1人社長のメリットは?1人で作る「マイクロ法人」について解説
「マイクロ法人」という言葉をご存じでしょうか?この言葉は、自分1人で法人を設立し経営する、いわゆる「1人社長」のことを指します。平成18年の商法大改正で法人設立のハードルが大幅に引き下げられたことにより、マイクロ法人を立ち上げる人が増加しました。この記事では、「マイクロ法人」を作ることのメリットやデメリットについて解説していきます。
「マイクロ法人」とは何か?
1人で会社を設立・経営する「マイクロ法人」
「マイクロ法人」とはその名の通り「小さな会社」です。正式な法律用語ではありませんが、1人で会社を立ち上げ従業員を使わずに自分自身が社長となって事業を行っていく法人形態です。
平成18年に商法が改正され、「取締役は3名以上」「監査役は1名以上」「資本金は有限会社で300万円、株式会社で1,000万円」といった規制が大幅に緩和されました。以前は、法人設立となれば役員になってくれる人を集めなければなりませんでしたし、資本金を準備する必要もありました。自分1人だけでは法人設立をできなかったため、簡単に法人を設立することが難しかったわけです。
しかし、商法改正により取締役、監査役の員数や資本金の規制が緩和されたことで1人で法人を設立する道が開けたという背景があります。
自分1人だけで法人を設立することはできる?
ここでは、現在の会社法(いわゆる新会社法)での法人設立の要件をみていきます。
1.取締役、監査役の員数の引き下げ
以前は「取締役3名以上」「監査役1名以上」を選任しなければならないとされていましたが、現在の会社法は「取締役1名 」でもOKとなっています。
以前は取締役と監査役あわせて発起人が最低4名以上必要でしたので、発起人を集めるだけでも一苦労です。また、役員になることに同意してもらう必要がありましたので、事業内容を説明し全員に納得してもらう必要がありました。
その点、現在の会社法では「取締役1名」で設立できますので、自分1人の意思があれば他の人の同意を必要としません。このように、現在は簡単に法人を設立することができるようになっています。
2.資本金要件の引き下げ
旧会社法では「有限会社300万円」「株式会社1,000万円」という最低資本金制度がありました。
以前は、会社の債権者保護を目的として、法人は債権者に対する資金を担保する必要があるという趣旨で最低資本金という縛りが設けられていました。
しかし、これも平成18年の改正で制限が大幅に引き下げられ、新会社法では「資本金1円」で法人設立が可能となっています。
事業を始める前にまずは多額の資金を集めなければならなかったのが、新会社法により実質的には資本金を準備することなく法人を設立することが可能となりました。
このように法的な縛りが緩和されたことで、1人で会社を立ち上げることが可能になったわけです。
「マイクロ法人」のメリット
法人化することで得られるメリット
ここでは「マイクロ法人」を立ち上げることのメリットについて解説していきます。
1.税法上の特典を受けられる
個人事業主と比べて、法人化することで得られる税法上のメリットや特典は大きくなります。
代表的な例としては個人事業主の「青色欠損金の繰越控除」です。
青色申告をしている個人事業者の方が事業で赤字を出した場合、その赤字部分を3年間繰り越し翌年以降の所得から控除ことができます。しかし、法人化すると青色申告の特典が広がり「欠損金の繰越控除」が10年間可能となります。
事業開始直後は売上も少なく赤字を出す状況が考えられますが、繰越が3年から10年に伸びますので将来的な黒字に対する備えが広がるメリットがあります。
2.社会保険料の負担を減らすことができる
個人事業主が加入する社会保険は国民健康保険と国民年金ですが、法人化することで加入する社会保険が「社会保険(健康保険・厚生年金)」に切り替わります。
国民健康保険の場合、保険料は個人の所得に応じて高くなります。それに対して社会保険の場合、保険料は「役員報酬額」によって決定されます。
つまり、「役員報酬額」を低く抑えれば国民健康保険と比較して社会保険料の負担を大幅に抑えることができることになります。
3.自分自身の意思で会社を動かせる
取締役や監査役などの役員が複数いると、会社の意思決定をする際に承認を得なければならないという制約がかかります。特に、取締役会が設置されている法人では取締役会で決議事項を諮らなければならず、自由に会社を動かすというわけにはいきません。
