個人事業主の事業承継は個人版事業承継税制を活用しよう
個人事業主の中には、事業の引継ぎについて考える方も多くいらっしゃるでしょう。中小企業の事業承継を贈与や相続で行う場合、贈与税や相続税が重くのしかかり、その重みから事業承継自体を断念するケースも少なくありません。この問題に対する対策として、国は2008年から事業承継税制を開始しました。2019年の税制改正により、個人事業主に対してもこの税制が適用されることになっています。この記事では、個人版事業承継税制について詳しく解説します。
個人版事業承継税制とは
個人版事業承継税制は、後継者不足に悩む中小企業の事業承継を円滑化することで地域経済を守るべく、2008年度に成立した法人版事業承継税制を、個人事業主にも拡大したものです。個人版事業承継税制は、2019年からの10年間に限り、事業承継にかかわる贈与税・相続税を実質的に0円とする非常に強力な税制です。
法人版事業承継税制の創設
法人版事業承継税制は、2008年の「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(円滑化法)」と2009年度の税制改正(「非上場企業についての相続税の納税猶予の特例」)によって導入された税制です。この税制改正によって、非上場株式会社の株式を相続によって譲り受けた後継者がその会社を経営していく場合には、相続税の80%が納税猶予されること、先代経営者から株式を贈与によって譲り受けた後継者がその会社を経営していく場合には、その株式に対する贈与税が全額納税猶予されることとなりました。後継者が死亡した場合、納税が猶予されている相続税、贈与税は全額免除されます。当時の政府は、中小企業の事業承継を円滑化することで、経済の基盤である中小企業の雇用が確保され、地域経済の活力が維持されるとして、この税制を導入しました。
個人版事業承継税制の創設
その後、法人版事業承継税制は段階的に要件を緩和していきました。そして、2018年度に特別措置が導入され、2018年から2027年までの10年間に限り、制度の要件を大幅に緩和することとなりました。また、2019年度の税制改正によって、個人事業主に対してもほぼ同様の、事業用資産にかかわる相続税、贈与税の納税猶予制度が創設されました。このような制度の大幅な拡充や創設の背景には、現状を放置すると、中小企業廃業の急増により2025年頃までの10年間で累計650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があるという、政府の危機意識がありました。
個人版事業承継税制の概要
2019さまざまな要件を満たし、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」に基づく認定を受ければ、「特定事業用資産」の継承についての相続税・贈与税の納税が猶予されます。後継者が事業を続けている間に死亡すれば納税免除となるので、事業承継のハードルを大きく引き下げる効果がある税制です。
- 「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」とは
「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」は「経営承継円滑化法」とも呼ばれ、事業承継に伴う税負担の軽減や民法上の遺留分への対応をはじめとする、総合的支援策を講じる法律です。この法律は2008年の成立以来、地域経済と雇用を支える中小企業の事業活動の継続を目指し、順次適用範囲を広げてきました。 - 制度の対象となる「特定事業用資産」とは
個人版事業承継税制の対象となる「特定事業用資産」とは、先代事業者が事業のために使っていた資産で、贈与・相続日の前年分の事業所得にかかわる青色申告の貸借対照表に計上されていた次の資産です- 宅地等(400㎡まで)
- 建物(床面積800㎡まで)
- 以外の減価償却資産で、固定資産税の課税対象となるもの、自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるものなど、一定の条件を満たすもの
個人版事業承継税制の適用を受けるための主な要件(贈与の場合)
より重要性の高い贈与の場合について、個人版事業承継税制の適用を受けるための主な要件をご紹介します。後継者が円滑化法の認定を受けていることと、先代事業者が青色申告事業者であることが特に重要です。
- 後継者についての主な要件
- 贈与日の時点で20歳以上である
- 円滑化法の認定を受けている
- 贈与日までに3年以上特定事業用資産に関わる事業に従事している(同種・類似の事業を含む)
- 贈与税の申告期限までに開業届を提出し青色申告の承認を受けている
- 先代事業者についての主な要件
- 贈与者が先代事業者の場合:廃業届を提出しているか提出見込みである、もしくは贈与日が属する年と前年、前々年に青色申告している
