自己株式を取得するメリット・デメリットや注意すべき点について解説

[取材/文責]奥谷佳子

「自己株式」という用語をご存じでしょうか?平成13年の商法改正により会社が自社の株式、つまり自己株式を取得することが条件付き、制限付きで認められるようになりました。自己株式を取得することのメリットやデメリット、取得に伴い生じる目に見えない税法上のみなし課税関係について解説します。

「自己株式」とは何かについて解説

「自己株式の取得」とは自社の株式を自社が取得すること

「自己株式」とはその名の通り、自社が発行した株式のことです。法人の設立を例にあげて解説してみましょう。会社を設立するにあたり、会社は自社の株式を発行し、出資者はその株式を引き受け資金を会社に提供します。

 

例)資本金500万円(1株50,000円の普通株式100株)で法人を設立した

借方勘定科目 金額 貸方勘定科目 金額
現金 5,000,000円 資本金 5,000,000円

 

この段階で自社の株式は出資者である株主の手元に渡ります。

 

しかし、この株式を様々な理由により、会社が買い戻さなければならなくなったとしましょう。一般的に、株式を取得した場合は会計処理上「投資有価証券」あるいは「出資金」といった勘定科目を使用します。

 

しかし、自社の株式を取得した場合に限っては、この会計処理のルールが違ってきます。取得する株式の発行元が自社の株式であることが理由です。

 

このようなケースの会計処理は以下の通りとなります。

 

例)株主からの買戻し請求に応じて、発行済株式のうち、20株(1,000、000円)を買い戻した

借方勘定科目 金額 貸方勘定科目 金額
自己株式 1,000,000円 現金 1,000,000円

 

借方に「自己株式」という勘定科目を使用して処理します。

 

なお、決算書上の表記は「資本金のマイナス項目」となる点も注意しましょう。

 

貸借対照表(B/S)

  純資産の部
  資 本 金   5,000,000円
 
自 己 株 式   ▲1,000,000円

自己株式を取得するケース

自社が発行した株式を、会社が株主から買い戻す理由をいくつか挙げてみましょう。

 

1.株主からの買戻し請求
株式を保有していた個人が、相続や贈与等で第三者に株式を譲り渡すことがあります。この場合、納税資金が必要になった第三者が「株式の現金化」を望むケースが想定されます。

 

上場株式と違い、同族株式となると現金化は難しいでしょう。そこで、株式の発行者である会社に株式の買取請求をし、株式を現金化してもらうことが考えられます。

 

2.株主への利益還元のため
かつては自社が発行した株式を自社が保有することは禁止されていましたが、2001年の商法改正により制限付きながら自社の株式を買取することが認められました。

 

会社が自己株式を取得した場合、その株数は「なかったもの」となります。つまり、発行済株式総数にカウントされません。これにより「1株当たりの利益」「1株当たりの純資産」が増えますので株式の価値は上がることになります。

 

3.経営基盤の安定を図るため
株主にはその持ち株数に応じて「議決権」があります。よく「会社の乗っ取り」という言葉を耳にしますが、「株式の過半数」を持てば、多数決の理論で経営方針等の決定に影響を及ぼすことができるようになります。

 

したがって経営者が会社を守り、経営基盤を安定させるためには常に「株式の過半数」を安定して持たなければなりません。自己株式を会社が取得することで、外部からの企業買収を防ぐことができます。

「自己株式」を取得するメリット・デメリット

「自己株式」を取得するメリット

一部前述しましたが、自己株式を取得する際のメリットについて解説します。

 

1.株主への利益還元と株価対策
自己株式は1株あたりの利益金額の計算上、ないものとして考えます。結果として会社が自己株式を取得すればするほど1株あたりの利益金額が大きくなります。利益が大きくなれば株価が上がる可能性が高くなるということです。

 

2.経営の安定
一般的な中小企業の場合、定款で株式の譲渡制限をつけているケースがほとんどであるため、第三者が株式を買い占め企業を乗っ取るということは起こり得ません。しかし、オーナー一族のなかで株式を分散所有することはありますので、親子間、兄弟間で経営の主導権争いが起きる事態は想定されます。自己株式を会社が所有することで、株式の分散を防ぎ、こういった争いがおこるリスクを軽減することができます。自己株式の取得により株価自体が上がっていますので、株主総会の承認を得て第三者に株式を売却する場合に高い価額で売却することが出来る効果もあります。

 

