眼から鱗!iPodがウォークマンを逆転した、天才スティーブ・ジョブズが取った戦略とは?
故スティーブ・ジョブズは、iPodという革命的なイノベーションにより、当時一強だったウォークマンを一瞬で追い抜いてしまいました。なぜ彼はそのようなことができたのでしょうか。今回はジョブズがとったiPodの戦略を、会計的な視点も交えて紹介します。
ウォークマンの出現とSONYの戦略
ウォークマンは、いまや知らない人はいないというほどに有名な携帯型音楽プレーヤーですが、その歴史は古く、1979年に一号機が発売されています。カセットをヘッドホンと組み合わせて音楽をどこでも聞くことができるという革新的なイノベーションは、「音楽を携帯し、気軽に楽しむ」という文化や新しい価値を創造し、そして世界中にそれを浸透させていきました。
このイノベーションは、「機内できれいな音の音楽を聴くことができるようにならないか」という社内の声をもとに生まれたもので、開発着手のタイミングでは社内からの反発も少なくありませんでした。結局やってみれば大ヒットだった、という結果になったのですが、ここでソニーはひとつ大きなミスを犯すのです。ヒットの要因は外でも音楽が楽しめるという新しいライフスタイルが生まれたことでしたが、ソニーはこれを「技術力の勝利」だと捉えてしまったのです。
当時のウォークマンは複雑な駆動装置を詰め込んだ精密機器だったこともあり、ソニーは自身の技術力に自信を持ち、引き続き高性能な製品の開発に注力していきました。その進歩は目覚ましく、バッテリーの持ち時間を維持したまま小型軽量化は進み、音質はどんどん改善されていきました。ソニーはハードウェアとしての優劣にこだわり続け、ノイズキャンセリング機能やウォータープルーフなどのハイスペックのウォークマンが数多く生み出されました。
対してiPodは、デバイス自体のスペックはウォークマンに対して劣っていました。Appleはハードウェアの優劣ではなく、音楽コンテンツ、インターネット、プレーヤーのすべてが有機的に連携し、全体として優れた設計であることを重視し、使いやすさ、デザイン性、ライフスタイルを変える新しい価値を生み出すことに注力していたのです。
ここが、技術にこだわったソニーと、戦略的なAppleとの違いでした。結果として、Appleがウォークマンを王座から引きずりおろすことになります。
SONYはなぜ負けたのか
持てる技術やリソースを使いこなせなかった
ソニーには何が足りなかったのでしょうか。製品の性能が足りなかったのでしょうか。ハードウェアについて言えば、ウォークマンというポータブルプレーヤーを最初に作り、世に広めたのはソニーです。また、VAIOという高性能のパソコンもあります。音楽の量については、ソニー・ミュージックという非常に大きなレーベルもありますし、それをネットで配信するという仕組みを最初に作り出したのもソニーです。デバイスも仕組みもコンテンツもあり、必要なものはすべて揃っていました。ここまで揃えることができているのに、ソニーはうまくウォークマンを売り出すことができませんでした。
ソニーの敗因のひとつは、消費者目線の欠如と言えるでしょう。ネットワークでの音楽配信とポータブル音楽プレーヤーの組み合わせは、iPodより先にウォークマンで行われていました。しかしそれらは使い勝手が悪く、消費者からは全く相手にされませんでした。というのも、音楽レーベル側に配慮しすぎたため、ライセンスに関して当時の国際ルールに厳格でありすぎてしまったのです。その結果無視された消費者は、より使い勝手が良いApple製品へと流れていってしまったのでした。
対するAppleはiTunesに音楽業界全体を巻き込んで、デジタル音源に対する独自ルールを完全につくってしまいました。それは消費者がより使いやすい形を求めた結果であり、この独自ルールの存在が新たなiPodユーザーを生み出すという好循環を実現していました。
社内コンフリクトによるコミュニケーション不足
もう一点は社内での有機的なつながりです。iPodに決定的に差をつけられたウォークマンは、その後2004年頃からコンテンツとハードウェアの足並みを揃えるために、合同会社を設立しました。しかしもともと「コンテンツ部門」と「ハードウェア部門」とセクション化されていたために、互いの利害関係を意識しすぎてしまい両者の溝は埋まらず、この社も失敗に終わってしまいました。
一方でAppleは、事業をする上では部門が分かれていますが、それぞれの部門で損益計算をすることがありません。会社全体で一気に計算をするだけです。このシステムによって、Appleでは部門ごとの利益などを気にすることなく、社内でいろいろな人同士が協力しているのです。多くの人が協業できる環境は、様々なアイデアが飛び交い新しい発想が生まれやすい環境です。
部門を越えて考える