その点「マイクロ法人」では役員が自分1人ですから、自分自身の意思で会社を自由に動かすことが可能となります。
3.商取引における信用が上がる
いま現在でも、商取引においては個人事業主より法人のほうが信用が高いと考える人が多いのではないでしょうか。個人事業主と異なり、法人は設立するにあたって商業登記をするので、身元ははっきりしています。少なくとも法律上は実態がありますので信用度が高くなりやすいでしょう。
「所得税」「住民税」の節税に期待できる
個人事業主が会社を設立することで、「所得税」「住民税」の節税に期待できます。
前述したとおり、個人事業主の場合、所得が増えると税率も増えていき、所得額が年間4,000万円を超えると、税率は45%となります。しかし、会社を設立してマイクロ法人として売上を計上することで、年間で800万円以上の売上に関して法人税として税率23%ほどに抑えることが可能です。
他にも、マイクロ法人を設立し、自身の役員報酬を162万5,000円以下に設定することで、55万円の給与所得控除を適用できます。なお、役員報酬を162万5,000円以上に設定すると、その金額に応じて給与所得控除額が適用されます。
マイクロ法人として法人税へ切り替えたり、給与所得控除を適用したりすることで、「所得税」と「住民税」をその分だけ節税できるのです。
経費になる項目が増える
個人事業主と法人では、経費に計上できる項目が異なります。
マイクロ法人で経費に計上できる主な項目は、以下のとおりです。
- 生命保険料
- 社宅となる賃料
- 退職金
- 出張費や休日出勤などの手当
個人事業主が会社を設立することで、これまで以上に経費に計上できる項目が増えるため、経費をうまく活用することで、税金を大幅に削減できる可能性があります。
銀行から融資を受ける際に違いはあるのか?
次に、銀行で融資を受ける際に違いはあるのかを解説します。
結論から言えば、個人融資も法人融資も金融機関が融資を審査するポイントは「事業の将来性」ですから違いはありません。個人事業主であっても事業計画がしっかりしていれば融資は受けられますし、逆に法人であっても事業の先行きが不安定であれば金融機関は融資しづらくなります。
ただ、金融機関によっては「法人専用融資」という商品を用意しているところもありますので、融資の選択肢を広げるという点では法人の方が有利であるといえます。
融資に関して個人事業主と法人の一番の違いは、万が一返済不能となった場合の「免責」です。無担保無保証で融資を受けた場合、法人融資は法人に対する貸付ですので返済不能となり会社が倒産したとすれば、法人の役員は融資部分について「免責」されます。
これに対して個人融資の場合は、事業で借入したとしても借入は個人事業者名義で行っていますので「免責」にはなりません。
このような背景があることから融資を受けるのであれば、法人化してからのほうがメリットは大きいでしょう。
「マイクロ法人」のデメリット
マイクロ法人にもデメリットがある
メリットの大きい「マイクロ法人」ですが、当然デメリットもあります。
1.税務申告 の手間が増える
事業を行っている個人事業主は、確定申告で青色決算書や確定申告書を作成しています。「マイクロ法人」で法人化すると、 申告の際に作成・提出する帳票が増加するというデメリットがあります。
具体的な例を挙げてみましょう。
- 申告書の帳票数が増加する
- 事業概況書、勘定科目内訳書の作成
- 申告書の提出先が増える(国→国、都道府県、市区町村)
個人事業者の確定申告書であれば、国税庁のHPなどで比較的簡単に作成できますが、法人の 申告となると手間もかかりますし、専門的な知識も必要となります。
2.事業に係る費用が増加する
他に役員や従業員がいれば業務を分担することも可能ですが「マイクロ法人」の場合、業務をこなせるのは自分1人です。1人でこなせる事務量には限度がありますので限度を超えた部分は外部に委託しなければなりません。人件費として支出する額よりも外部委託のほうが割高になりますので、費用が増加することになり収益性が下がります。
赤字でも「住民税」を支払う必要がある
マイクロ法人を設立すると、赤字でも「住民税」を支払うことになります。
