少子化対策として注目の所得税「N分N乗方式」とは?すぐに導入は難しいワケ
2022年の出生数は、統計を取り始めた1899年以降、初めての80万人割れとなりました(「人口動態統計」速報値)。このように歯止めがかからない少子化対策の1つとして、にわかに注目を集めているのが所得税課税の「N分N乗方式」の導入です。出生率の回復に成功したフランスにならう制度だといいますが、具体的にはどのような仕組みなのでしょうか? 導入に向けた課題も含めて、分かりやすく解説します。
子どもが多いほど「減税」になる仕組み
国会で論戦に
「N分N乗方式」が突然注目されるようになったのは、1月25日の衆院本会議での「第2次世界大戦後のフランスでは、家族の人数が増えれば増えるほど減税につながる『N分N乗方式』という画期的な税制を導入した」という自民党・茂木幹事長の発言がきっかけでした。「異次元の少子化対策」を掲げる政府の“尻をたたいた”格好ですが、これには日本維新の会や国民民主党も賛同、立憲民主党も「検討に値する」としています。
一方、国会の場で新たな課税スキームの提起を受けた政府は、その導入に慎重姿勢を示しています。後述するように、高所得者に有利な税制の変更になることなどが、その理由です。
個人に課税→世帯に課税
では、「N分N乗方式」(以下「新方式」)とはどういうものなのか、みていきます。
最初に、現行の所得税の課税には、次の2つの特徴があることを押さえてください。
①所得税は個人に課税される:例えば夫婦共働きの場合には、それぞれ別々に課税されます。
②給与や事業所得などは、「累進課税」となっている:最低5%~最高45%まで、所得が多いほど、段階的に税率が上がっていきます。
新方式では、①が「個人」から「世帯」に変わるのが大きなポイントです。納税額は、次のように計算します。
(a)世帯の所得を合算する
(b)その世帯所得を、世帯の構成人数に準じた係数(これが「N」です。詳しくは次に述べます)で割り(N分)、課税所得(所得税がかかる所得)を算出する
(c)課税所得に対応する税率を掛けて、税額を算出する
(d)その税額に再びNを掛けて(N乗)、世帯の納税額を算出する
Nは、フランスの場合、大人は「1」、子ども2人目までは「0.5」、3人目以降は「1」として合計した係数となっています。夫婦と子ども2人なら「3」、子どもが3人いれば「4」ということになります。以下の計算も、この係数を適用します。
なぜ少子化対策になるのか?
これがなぜ少子化対策になるのかというと、子どもが多い(=Nが大きい)ほうが、最初の「N分」の際に、課税所得をより低く抑えることができるからです。所得税は、②の累進課税になっていますから、課税所得が小さいほど低い税率の適用を受けることになり、子どもが少ない(=Nが小さい)世帯に比べ減税効果が生まれるのです。
世帯所得が660万円の場合で比較してみます。なお、所得税には、税率ごとに決められた控除額がありますが、ここでは省きます。
■N=2(夫婦のみ)のケース
(a)世帯所得:660万円
(b)課税所得:660万円÷2=330万円
(c)税額:330万円×20%=66万円(所得330万円以上~695万円未満の税率は20%)
(d)世帯の納税額:66万円×2=132万円
■N=3(夫婦と子ども2人)のケース
(a)世帯所得:660万円
(b)課税所得:660万円÷3=220万円
(c)税額:220万円×10%=22万円(所得195万円以上~330万円未満の税率は10%)
(d)世帯の納税額:22万円×3=66万円
フランス方式だと、子どもが3人以上になれば、税金面での「有利さ」はさらに大きくなっていきます。
納税額はどう変わるのか
では、現行の課税と新方式を比べてみましょう。
夫婦共働きで、所得は夫400万円・妻200万円、子どもは2人とします。
■現行の所得税(個人に課税)
・夫:400万円×20%=80万円(控除後=実際の納税額は37万2,500円)
・妻:200万円×10%=20万円(同10万2,500円)
・世帯の納税額:控除後37万2,500円+10万2,500円=47万5,000円
■新方式の所得税(世帯に課税)
(a)世帯所得:600万円
(b)課税所得:600万円÷3=200万円
(c)税額:200万円×10%=20万円(控除後10万2,500円)
(d)世帯の納税額:控除後10万2,500円×3=30万7,500円
このモデルだと、実際の納税額は、新方式の方が17万円ほどの「減税」になります。繰り返しになりますが、子どもの数が増えるほど、減税幅は大きくなっていきます。これをインセンティブにしようというのが、「N分N乗方式」による少子化対策なのです。
指摘される問題点
岸田首相も「危機的」と表現した出生率の反転に向け、有効な手立てであれば実行に移してもらいたいところですが、この新方式には、政府などから次のような問題点も指摘されています。
高所得者が有利になる
所得税の課税を新方式に改めた場合、大幅な減税の可能性があるのは、現在高額の税金を支払っている納税者=所得の高い人(世帯)になります。日本では、納税者の過半数に最低税率の5%が適用されているのですが、こうした層は恩恵を受けることができません。
そもそも累進課税は、余裕のある人に多く税金を負担してもらうことで、所得格差の縮小を図るシステムです。高所得者に減税効果が集中することになれば、その原則を傷つける可能性があります。
共働きは不利である
さきほど、共働き世帯のシミュレーションをやりました。では、夫婦のどちらかのみが働いて収入を得ている場合は、どうでしょう?
