グローバル化で身近になった“国際税務”
インボイス制度が取引を明確にする【前編】
- 公開日:
- 2024/07/26
グローバル化の進展で、中小企業などでも海外進出は珍しいことではなくなった。逆に日本市場に参入する海外企業も、ますます増えている。そのようなケースで、自国とは異なる税制への対応が求められるのは当然だが、「ドメスティックな国内企業でも、国際間の税が問題になる環境は広がっている」とファイブ税理士法人 京都事務所の礒川敦代表社員(公認会計士、税理士)はいう。今回は、そうした国際税務の最新トレンドについて、その道の専門家に語っていただいた。
記事では、「前編」でそもそも国際税務とはどういうものか、「後編」で海外進出の際の注意点などを中心にお話しいただいた。
顧客は法人がメイン
――貴社は、ホームページで「グローバル競争に勝ち抜くためのビジネスパートナー」をうたっています。
礒川(敬称略)私はもともとPwCという大手外資系監査法人の出身で、独立後に同社の先輩だった青井(共同代表)といっしょにつくったのが、ファイブ税理士法人なんですよ。そういう出自もあって、初めから国際税務に特化した事務所を旗印にしています。拠点は青井が代表の大阪と、私が代表の京都に置いていて、スタッフは、現在それぞれ8名、4名という体制です。
お客さまは、海外に進出する会社や、日本に出てくる会社など、いずれにしても法人が中心ですね。ちなみに進出するのは東南アジアがメイン、日本に来る海外企業は当社の場合、イタリア、ドイツ、イギリスなどヨーロッパに親会社のある企業が多くなっています。国際税務に関する案件は、個人事務所時代も合わせて、今までに30件程度、扱ったでしょうか。
――個人の顧客は、あまりいないのですか?
礒川例えば、個人資産の海外移転のお手伝いといった案件は、税制の変更などにより永続的な「安全性」を保証しきれないところがあります。そうしたこともあって、基本的に対象にしていないんですよ。
――わかりました。今回は、そんな先生に、国際税務をテーマにお話をうかがっていきたいと思います。
意外と「泥臭い」海外進出のサポート
礒川まず申し上げておきたいのは、この分野に関しては、仕事が税務で完結することはほぼない、ということです。税理士法人として、「国際業務」にかかわっているイメージで、税金そのものの話は、その中の一部にすぎません。
そもそもひとくちに国際税務といっても、「海外での税務」と「国内での税務」があるわけですが、前者については、特にそのことがいえると思います。
――具体的には、どんな業務になるのでしょう?
礒川国外の仕事というのは、要するに「海外進出したお客さまのサポート」です。当然、進出先の国の税制に従って税務申告を行う必要があるのですが、日本の税理士は直接それにかかわることができません。
ですから、基本的にはお客さまに我々と協力関係にある現地の人間を紹介したり、その人と組んでフォローしたりすることになります。私もベトナム、タイ、シンガポールに提携先があって、進出したいお客さまがいたら、彼らに紹介するようにしているのです。
――現地の信頼できる専門家につなぐということですね。
礒川必要に応じて、さらにそこから簿記のできる人を調達するとか、あるいは法人の登記が可能なオフィスを探すだとか。国際税務とカッコよく言っていても、実際にはそういう泥臭い仕事がメインだったりするわけです(笑)。
これは、海外に出ていく人の立場になってみれば、わかると思うんですよ。商売はしたいけれども、不安なことばかり。誰しも、とにかく日本語が話せて現地のことがよくわかっている人にサポートを頼みたいはずです。そういうニーズに応えるのが、我々に限らず、日本の税理士が海外で担う大きな役割と言っていいでしょう。
ハードルの高い「日本の申告書」の作成
礒川一方、国内の国際税務というのは、海外の企業が日本に子会社をつくったりする場合の対応が中心になります。当社の事業のボリュームとしては、こちらのほうが大きくなっています。
――やはり、泥臭い仕事は多いのでしょうか?(笑)
礒川そうですね。例えば、外国人が日本で経営ビザを取得してから会社設立となると、けっこう時間もかかります。すぐにつくりたいというニーズがある場合には、一定期間、取締役として名を貸すとか、それをやってくれる人を選任するとか。これは、日本から海外に出ていくときもよくあって、現地の人をノミニーダイレクター(名義取締役。名目上の役員)に据えるんですね。
一方で、海外企業が自社の取締役を日本の子会社のトップに出向させて出てくるような場合は、我々の仕事は、その親会社の決算レポートに対するサポートからスタートします。大企業ならば、移転価格税制(※)に準じたCbCレポート(国別報告事項)の作成といった、いかにも国際税務らしい業務も行うのですが、そうしたケースは稀ですね。現実には、「子会社を作ったが、日本の申告書が作れない。どうしたらいいでしょう」といった会社がほとんどです。
※移転価格税制 企業が海外の関連企業との取引価格(移転価格)の操作を通じて所得移転することを防ぐための制度。
――日本の申告書は、そんなに作るのが難しいのですか?
