事業承継で「当たり前」になったM&A
それだけに注意すべきこともある【前編】
- 公開日:
- 2024/08/07
中小企業経営者の高齢化に伴い、事業承継が重要なテーマになっている。今回は、東京と仙台を拠点に、多くの事業承継案件を手掛けているマネージポート税理士法人の佐々木健郎代表社員(税理士、公認会計士)に、事業承継の現状と課題、成功のポイントなどについて、M&Aを中心にお話をうかがった。
記事では、「前編」で事業承継の現状と問題点などを、「後編」ではスムーズに進めるための方策を中心に、事例も交えて語っていただく。
あえて「特殊な業務」を担う
――貴社の概要からお聞かせください。
佐々木(敬称略)独立して税理士法人を構えたのは、10年ほど前です。今は、東京・中央区と仙台市に事務所を置いていて、社員は合わせて15名ほどになりました。税理士は、登録予定の者も含めて5名在籍しています。顧問先は全体で約300社あり、特に業種に特化していたりはしません。
当事務所の特徴をひとことで言えば、「特殊な業務」のウエートが高い、ということになると思います。具体的には、事業承継、M&A、事業再生のお手伝いなどですね。税務顧問などの仕事ももちろんやりますが、それ以外のこうした業務に多く関わっているのです。
――そうした業務に力を入れる理由は?
税理士事務所は、いわば「経営者のインフラ」ですから、そういうニーズについてもサポートしていかなければいけないのではないか、必要とする人が等しくアクセスできる環境が求められているのではないか、と。そういう思いを形にしていこうと考えました。
後継者不足になるシンプルな理由
――今日は、そんな先生に事業承継の課題と解決策を中心に、お話をうかがっていこうと思います。
佐々木わかりました。まず事業承継とひとくちに言っても、4つのパターンがあると思います。まずは、子どもなどに継がせる親族内の承継。それが無理ならば、従業員に継いでもらう。それもダメなら、外部承継いわゆるM&A。そこまでやって後継が見つからなければ、会社を清算、廃業するしかありません。
――親には子どもに継いでもらいたい、という気持ちがあるのかもしれませんが、なかなか簡単にはいかないようです。
佐々木事業承継問題は、「後継者問題」と言い換えてもいいでしょう。やはり人の問題は、簡単にはいきません。会社をいったん息子に任せたものの、やはり経営者としては能力がイマイチで、結局高齢の父親がカムバックせざるをえなくなった、というような例もあります。
そもそも、後継者候補が継ぐのを嫌がることも少なくありません。理由はある意味単純明快で、多くの場合、事業があまり儲かっていないわけです。身も蓋もない言い方ですが、会社が高い収益を上げていて、将来的にも成長が見込まれるのならば、子どもは喜んで継ごうと考えるでしょう。
――おっしゃる通りで、先細りが見えている会社で苦労しようという人は、あまりいないと思います。
佐々木そこがネックになると、親族やまして従業員に継いでもらうのは、非常に難しくなります。
ただし、外部から見ると、そういう会社にも魅力を感じる場合が少なくないのです。新たな拠点や販路を設けたい、事業を拡大したい、新規事業に乗り出したい、といったニーズを持つ人にとっては、きちんとした基盤を築いている会社には、十分価値があります。そこに、「第3の道」であるM&Aの可能性が生まれるわけです。
成熟したM&Aマーケットの気になる問題
――後継者難を解決する方策として、M&Aが大いに注目され、市場も急速に拡大ました。
佐々木M&Aの仲介会社も急増しましたよね。当事務所で案件を扱う機会も、非常に増えました。当社への依頼は、後継者難に悩む会社からの売却のサポートが多いのですが、買い手側の会社の立場から売り手を探すこともあります。
まさにこの10年くらいで、M&Aのマーケットは成熟した感じがします。それに伴って、買われる会社にそれなりの高い値段が付くようにもなりました。それはいいのですが、私の感覚としては、逆に「高すぎるのではないか」と思えるような案件も、けっこうみられます。これは、会社を買う側の注意点ということになりますが。
――そうなんですか。例えば、どんなケースにそれを感じますか?
