事業承継で「当たり前」になったM&A それだけに注意すべきこともある【後編】 | MONEYIZM
 
マネージポート税理士法人 代表社員 佐々木健郎氏

事業承継で「当たり前」になったM&A
それだけに注意すべきこともある【後編】

マネージポート税理士法人 代表社員 佐々木健郎氏
公開日:
2024/08/21

前編は【こちら】

適切な「値付け」が出発点になる

――事業承継を成功させるためのポイントに、話を進めたいと思います。最初のところで、「事業承継は人の問題だ」という指摘がありました。同時に、多くの人が悩むのが「お金」です。

佐々木子どもなど内部に承継を行う場合には、自社株の価格がネックになります。贈与にしろ相続にしろ、評価額が高ければ、後継者に課せられる税金もそれだけ高額になります。

――皮肉なことに、業績のいい会社ほど株価は高く評価され、納税資金の確保が大変になります。

佐々木そこで株価対策が必要になるのですが、この自社株の評価額の圧縮によく使われるのが、役員退職金です。退職金を支給すると、会社の利益や純資産が減るため、そのぶん株式評価額を下げることができるのです。

 

このほか、例えば従業員持ち株会(※)を作って経営者の持つ株式数を減らしておく、といった方法もありますが、どんな会社でもできるわけではありません。自分の会社に見合った株価対策がどういうものなのかについては、一度専門家に相談してみるのがいいでしょう。

※従業員持ち株会 従業員の福利厚生のために設けられる民法上の組合。従業員は、持株会に拠出金を出し、持株会が自社株を購入する。

一方、M&Aで外部に売る場合には、売り手はできるだけ高く売りたい、買い手のほうはリーズナブルに購入したい、という思惑が交錯します。その中で、双方の納得できる適切な値付けをすることが、出発点になるわけです。

――ここまでのお話をうかがっていると、「適切な価格」をどう考えるのかも、評価の余地があるようです。

佐々木そうですね。一般的には、仲介会社はまず売り手と契約して、買い手を探します。ですから、買い手側が仲介会社などから提示される価格には、売り手の希望が強く反映されていると考えるべきでしょう。必ずしも中立的な値段とはいえないことも少なくないと思います。

 

当社は、売り手側からの依頼が多いのですが、これもお話ししたように、相場を超えた高額のご要望には添えないケースもあります。売却そのもののハードルが高いことに加え、仮に高く売れたとしても、いずれ買い手のほうが資金的に厳しくなって、最悪の場合、事業が傾くリスクがあります。そうなっては、M&Aは成約できても、決して成功したとはいえませんから。

 

実は「適切な価格」を判断するのは、売り手と買い手だけではありません。多くの場合、買い手はM&Aに必要な資金を銀行から借り入れます。その際、買収価格が適切な金額かどうかは、チェックの対象です。

――あまり法外な値付けがされていると、すんなり融資が下りない可能性もある。

佐々木まあ、銀行にきちんと説明できる金額ならば、しっかりした支援が受けられるはずです。今は、どこの金融機関もM&A融資に積極的ですから。適正価格ならば、融資額の返済に困るようなこともないでしょう。

事業承継の準備には、5年はみておくべき

――ところで、事業承継も思い立ってすぐにできるものではないと思います。どのくらいの期間が必要になりますか?

佐々木どういうやり方を選ぶにせよ、事業承継というのはエネルギーの要るプロジェクトです。速やかに終われるのなら、それに越したことはないのですが、だいたい5年はかかると考えておくべきでしょう。

子どもに継がせる場合には、現場を経験させて、経営についてきちんと教育する必要があります。M&Aで売却するにしても、金額などを含めてある程度売り手側のニーズを満たし、従業員にも無理なく受け入れられるような買い手を見つけるのには、数年かかることが珍しくないんですね。

――いずれの場合も、時間的な余裕がないと、失敗する確率が上がりそうです。

佐々木M&Aが成立したからといって、すぐに手離れできるものではないことも、認識しておかなくてはなりません。外から新しい経営者を連れてきました、株を売りました、ではさようなら、とはいかない世界もあるわけです(笑)。現場での引き継ぎがスムーズに終わるとは限りませんし、取引先への対応にも、1年くらいかかることがよくあります。

 

ただ、承継後の手離れは、むしろM&Aのほうがスパッといく感じがします。親族や従業員が継いだ場合には、「もう少し、先代社長が対応してよ」ということになりやすいですから。

――そういう諸々のことを含めて、5年は必要だということですね。

佐々木経営者としてバリバリやれるのが70歳までと仮定すると、遅くとも65歳くらいには、事業承継の方針を決めて、実行に移していくべきだと思います。

――お客さまにそういう話をすると、みなさん納得されますか?

