【事業承継 後編】「事業承継はまだ早い」と考えるのはNG。いつでも譲れる魅力ある会社をつくりましょう

明治通り税理士法人 代表社員 阿部海輔氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

親族内承継は、個人の相続まで考える必要がある

――最近、事務所で手掛けられた事業承継の事例には、どのようなものがありますか?

阿部 IT系の会社で、70代後半の社長の例をお話ししましょう。この方には、10年以上前から「そろそろ事業承継のことを考えてください」と言い続けていたのです。ところが、〝事業承継あるある〟で、「いや、この仕事は自分にしかできないんだ」と、まともに取り合ってはいただけませんでした。子どもたちは別の仕事に就いているし、会社に任せられそうな人材もいない。何より「自分はまだ十分社長としてやっていける」というわけです。

同じようなタイプの経営者の方は、本当に多いんですよ。ただ、この社長の場合は、病気をされたりもしていましたから、特に承継の準備を急ぐ必要があるように思われました。

――最終的には、どうなったのですか?

阿部 奥さまのひと言が決め手になりました。「そろそろ引退して、一緒に余生を過ごしましょう」と。それで、社長がようやく自分の置かれた状況を理解して、M&Aでの事業承継を決断したのです。身内の助言が功を奏したわけですが、考えてみれば、奥さまの危機感も相当なものだったのではないでしょうか。

もう1つ、2人の子どもに会社を承継する案件がありました。贈与で会社の株を渡していくのですが、会社における将来の役割なども考えながら、それぞれに渡す比率なども決めていかなくてはなりませんから、非常に気を遣います。

親族内承継では、当人の相続まで考える必要があるということです。一般論をいえば、もし親会社と子会社があるのなら、2人の子どもにそれぞれを渡す、という方法があります。相続の対象となる会社が1つの場合には、自社株を半々に近い形で渡すというのが、相続としては「公平」かもしれません。

ただし、将来兄弟仲が悪くなったりすると、経営権をめぐる争いになる可能性があります。

そういうことを考えると、自社株は主に経営を担う子どもに多く(あるいはすべて)渡すのが鉄則なのです。一方、その場合には、株をもらわなかった子どもに他の財産を多く渡さないと不公平が生じ、相続トラブルに発展したりすることもあるわけです。

――そうした複雑なファクターを考え合わせながら、自社株を渡していく必要があるわけですね。

阿部 顧問税理士といえども、あまり家族の内情まで立ち入ることはできませんから、例えば「株の渡し方を間違えると、将来こうしたトラブルが考えられます」といったリスクを具体的に説明して、ご本人たちにジャッジしていただく。そのサポートをしていくということになります。

――親族内承継、従業員承継の場合には、「事業承継税制」の対象になります。簡単にいえば、事業を承継した後継者の相続税ないし贈与税の支払いを条件付きで免除する、という制度ですが、どのくらい活用されていますか?

阿部 私の印象では、あまり積極的に使われてはいないですね。手続きが大変なうえ、制度の適用を受けてからも、一定の要件をクリアしつつ、最終的に次の人にバトンタッチして初めて納税免除になるという仕組みですから、後継者からするとけっこうハードルが高い。我々も必要に応じて、「こういう制度がありますよ」という説明はしますが、実際に利用する例は、現状では多くありません。

事業承継の成功は、「魅力ある会社」かどうかにかかっている

――自社のM&Aも含めて多くの案件を経験してきた先生からみて、事業承継で大事なこととは何でしょうか?

阿部 「誰に継いでもらうのか」「どこに買ってもらうのか」ということを考え、手立てを尽くすことはもちろん重要で、いろんなところで語られてもいますから、私はそれ以前の根本的な問題を指摘しておきたいと思います。思いにかなう事業承継のためには、自社が「魅力的な会社」でなくてはならない、ということです。

身も蓋もないいい方に聞こえるかもしれませんが、魅力のない会社を継ごうと思う人はなかなか現れないし、売るのも難しいでしょう。反対に、外から見て価値のある会社だったら、思い立ったときに、いつでも売却することができるわけです。

ここでいう魅力は、業績だけではありません。特にM&Aによる事業承継の場合は、そこにしかない技術やサービスといった希少性、いい得意先、地域とのつながりや買い手にとってのシナジー効果といった様々な要素が考えられます。

