今後の一番の課題は「人材の強化」
展示会は中小企業が海外進出する最大の機会
戦後の経営革新をリードしてきた一般社団法人日本能率協会。そのトップを務めるのが、中村正己会長。約1,300社が会員になっているが、中堅・中小企業がもっとも多い。会員になる目的は、新入社員教育などの人材育成プログラムに参加することと、国内で開催される日本能率協会主催の展示会への出展。「展示会には、海外バイヤーの来場が多く、1年に1回の大事な商談の場になっている。中堅・中小企業は海外進出のチャンスです」と中村会長は助言する。
八木美代子(以下、八木) 日本能率協会は、企業の経営革新をサポートする老舗の団体と理解していますが、一番の特徴は何でしょうか。
中村正己(以下、中村) 一般社団法人日本能率協会(JMA、以下、日本能率協会)は1942年の創立で、83年目に入りました。歴史を紐解けば、元々は戦時中に軍需生産の効率を高めていくためにできた団体です。戦争遂行のためには、緻密な工程計画、作業管理が必要でした。初代会長の伍堂卓雄が戦時中に一番関わったのが、戦艦大和の建造でした。
戦争が終わって、日本の産業界の復興支援が新たなミッションになりました。最初は、生産活動を担う技術者を養成するため戦後初の「生産技術者講習会」を始めました。コンサルタントが駆使していた生産技術や経営手法を産業界に広めていくのが一番の役割になりました。
日本能率協会の会員は中堅・中小企業が一番多く、その数は4割
八木 当初から取り組まれたモノづくり支援以外にも、人材育成、組織改革、産業振興、それからISO(国際標準化機構)の審査や第三者認証と幅広い活動をされていますね。
中村 教育研修については製造業の支援から始まり、次に新入社員から役員までの階層別の教育をやらなければいけないということになりました。分野別の教育も拡充する必要が出て、マーケティング関係の教育など広げていきました。
職種別も、総務・人事に始まり、研究開発、生産、そしてそれらを横串しにした教育もプログラム開発しました。時代を先取りした教育を提供することが、日本能率協会の役目でした。
八木 日本能率協会の理事名簿を見ると、コマツ、帝人など超大手企業の社長、会長がずらりと並び、大企業向けの組織に見えます。
企業の成長の差は、
経営者が今後を見据えた
ビジョンを持っているか
どうかで変わる
中村 日本能率協会は大企業だけを相手にしていると誤解されることが多いのですが、そうではありません。能率協会は約1300の企業、団体に入会いただいていますが、日本能率協会会員の3分の2以上は中堅・中小企業の皆さんです。従業員数でみたら、5000人以上の大企業は10%です。299人以下の中堅・中小企業の割合は4割と一番多いです。
八木 中堅・中小企業が入会する目的は何ですか。
中村 あとでご説明するBtoBの展示会への参加が理由の一つですが、もう一つの大きな目的は、社員教育です。大企業は自社でプログラムを作って講師を呼び、自社の研修施設で社員教育ができますね。
しかし、中堅・中小企業は自社で社員教育をするノウハウをお持ちのところは少ないです。時間的にも自分たちで研修プログラムを作るのは大変です。そこで日本能率協会に社員研修を任せてくださるために入会するところが多いです。
日本能率協会のいろいろなカリキュラムの中から自社に合ったものを選んでもらい、社員を送り込んでいただきます。ニーズが高い一つに、新入社員研修があります。各社から新入社員に集まっていただき、日本能率協会の本部などでいろいろな会社の新入社員が一緒になって研修を受けるのです。
人気の新入社員研修、会社の電話に出る怖れを払拭している
八木 新入社員教育は変わってきていますか。
中村 社会人としての基本は昔も今も同じなので、変わらないところが多いです。しかし、例えば、上司と部下の関係については変わりました。以前だと「上司の命令は絶対ですよ」なんていう言い方もされました。今は上司によるパワハラが問題になります。基本的人権を守りながら上司、先輩社員とのよい関係の作り方を教えています。
最近の若い人は
会社の電話をとれない、
話せないという
問題があります
八木 最近の若い人はスマホには慣れていても固定電話で電話したことがない人も多くて、会社の電話をとれない、話せないという問題があります。
中村 確かに新卒者が一番嫌がるのが電話対応ですね。「会社の電話機が鳴るのが怖い」という新入社員が結構います。なぜ怖いかと言えば、知らない人からの電話にどうやって対応したらいいか、わからないからです。
ですので、電話での受け答えの仕方などを学んでいただき、新人社員研修が終わるころには、少なくとも電話対応ができるようにして、ご自身の会社に戻ってもらいます。
「現在」「3年後」「5年後」の経営課題は、「人材の強化」がトップ
八木 研修が必要なのは、新人だけではありませんね。
中村 2024年4月、「日本企業の経営課題 2023」を発表しました。企業が抱える経営課題を明らかにし、これからの経営指針となるテーマや施策の方向性を探ることが目的です。各企業が考える自社の「現在」「3年後」「5年後」の経営課題を挙げてもらいました。