3.事業承継対策
親から事業を承継する後継者の方に、株式を取得するための資金がない場合、後継者から会社が株式を買い取るという方法があります。後継者の方は安全な自社に株式を売却しつつ、手元に現金が残りますので、安心して事業承継することができます。

「自己株式」を取得するデメリット

メリットの多い「自己株式」ですが、当然デメリットもあります。

 

1.手持ち資金が社外に流出する
株式の取得に伴い、資金が社外流出することになりますので、資金繰りを悪化させる要因になる可能性があります。また、債権者や株主などの利害関係者にとっても弁済資金・利益分配資金が流出しますのでマイナス要素となります。

 

2.自己株式を処分すると株価が下がる
「取得すれば1株あたりの利益額が増加する」のであれば、「自己株式を再び売却すれば1株あたりの利益額は下がります」。取得とは逆に処分すれば利益額が下がって結果、株価が下落する可能性があるということです。

自己株式を取得する際の注意点について解説

自己株式取得の財源には上限規制がある

会社法では株主保護の観点から「自己株式」について一定の取得制限を設けています。

 

自己株式の取得により会社の資金が社外流出しますので、債権者にとっては返済資金が不安定になるリスクを抱えることになります。また、株式が本来受け取るべき分配可能利益が損なわれる可能性も考えられます。このような理由から自己株式の取得には制限がかけているわけです。これを「財源規制」と呼びます。

 

会社にとっての分配可能利益とは、簡単に言えば「剰余金の総額」ということです。純資産の部から、分配が禁じられている「資本金」「資本準備金」を除いた金額が剰余金となります。

 

剰余金の額 = その他資本剰余金 + その他利益剰余金
 
分配時点の分配可能額 = 剰余金の額 ± 決算から分配時点までの剰余金の増減額
 
分配可能利益 = 分配時点の分配可能額 ± 会社計算規則第158条に定める調整額

「みなし配当」「みなし譲渡」「みなし贈与」に注意

・みなし配当課税の問題
自社株式の買取時に必ず生じるのが「配当金」のみなし課税という問題です。

みなし配当の額 = 自己株式の買取額 - 資本金等の額対応額(注1)
= 1株あたり資本金等の額(注2) × 取得する自己株式等の株数
= 株式発行法人の自己株式取得直前の資本金等の額 / 株式発行法人の自己株式取得直前の発行済株式総数
 
(注1) 資本金等の額対応額
(注2) 1株あたり資本金等の額

 

みなし配当金には現金の受け渡しはありません。「なぜ配当金課税が生じるのか」と感じるかもしれません。
しかし自己株式の買取により、株式の代金のほかに、会社が持つ剰余金も売主に分配することになります。会社法上は配当ではなくても税法上は配当とみなされるわけです。

 

・みなし譲渡の問題
みなし譲渡は売主側に生じる課税関係です。

 

所得税法基本通達59-6に基づいて計算した評価額を基準に、基準より1/2以下の価額で売買した場合にみなし譲渡となります。

 

自己株式の買取において、株式を著しく低額で譲渡した場合、時価により売却したとみなされ売却金額との差額が譲渡による儲け、みなし譲渡所得と認定されます。

 

ただし、株式を売却する個人が役員であり、自分が経営する同族会社に対して株式の買取請求をした場合、例え1/2以上の価額で売買しても「みなし譲渡」と認定されるケースがありますので注意が必要です。

 

・みなし贈与の問題
みなし譲渡に対して、みなし贈与は買主側に生じる課税関係です。評価額より低い金額、つまり高い株式を安く売ってもらえば買主は儲かることになります。税法では、差額部分を「もうけ」として認定します。

 

個人であれば贈与ですが、自己株式を買取する場合の買主は法人ですから、この儲け部分は贈与ではなく「受贈益」となり、法人税の課税対象となります。

まとめ

「自己株式」はあまり馴染みのない経営者の方も多いのではないでしょうか。しかし、事業承継や相続税などが原因で、買取しなければならない状況が生じるかもしれません。この機会に、メリットやデメリット、みなし課税関係についての知識だけは最低限、身に付けておくことをおすすめします。

Webライター/ライター
フリーランスとして様々な記事を執筆する傍ら、経理代行業なども行う。自身のリアルな経験を活かし、税務ライターとして活動の場を広げ、実務で役立つ生きた税法の解説に努めている。取材を通じて経営者や個人事業主と関わることも多く、経理や税務ほか、SNSを使った情報発信の悩みにも応えている。

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