原材料の高騰+円安+人件費アップの“三重苦”長期化する物価上昇の先行きは?

[取材/文責]マネーイズム編集部
吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

2024年の年明け以降も、物価の上昇(インフレ)が続いています。通常でも食品などの価格見直しのタイミングである4月には、およそ2,800品目の値上げが行われました。原材料の高騰、為替の円安に加え、人手不足に伴う人件費のアップも、生活必需品をはじめとする物価を押し上げる要因になっています。すでに3年近くになるインフレ局面ですが、このような状況はいつまで続くのでしょうか? 今後予想されるシナリオを考えてみます。

 

※記事の内容は2024年4月29日時点の情報を元に作成したものであり、現在の内容と異なる場合があります。

当面、値上がりは続く

想定外の「悪いインフレ」

最初に明確にしておきたいのは、今回の物価高の「性格」です。インフレが始まる前、日本は1990年代初めのバブル崩壊以降の長引くデフレ不況に苦しんでいました。モノやサービスの需要が落ち込み、価格が下落。企業の儲けは減り、労働者の給料がダウンしたりリストラが増えたりした結果、さらに消費が減退する――という「負のスパイラル」に陥っていたわけです。 

経済にとっては、緩やかな物価上昇の下で企業が良好な業績を確保し、働く人の所得が増えていくのが、理想形といえます。その実現を目標に、政府・日銀は、2013年1月に、2%という「インフレターゲット(目標)」を掲げました。そういう経緯からすると、デフレからインフレ経済への転換は、一見好ましいことのようにも思えます。

しかし、実態はそうした理想とは異なるものです。現在進行中の物価上昇は、経済成長の結果ではなく、主に原材料などの高騰によって引き起こされた「コストプッシュインフレ」だからです。多くの企業にとってみれば、成長どころか、コスト増による業績悪化を招きかねない「悪いインフレ」といえるのです。

2023年は41年ぶりの上昇率を記録

今回の物価上昇が始まったのは、2021年の後半でした。もともとは、コロナ禍の反動で需要が増加したことなどによる原油などエネルギー相場の値上がりが主な原因でしたが、その後ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)、歴史的な円安という要因も加わって、インフレの環境が固定化されました。

消費者物価指数(天候による変動が大きい生鮮食料品を除く、以下同じ)は、2022年末に今回の物価上昇局面でのピークである前年同月比4%まで上昇。2023年にはやや伸び率が鈍化したものの、通年では前年比3.1%増と、1982年の第2次オイルショック時以来41年ぶりの高い伸びを記録しました。

同指数は、2023年9月以降は前年同月比+2%台となり、今年に入っても1月2.0%、2月2.8%、3月2.6%上昇で推移しています。なお、全国に先駆けて公表される東京23区の4月の指数は、前年同月比で1.6%上昇(3月比0.8%下落)となりました。上昇率は1%台にとどまりましたが、これには、都が4月から高校の授業料を無償化したという独自の要因が大きく影響しました。

ここまでの値上がり局面をまとめると、

  • 一時の右肩上がりの上昇は一段落し、伸び率自体は徐々に低下傾向に転じた
  • しかし、引き続き政府などの予想を超えるインフレが続いている
  •  

    ということができるでしょう。

    電気、ガス料金などの値上がりが直撃

    では、今後の物価はどうなっていくのでしょうか? まず、「当面予測されていること」をみておきます。

    この4月、主要食品メーカー195社が2,806品目の商品価格を引き上げました。品目数は、昨年同時期に比べて約半数となっていますが、値上げ率は23%とやや上昇しました(帝国データバンク調べ)。また、6月、7月にかけても、多くの食品や産業資材などの価格改定がすでに発表されています。

    また、5月以降、家計を直撃しそうなのが電気・ガス料金の値上がりです。政府は、これらの料金について、2023年初めから業者への補助金による価格抑制策(激変緩和措置事業)を行ってきました。裏を返せば、この措置がなければ、物価はさらに上がっていたわけです。ただ、何度か期限延長されてきたこの補助金も、5月で打ち切られることになっています。

    加えて、電気料金については、再生可能エネルギーの普及に向けて料金に上乗せされる「再エネ賦課金」の上昇も、値上げに直結します。大手電力会社が発表した6月請求分の電気料金(家庭向けで契約者の多い「規制料金」、使用量が平均的な家庭)は、東京電力が前月比401円高い8,538円、関西電力が同じく442円高い7,196円などとなっています。

    またガス料金(使用量が平均的な家庭)は、6月請求分で東京ガスが前月比185円上がって5,856円、大阪ガスが同184円上がって6,408円などと発表されています。

    物価の先行きはどうなる?

    その先の中長期的な物価の動向を占うためには、そもそも今のインフレがなぜ起こっているのかを理解しておく必要があります。その点をあらためて整理しつつ、今後についてみていきたいと思います。

    【原因1】国際的な原材料価格の上昇⇒高騰は一服

    新型コロナで頭が押さえられていた経済が回復するにつれ、世界的にモノやサービスの需要が急速に回復し、その結果、特に原油などのエネルギー価格が高騰しました。この状況に拍車をかけたのが、石油や天然ガス、穀物、レアメタルなどの世界的な生産国同士によるウクライナ戦争でした。

    資源や小麦などの食糧を輸入に依存する日本は、こうした原材料高の影響をもろに受けることになりました。中でも加工食品や菓子類をはじめとする食料品は、2022年の春以降、文字通り“値上げラッシュ”の状況を余儀なくされたわけです。

