで決まるため、実勢相場(取引価格)よりも割安になるからです。相続した人は、その不動産を売って現金化することも可能です。

ただし、高額の不動産を相続対策として利用する「タワマン減税」などについては、やはり規制の動きが強まっています。「行き過ぎ」のないよう、注意しましょう。

相続人同士の争いを未然に防ぐという点からは、逆に所有する不動産を現金化しておく、という対策も考えられます。財産の大半が不動産で現金などはわずか、といったケースでは、相続で「不平等」が起こるためです。分割のしやすい現金にしておけば、トラブルの芽を摘むことができます。

◆生命保険を活用する

被相続人が、自分を被保険者とし、相続人を保険金の受取人とする生命保険に加入しておくのも、相続対策としてよく使われる方法です。保険金は、保険会社から支払われる受取人固有の財産とみなされるため、遺産分割などとは無関係に、被保険者の死後、速やかに支払いが行われます。そのため、相続税支払いの原資に充てることもできます。

また、生命保険の保険金も相続税の課税対象ですが、「500万円×法定相続人の数」までの非課税枠があることも、大きなメリットです。

◆認知症になった場合の対策を講じておく

高齢化に伴い、認知症によるトラブルも増えています。自分や子どもなどの相続人が困らないためには、認知症になった場合のことも想定して、対策を講じておく必要があります。

有効な対策の1つは、「任意後見制度」の利用です。これは、ひとことで言えば、認知症などになった場合に事前に指定した人(家族など)に自分の財産を管理してもらう制度です。例えば、認知症になって自分で預金が下ろせなくなっても、この制度で任意後見人を指定していれば、代わりにお金を引き出してもらえます。制度の利用にあたっては、家庭裁判所で手続きを行います。

また、「家族信託」の活用も選択肢の1つです。家族信託とは、自分の老後や介護時に備え、保有する不動産や預貯金などを信頼できる家族に託し、管理・処分を任せる財産管理の方法のことです。遺言書以上に幅広い遺産の承継が可能であるほか、身内に財産の管理を託すため、基本的に高額な報酬が発生しない、などの特徴があります。

家族信託は、委託者(親など)が、受託者(財産を管理する人)と信託契約を結ぶことで成立します。利用したい場合には、相続に詳しい弁護士、税理士などの専門家に相談しましょう。

◆相続の手続きには、期限もある

生前の対策が被相続人の役目なら、その被相続人が亡くなって相続が発生してからは、相続人(遺産を受け取る人)の仕事になります。そして、それらには期限の設けられているものが多いことに注意しなくてはなりません。相続に直接関係ない手続きも含め、「急ぐ」ものからリストアップしました。明確な期限のあるものは、〈 〉で注記しています。

◆相続発生後、速やかにすべきこと

●死亡診断書の取得

死亡の判断を行った医師が記入した「死亡診断書」を取得します。事故死や突然死の場合には、「死体検案書」になります。次の「死亡届」は、この書類と一体になっています。

●死亡届の提出〈7日以内〉

「死亡届」は、市区町村役場に死亡後7日以内に提出するよう、法に定められています。
「死亡診断書」と「死亡届」は、相続の手続きや生命保険金の請求など、この後の手続きに必要になることがあります。「死亡届」は原本を役所へ提出しますので、提出前に数枚のコピーを取っておくのがいいでしょう。

●葬儀、火葬(火葬許可証の取得)、埋葬(埋葬許可証の取得)

火葬に必要な「火葬許可証」は、「死亡届」を役所へ提出した時に窓口で交付されます。葬儀、火葬が終了すると、「火葬許可証」に火葬済証明印が押されたものが渡されます。これが「埋葬許可証」となります。

◆14日以内(厚生年金の手続きは10日以内)

●公的年金の受給停止の手続き〈厚生年金は10日以内、国民年金は14日以内〉

厚生年金の場合は亡くなった日から10日以内に、国民年金の場合は亡くなった日から14日以内に、年金事務所で年金受給停止の手続き(「年金受給者死亡届」の提出)を行う必要があります。なお、日本年金機構に個人番号(マイナンバー)が収録されていれば、届出をする必要はありません。

●介護保険証の返却〈14日以内〉

死亡した人が65歳以上の場合、または40歳以上65歳未満で要介護・要支援認定を受けていた場合は、14日以内に介護保険被保険証を返却すると同時に、「介護保険資格喪失届」を提出します。