――買う方は、「自分にないもの」が欲しいですから。

阿部 我々が湘南の事務所との統合に踏み切ったのもまさにそれで、渋谷にはあまりない相続案件のポテンシャルを持っているというのは、文字通り魅力的でした。また、業務効率化や経理のDX等でシナジー効果を十分に見込めるとも感じました。M&Aに限らず、そういう魅力が外から見える、アピールできるというのは、会社にとってとても重要なことです。

あえていえば、そういう自社の魅力、価値に気づいていない経営者もたくさんいると思います。いいものがあるのに、事業展開の仕方などに難があって、業績に結びつけられていないような場合もあります。そういう人が、「うちはM&Aによる事業承継など無理だ」と最初から諦めてしまうのは、少しもったいない気もするんですよ。

――そういう経営者にアドバイスするとしたら?

阿部 ケースバイケースだとは思いますが、「もう一度、きちんと事業計画を作って経営してみましょう」ということは、強調しておきたいですね。当たり前のようですが、それができていないケースが少なくないと感じるからです。しっかりした経営を行い、魅力を磨いていくことこそが、自社の価値をアップさせる〝王道〟だと思うのです。

さまざまな選択を可能にする「早めの準備」

――さきほど、事業承継のことが念頭にない経営者が多い、というお話がありました。

阿部 真剣に考えてほしい高齢の社長ほど、「私はまだ引退しないから」という反応を示されるのです。事業承継もトップが決断しないと始まりませんから、そこは本当に難しいところですね。

気持ちはわかるのですが、事業承継で問題が起こったときに困るのは、ご自身だけではありません。ご家族や従業員にとって、何の準備もないまま、社長が突然倒れるといった事態は最悪です。そういうリスクを認識して経営に当たるのも、社長の大事な役目ではないでしょうか。

付け加えておくと、「事業承継は難しいから」と廃業を決意される方も、けっこういらっしゃいます。最近も、小売業を経営していた方が、「体が元気なうちに、周囲に迷惑をかけずにやめる」とおっしゃって、持っていた不動産も処分されて引退された例がありました。

――その方の場合は、廃業してもちゃんと資金が残ったわけですね。

阿部 〝ハッピーリタイア〟のための廃業、という選択もあるのです。ただ、それも余力のあるうちに決断したからこそ。事業を引き継ぐにせよ、最終的に廃業も含めて検討するにせよ、早めに準備するほど選択肢が広がることは、理解してほしいと思います。

実績のある専門家に相談を

――そうはいっても、自分だけではどうしたらいいのかわからない、というケースが多いと思います。事業承継について相談するとしたら、誰がいいのでしょうか?

阿部 本来は、事業や会社の状況をよく知っている顧問税理士だと思います。ただし、税理士がすべて事業承継に精通しているかというと、そうとは限らないんですね。実際に事例を経験していないと、的確なサポートをするのは難しいと思います。

顧問にそのスキルがない場合には、他に経験と実績を持つ専門家を探して、依頼するのがいいでしょう。繰り返しになりますが、いいアドバイスをもらおうと思ったら、なるべく早いタイミングで相談することが重要です。

――わかりました。最後に、御社の展望についてお聞かせください。今後も税理士事務所のM&Aは、予定にあるのですか?

阿部 協業のメリットが見込めるところがあれば、その可能性を探っていきたいと思っています。自らが経験を重ねることで、お客さまに伝えられることも多くあると思いますから。

これはM&Aではないのですが、2023年8月1日に「横浜オフィス」を開設しました。税理士を1名派遣し、5名体制でのスタートとなります。湘南事務所には、横浜のお客さまもいらっしゃるので、そのフォローを行いつつ独自に顧客の開拓を行い、ゆくゆくは地元での人材採用もやりたいと考えています。当面は、渋谷、横浜、湘南の3拠点体制で、さらなるシナジーを追求していきたいですね。

――「横浜オフィス」の開設が、会社全体にどのような効果をもたらすのか楽しみですね。今後の事務所のますますの発展を期待しています。本日はありがとうございました。

”中小企業の未来を明るくする”というミッションを実現するために、中小企業の様々な成長ステージに合わせたサービスを提供。会社設立・スタートアップから、税務顧問の変更まで、ビジネスパートナーとして寄り添い、経営者の想いの実現をサポート。

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