個人事業主の場合、赤字である年の所得税と住民税は免除されますが、法人化した場合は、赤字でも均等割の法人住民税を支払う必要があるのです。
均等割の法人住民税は、「年間7万円」です。
ただし、法人を設立しても、非営利法人として活動している場合や、法人としての活動を休業させている場合は、「住民税」の支払いが免除されるケースもあります。
費用面からみたマイクロ法人のデメリット
その他にも「マイクロ法人」のデメリットはあります。
例えば上記のように業務を外部委託するのではなく、従業員を雇用していれば給与の支給額が増加すれば税額控除を受けることができます。「マイクロ法人」では給与は自分の役員報酬だけであり、役員報酬は税額控除の対象外ですから税法の特典を受けることはできません。
また、法人化することで取締役の任期満了による重任や本店所在地の異動など、登記事項に変更が生じた場合にはその都度、商業登記をかけなければなりません。個人事業主であれば不要な登記費用が発生するのも「マイクロ法人」のデメリットに挙げられます。
「マイクロ法人」の注意点
会社の設立には、いくつかの注意点があります。前述したとおり、赤字になった年でも7万円の「住民税」を支払う必要があることも注意点の1つと言えます。
他にも、法人の節税対策が複雑であることや、脱税目的で法人設立を疑われる可能性があることなどから、国税庁に申告漏れや脱税の疑いをかけられる場合もあるのです。
例えば、会社を設立し、生命保険料や社宅賃料、退職金を経費に計上する場合、適切な費用が経費として計上されているのかを確認される場合があります。
また、事業活動のない法人(ペーパーカンパニー)を設立し、本来納めなければならない税金を分散させて不当に減らしているなどの疑いもかけられる可能性もあるでしょう。
そのため、個人事業主が会社を設立すると、税務調査をするきっかけとなる要因は多くなるのです。
「マイクロ法人」の設立にかかる初期費用や維持費
マイクロ法人の設立には、初期費用や維持費がかかります。そのため、法人の設立を考えている個人事業主は、事前に確認しておきましょう。
初期費用
個人事業主が会社を設立する場合は、株式会社で22万円ほど、合同会社で10万円ほどです。
それぞれの内訳は、以下のとおりです。
株式会社 | 合同会社 | |
---|---|---|
会社情報の登録費用 | 15万円 | 6万円 |
会社規則の作成手数料(紙) | 4万円 | 4万円 |
会社規則の認証手数料 | 3万2,000円 | 0円 |
合計 | 22万2,000円 | 10万円 |
合同会社とは、その会社に出資したすべての人が「会社の経営者」という扱いになり、これらすべての出資者が経営を行う会社のことを指します。
維持費
マイクロ法人の維持費として挙げられるのは、法人税や社会保険、税理士への顧問料などが挙げられます。
法人税では、年間所得が800万円以下の部分は15%、それ以上の所得には23.2%がかかります。また、社会保険料は役員報酬の額によって変動し、令和4年3月分からの東京都の場合、健康保険料は9.81%(40歳から64歳までの方は11.45%)、厚生年金は18.3%となります。そして、顧問費用は年間50~70万円ほどです。
他にも、事業をする際に住所や電話番号のみをレンタルできるバーチャルオフィスを利用する場合は、月額5,000円〜1万円ほど、電話受付代行などを利用する場合は、月額1万円ほどの維持費もかかるでしょう。
「マイクロ法人」の手続き方法は3ステップ
マイクロ法人の手続き方法は、3ステップです。一つずつ確認していきましょう。
「マイクロ法人」の手続き方法は、以下のとおりです。
- 会社の「基本事項」を決める
- 「定款(ていかん)」を作成して法務局に提出する
- 役所に届け出を出す
①会社の「基本事項」を決める
個人事業主が会社を設立する場合、まずは会社の「基本事項」を決めます。
基本事項とは、以下のとおりです。
- 会社名
- 所在地
- 代表者
- 出資者(マイクロ法人の場合は自分自身)
- 事業目的
- 資本金
- 事業年度
②「定款(ていかん)」を作成して法務局に提出する
次に、「定款(ていかん)」を作成し、法務局に提出します。
定款とは、会社を設立する人たちで、先ほど決めた「会社名」や「事業内容」「所在地」などの基本情報や、会社の指針などを記載する書類です。
