中小企業のM&Aに潜む意外な“落とし穴”とは
ベストの相談相手は同業他社!?【後編】
- 公開日:
- 2024/11/06
「売りやすい会社」とは
――M&Aを成功させるためにはどうしたらいいのかに、話を進めたいと思います。売る側としては、自分の会社をできるだけスムーズにかつ高く売却したい、と考えます。そのために、必要なことは何ですか?
塩見買主の立場になって考えてみることが大事です。買主から見て「買いやすい会社」「欲しい会社」ならば、高く売れるはず。小手先であれこれできるものではないのですが、私の経験上、ポイントとなる点をいくつか挙げてみましょう。
まず、いろんな事業をやっていたら、それぞれ別会社にすること。これは必須といえます。例えば、飲食と美容業があったら、買い手が欲しいのは、そのどちらかなのが普通だからです。実際、複数の事業がセットになっている会社は、値が付かない状態になることが多いんですよ。
――確かに、買い手にしてみれば、不要な事業はお荷物でしかありません。
塩見ですから、多くの事業をやっている顧客には、「将来を見据えて、今のうちから分けておいた方がいいですよ」とアドバイスすることもあります。手間なのか、なかなか実行してもらえないのですが(笑)。
また、会社からできるだけ「属人性」をなくすことも重要です。わかりやすい例で言うと、飲食店のベテラン職人や、不動産のやり手の営業マンなどは、その人が辞めたらおしまい。もちろん社長自身の場合もありますが、特定の人に依存している会社は、どうしても安くなるイメージです。
逆に、飲食業だったら、セントラルキッチンを持っていて現場での調理が簡単とか、オペレーションが完全マニュアル化されているとかの会社は、高値が付きやすいですね。
――特に最近は人手不足ですから、誰にでも任せられるというのは、アドバンテージになるはずです。
塩見ただし、自社は事業に必要な施設や設備だけを持っていて、人のやり繰りを丸ごと外部委託しているような会社もまた、業種によっては売りづらいところがあります。買う方は事業を回す人もセットでないと、困ってしまう。
あとは、言わずもがなですが、前編で触れた「わけあり物件」は、売ること自体が困難です。会社に問題がある場合には、売りに出す前に、できるだけ「きれいに」しておく必要があるでしょう。
売却は最低5年前から準備を
――そうしたことも踏まえて、会社を売りたいと考える場合には、どのくらいの準備期間が必要になりますか?
塩見会社の状況や、具体的な事前準備、例えば事業ごとの分割が必要なのかどうかといった条件によりますが、5年はみておくべきでしょう。
M&Aの際、買い手側は、基本的に3年分の資料を求めてきます。つまり、売却の3年前には、「買いたい会社」の姿を整えておくのがベスト。そのための準備を考えると、最低5年前にはキックオフしたほうがいいと思うのです。もし65歳で区切りをつけようと思うのならば、60歳から準備を始め、62歳からの3期分はしっかりした決算書が提出できるようにして、M&Aに臨む。そんなイメージです。
――M&Aで求められる資料には、どんなものがあるのでしょう?
塩見買主がどれだけコストをかけて調べるのかにもよりますが、財務、税務、法務、労務の4つが基本になります。
財務では、決算書や会計データなどのチェックに加え、簿外債務はないか、未払い賃金はないか、といった点の洗い出しが行われます。法務、労務関連では、例えば資産や負債の根拠となる契約書、賃金台帳や雇用契約書といった書類ですね。いずれも会社経営をしていれば当たり前のものですが、売却のマイナス材料にならないよう、しっかり用意しておかなくてはなりません。
M&Aで見落とされがちなチェックポイント
――すでにお話の中にもいくつか出てきましたが、あらためて自社をM&Aしようとする際に、注意すべきポイントを教えてください。
塩見まず、さきほども言った、確実に代表者保証が外れるのかどうかというところは、はっきりさせておきましょう。仮に保証が外れないままM&Aをすれば、他人が運営する会社の連帯保証に入っている状態になります。その会社に何かあったら、自らに類が及ぶことになります。
――そんなことにならないように、M&Aをやろうと思ったら、融資を受けている金融機関には事前に話をして、協力を仰ぐ必要がありますね。
塩見その通りです。銀行に黙って進めた場合、相対的期限の利益の喪失条項の一つである「大株主の変動」を主張され、融資金額の一括返済を求められるリスクもあります。銀行にもそういう権利があることは、忘れないように。
相手との交渉に関して言うと、M&Aで買主側から支払われる代金は、基本的に総額で決め、一括払いとは限りません。二次精算条項であるアーンアウト(Earn out)をつけて、退職金を受け取る場合には、その計算式を十分チェックしなくてはなりません。
アーンアウトというのは、「M&Aの実行後に、特定の業績条件を満たすなどの契約に従って、買主が追加代金を支払う義務」のことをいいます。実際には、代金の総額1億円のうち、M&A時に株式の対価として8,000万円、2,000万円は退職金として支払う、といった契約を結ぶのです。