●国民健康保険証の返却

亡くなった人の住所地の市区町村に国民健康保険証を返却します。その際、国民健康保険の被保険者が死亡したときの葬儀費用や埋葬費用が助成される「葬祭費」の申請を行いましょう(申請期限は2年以内です)。

●公共料金などの引き落とし口座の変更

故人の口座は、一部の相続人が勝手に出金したりすることができないよう凍結されますので、同居していた場合などには、公共料金などの引落とし口座の変更が必要です。同時に、電気、ガス、水道、インターネット、携帯電話などについての必要な契約変更や解約手続きを行います。

●生命保険金の請求

保険金の請求期限は3年ですが、なるべく早めに保険会社へ連絡して、故人の遺志を受け取るべきでしょう。さきほども述べたように、保険金は相続財産で、相続税の算定に影響を及ぼす場合があることにも注意してください。

◆遅くとも3ヵ月以内

●遺言書の有無の確認

これもすでに説明したように、遺言書が残されているか否かで、手続きも含めた相続の進め方は、ガラリと違ってきます。遺産分割の話し合いを始める前に、相続人はその有無を調べなくてはなりません。
遺言書には「公正証書遺言書」「秘密証書遺言書」「自筆証書遺言書」の3種類がありますが、まずは公証役場と法務局で、その有無を確認しましょう。問題になるのは、「自筆証書遺言」を書いて、相続人が知らない場所にしまっていたりする場合です。故人の部屋や貸金庫などのほか、生前付き合いのあった人物に預けてある可能性がないかなどを確認する必要があるでしょう。遺品の中に紛れ込んでいることもありますから、遺品整理の際には注意してください。
「自筆証書遺言書」が見つかっても、勝手に開封してはいけません。その場合には、相続人全員が家庭裁判所に出向いて、開封、確認のうえ証明書をもらう「検認」という手続きが必要になります。

●法定相続人の調査・確認

相続手続きを行うためには、法定相続人を確定させなくてはいけません。その法定相続人を明らかにするために、被相続人の、生まれてから亡くなるまでのすべての戸籍謄本の収集が必要です。
戸籍謄本を収集した結果、相続人の知らなかった前妻との間の子(認知した隠し子)や養子縁組などの事実が判明するかもしれません(それらの人も法定相続人です)。そうした事実関係を「無視」して相続手続きを行うと、あとから発覚した場合には、すべてやり直しになる可能性がありますから、要注意です。

●相続財産の調査

故人の財産にカウントされるのは、次のようなものです。

  • 現金・預金⇒確認の仕方:自宅金庫、通帳、カード、銀行の残高証明書
  • 不動産⇒登記簿謄本、固定資産納税通知書、権利書
  • 生命保険⇒保険証券、保険会社への問い合わせ
  • 株式・その他有価証券⇒金庫、証券会社から送付される通知書、証券会社への問い合わせ
  • ゴルフ会員権⇒金庫
  • 宝石、骨とう品⇒自宅、貸金庫
  • 自動車、バイク、小型船舶⇒車検証など

一方、故人が借金や税金の未払いなど「負の財産」を残している可能性があります。相続人は、原則としてそれらも引き継がなくてはなりません。

●相続放棄または限定承認の申立て〈3ヵ月以内〉

「負の財産」が「正の財産」を上回るようなケースでは、家庭裁判所に「相続放棄」の申し立てを行い、認められれば、返済の義務を免れることができます。ただし、プラスの財産についても、一切を放棄することになります。また、借金の債権者などに必要な支払いをして残金を相続できるのが、「限定承認」です。相続放棄が1人でもできるのに対し、こちらは相続人の「全員参加」が条件になります。
注意すべきは、これらの手続きには、相続の開始を知った日から3ヵ月以内という期限が区切られていること。この3ヵ月を「熟慮期間」と言って、財産の評価に時間がかかるといった理由で延長を申し出ることはできますが、期限が過ぎたら、相続を承認したと判断されてしまいます。相続放棄などを考えるのならば、素早い行動が求められるわけです。

◆4ヵ月以内

●被相続人の所得税の申告・納付(準確定申告)〈4ヵ月以内〉

被相続人が個人事業を営んでいて、確定申告の義務を負っていた場合などには、「準確定申告」といって、相続人が代わって申告、納税しなくてはなりません。これにも期限があって、死亡後4ヵ月となっています。通常の確定申告(事業年度の翌年の2月16日~3月15日)と異なることに要注意で、これを過ぎると延滞税などがかかってくる恐れがあります。税務署や、生前に確定申告を任せていた税理士に確認しましょう。