その結果、「現在」「3年後」「5年後」の課題すべてで「人材の強化」が最多となりました。人材の強化とは、採用の強化、育成の強化、多様化への対応です。
「現在の課題」に絞って見ていただくと、人材の強化が、2023年に1位だった「収益性の向上」を上回りトップの課題になりました。「働きがい・従業員満足度・エンゲージメント向上」は3年連続で上がっていますので、人材への重要度が高まっている表れだと思います。
八木 人材の強化が最も大事な課題になった理由は何ですか。
中村 新型コロナウイルスの5類移行を契機に多くの企業の経済活動が平時に戻った。その結果、人材不足に直面しています。今後のことを考えると、労働力人口の減少や雇用の流動化によって、人材の確保の難易度が高まっていく。DXやAIの技術的進化によって求められる能力、スキルが急激に変化している。そういう時代背景の中で人材の強化が一番の課題になっています。
「経営者の皆さん、一度立ち止まって、将来課題を考えませんか」
八木 人材の強化について、中堅・中小企業にどんなアドバイスがありますか。
中村 「経営者の皆さん、一度立ち止まって考えてみてください」と申しあげたいです。中堅・中小企業の経営者は大変お忙しいと思います。それでも、会社が成長するために何が必要か、どんな人材を育てなければいけないのか、どんな人材を外から採ってくるべきかをじっくりと考えてほしいですね。
人材獲得競争の時代が来ています。企業の成長の差は、経営者が今後を見据えたビジョンを持っているかどうか、今後どのような人材が必要かをしっかり考えることで変わるのではないでしょうか。すべての出発点は経営者が将来に向けて問題意識をもっているかどうかです。
日本能率協会もお手伝いします。経営者に気づきを持ってもらうためのセミナーをやっていますし、個別に解決策を話し合う機会を提供しています。「うちの会社はミドル層が薄い」と経営者が判断されたら、中間層向けの教育もカスタマイズして提供できます。
八木 社外の人に相談することはとても大事ですね。
中村 相談するなら、社内でないほうがいいです。社内だとグルグル回りになって、以前から考えていた枠から出にくいです。外の人の話を聞き、外の人に気づかせてもらえば、経営者は袋小路から脱出することができるはずです。
先々に対して問題意識を持つ、そして外部の意見をしっかり聞く。そういう経営者の下にいる方は、間違いなく成長します。
八木 経営者の方々と話していると、一番悩まれているのは、後継者問題です。
中村 日本能率協会もたくさんの相談をいただいています。ご提示できる方策はいろいろあります。その中の一例ですが、後継候補の人たちを9カ月ほどお預かりして教育をさせていただいています。後継候補になるぐらいですから、会社の中では一番忙しい立場だと思います。だから、だいたい金曜日の夜に来てもらって、土日に集中的に研修を受けてもらいます。
他社の候補者とも一緒に研鑽しますので、自分の価値観をほかの人にぶつけて、殻を破って成長することができます。
海外を含め数万人が訪れる展示会、中堅中小企業が海外進出する最大の機会
八木 別の話ですが、中村会長は展示会ビジネスを担当していたのですか。
中村 私自身は若いころ、展示会の担当が長かったので、世界各地で行われるビジネス系の展示会に足を運んでいました。その数は60か国ぐらいになります。
自分自身では食品関連の展示会を企画して立ち上げました。海外からの出展を募らなければいけないので、若いころは1年のうち2か月とか2か月半は海外に出かけていました。
八木 現在はどのような展示会を開催しているのですか。
中村 グローバルに展開していて、一番大きいのは、「FOODEX JAPAN」という展示会です。アジア最大級で、日本で一番大きな食品・飲料の国際展示会です。2025年は3月11日から14日まで東京ビッグサイトで開催します。
FOODEX JAPAN 2024の開会式の様子(写真提供:日本能率協会)
コロナウイルスが流行する前だと90か国の企業などが参加していました。コロナ禍で落ち込みましたが、ここ2年で回復し、来年は70か国ぐらいが参加します。
海外の場合、ほとんどが各国政府の出展です。自分の国の農産物や飲料、食料品を日本やアジア各国に売り込むため、FOODEX JAPANに出展するのです。最近はワインなどが特に多いですね。
実際に開催となると、食品商社をはじめ、小売業者、外食企業、食品・飲料メーカーなど食に携わるあらゆる業種のバイヤーが来場します。
FOODEX JAPANに出展すればアジア各国への売り込みができますので、日本の自治体が地元の企業を引き連れて出展します。全体で約8万人ぐらいが来場しますし、内1万5000人ぐらいは海外のバイヤーです。
八木 開催期間中に商談が成立するのですか。
中村 多くのバイヤーが商談を成し遂げて帰ります。とりわけ、海外のバイヤーは渡航費をかけて来日しているので、購買意欲が高い。熱心に会場を回っています。
国内バイヤーの成約額よりは、海外バイヤーの方が高い傾向にあります。
海外のバイヤーは、中小企業の尖った特徴ある製品を探し求めている
自分の会社の経営課題を
解決するために展示会に
行くのは賢い手段ですね
八木 展示会には、中堅・中小企業の経営者も来場するのでしょうか。