同じ所得で片働きの場合、現行の所得税は、
となります。
世帯の納税額を比較してみると、
- 現行・片働き 77万2,500円
- 現行・共働き 47万5,000円
- 新方式 30万7,500円
ということになります。
片働きと共働きで差が出るのは、やはり累進課税という仕組みが原因です。共働きで所得が分かれていたほうが、双方またはどちらかが低い税率の適用になる可能性が高まるのです。
しかし、新方式が導入されれば、片働きか共働きかは関係なく、子どもの人数によって納税額が決まります。上の比較にあるように、子どもの人数が同じ場合には、片働き世帯の減税幅が大きくなる可能性が高まります。裏を返せば、共働き世帯にとっては、相対的に不利な仕組みだということです。
本当に少子化対策になるのか
出生率をアップさせたフランスでは、出産費用や教育費の無償化、保育の充実、労働時間短縮といった施策が、同時に実行されました。所得税の「N分N乗方式」が少子化対策としてどの程度有効なのかは十分検証の必要がある、という指摘もあります。
税制の抜本改革になる
さきほども述べたように、新方式の導入は、税制の骨格に関わる改変になります。「導入するにしても、同時に税率を見直す必要がある」「所得税の税収ダウンが避けられず、対応が必要だ」など、さまざまな課題が提起されています。少子化対策は喫緊のテーマとはいえ、速やかに導入というわけにはいかないようです。
議論が進む少子化対策
「N分N乗方式」の他にも、国や自治体レベルでの少子化対策が議論されています。最近議論になっている「児童手当の所得制限撤廃」問題と、東京都が独自に発表した少子化対策についても触れておきましょう。
児童手当の所得制限撤廃とは?
現行の児童手当は、次のような仕組みになっています。
●支給対象
中学校を卒業するまでの児童を養育している人。ただし、夫婦どちらかの年収(目安)が1,200万円以上の世帯は支給対象外
●支給額
- 3歳未満:児童1人当たり月額一律1万5,000円
- 3歳以上(小学校修了前):児童1人当たり月額1万円(第3子以降は1万5,000円)
- 中学生:児童1人当たり月額一律1万円
なお、養育者の所得が「所得制限限度額以上、所得上限限度額未満」の世帯への支給額は、児童1人当たり月額一律5,000円(特例給付)とする
この間、問題になっているのは、夫婦どちらかの年収が1,200万円以上になると支給対象外となる所得制限です。実は、旧民主党政権時代の2010〜12年に支給された「子ども手当」には、所得制限がありませんでした。その後、自民党が主導して復活させたのですが、「異次元の少子化対策」の中で、再び制限の撤廃が議題に上がっています。
各種世論調査では、自民党などの目論見が外れて、「撤廃に反対」が多数を占めていますが、若い子育て世代には「賛成」が多い結果となっています。撤廃を主張する自民党の茂木幹事長は、2月27日記者会見で、「私の考えは全く変わっていない」と述べました。今後の成り行きが注目されます。
東京都が打ち出した少子化対策
一方、東京都の小池知事は、18歳以下に月5,000円を所得制限なしで給付する、第2子の保育料を無償化する――などの少子化対策を発表しました。給付については、来年1月から開始され、2023年度分の6万円が一括して支払われる見通しです。
また、健康な女性が卵子の凍結保存を行う際の助成制度の創設を目指します。医療機関と連携して、凍結を行う理由や年齢などについて調査を行うことになりました。調査への協力が得られた女性に対しては、凍結に係る費用の助成や協力金として30万円程度が支援されるそうです。
東京都の出生率は、47都道府県で最低となっています。そうした状況も踏まえ、知事は、「『東京から少子化を止める』という決意のもと、大胆な施策を実行していきたい」と決意を述べました。
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まとめ
少子化対策として、所得税の「N分N乗方式」が注目されています。子どもの数が増えるほど、所得税が減税になる仕組みですが、高所得者に有利になるなどの問題点も指摘されており、早期の導入にはハードルが高いようです。
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