◆2ヵ月~10ヵ月以内

●遺産分割協議

繰り返しになりますが、被相続人の有効な遺言書が残されていた場合、問題がなければ、遺産はそこに書かれた内容通りに分けられることになります。一方、遺言書がない場合には、「遺産分割協議」をしなくてはなりません。ちなみに、遺言書があっても、相続人が遺産分割協議を開き、全員の合意のもとに、遺言書の中身とは違う形で遺産を分け合うことは可能です。

●遺産分割協議書の作成

遺産分割協議がまとまると、相続人全員が署名、捺印した「遺産分割協議書」が作成されます。相続人は、それぞれこの書類を証明書にして、預貯金の払い戻しや、不動産の名義変更といった相続手続きを進めていくことになります。

●預貯金などの解約、名義変更

遺産分割協議が成立したら、次は預貯金、有価証券などの解約や名義変更を行います。基本的に、金融機関ごとに手続書類への相続人全員の署名と押印が必要になります。故人の取引金融機関の数が多いと手続きに手間と時間を要しますから、やはりなるべく早めに着手することをお勧めします。

●不動産の名義変更(相続登記)〈2024年4月1日から3年以内の登記申請が義務化〉

故人の不動産も相続した人への名義変更(相続登記)が必要です。なお、相続登記が行われないことなどによる「所有者不明土地」の増加を背景に、24年4月1日から不動産の取得を知った日から3年以内の登記が義務付けられます(法改正以前から登記を行っていない不動産も対象です)。

●相続税の申告・納付〈10ヵ月〉

遺産分割が終わったら、速やかに税務署に相続税の申告・納付を行います。ただし、すべての人に相続税の申告義務が生じるわけではありません。相続税には、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」という基礎控除があり、遺産がこの額以下の場合には、課税されることはないのです(相続税の「配偶者控除」などの特例を使った結果、相続税がゼロになる場合には、申告の必要があります)。
相続税の申告期限は、相続人の死亡を知った日の翌日から10ヵ月と定められています。この場合の申告期限とは、税務署にいくら支払うのかの書類を提出するだけでなく、納税も済ませることを意味しています。期限を過ぎると、やはり延滞税などが課せられることになります。
そのため、遺産分割協議は、遅くともこれ以前に終えるのが原則ですが、実際には10ヵ月を過ぎても揉め続けることがあります。その場合にも、相続税が発生する場合には、申告期限が来た時点で、法定相続分に従っていったん納税しなくてはなりません。その後、引き続き協議を続けて、合意ができた時には、その内容で税務署に対して「更正請求」という手続きをすれば、相続税を再計算することができます。払い過ぎた相続人がいれば還付を受け、反対に足りなかった人は、追加分を支払います。

●家庭裁判所による調停・審判

相続人同士の遺産分割協議で遺産の分割方法が決まらなかった場合には、家庭裁判所に「調停」を申し立てて解決に向けての話し合いをすることになります。それでも遺産分割の話し合いがまとまらないときには、自動的に審判手続きが開始され、裁判官による「審判」が行われます。裁判官が、資料や証拠を調べて遺産分割の方法を決定するのですが、その内容に納得できない場合には、正式な裁判で争うことになります。

◆1年以内

●遺留分侵害請求〈1年以内〉

被相続人の配偶者や子どもなど一定の範囲の法定相続人には、遺言などの内容にかかわらず受け取れる遺留分(遺産の最低限の取り分)が認められています。受け取るためには、遺産を多くもらった相続人に対して「遺留分侵害請求」を行います。
ただし、この請求権は、相続の開始及び遺留分侵害を知ってから1年間で時効により消滅してしまいますから、行使する場合には期限に気をつけましょう。また、相続開始などを知らなくても、相続開始から10年経つと消滅します(除斥期間)。

まとめ

事前の準備も含めて、相続にはこれだけやるべきことがあります。また、家族の形態、財産の額や中身などによって、必要になることがそれぞれ違います。経済的な面も含めて円満な相続のためには、こうした相続の流れを理解した上で、必要に応じて専門家(相続に詳しい税理士など)のサポートを検討すべきでしょう。

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