- 贈与者が先代事業者以外の場合:贈与者は先代事業者と生計を一にする親族である、もしくは先代事業者からの贈与・相続を受けた特定事業用資産を贈与している
- その他の要件:納税が猶予される贈与税と利子税に見合う担保を税務署に提供する
猶予されている贈与税の納付が免除される主な場合
- 先代事業者(贈与者)の死亡
- 後継者(受贈者)の死亡
- この制度を受ける別の後継者に贈与する場合(免除対象贈与)
- やむを得ない理由があった場合
個人版事業承継税制で生前贈与する場合の手続き
個人版事業承継税制の適用を受けるためには、都道府県知事に事業承継計画を提出し、要件を満たしていることを確認してもらう必要があります。3年ごとに書類を提出することで、猶予期間を継続させることができます。事業を継続するか、同じ形で後継者の事業を譲渡すれば、猶予されている贈与税や、先代が死亡したときに発生する相続税を納付する必要はありません。
個人事業承継計画の策定・提出・確認
後継者は先代の事業を確実に承継するための「個人事業承継計画」を策定し、支援機関の所見を記載して都道府県知事に提出します。
贈与
制度の適用を受けるためには、後継者は特定事業用資産の贈与を受ける必要があります。
贈与税の申告期限までにやること
- 都道府県知事の円滑化法の認定
都道府県知事に申請書を提出して、円滑化法の適用を受けるための要件を満たしている認定を受けます。この段階で個人事業承継計画を提出することもできます。 - 開業届出書の提出・青色申告の承認と申告書の作成・提出
事業承継後、一定の期限までに、開業届を提出し、青色申告の承認を受けることが必要です。そのうえで、贈与税の申告期限までに制度の適用を受けるための申告書を税務署に提出します。その際、一定の担保を提供する必要があります。贈与税の申告期限は、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までです。
納税猶予期間中にするべきこと
申告後も事業を継続していれば、納税の猶予が継続されます。事業を廃止した場合、基本的には納税することになりますが、やむを得ない理由がある場合は除外されます。他にも、一部の納税が必要となる場合があるなど、猶予の中止に関する規則は複雑です。なお、この制度の適用を受け続けるためには、3年ごとに「継続届出書」を税務署に提出する必要があります。
贈与税の納付免除を受けるための手続き
先代事業者が死亡した場合、「免除届出書」と「免除申請書」を提出すれば贈与税が免除されます。その際、資産は相続または遺贈により取得したとみなされ相続税の対象となりますが、都道府県知事の「切替確認」を受けることで、相続税の納税猶予を受けることができます。後継者が事業を続けるか、別の後継者に同じ形で事業を譲渡すれば、贈与税・相続税を納付する必要はありません。
個人版事業承継税制に関する注意
個人版事業承継税制は適用期間が限られている税制であることに注意が必要です。個人版事業承継税制と一部重なる目的をもつ税制に、「小規模宅地等の特例」があります。同じ土地について同時に2つの税制の適用を受けることはできませんが、適用対象が異なる土地については2つの税制を同時に活用することは可能です。
適用期間が限られている
個人版事業承継税制は適用期間が限られた税制です。この税制は、2019年1月1日から2028年12月31日に贈与または相続等があった場合が対象です。適用を受けるためには、2019年1月1日から2024年3月31日までに「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出し、確認を受けなければなりません。
小規模宅地等の特例との併用は可能
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例を同時に活用することは可能です。特定事業用宅地等について2つの税制を同時に活用できませんが、たとえば特定事業用宅地等について個人版事業承継税制の適用を受け、特定同族会社事業用宅地等については小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能です。その場合、特定事業用宅地等の限度面積が、定められた計算式にしたがって減らされます。
まとめ
中小企業の事業承継問題が深刻化する中で、2008年に始まった事業承継税制は、2019年の税制改正で適用範囲が広がりました。個人版事業承継税制は、10年間限定で、事業承継にかかる贈与税・相続税を実質的に0円にする効果を持っています。事業の継承を容易にする効果が非常に高い税制なので、活用を積極的に検討してみてはいかがでしょうか。
慶應大学法学部卒。
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