税理士のいない国!?デジタル国家エストニア共和国の制度を紹介

[取材/文責]岡和恵

北欧の小国エストニア共和国は、あらゆる分野にわたってデジタル化が進み、世界で最も先進的なデジタル国家と呼ばれています。そのうちシステム基盤や税制にスポットを当てて紹介します。わが国の電子申告も当初より進みつつありますが、エストニアのもつしくみに将来のヒントがあるかもしれません。

エストニアとはどんな国?

エストニア共和国のプロフィール

エストニア共和国(Republic of Estonia)は、東ヨーロッパのバルト海の東側にある小さな国です。
ラトヴィアやリトアニアとともに「バルト三国」と呼ばれています。

 

外務省のHPに掲載されているエストニア共和国(Republic of Estonia)のプロフィールは次のとおりです。

 

国土面積 4.5万平方キロメートル 九州の1.2倍程度
人口 133万人(2021年) 山口県や奈良県の人口に匹敵
首都 タリン 首都が世界遺産となっている
言語 エストニア語  
主な貿易 輸出)機械、鉱物、木材
輸入)機械、鉱物、医薬品・化学薬品
輸出相手国)フィンランド、スウェーデン
輸入相手国) フィンランド、ドイツ

 

エストニアは、2004年にEUに加盟し、2011年からユーロを導入しています。またSkypeが生まれた国としても知られています。後ほど、エストニアの歴史に触れますが、ロシアとの関係が非常に深い国です。

エストニアのIT技術

エストニアで注目すべきは何といってもICT技術の高さです。世界で最も電子政府の取り組みが進んでいる国の一つとして知られており、外務省のHPには次のように紹介されています。

 

IT立国化を国策として進めており、電子政府、電子IDカード、ネット・バンキング等の普及が顕著。各行政機関のデータベースは相互にリンクされており、オンラインで個人の情報を閲覧可能。
また、選挙投票や確定申告、会社設立がネット上でできる他、電子カルテ等の先進的な取り組みが進められている。なお、エストニアでは世界で唯一、国政選挙で電子投票が行えるようになっている。

 

選挙の電子投票などは、わが国ではあまり聞きなれない言葉です。

 

「e-エストニア」とは政府が国民の行政手続をデジタル化する動きを総称したものです。エストニアでは、e-エストニアに基づき、医療、教育、納税から投票まであらゆる分野でデジタル化が進んでいます。

エストニアのクラウドシステムX-Road

エストニアのシステム基盤は、X-Roadとよばれるクラウドコンピューティングシステムです。

エストニアは、電子化により、行政機関とその関連組織を安全に、そしてより効率的に結ぶ情報基盤を築く必要がありました。

 

そこで市民と公共機関、企業など全国民が利用可能で、かつ安全なデータ取引所として構築されたのがX-Roadです。X-Roadはエストニアのデジタル社会のバックボーンであり、公共部門と民間部門の両方がデータを交換できるようになっています。

 

行政機関や金融機関は、このシステム基盤となるX-Roadを通じて、法律で許される範囲内で、各々が保有する情報を入手することができます。

 

実際、2007年にエストニアのICTが大規模なサイバー攻撃を受け、政府ウェブサイトやオンラインバンキングも標的となりました。しかし、深刻な被害を出さずにX-Roadの堅牢性と信頼性を証明しました。

エストニアがデジタル国家となった背景とは?

ロシアとのかかわりが深いエストニアの歴史

そもそも小国のエストニアがなぜデジタル国家になったのか、その理由はこの国の歴史にあります。

 

エストニアには独立記念日が2つあります。
それは、1917年のロシア革命後の独立と、1991年のソビエト連邦崩壊後の独立です。
2回目の独立の際、旧ソ連が残した最先端技術の研究所があったことや、ラトビア、リトアニアを含むバルト三国の中でIT関連を担当していたこともありました。これらの経験をふまえ、エストニアは再び国家が侵略の危機にあったとしても、エストニア国民の情報をすべてもっていれば、国家は復活することができると考えたのです。

 

そして、国の立て直しに最新技術を取り入れたデジタル基盤を使うことに成功しました。

 