佐々木後継者難で買い手を探している会社には、社長だけではなくて、従業員もみんな高齢化が進んでいることが、多々あります。例えば、拠点を広げたくてそういう会社を買ったのはいいけれど、今の社員が辞めると、誰もいなくなってしまう(笑)。人手不足で、おいそれと若い人を雇うことはできないし、買う方にとってはリスクを背負うことにもなると思うのですが、そういう会社でも“いい値段”が付いたりするのです。
――そうしたリスクは、価格に反映されるのではないのですか?
佐々木マーケットが成熟した結果、売上や利益、純資産とかの財務内容などに基づいた値付けが行われるようになり、業種ごとの相場も明確になってきました。一方で、今お話しした従業員の平均年齢などは、値付けに反映されないことも多いんですよ。
そうなる主な原因は、会社を買う際のデューデリジェンス(DD)、要するに企業価値やリスクに対する事前の調査が、圧倒的に不足しているからです。わかりやすくいえば、買い手のほうが、あまり深く調べないで会社を買っている。そういうケースが珍しくないのです。こうしたDD不足は、小さな会社の売買に限らず、上場の大手企業が絡む案件などでも見られる現象です。
「デューデリジェンス不足」の背景にあるもの
――DDは、M&Aの“肝”だと思うのですが、なぜ省かれるようなことが起こるのでしょう?
佐々木やはり買う側のどこかに、「買うのが目的」になる部分がある、というのが大きいように感じるんですよ。経営者としてのそういう気持ちは、たぶん普遍的なもので、それが事業拡大のエンジンになっている側面はあると思うのですが。
そもそもDD自体、完璧にやるのは難しいですし、時間が限られた中ではなおさらです。コストも発生します。ただ、さきほどのようなリスクの洗い出しをはじめ、最低限の事前調査は、行う必要があるでしょう。
――中には、M&A仲介会社の「フォロー不足」を指摘する人もいます。
佐々木DDの不足に関しては、私は仲介会社に主な責任があるとは思わないんですよ。彼らは、頑張って買い手や売り手を探してくるのが第一の仕事で、売却対象の会社の詳しい中身とか、価値とかについての完全な説明責任を負っているわけではないでしょう。そういう営業推進力みたいなものがないと、なかなかマッチングしていかないし、事実これほどM&Aのマーケットが成熟することもなかったはずです。
注意すべきは、ユーザーのほうが、「仲介会社はDDやそれに基づく値付けを十分やってくれているのだろう」と勘違いしないことです。そうでないと、中身がよくわからないまま会社を買って、「こんなはずではなかった」ということになりかねませんから。
――そういう失敗例が、多く生まれている可能性もあるわけですね。
佐々木さきほど、親が経営者にカムバックするようなこともある、と言いましたが、いったんM&Aが成立したものの、「白紙撤回」になった例もあります。
事業拡大を目的に同業の会社を買った事例なのですが、財務上いろいろ問題を抱えていたことが、買収後に発覚したんですね。おまけに、高齢化していた売り手企業の従業員たちが、新会社のDX化、効率重視の方針にはとてもついていけない、と。全面戦争のような感じになって、結局売り手が株を買い戻して、以前の状態に復帰せざるをえませんでした。
この手のトラブルは、頻繁とはいいませんけど、世の中で一定数起こっているはずです。売り手が不利益を被ることもあります。例えば、苦労してようやく買い手を見つけたものの、相手は買収資金が潤沢とはいえなかった。そこで、仕方なく株の売却代金を分割払いでOKにしたものの、約束通りにお金が振り込まれない、とか。
――案件によっては、顧客に「このM&Aはやめておいたほうがいいですよ」とブレーキをかけたりすることもあるのですか?
佐々木買い手の立場だと、中には買おうとするときにDD自体を拒むような会社もありますから、さすがにそれはやめておきましょう、と。当然、買収後の事業収益、利回りには注意します。あまり利回りが期待できず、損失を生むかもしれないような場合には、再考を促すこともあります。
売り手で多く問題になるのは、やはり値段ですね。相場からかけ離れた高値での売却を望んでも可能性は低いですから、お客さまには適正価格の範囲を提示して、「それでよければお手伝いします」というスタンスで臨みます。
「後編」では、スムーズな事業承継のポイントなどについて、引き続きお話をうかがいます。
後編は【こちら】
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