――前編で、買主側が交渉の途中で代金の支払い方法を変えた、という事例に出てきました。
塩見なぜ退職金かというと、買主には、「前の経営者に何年か残ってもらい、しっかり引継ぎやノウハウの伝授などをしてほしい。それができたら残りをお支払いしますよ」という意図があるわけです。当然、代金を先払いにできるのも、買主のメリットです。
一方、売主にも、M&Aの可能性が広がるうえ、一括でもらうよりも税金面で有利になるなどのメリットはあります。ただし、それも2,000万円が支払われてから言えることで、その保証はない点に、注意が必要なのです。
――1億円が満額もらえない可能性があるのですか。
塩見アーンアウト条項には、必ず「2期連続で、1,000万円の税引き前利益を確保すること」のような条件が定められていて、達成できないと、計算式に応じて減額される仕組みになっているんですよ。ですから、実際には500万円の退職金しか手にできなかった、ということもあり得ます。
理想は、現金をなるべく早くもらうこと。アーンアウトを契約に付す場合には、繰り返しになりますが、手取りが大幅に減らされるようなことがないのか、条件を精査すべきです。
――そういうところをスルーして契約を急いだりすれば、後々痛い目に遭うかもしれません。
塩見受け取る金額が変動するという点では、上場企業が買主のM&Aで、その株式を代金として支払う、と提案されることがあります。株ですから、取得時より値上がりすれば儲けになるし、値下がりすればその逆です。
以前私がかかわった案件では、M&A後の半年で、株価が半額になったこともありました。もしこのやり方を選択するのなら、このように資産が目減りする可能性も、織り込んでおく必要があります。
買主側の「盲点」についても述べておきましょう。1990年以前に設立された会社を買う場合、相手が「真実の株主」ではないことがあります。
――それはどういうことでしょう?
塩見その年に行われた商法改正以前の株式会社は、設立に最低7人の発起人が必要だったため、家族や親戚、知人などに、名前だけ借りることが少なくありませんでした。その結果、実際に出資したオーナー以外の「名義株主」が今でも株主名簿に記載されたままになっているケースが、けっこうあるんですよ。こういう状態を「名義株」といいます。
この場合、真実の株主がオーナーであるのは確かでしょう。ところが、30年以上前のことでもあり、誰が出資したのかなどを証明できないことも多いのです。つまり、名義株の会社は、売主自体が不明確なこともある。
――ということは、確かに会社を買ったと思っていたら、別に真実の株主が現れて売却代金を請求されるとか。
塩見そういうのが、買主にとって最悪の事態といえるでしょう。売主が特定できない状態では、M&Aが成立しているかどうかも怪しくなってしまいます。そうしたリスクを恐れて買い手が付きにくくなるという点では、名義株は売主のデメリットにもなります。
過去の書類を集めて、真実の株主を明らかにできればいいのですが、難しいことも多いでしょう。そのような場合には、前編にお話しした事例にもあったように、株には手を付けず、会社の中身だけを売買することも選択肢になると思います。
M&Aは誰に相談すべきか
――話をうかがうほど、考えるべきことが多いと感じるM&Aですが、会社を売りたいと思ったら、誰に相談するのがいいのでしょうか?
塩見僕は、第1の選択肢は同業他社だと思うんですよ。飲食業だったら、同じ飲食の仲間に買ってもらう。外に出さずに、知人と取引を行うのです。
――同業者という答えは、ちょっと予想外でした。
塩見お互いに仕事の中身や会社の状況やなどをわかっている同士ならば、コストをかけずに、適正な価格で売買できるはずです。まずは、その可能性を探ってみてはどうでしょう。
それが難しいとなったら、お勧めする相談相手は、日本政策金融公庫です。公庫には「事業承継マッチング支援」という制度があります。「廃業を減らす」といった国の方針に即したものなので、無料でM&Aの仲介をしてくれます。
――無料というのはいいですね。
塩見こういう制度があることを知らない人も多いのです。仲介会社に依頼する場合には、必ず複数社とサービスの内容や価格について交渉すべきでしょう。
今日はM&Aについていろいろなお話をうかがうことができました。最後に、御社の今後の目標についてお聞かせください。無料というのはいいですね。
塩見取引金融機関の数が非常に多く、資金面での社長の悩みに幅広くお応えできるのが、当社の強みです。それを生かして、顧客を増やしていきたいと考えています。人材採用が難しい環境にあるので、当面は少数精鋭で、付加価値の高い案件に集中して取り組んでいく方針です。
――ありがとうございました。今後のご活躍を期待しています。
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