今後の人材確保において知っておきたい「所得拡大促進税制」と「人材確保促進税制」

[取材/文責]村上カツ

大企業に向けた所得拡大促進税制である「賃上げ・生産性向上のための税制」が「人材確保等促進税制」として見直されました。所得拡大促進税制や人材確保促進税制は、コロナ禍において、人材確保に苦しんでいる企業にとっての助け舟でもあります。
この記事ではそれぞれの制度の内容と、税制改正で変更となった点について解説します。

「人材確保等促進税制」「所得拡大促進税制」見直しの背景

中小企業の業績悪化

2020年からの新型コロナウィルスの広まりにより、多くの中小企業が業績に悪影響を受けており、従業員一人あたりの賃上げよりも、雇用の維持や失業した人の再雇用の重要性が高まってきました。そうした状況を受け、2021年度の税制改正では、所得拡大促進税制の見直しが行われました。具体的には、従業員単位での賃上げにインセンティブを与えていた従来の所得拡大促進税制を改め、雇用を増やすことにより所得拡大を図る企業でも税額控除を受けられる仕組みに変更されています。

コロナ禍における人材確保・雇用環境の悪化

また、コロナ禍において雇用環境が悪化する中、新卒・中途採用による外部人材の獲得や人材育成への投資を積極的に行うインセンティブとして、2021年度税制改正において、従来の「賃上げ・生産性向上のための税制」が「人材確保等促進税制」へと再編成されました。

大企業、中小企業でそれぞれ見直された人材確保に関する税制

人材確保等促進税制とは?

人材確保等促進税制は、青色申告書を提出する全企業を対象として、新規雇用者給与等支給額の15%または20%を法人税(個人事業主は所得税)から控除する優遇税制です。2021年度税制改正により導入されたもので、2021年4月1日から2023年3月31日までの間に開始する各事業年度において適用することができます。

 

  • 適用条件
    以下の通り、人材確保等促進税制の適用条件は2種類あり、通常要件を満たせば新規雇用者給与等支給額の15%を法人税額または所得税額から控除できるのに対し、上乗せ要件も満たした場合には20%を控除できます。なおいずれの場合も、税額控除額は、法人税額または所得税額の20%が上限となります。

     

    適用要件 税額控除
    通常要件:「新規雇用者給与等支給額」が、前年度より2%以上増えていること 控除対象新規雇用者給与等支給額の15%を法人税額または所得税額から控除
    上乗せ要件:「教育訓練費」の額が、前年度より20%以上増えていること 控除対象新規雇用者給与等支給額の20%を法人税額または所得税額から控除
  • 「賃上げ・生産性向上のための税制」からの変更点
    上記の通常要件における「新規雇用者給与等支給額」とは、日本国内における新規雇用者のうち、雇用保険の一般被保険者に対して、その雇用した日から1年以内に支給する給与等の支給額をいいます。
    従来の賃上げ・生産性向上のための税制では、前年から継続雇用されている従業員に対する給与の増加があった場合に税額控除を認めていました。今回の人材確保等促進税制では、新規雇用者に対する給与等が前年より増加している場合に税額控除を付与するもので、コロナ禍にあっても新規採用を行うことに対してインセンティブを付与する内容に変わっている点に特徴があります。
    また、上乗せ要件における「教育訓練費」については、旧税制では過去2年における教育訓練費の額の平均値と比較して20%以上の増加が条件でしたが、人材確保等促進税制では、前年度との比較に変わっています。
    最後に、旧税制からの変更点として、旧税制は大企業のみが対象であったのに対し、人材確保等促進税制にはそのような制限がなく、全企業が対象になっています。したがって、中小企業でも人材確保等促進税制の利用が可能となります。

中小企業向けの「所得拡大促進税制」とは?