セクショナリズムの壁
先にも少し触れましたが、損益計算の点について、Appleとソニーは大きく異なっていました。ソニーは、部門ごとに利益を意識するカンパニー制を採用していました。カンパニー制とは、事業分野ごとに独立性を高めた複数の企業の集合のように見立てて会社を組織することです。これは独立会社により近づけた形態で、事業成果が明確に分かることが特徴です。その大きなメリットとして、会計上、完全に独立した事業体として扱うため、意志決定や実施がスピード化され、事業利益が明確化できるため、急激に変化する市場ニーズに柔軟に対応しやすいという点があります。
しかし、常に自分の所属先のことばかりを意識してしまい、他部門との協業といった全社的な感覚が身に付きにくくなるデメリットもあります。ソニーは、部門間のつながりを構築し全社的なビジョンを据えることができず、結果的にデメリットがメリットを上回ってしまったのだと考えられます。大企業になってしまったがゆえに、組織間のセクショナリズムを乗り越えられなかったと言えるでしょう。
カニバリゼーションを恐れない
ジョブズは「カニバリゼーション(共食い)を恐れるな」ということを事業の基本原則としています。「自分で自分を食わなければ、誰かに食われるだけだ」と言い、iPodの売上が落ちると分かっていてもiPhoneを売り出し、iPhoneの売上が落ちるかもしれないのにも関わらずiPadを出せるのです。結果として、全体の売上は大きく伸び、いずれの商品もAppleを代表するものとなりました。
これに対してソニーは、iPodに対するiPhoneのように、ウォークマンに対してXperiaを生み出すことで対抗しています。これについては、ソニーも部門をまたいだ構造改革をしたように見えますが、実はウォークマン事業もXperia事業も2015年に分社化しており、結果としては依然として部門化の名残があります。むしろ、より一層部門に固執した視点になってしまっていると言えるでしょう。
独立採算制の非常に強いカンパニー制をとっていたソニーは、自部門の利益が目減りするような他部門のプロジェクトにはなかなか賛同できない風土があったのかもしれません。
全体最適を常に考える
企業は、個々が大きな視野を持って同じ方向へ進むことで成長します。協力がない環境というのは、なかなか成長とは結びつかない環境です。個人が部門を越えて、全社的な視点を持てるとよいでしょう。
Appleにはジョブズという圧倒的なカリスマ型リーダーがいました。ソニーにも盛田昭夫というカリスマの存在があり、パナソニックやシャープにも松下幸之助や早川徳次がいました。そのリーダーが去った後、誰も全体最適を考えられなくなり、会社が不安定になってしまう傾向はこれらの企業から読み取れます。カリスマ型リーダーの出現を待つのは非現実的かつ逃げの発想です。ごく普通の人たちの集団である会社に、全体最適を考えられるような風土をいかにして作るかというのが経営者の課題となるでしょう。
中小企業におけるカンパニー制
Appleやソニーなどの大企業だけでなく、中小企業でカンパニー制を採用した場合も、中小企業ならではのメリットがあります。
独立した別会社であれば、黒字の場合、軽減税率が適用されます。本社と合算した時には、最終的に法人税の節税ができます。また、新会社に関しては、条件を満たすと2年間の消費税の免税期間が適用されます。
カンパニー制を採用するかどうかは企業の特性によっても変わってくるでしょう。建設業で取り入れた場合、二重入力の煩雑さがなくなったり、売上や原価などもスピーディに確認することができるようになるでしょう。飲食業でしたら有店舗販売ですので、店舗を単位として商売に必要な機能を与えることは比較的容易ですし、細かい売上、原価、人件費などが把握されれば有益であると言えるでしょう。
関連の薄い事業の場合はカンパニー制も有効ですが、技術交流によって発展する事業の場合は逆にデメリットとなってしまいます。企業にとって最善な方法を、税制、財務、営業面などから判断していくことになるでしょう。
まとめ
Appleは損益計算を会社でひとつにするという手法で、個人や部門のつながりを促進しました。これはあくまで一例にすぎず一概には言えませんが、企業の特性によっては部門ごとの細かい利益を気にして全社的なつながりが生まれないことは、良いことではありません。個人や部門のつながりを促進する手助けとして、管理会計から企業を変えることもできる、という視点は持っておいてもいいでしょう。
東京大学卒。現、同大学院所属。
学生起業、海外企業のインターンなどの経験を経て、外資系のコンサルティング会社に内定。
自分の起業の経験などを踏まえてノウハウなどを解説していきます。
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