    ただし、この間のインフレの最大の要因である食料品の値上がりは、原料相場が落ち着いたこともあって、ピークアウトが鮮明になりました。今年4月には、年に2回改訂される海外産小麦の国内製粉業者などに対する「政府売り渡し価格」が、0.6%引き下げられました。率は僅かですが、昨年10月に11.1%引き下げられたのに続く2期連増の引き下げとなっています。パンや麺類から菓子まで幅広く使われる小麦の高騰は、食料品値上げの大きな要因だっただけに、売り渡し価格の鎮静化による波及効果は大きいといえます。

    エネルギー価格も、ピークに比べると下落傾向にあります。原油価格の指標の1つであるWTI原油先物相場は、2022年半ばに一時1バレル当たり120ドル超の高値を付けましたが、2023年に入って同60~70ドル台にまで下落したのです。

    しかし、2023年10月に起こったパレスチナ・ガザ地区をめぐる紛争が、状況を変化させました。中東情勢の緊張が再び原油相場を押し上げ、WTI先物は4月末時点で同80ドル台の水準で推移しています。

    確かに、物価上昇の勢いが鈍化しているように見えます。一方で、異常気象による農産物価格の高騰や、保護主義的な政策によるサプライチェーンの混乱、地政学リスクによる原油価格の変動など、物価の見通しには数多くの不確実要素が潜んでいます。そのため、今後も上振れのリスクも孕んでいることに注意が必要です。

    吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

    【原因2】為替の円安⇒先行き不透明

    今も述べたように、日本は多くの原材料を輸入に依存しています。この間、原材料そのものの値上がりに加えて、為替の円安の進行がダブルパンチになりました。簡単にいうと、対外的に円が安くなったために、海外から原材料などを調達するのに、より多くの円が必要になった=輸入コストがアップしたわけです。

    今の円安の原因は、日米の金利差にあるといわれています。これも簡単にいうと、投資家が金利の安い円を売って、運用に有利なドルを買う動きを強めた結果、「ドル高・円安」の状況を生んでいる、というわけです。

    その円相場は、昨年10月、11月に、一時1ドル=150円を突破するという歴史的安値を付けるまで円安が進行しましたが、さすがに2024年は、ある程度円高の方向に調整が進むのではないか、との見方がありました。ところが、4月29日にはついに同160円を突破して、1990年4月以来、約34年ぶりの安値となるなど、年明け以降も円安が加速しました。

    理由は、「日米の金利差が開いたまま」のためです。日銀は、4月26日の政策決定会合で金融政策の現状維持を決定しましたが、これにより日本の低金利状況が当面続く、という見方が広がりました。一方でアメリカ経済の堅調さから、同国の利下げ観測は大きく後退しているのが現状なのです。

    円相場の動向は、日本だけでなくアメリカの金融政策に左右されるため、今後を正確に予測するのは困難です。仮に円安トレンドに変化がなければ、為替要因によるコストプッシュの長期化が避けられません。

    確かに、米国の堅調な雇用市場と根強いインフレ圧力を受け、利下げ開始時期が遅れるとの見方が強まっています。金融市場においても、0.25%の年内の利下げ回数は、年初6回程度でしたが、直近で2回程度まで減少しており、市場参加者の間では利下げ期待が後退していることがうかがえます。

    吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

    【原因3】人件費の値上がり⇒上昇圧力に

    以上の2つに加えて、このところ物価上昇要因として無視できなくなっているのが、深刻な人手不足を背景にした人件費のアップです。従業員を雇ったり離職を防いだりするためには、賃上げが避けられない環境になっており、そのコストアップ分を販売価格に転嫁する動きが強まっているわけです。

    こうした状況に、運輸業界を中心とするいわゆる「2024年問題」が追い討ちをかける形になっています。物流コストの上昇は、今後もあらゆる分野に影響を与えることになるものと思われます。

    賃上げと物価上昇という好循環の兆候が見られてきています。ただし、この好循環がどの程度持続するかは、今後の経済状況や企業の業績、そして世界経済の動向など、様々な要因に左右されるため、引き続き注視していく必要があります。

    吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

    物価上昇は、2025年には1%台に?

    今後の物価上昇率について、専門家の見立てはどうなっているのでしょうか?

    日銀は、さきほど触れた4月の政策決定会合に合わせて、今年度から3年間の物価の見通しを示す「展望レポート」を公表しました。それによると、消費者物価指数の見通し(政策委員の中央値)は、2024年度が前の年度と比べて+2.8%、2025年度は+1.9%となっています。

    いずれも、前回の1月時点の見通し(2024年度+2.4%、2025年度+1.8%)からは、引き上げられました。引き上げた理由については、原油価格の上昇傾向や、電気・ガス料金の負担軽減措置が終了することなどを挙げています。

    また、これに先立ち、日本経済研究センターが3月18日に公表した民間エコノミスト37人の予測平均では、同じ指数が2024年度は+2.23%、2025年度は+1.66%となっています。

    全体的な物価の上昇率は今後緩やかに低下し、来年度には1%台後半に落ち着く、という見方が大勢のようです。

    記事監修者 吉田税理士からのワンポイントアドバイス

    今後も物価高は続くものの、2023年、24年にみられたような食料品をはじめとする“値上げラッシュ”は一服し、上昇率も「減速」するとの見方が強くなっています。ただし、引き続きエネルギー相場の動向、人手不足を背景にした人件費の増加、想定を超えた円安の進行といった物価押し上げ要因が存在することも、念頭に置く必要があるでしょう。

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    吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

    東京国税局で主に法人税調査に27年間従事した後、独立。税理士としてクライアントに直接対応し、個々の状況に合わせて共に問題を考え、解決策を見出すことを大切にしています。また、金融機関に属さない独立系ファイナンシャル・プランナーとして、完全中立の立場でアドバイスを行っています。

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