礒川単独で乗り込んでくるような場合は、日本の税理士に丸投げでも、ほとんど問題ないでしょう。でも、海外に親会社があれば、日本の子会社の数字をそちらの海外の会計システムに載せなくてはなりません。上場企業なら、なおさらです。しかし、日本の子会社が親会社のソフトを使うのが、実はものすごく大変だったりするのです。
問題は、消費税です。海外のソフトには、税込みで打ち込んだ金額を本体価格と税で分けるという機能がそもそもなかったり、設定が違ったりします。その設定変更ができないケースでは、どんどん深みにはまっていくことになります(笑)。
――確かに、かなり大変そうですね。
礒川消費税の支払いや還付の申告では、勘定科目別の課税明細が必要です。例えば、同じ交際費でも、10%の交際費はいくら、軽減税率8%のものはいくら、というふうに。国産の会計ソフトであれば、それは労なく出せるわけですが、海外のものはそうはいきません。ならば、と本体価格と消費税額を別々に打ち込むと、紐づかないでバラバラになったりするわけです。
日本国産のソフトに打ち込んだデータを海外のソフトに流し込む、というのも試したのですが、これもまたデータの並び順が違うとか、いろんな問題が起きてしまって。いずれにしても、一筋縄ではいかない現実があります。
――そういうことは、あまり一般には知られていない気がします。
礒川そうですね。しかし、実際には、お話ししたような海外からの進出企業にとっての日本での申告の問題というのが、今いたるところで起こっていて、多くの人が苦労しているんですよ。
――率直にうかがいますが、そうした点をフォローしてくれる会計事務所は、国内にたくさんあるのでしょうか?
礒川いえ、そんなにないと思います。例えばどんなに税金に詳しくても、ソフトウエアの扱いに相当習熟していないと、この手のサポートは困難です。私自身は、自分でITベンチャーの経営をやっていたりもするので、そのあたりには慣れているつもりなのですが。それでも、どうすべきか悩むことが少なくありません。
「国内企業」も無関係ではない
礒川さきほど海外に進出する会社のフォローの話をしましたが、とりあえずそういうつもりはない、というドメスティックな日本の会社は国際税務と無関係かというと、そんなことはないのです。国をまたいだ税務に対応しなければならない状況は、これからもどんどん広がっていくのではないでしょうか。
――例えば、どんな場合に問題になると考えられますか?
礒川一例を挙げれば、外国人に外注などで仕事を依頼した場合、その人に日本での納税義務が発生することがあります。その際、支払い側で報酬から源泉税を差し引いて、納税しなければならなかったのに、スルーしていた。そんなケースがけっこうあるわけです。
――日本で納税すべきかどうかは、相手国によっても変わるわけですよね。
礒川相手国と結んでいる租税条約によって変わります。外国人の働き方によっても判断が異なったりしますから、これもけっこう難易度の高い問題ではあります。
ただ、これは小さな国内企業でも普通に起きうることなんですね。それこそITベンチャーなどでは、外国人に気軽に依頼したりするでしょう。正式に雇用しているのなら、税の取り忘れはないはずですが、そうでない場合も多いはず。
お金のないベンチャーが、安い顧問料の税理士さんに頼んでいたりすると、そこまでケアしてもらうのは、まず無理です。結果的に、税のリスクを背負ったまま事業を行うことになるのです。
――おっしゃるように、そんなにレアケースには感じられません。
礒川事業がそれなりの規模になってくると、会社の根源にかかわるリスクになる可能性があります。こうした点もあまり認識されていないのですが、我々の立場から、必要な注意喚起はしていきたいと思っているんですよ。
「後編」では、国際税務の事例、注意点などについて、さらに語っていただきます。
後編は【こちら】
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