中村 大企業はテレビCMを打ったり、自らプロモーションを仕掛けたりできます。中小企業は大企業と同じことはできません。ですので、展示会は自分たちを売り込む一番良い機会です。国際的な展示会になれば、日本能率協会が必死になって、海外の政府やバイヤーを集めますので、日本にいて売り込みができる最大のチャンスです。
中小企業の製品、商品は尖がっているというか、とても特徴があります。自分たちの自信作を持って出展される。そこに海外のバイヤーが来て、掘り出し物を見つける。そうやってマッチングが成立していくのです。
八木 ほかにどんな展示会を開催していますか。
中村 9月に開催したのが、「国際物流総合展 2024」です、物流関係でアジア最大級の展示会で、2年に1回開催しています。物流といっても範囲は広いです。自動倉庫といった庫内物流、フォークリフトなどの産業車両、ICタグ(RFID)、バーコードなどの情報機器、包装資材などたくさんの分野が出品されました。出展数は全部で3,000ブースぐらいで、8万5000人ほどが来場しています。
「テクノフロンティア」という展示会は、半導体を含めた電子部品、工場内のロボットなど最先端の機器が集まります。2025年も7月に開催します。これも、海外から出展が多いですし、海外からバイヤーがたくさん来場します。
八木 ニュースで見ましたが、主催者企画として、電気自動車(EV)の分解展示があったそうですね。
中村 展示されていたのは中国・吉利汽車傘下のEV「ZEEKR 007」と、フランス・シトロエンの「AMI」でした。
展示会で現場現物で本物を見て触って動かす、リアルに勝るものなし
八木 自分の会社の経営課題を解決するために国際的な展示会に行くのは一番の近道ですね。
中村 物流でいえば、「物流の2024年問題」がありますね。トラックドライバーの時間外労働に上限が設けられました。その結果、ドライバーの残業時間を延ばして対応していたのができなくなりました。これまでのようにはモノを運べなくなる。運べないと売り上げは落ちます。こうした課題も物流展に来場したら、セミナーを聞いて、展示会で提案された機器を見て触って、自分たちの会社の状況に合った解決策を見つけられるのです。
今の時代はインターネットで見ればいいという意見もありますが、リアルに勝るものなしです。現場現物で本物を見て触って動かして感じて、最後は商談できるメリットは多大です。実際、アジアから来日して値段の交渉までして次の1年のビジネスを決めて帰国しますので、勝負は展示会で決まるという感じです。
中国メーカーの技術革新は
スピードがすごいですよ
八木 逆に日本の中堅・中小企業がもっと海外に出ていきたいという希望はありますよね。ただ、販路がないし、誰と話したらいいかわからない。そこを手伝ってほしいという意見は多いですか。
中村 現状でも国内で行う展示会で商談が成立したら海外への輸出は十分にできます。今後、我々がやっていかなければならないのは、日本の企業を海外にお連れして、ビジネスマッチすることですね。
例えば、海外の展示会に我々がジャパンパビリオンみたいなものを出展していくのも検討の余地があります。
中国とのビジネスに政治の影はなし、中国の技術革新は最先端を行く
八木 市場でみたら中国はとても大きな市場です。反スパイ法などで、中国でのビジネス活動が難しい一面もあると思うのですが。
中村 政治的側面はわかりませんが、我々の展示会にはたくさんの中国関係者が来場します。しかも、中国企業との商談がまとまると、注文してくる量がとても多い。生産が間に合わないほどの注文ですので、大商いになります。
加えて中国側が展示会場に持ち込んでくる製品は最先端なものが多い。国際物流総合展で中国の企業がたくさんの自動搬送ロボットを出品していました。しかも、ものすごいスピードで進化させた製品を持ち込んできます。
展示会に参加された企業が政治的問題に巻き込まれたことはこれまでありませんし、中国の技術革新には目が離せません。
1953年生まれ。1975年4月社団法人日本能率協会入職。 1994年4月産業振興本部長、2000年6月理事・産業振興本部長、2006年6月専務理事・事務局長(理事長代行)、2009年6月理事長・事務局長、2012年4月から一般社団法人日本能率協会理事長、2016年6月より会長(現在)。ほかに、公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会 理事、公益社団法人日本プラントメンテナンス協会 理事、日本経済団体連合会評議員など多数の役職を兼務している。
各業界のトップとの対談を通して”企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒントをお伝えする連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第19回目は、日本能率協会の中村正己会長です。大企業向けの会員組織だと思っていたら、一番多いのは中堅・中小企業でした。人材育成と、展示会ビジネスを中心にお話を伺いましたが、展示会への出展、来場が、今後1年間の商売を決める大事な場であることを教えていただきました。