従業員の士気を低下させ、損失を生む“カスハラ” 事業主は「無策」ではすまされない
客が、対応した店員などに不当な要求をしたり、土下座を強要したりするカスタマーハラスメント(カスハラ)のニュースをしばしば目にします。従業員が「被害者」となるこうした行為に対しては、事業主に必要な体制整備などを求めた国の指針も設けられました。経営者としてカスハラにどう対応すべきなのか、解説します。
カスタマーハラスメント対策が必要な理由
15%の労働者が経験
カスタマーハラスメントは、顧客からの不当な要求や暴言などの著しい迷惑行為を指す和製英語(顧客:カスタマー+嫌がらせ:ハラスメント)です。日本では2010年代前半頃から社会問題として認識されるようになり、この言葉が定着しました。
厚生労働省が20年10月に行った「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、企業に対する調査では、過去3年間に顧客などからの著しい迷惑行為の相談があった企業の割合は19.5%と、2割近くに達しました。また同調査の労働者に対する調査では、同じ時期に「勤務先で顧客などからの著しい迷惑行為を一度以上経験した」と回答した割合は15.0%となっています。
同じ調査では、労働者が受けたカスハラ行為の内容として、「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの)」(52.0%)、「名誉棄損・侮辱・ひどい暴言」(46.9%)、「著しく不当な要求(金品の要求、土下座の強要など)」(24.9%)の割合が高いことも示されました。こうした数字を見ると、あらためて「被害の多さ」「深刻さ」を実感できるのではないでしょうか。
軽視できない負の影響
カスタマーハラスメントは、直接被害に遭った従業員のみならず、企業、他の顧客などへの影響も深刻です。
●従業員への影響
業務のパフォーマンスの低下
健康不良(頭痛、睡眠不良、精神疾患など)
現場対応への恐怖、苦痛による従業員の配置転換、休職、退職
●企業への影響
時間の浪費(クレームへの現場での対応、電話対応、謝罪訪問、社内での対応方法の検討、弁護士への相談など)
業務上の支障(顧客対応によって他業務が行えないなど)
人員確保(従業員離職に伴う新規採用、教育コストなど)
金銭的損失(商品、サービスの値下げ、慰謝料要求への対応、代替品の提供など)
店舗、企業のブランドイメージの低下
●他の顧客等への影響
来店する他の顧客の利用環境、雰囲気の悪化
業務遅滞によって他の顧客がサービスを受けられないなどの障害が発生
企業は、カスタマーハラスメントへの対策を講じることにより、これらのマイナスの影響を生じさせない努力が必要になるでしょう。
さらに言えば、企業や事業主が従業員に対するカスハラに対して適切な対応をしていない場合には、被害を受けた従業員から責任を追及される可能性がありますから、注意が必要です。この点では、実際に従業員の損害賠償請求が認められた判決も出ています。
カスタマーハラスメントの判断基準は
企業によって基準は異なる
ところで、そもそもどんな行為がカスタマーハラスメントに該当するのでしょうか? 前提として考慮すべきことが2つあります。
1つは、「正当なクレーム」とは分けて対応する必要があることです。消費者のクレームは、新たな商品やサービスの開発、業務改善に役立つこともあります。カスハラに敏感になるあまり、それらに過剰反応したりすれば、企業にとってもプラスにはならないでしょう。
もう1つは、企業やその属する業界などによって、カスハラの中身や基準が必ずしも一致するとは限らないことです。パワハラなど他のハラスメント同様、一律で明確な定義付けは困難で、それぞれの企業、現場で、被害者の権利擁護を基本に置いた防止策、対応策を具体化する必要があるわけです。
「クレームの中身」と「要求実現の手段」が問題に
そうしたことを踏まえ、厚生労働省が策定した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラを次のように述べています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」
表現は固いのですが、顧客の行為の判断基準に関しては、次のようなことを言っていると考えてください。
- 顧客のクレームや要求の内容が妥当性を欠く場合⇒たとえ実現のための手段・態様がどのようなものであっても、カスハラとなる可能性が高い
- 要求の実現のための手段・態様の悪質性が高い場合⇒たとえクレームや要求の内容に妥当性があったとしても、カスハラとなる可能性が高い
「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」とは
これには、例えば、次のような場合が該当します。
- 企業の提供する商品・サービスに瑕疵(欠陥など)・過失が認められない場合
- 要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な場合」とは
例えば、次のようなものが該当するとされています。
〈要求内容の妥当性にかかわらず、不相当とされる可能性が高いもの〉
- 身体的な攻撃(暴行、傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
- 威圧的な言動・土下座の要求
- 継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
- 拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
- 差別的な言動
- 性的な言動
- 従業員個人への攻撃、要求
なお、これらの行為は、カスハラの域を超え、刑法犯罪に該当する可能性があります。
〈要求内容の妥当性に照らして、不相当とされる場合があるもの〉
- 商品交換の要求
- 金銭補償の要求
- 謝罪の要求(土下座を除く)
カスタマーハラスメント対策の進め方
事業主に求められる「カスハラ対策」