以前までは、紙での作成が一般的でしたが、最近ではPDF化して提出する電子定款もあります。
また、紙で作成する場合、4万円の「収入印紙代」がかかるため、初期費用を抑えたい方は、電子定款がおすすめです。なお、定款の作成には、会社の印鑑が必要となりますので、事前に用意しておきましょう。
③役所に届け出を出す
定款を作成し、法務局への登記申請が完了したら、各役所に届け出を提出します。
役所への主な届け出は、以下のとおりです。
●税務署
∟法人設立届、青色申告の承認申請書、給与支払事務所等の開設届出書、源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書
●市区町村役場(都道府県税事務所でも可)
∟法人設立届
●年金事務所
∟健康保険・厚生年金保険新規適用届、健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届、健康保険被扶養者届
●労働基準監督署
∟労働保険 保険関係成立届、適用事業報告書
●ハローワーク
∟雇用保険適用事業所設置届、雇用保険被保険者資格取得届
「マイクロ法人」に設立したほうがいいケース
マイクロ法人を設立したほうがいいケースは、以下のとおりです。
- 健康保険料などの費用を節約したい場合
- 事業拡大を目指したい場合
- 社会的信用を高めたい場合
個人事業主が会社を設立することで、役員報酬として給料所得控除が適用され、健康保険料を節約できます。
また、役員報酬額は、自分自身で設定できるため、あえて低めに設定することで、社会保険料を抑えられるでしょう。ただし、役員報酬を低く設定しすぎると、生活費が足りなくなるなどの問題が発生するため、注意する必要があります。
また、会社を設立することで社会的信用が得られるため、銀行からの融資や取引先の増加を考えている方も、会社設立はおすすめです。
「マイクロ法人」に関するよくある質問
最後に、マイクロ法人に関するよくある質問を3つ紹介します。気になる質問があれば、確認してみてください。
「マイクロ法人」を設立して後悔する場合もありますか?
マイクロ法人を設立して後悔する場合もあります。
例えば、赤字であるにもかかわらず、法人住民税を7万円支払う必要があったり、顧問税理士費用などの維持費が想像以上にかかり、純利益が思うように伸びなかったりすると、マイクロ法人を設立して後悔する場合もあるでしょう。
「マイクロ法人」は年収いくらから?
個人事業主がマイクロ法人の設立を考える年収は、年収500万円ほどからです。
なぜなら、個人事業主としての年収が330万円を超えると所得税税率が20%を超えるため、法人税として年間800万円以下の部分で15%の法人税のほうが税率が低くなるからです。
また、会社を設立することで、給料所得控除や退職金控除、社宅家賃控除など、これまで以上に節税ができます。
したがって、年収500万円以上の個人事業主であれば、マイクロ法人を設立して適切な節税を実施することで、年間数十万円以上の節税ができる可能性があります。
売上なしでも「マイクロ法人」の設立は可能?
マイクロ法人は、売上がない場合でも設立可能です。
そのため、設立費用や維持費よりも、社会的信用に魅力を感じる方は、売上アップのためにマイクロ法人を設立するという手段もあります。
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赤字でもOK?マイクロ法人が節税になる理由【個人事業主・フリーランス】
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まとめ
起業家が法人を設立しやすくするために改正された新会社法により、「マイクロ法人」は今後も増加することが考えられます。これから起業するという人は「マイクロ法人」のメリット・デメリットを充分理解した上で法人設立することをおすすめします。
Webライター/ライター
フリーランスとして様々な記事を執筆する傍ら、経理代行業なども行う。自身のリアルな経験を活かし、税務ライターとして活動の場を広げ、実務で役立つ生きた税法の解説に努めている。取材を通じて経営者や個人事業主と関わることも多く、経理や税務ほか、SNSを使った情報発信の悩みにも応えている。
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