所得拡大促進税制は、中小企業者等が、前年度より給与等を増加させた場合に、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度です。

 

2021年度税制改正で内容が変更されており、2021年4月1日から2023年3月31日までの間に開始する各事業年度において適用することができます。

 

  • 適用条件
    以下の通り、所得拡大促進税制の適用条件は2種類あり、通常要件を満たせば控除対象雇用者給与等支給増加額の15%を法人税額または所得税額から控除できるのに対し、上乗せ要件も満たした場合には25%を控除できます。なおいずれの場合も、税額控除額は、法人税額または所得税額の20%が上限となります。

    適用要件 税額控除
    通常要件:雇用者給与等支給額が前年度と比べて1.5%以上増加していること 控除対象雇用者給与等支給増加額の15%を法人税額または所得税額から控除
    上乗せ要件:雇用者給与等支給額が前年度と比べて2.5%以上増加しており、かつ以下の①か②のいずれかを満たすこと 控除対象雇用者給与等支給増加額の25%を法人税額または所得税額から控除
    • ①教育訓練費が前年度と比べて10%以上増加していること
    • ②適用年度の終了の日までに中小企業等経営強化法に基づく経営力向上計画の認定を受けており、経営力向上計画に基づき経営力向上が確実に行われたことにつき証明がされていること
      • 期間延長と変更点
        所得拡大促進税制は従来から存在していた税制で、2021年度税制改正により、2021年4月1日から2023年3月31日までの2年間延長されました。
        2021年3月31日までの旧制度では、継続して雇用されている従業員に対する給与等支給額が前年度より5%以上増加していることが通常要件となっていました。新制度では、継続雇用されている従業員に限定せずに給与等支給額の前年度からの増加率1.5%以上を条件としており、賃上げだけでなく雇用者数の増加による給与等支給額の増加も評価する仕組みに変更しています。またこれに伴い、継続雇用者のみの給与等支給額を抜き出して比較する手間も不要となっており、事務負担の軽減も図られています。

    「所得拡大促進税制」のメリット

    所得を拡大することでより良い人材を確保できる

    コロナ禍により、人材採用は買い手市場になっています。中小企業にとっては優秀な人材を採用するチャンスでもあり、所得拡大促進税制を利用することで、実質的な負担を減らしつつ、優れた人材を雇用することが可能になります。

    税額控除が受けられる

    所得拡大促進税制の具体的なメリットは、中小企業者等が従業員に対する給与を増加させた場合に、自社の法人税の負担を一部軽減できる点にあります。特に2021年度税制改正により、既存の従業員に対する賃上げは十分にできていない場合であっても、従業員数の増加により給与支給総額が増えれば税額控除を受けられ、使い勝手が良くなっています。

     

    ☆ヒント
    コロナ禍において、人材確保問題には困難を極めている企業も多いことかと思われます。そうした中、中小企業にとって所得拡大促進税制の改正は雇用環境の改善における強い味方となります。自身の企業が対象となるのかどうか判断が難しい場合は、顧問税理士に相談すると安心です。

    まとめ

    人材確保促進税制における税額控除の計算のベースは新規雇用者の給与増であるのに対して、所得拡大促進税制では全従業員の給与増がベースとなります。そのため、基本的には所得拡大促進税制の方がメリットが大きくなる場合が多いと言えます。

     

    いずれの税制も、新規雇用者を増やせば税額控除を受けやすくなるため、採用計画にあたっては、両税制の利用を検討しながら進めるのがよいでしょう。

     

    税額控除の適用にあたっては、確定申告書に所定の明細書を添付し、関連する給与等の金額や教育訓練の内容などを記入する必要があります。顧問税理士に必要な情報を提供できるよう早めに準備しておきましょう。

    一橋大学社会学部卒業。流通業の企業で勤務後、専門性の高い仕事に憧れ、公認会計士を受験。合格後は会計事務所で税務の仕事をこなし、その後、海外の提携事務所に出向。幅広い経験を生かし、読者ニーズに応える執筆を心がけます。

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