佐々木納得はなさるのですが、実践されるのかは、話が別です(笑)。実際には、なかなか踏ん切りのつかないケースも少なくないんですね。

 

しかし、事業承継の必要性を感じたら、いつどういう形で事業を引き継ぐのかは、ある時点ではっきり決めたほうがいいでしょう。承継の仕方に悩んでいる間は、どうしても設備投資などの積極的な経営は、しにくくなります。

――確かにそうですね。

佐々木65歳になって、いつ息子に譲ろうか、買い手を探そうか、と迷っているうちに5年経ったら、その間にけっこう事業が傷んでしまった、などということがありえるんですよ。そうなると、親族内承継にもM&Aにもマイナスです。

 

決断するためにも、一度今後の状況をシミュレーションしてみるのがいいと思います。

――どのようなシミュレーションでしょうか?

佐々木例えば息子さんに継がせようと考えるのなら、自社株の時価はいくらぐらいになるのか、それを贈与するとしたら贈与税はどのくらいかかるのか、といった試算をしてみるのです。リアルな数字を目にすることで、いつまでに何をすべきか、という具体策も見えてくるはずです。

――そうした試算やそれに基づく対策の立案などについても、やはり専門家のアドバイスを求めながら行うのがいいですね。

「価値観」に沿った事業承継は成功する

――多くの事業承継案件を扱われたと思いますが、先生の印象に残る成功事例には、どのようなものがありますか?

佐々木やはり5年ほどかけて、地域住民の生活を支える企業の事業承継をお手伝いしたことがあります。当初、先代は息子さんへの承継を検討したのですが、結果的にそれを断念し、M&Aの道を選択した、というパターンでした。

 

この事例がうまくいったのには、まず親族内承継をすると決めたところから、そのためにあらゆる手を尽くしたことが大きかった、と感じます。とことんやってみた結果、それが難しいとわかったため、納得してM&Aに進むことができたのです。

 

さらにM&Aを決めてからは、「地元のことを大切にしてくれる人」という条件を第一に、買い手を探しました。

――優先したのは、売却額ではなかったわけですね。

佐々木そうです。そして、運よくそのニーズに合う相手とめぐり合うことができました。今でも売り手と買い手が交流を持っているような、ハッピーなM&Aだったんですよ。

 

私の経験上、事業承継のサポートでは、それぞれの経営者の価値観に沿うということが、成功の鍵です。ちなみに、この事例では、売り手は高額の売却益を得ることもできました。親族に引き継いでもお金にはなりませんから、この点もM&Aのメリットということができます。

――事業承継を思い立ったら、誰に相談すべきでしょうか?

佐々木まず顧問税理士に相談するのがいいと思います。ただ、M&Aとなると、特に地方では慣れていない税理士さんも多いのが実情です。そういう場合には、スポット利用でもかまわないので、実績のある税理士、会計士のような専門家にアドバイスを依頼してみることをお勧めします。

社会に貢献するM&Aの普及

佐々木あらためて申し上げておけば、前段で述べたようないろいろな課題はありつつも、M&Aはさらに普及したほうがいい、と私は考えています。事業承継に関しても、今の事例のように、親族間などで継ぐのが難しければ、M&Aという選択肢を前向きに検討してほしいと思うのです。

――M&Aがもっと普及すべきだ、と考える理由は?

佐々木個別の事業承継案件の課題解決もさることながら、日本全体のことを考えると、今後も人手が減っていく中で、社会自体を思い切って効率化していかないと、恐らく今いる人間だけでは回せなくなってしまうと思うんですね。その1つの手段として、M&Aが増えることにより、経営能力のある人のところに資本が集まって、彼らがどんどん勝負できるような流れをつくることが必要なのではないか。そんなふうに考えるのです。

――M&Aがさらに増えることで、DD不足の問題なども、より強く認識されるようになるかもしれません。

佐々木そういう可能性もあるでしょう。私は、特に地方ほど、そういう施策が急務だと感じています。本気で効率化を実行していかないと、地方経済の衰退は止められないのではないでしょうか。

 

現実には、買い手は経営能力のある人ばかりとは限らないわけですが、とにかくM&Aの総量を増やしていくことには、意味があると思っています。

――お考えは、よくわかりました。最後に、貴社の今後の展望をお聞かせください。

佐々木東北に仙台以外の拠点を設けて、サービスを拡大したいと考えています。東北は、東日本大震災後に復興の仕事で行ったのが縁なのですが、M&Aに関しては大都市圏とは違い、まだごく少数にとどまっています。結果的に廃業も多く、今もお話ししたように、経済の疲弊、人口減少に拍車がかかっている状況なんですね。これまでの蓄積を生かして、少しでもそうした現状を変えていきたい、というのが目標です。

――地方経済への貢献に、大いに期待しています。本日はありがとうございました。

マネージポート税理士法人 代表社員 佐々木健郎氏
会計税務顧問業務と合わせて、事業承継・M&A・事業再生に豊富な経験を持つ、東京・仙台エリアの事務所。企業の経理・財務面のサポートのみならず、国際税務、SPC、デューデリジェンスなど、お客様のニーズに合わせた幅広いサービスを提供する。
URL:http://manageport.jp/
取材:マネーイズム編集部、撮影:世良武史