19年6月に労働施策総合推進法等が改正され、職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることは事業主の義務となりました。この改正に基づき、20年1月には、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(厚生労働省告示)が策定されています。
その中で、カスタマーハラスメントに関しては、事業主は、
- 労働者の相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うことが望ましい
- 被害を防止するための取組を行うことが有効である
と定められました。
各社の判断基準を明確にする
では、以上を踏まえて、カスハラ対策をどう進めるべきかに話を進めたいと思います。
「カスハラを明確に定義することは難しい」と言いましたが、現場では、それが具体的に示されていないと、有効な対策を講じることができません。まずは、各社の業態などに応じた基準を定めることが必要になります。
その際、さきほどの
1.顧客等の要求内容に妥当性はあるか
2.要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲であるか
という観点が参考になると思います。
1.顧客等の要求内容に妥当性はあるか
顧客の主張に関して、事実関係、因果関係を確認し、自社に過失がないか、または根拠のある要求がなされているかを確認し、その主張が妥当であるかどうかを判断します。
例えば、顧客が購入した商品に瑕疵がある場合、謝罪や商品の交換・返金に応じることは妥当です。逆に自社の過失、商品の瑕疵などがなければ、顧客の要求には正当な理由がないと考えられるでしょう。
2.要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か
例えば、長時間に及ぶクレームなどは、業務の遂行に支障が生じるという観点から社会通念上相当性を欠く場合が多いと考えられます。また、さきほども触れたように、①に照らして問題がなくても、その言動が暴力的・威圧的だったりする場合には、カスタマーハラスメントに該当します。
一方、顧客の要求内容に妥当性がないと考えられる場合であっても、企業側がその要求を拒否した際、すぐに顧客が要求を取り下げた場合などは、従業員の就業環境が害されたと言えず、カスハラには該当しない可能性があります。
具体的な取り組み
カスタマーハラスメント対策の具体化のため、厚労省のマニュアルでは、次のような取り組みを提案しています。
■カスタマーハラスメントを想定した事前の準備
①事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
- 組織のトップが、カスタマーハラスメント対策への取組の基本方針・基本姿勢を明確に示す。
- カスタマーハラスメントから、組織として従業員を守るという基本方針・基本姿勢、従業員の対応の在り方を従業員に周知・啓発し、教育する。
②従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
- カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できるよう相談対応者を決めておく、または相談窓口を設置し、従業員に広く周知する。
- 相談対応者が相談の内容や状況に応じ適切に対応できるようにする。
③対応方法、手順の策定
- カスタマーハラスメント行為への対応体制、方法などをあらかじめ決めておく。
④社内対応ルールの従業員への教育・研修
- 顧客からの迷惑行為、悪質なクレームへの社内における具体的な対応について、従業員を教育する。
■カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応
⑤事実関係の正確な確認と事案への対応
- カスタマーハラスメントに該当するか否かを判断するため、顧客、従業員からの情報を基に、その行為が事実であるかを確かな証拠・証言に基づいて確認する。
- 確認した事実に基づき、商品に瑕疵がある、またはサービスに過失がある場合は謝罪し、商品の交換・返金に応じる。瑕疵や過失がない場合は要求などに応じない。
⑥従業員への配慮の措置
- 被害を受けた従業員に対する配慮の措置を適正に行う(繰り返される不相当な行為には一人で対応させず、複数名で、あるいは組織的に対応する。メンタルヘルス不調への対応など)。
⑦再発防止のための取り組み
- 同様の問題が発生することを防ぐ(再発防止の措置)ため、定期的な取り組みの見直しや改善を行う。
⑧ ①~⑦までの措置と併せて講ずべき措置
- 相談者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、従業員に周知する。
- 相談したことなどを理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、従業員に周知する。
カスタマーハラスメント対策のメリットを理解する
最初にカスハラによって企業が被る被害について説明しましたが、こうした対策をきちんと講じることによって、「ピンチをチャンスに」変えることもできます。厚労省が行った対策に積極的に取り組む企業に行ったヒアリングでは、次のような声が寄せられました。
- 対応方法を明示することで従業員が働きやすくなった。
- 顧客対応のノウハウが整理でき、経験を培うことができる。
- 職場環境が明るくなり、従業員から笑顔が出るようになった。
- 会社としてカスタマーハラスメントに対する姿勢を示したことで従業員の安心感が生まれた。
- 会社にとって好ましくない客が来にくくなった。
- 迷惑行為をする人が少なくなり、職場環境がよくなった。
「無駄な」業務に煩わされることがなくなることに加え、職場環境を改善することで予期せぬ離職を防ぐことは、人手不足の中、企業にとって大きな意味を持つはずです。
まとめ
カスタマーハラスメントの被害が深刻化しており、顧客対応の多い業種の場合、中小企業でもしっかりした対策を講じることが求められます。まずは自社の判断基準を明確にして、具体的な取り組みを始めましょう。
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