2018年には、エストニア国民のデータを国外で保管する「データ大使館」がルクセンブルクに開設されました。データ大使館をもつことによって、インターネット上にデジタル政府があればIDを持った国民がアクセスできます。そして、領土に縛られないエストニアが存続できるというわけです。

 

エストニアの目的は行政の電子化ではなく、国家生存のための判断と言えそうです。

税理士がいない国?エストニア

わが国の労働人口の約半分が機械に代替可能と、野村総合研究所の試算結果がネット上をにぎわしてからもう5年以上経っています。

 

その中に、自動化可能性が高い職業として、電車運転士、経理事務員、検針員、一般事務員などが並んでいました。

 

それぞれの仕事が単一労働であることを仮定したら、この結果をある程度受け入れざるを得ないのかもしれません。しかし、中小企業が多いわが国では一人の社員が何役もこなしている現状にどこまで当てはまるかわかりません。

 

また、わが国の税理士制度においては、税理士は、納税者と税務署のどちらかに偏ることなく、独立した公正な立場から税法を解釈、適用することが使命とされています。

 

税務処理において、いくつか選択の余地がある場合には税務署の指定する方法ではない選択が可能な場合もあります。

 

そのような場合に、税理士業務を独占業務として行える税理士が公平な立場から納税者を支援します。

 

実際、エストニアにおいても、結婚・離婚・不動産売買においてはオンラインでは受け付けていないため、個人向けにも法人向けにも税理士は必要です。

 

また、エストニアでは事業の所得、つまり決算書については、自らが決算報告することとなります。

 

会計士はその決算にあたり監査をする必要がありますし、税務処理は税理士に委ねられます。

 

したがって、試算結果が予言するようなエストニアから税理士や会計士がいなくなったというのは、やや誇張表現でしょう。

かつては、税理士が機械的にしていた税金計算の一定の部分については、システムが自動計算することになったというのがエストニアの現状だといえます。

エストニアにおける税務申告

エストニアのe-タックスシステム

エストニアでは、2000年に個人と企業経営者の申告納税が電子化されました。

 

そして2001年から、e-タックスにおいて「自動納税申告書(記入済申告書)」というサービスが開始されました。給与所得者向けの確定申告サービスです。

 

このサービスは給与、利子、源泉徴収額、各種控除額などのデータを集め、国税庁が予め申告書に記入し、納税者に情報を提供し、税務申告を支援するものです。

 

例えば、エストニアには教育費、寄付金、住宅ローン利子などの控除がありますが、控除関係機関から国税庁に電子的にX-Roadを経由し、情報を提供しているのです。

エストニアでは、eIDと呼ばれるデジタル身分証を持つことを15歳以上の国民に義務付けています。

 

例えば、個人の場合、eIDによりログインした納税者は、既に入力済みの給与や各種控除等の情報を確認し、必要な修正を行い、eIDによりデジタル署名で書類を確認します。

自動納税申告書においては、サラリーマンで給与等の修正がなければクリックのみで税務申告書の提出が終わることになります。

エストニアとわが国の電子申告利用

わが国には政府が運営するオンラインサービスとしてマイナポータルがあります。

子育てに関する行政手続ができたり、マイナポータルの「もっとつながる」機能を利用して、e-Taxと連携することができます。

マイナポータルは、マイナンバーカードがあればログインできますので、エストニアのeIDと同様のプラットホームと言えそうです。

 

エストニアe-タックス利用率は98%以上と非常に高い割合です。

ちなみにわが国でも、電子申告は2004年に始まり、2019年のデータによると所得税で約60%、法人税や消費税で共に約87%が電子申告となっていますので大きな差はないと言えます。

 

以上のことから、税務についてはわが国のオンラインサービスは着実に進んでいると言えます。

まとめ

エストニアが自らを「the most advanced digital society in the world:世界で最も先進的なデジタル社会」と呼べるようになったのは、デジタル国家にしなければならないという緊張感が政府にも国民にもあったからでしょう。

 

そして、今後もわが国の税務のデジタル化のお手本としてよい刺激を与え続けるでしょう。

大学卒業後、2年間の教職を経て専業主婦に。システム会社に転職。システム開発部門と経理部門を経験する中で税理士資格とフィナンシャルプランナー資格(AFP)を取得。2019年より税理士事務所を開業し、税務や相続に関するライティング業務も開始。

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