円安→“円弱”が進む原因は?日本経済は「失われた30年」から浮上できる?

[取材/文責]マネーイズム編集部
吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

2022年以降、家計を直撃する物価高が収まる気配を見せません。主因の1つが、歴史的なレベルにある為替の円安です。食料品やエネルギーの多くを海外産に頼る日本にとって、円の値下がりによる輸入コストのアップが、大きな負担になっているのです。この円安の直接的な原因は、「日米の金利差」だとされていますが、背景には構造的な日本経済の弱体化がある、ともいわれます。脱却の道はあるのでしょうか。

円安の真犯人は?

2年で「3割安」となった円

今回の円安の始まりは、2022年の春頃でした。24年4月29日には、34年ぶりに一時1ドル=160円ラインを突破、いったん同155円台まで戻したものの、6月下旬には再び同160円に迫る動きを見せています。

急速な円安が進む以前、外国為替相場は、同115円程度で推移していました。この2年ほどの間、何度も「円高に転換する」という観測が流れたものの、ここまでのところ、円はドルに対して3割近く値を下げています。

あらためて整理しておけば、為替の円安がもたらすのは、悪いことばかりではありません。日本からモノを輸出する場合を考えてみましょう。円安になれば、相手は手持ちのドルで、より多くの日本製品を買うことができます。これは日本の輸出産業にとって、有利な環境です。

一方で、輸入の場合には、まったく逆の現象が起きます。同じものを輸入するにも、より多くの円が必要となり、コストの上昇が避けられません。そのことが、私たちの生活に直接的な影響を与えているのです。

相場はその時々の経済環境などによって変動しますが、心配されるのは、「行き過ぎた円安」がこの先も固定化されるのではないか、という点です。現状は、もはや単なる円安というより、回復が容易ではない“円弱”というべき水準に達している、という指摘もあります。

日銀の金融政策転換と米国の雇用統計悪化を受け、急激な円高が進行し、一時1ドル=141円台まで円高が進みました。これは、長期的な円安トレンドの転換点となる可能性があります。しかし、専門家の間でも意見が分かれており、明確な分岐点と断言するのは時期尚早ですが、少なくとも一つの転換点に差し掛かっている可能性は高いと思います。

吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

 

「日米の金利差」がなぜ円安を生むのか

今回の円安局面では、「投資家がドルを買い、円を売る動きを強めたから」と、その理由が説明されています。確かに、そうなれば、需給関係からドル高・円安になるはずです。

この投資家の行動のモチベーションとなっているのが、「日米の金利差」です。「失われた30年」の中で、日本では長く「マイナス金利政策」がとられてきました。金利を抑えて企業などがお金を借りやすい環境をつくり、なんとか低迷する景気を温めようとしたわけです。

これに対してアメリカでは、「コロナ禍明け」以降、急速に経済が回復し、高率のインフレが発生しました。景気の過熱を抑えるためにとられたのは、日本とは違い、政策金利(中央銀行が一般の銀行に貸し付ける際の金利)の断続的な引き上げ、という政策でした。その結果、両国の金利に大きな差が生まれることになったのです。

金利の高いドル建ての資産、例えばアメリカ国債を持てば、高金利の恩恵を受けることができます。さらに、金利の低い円を借りてその原資とすることで、大きな利ざやが期待できるでしょう。投資家は、ドルを買う際に、借りた円を売ります。そうした行動(「円キャリートレード」)が、ここまで円安を加速させた主な原因とされています。

国民も日本企業も円安に「加担」?

急速な円安には、別の要因も指摘されます。輸出額から輸入額を引いた日本の貿易収支は、21年度から3年連続で赤字となっています。こうした貿易赤字、中でも「デジタル赤字」が円安に拍車をかけている、という見方があるのです。

財務省の23年度の国際収支統計によると、デジタル取引に関連する「通信・コンピュータ・情報サービス」は1.7兆円、「その他業務サービス」は4.6兆円の赤字でした。ちなみにインバウンド関連の「旅行収支」は、コロナ前を上回る4.2兆円の黒字を記録しましたが、その稼ぎを軽く吹き飛ばす状況となっているわけです。
国際収支状況(速報)

「通信・コンピュータ・情報サービス」の赤字は、主にクラウドサービスへの支払いなどです。
「その他業務サービス」の赤字は、主に研究開発サービスやウェブサイト広告スペースの取引を含む専門・経営コンサルティングサービスなどです。

吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

 
そうなる原因は、私たちの生活や企業活動などになくてはならないデジタルサービスの大半を、アメリカの巨大IT企業に依存していることにあります。例えばGoogleやApple、Amazonなどが提供するさまざまなサービスを日常的に利用しない人は、少ないでしょう。企業ではクラウドシステムの導入が進みましたが、これを提供するのも、AWS(Amazon Web Service)、Microsoft Azureといったアメリカ企業です。

それらの利用料や広告料は、彼らにドルで支払われます。日本人がデジタルサービスを使えば使うほど、大量の円売り・ドル買いが生じることになるのです。

今日本では、世界から遅れたIT化の推進に向け、DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれています。ところが、そこに力を注ぐことによって、為替相場には円安圧力がかからざるをえない、という皮肉な状況が生まれているわけです。

また、今年から始まった「新NISA(少額投資非課税制度)」が円安を加速させた、という見方もあります。NISAでは、投資対象として、日本株に比べて高いリターンが期待できる米国株を選ぶことが少なくありません。積立NISAでそれをすれば、毎月、円を売り・ドルを買う行為が繰り返されることになります。

“円弱”は日本経済の弱さの表れか

日米とも「動けず」

円安の主な原因が日米の金利差によるものであるなら、それが縮小すれば、為替相場は落ち着きを取り戻すはずです。その見通しは、あるのでしょうか?

アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、6月12日の会合で、政策金利を現在の最大5.5%のまま据え置くことを決定しました。インフレ率の低下が想定通り進んでいないことから、金利の引き下げは時期尚早と判断されたようです。

他方、日本銀行は、今年3月に、16年1月に導入以来、アベノミクスの「異次元の金融緩和策」の柱となってきた「マイナス金利」(金利マイナス0.1%)を解除しました。しかし、その後の焦点とされた追加の利上げについては、4月、6月の金融政策決定会合では、見送りとなっています。

マイナス金利の解除についてはこちら

アメリカの政策金利が高いレベルにあるのは事実ですが、それよりも問題なのは、日本の利率のあまりの低さでしょう。ようやくマイナス金利の世界から脱したという段階で、国際的に見ても、低水準のままです。

当然、日銀も追加利上げの時機をうかがっているわけですが、なかなか踏み切れずにいます。なぜかといえば、いたずらに金利を上げたりすれば、景気を再び冷やし、経済に痛手を与えることになりかねないからです。

繰り返しになりますが、アメリカが段階的に金利引き上げに動いたのは、景気が回復し、需要が拡大したことに伴うインフレを抑えるのが目的です。見方を変えれば、アメリカ経済には、金利を上げても十分耐えられる体力がありました。しかし、残念ながら今の日本にはそれがないのです。この違いが金利の差になって表れている、といっていいでしょう。

米国は7月のFOMCでは政策金利を据え置きましたが、インフレ率が低下傾向にあるとの認識を示し、9月の次回FOMCでの利下げの可能性について示唆しました。一方、日銀は同じく7月の金融政策決定会合で、物価が日銀の見通しに沿って上昇する可能性が高まっているとして、0.25%の利上げを決定しました。日銀の説明のように非常に低い金利水準での少しの調整なので景気に大きなマイナスの影響はないと考えられます。

吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

 

日本経済弱体化の根源にあるもの

では、日本経済の問題は、どこにあるのでしょうか? これもさまざまな観点から分析が可能ですが、アメリカとの違いということでいえば、IT企業に代表されるようなグローバルな競争力を持つ新たな産業、ビジネスを生み出せていない現実があります。

アベノミクスでは、金融緩和政策ばかりが注目されましたが、実は「機動的な財政出動」「成長戦略」と合わせた「3本の矢」から構成されていました。成長戦略の実行などで経済が回復すれば、金融緩和策は速やかに解除して、ノーマルな「金利ある社会」に戻していく、というストーリーだったのです。

ところが、実際には肝心の成長戦略はなかなか実を結ばず、経済が力強く復活するには至っていません。結果的に、異次元の金融緩和を継続せざるを得ない状況が続きました。

今回の円安であらためて露わになった、「産業の空洞化」も大きなウイークポイントといえます。すでに述べたように、円安は輸出産業にとっては追い風で、これだけ有利なレートになれば、貿易収支は大幅な黒字になっていてもおかしくはないはずです。

そうならないのは、日本の製造業が、過去の円高局面で生産拠点の海外移転を一気に進めたからにほかなりません。輸出しようにも、自社製品の多くが日本国内で生産されていない、という状況になっていたのです。

それでも、海外拠点で稼いだ外貨が日本に戻って投資などに充てられれば、国内の経済にプラスに働きます。外貨は、市場で円に転換(円買い)されることになりますから、円安を抑える要因にもなるでしょう。

ところが、実際には、海外で得た利益を高い成長が見込めない国内に還流させることなく、そのまま海外で再投資するケースが増えました。統計数字上では、企業の海外子会社の利益などを示す「直接投資収益」は、23年に20兆円を超える黒字となりましたが、その多くが内部留保などの形で海外子会社に残ったままの状態になっています。

“円弱”脱却のためには

行き過ぎた円安を是正するため、日銀は数度にわたって為替介入(市場での円買い)を行ったとされ、今後も必要があれば実行する、とほのめかしています。しかし、当局による為替の「操作」は対症療法に過ぎず、一時的な効果しか望めないのが実情です。“円弱”の状態から脱するためには、今述べたような日本経済の弱点そのものを克服していくしかないでしょう。

当然、課題は山積しています。あらためて、競争力を持った産業の育成に努めなくてはなりません。深刻化する人手不足の中、労働力をいかに確保していくのか、方策の具体化も不可欠です。また、当面は貿易赤字を生むことになっても、DXの実装を急ぐ必要があるでしょう。

それらを実行していくためにも、国レベルのグランドデザインが必要です。アベノミクスの総括も踏まえた、抜本的な経済政策が求められています。

記事監修者 吉田税理士からのワンポイントアドバイス

現在、日本と米国の中央銀行の政策が転換期を迎え、長期的な円安トレンドも転換点に差し掛かっていると考えられます。
しかし、依然として日米の金利差は大きく、貿易構造の変化や今年から始まった新NISAによる海外投資の増加も、円安要因として作用しています。加えて、デジタル赤字はこの分野における競争力低下を示していますが、日本のデジタル化が進んでいる証拠でもあります。
“円弱”脱却のためには、DXの一層の推進とともに、産業構造の転換や人材育成、さらに円安に依存しない競争力強化が求められます。これらの取り組みを通じて、日本経済の基礎体力を強化し、持続可能な成長を実現することが求められます。

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吉田健司税理士事務所代表 吉田 健司(税理士・CFP)

東京国税局で主に法人税調査に27年間従事した後、独立。税理士としてクライアントに直接対応し、個々の状況に合わせて共に問題を考え、解決策を見出すことを大切にしています。また、金融機関に属さない独立系ファイナンシャル・プランナーとして、完全中立の立場でアドバイスを行っています。

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