【資産管理 前編】社長と個人の“2つの顔”を持つ企業オーナー。個人の資産管理をサポートする「プライベート・バンキング」とは

小谷野税理士法人 代表パートナー 小谷野幹雄氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

プライベート・バンキング(PB)という金融サービスをご存じだろうか。本来、トップクラスの富裕層を対象にしたものだが、その資産管理の考え方や手法は、中小企業オーナーなどにも、大いに参考になりそうだ。今回は、日本証券アナリスト協会PB資格試験委員も務める、小谷野税理士法人の小谷野幹雄代表パートナー(公認会計士、税理士)に、PBの中身やその「真髄」をうかがった。

記事では、「前編」でPBとはどういうものか、「後編」でその「あるべき姿」、中小企業オーナーへのアドバイスなどを中心に語っていただく。

包括的な金融サービスを提供するプライベート・バンキング

――貴社の概要からおうかがいします。

小谷野(敬称略) 事務所の体制は、総勢約70名で、税理士資格を持つメンバーが12、3名という規模です。お客さまは、事業会社が750社、個人の方が500人くらいでしょうか。当社は上場企業の合併やM&Aのような案件もやるのですが、そういうものも含めて、その他スポットの仕事が年に数十件とあります。

――そんな貴社の事業内容には、会計・税務・財務のサポートなどとともに、「プライベート・バンキング」が掲げられています。一般にはあまりなじみのない言葉なのですが、どのようなものなのでしょうか?

小谷野 PBというのは欧米で生まれた仕組みで、ひとことで言えば、富裕層を対象に資産保全・事業承継・相続などの包括的な金融サービスを提案し、その実行を支援する金融サービスのことです。

通常、対象になるのは、富裕層といっても資産が数十億円超 クラスの人たち。ですから、広く知られていないのもある意味当然なのですが、そう言っていては、身も蓋もありませんね(笑)。

ここでは、一般的なPBについて説明しながら、関連して、私たちのメインの顧客でもある中小企業オーナーに参考になりそうなポイント、考えてほしいことなどをお話ししてみたいと思うんですよ。

――ぜひお願いします。

小谷野 初めにお断りしておくと、大手銀行などが手掛けているPBと、当社が提供しているサービスには、考え方も含めてやや違いもあります。日本においては、PBの概念自体に曖昧なところがある、という言い方をしてもいいかもしれません。

また、顧客を企業オーナーに特化しているのも当社の特徴です。以下、できるだけ話を具体的にするために、そうした「当社の考えるPB」を軸に述べることをお許しいただきたいと思います。

資産を分析し、管理する

――わかりました。では、実際にどのようなサービスが行われるのか、説明していただけますか。

小谷野 プライベート・バンキングという呼称の通り、それぞれのお客さまに適したテーラーメイドの金融サービスを提供するわけですが、そのためには、まず顧客のニーズ、悩みなどをうかがったうえで、資産の現状分析を行う必要があります。当社は、PBのすべての顧客に対して、総資産のうち不動産が何割、株や債券などの金融資産が何割、といったポートフォリオ(資産構成)を明確にした資産管理台帳を作成します。それに基づいて、長期にわたって資産の保全や管理に携わり、さらには事業承継や相続のお手伝いもする、というのが大まかな流れです。

ポートフォリオ分析では、金融資産の内訳を精査して、必要なアドバイスを行ったりもします。例えばですが、海外でエクイティ投資(※)を行っているようなケースがあるとします。エクイティの場合、リターンは投資した事業の成否に左右されるため、もともとリスクは高く、へたをすると株券は“紙屑”になってしまう。ところが、目論見書が外国語で、本人がそのリスクをよく理解していないようなことも、けっこうあるわけです。

※エクイティ投資:企業の新株発行の際、その株式を取得し投資を行うこと。

――おそらく、どこかで勧められるままに買っていた。

小谷野 そのような場合には、率直にそうしたリスクなどについてお話しします。ただし、だからやめるべきだとか、あるいは何か特定の金融商品を勧めるといったことは、当社は基本的にやりません。要するに、ポートフォリオについてのアドバイスはするけれど、金融資産の運用の中身に関してはノータッチ、ということです。

――それはなぜでしょう?

小谷野 単純な話、それをやってお客さまが損をした場合に、PB業務に必要なお互いの信頼関係が壊れる可能性があるからです。当社は、独自にPB契約を結ぶのではなく、顧問契約の形でこのサービスを提供していますが、結果的に契約破棄ということもあり得ます。

それに、資産運用をビジネスにすると、どうしても「意図的」になるリスクが生じます。例えば同じ投資信託でも、より手数料の高い金融機関と組んで、その商品をお客さまに売ることもできます。そうしたことは、PB本来の趣旨と違いますから、我々はやらないのです。

一方、お客さまのポートフォリオを見ていても、最近不動産がますます中核的な運用財産として存在感を高めている、という印象を持ちます。実際、安定的に4%の利回りを確保できる金融商品というのは、そんなにないでしょう。

不動産を持つことは、相続税を減らせるという意味でも重要です。しかし、それもきちんと利回りの得られる物件を長期にわたって保有する、ということが大前提なんですね。

――将来の相続税対策にはなっても、不動産投資自体で赤字を抱えては、本末転倒だということですね。

小谷野 その点には、十分注意する必要がありますし、当然そういう視点に立ったアドバイスもします。1つ宣伝させていただければ、当社は不動産の目利きについても自信を持っていて、優良物件の紹介もPBのメニューにはあります。

資産保全会社や財団も活用する

小谷野 とはいえ、今ある資産をしっかり保持して次の世代に渡すために、先を見越した節税対策が必要であることは、いうまでもありません。資産が大きければなおさらです。

――海外資産の捕捉が強化されたり、相続税の基礎控除額が引き下げられたり、近年富裕層に対する課税は厳しさを増す傾向にあります。

小谷野 そうした中で意味を持つのが、資産をできるだけ個人から法人に移す、というスキームなんですよ。私がPB業務において企業オーナーに推奨しているのは、資産保全会社(資産管理会社)の設立、それも子どもが複数いたら、その数だけ会社をつくって不動産などの資産を移すことです。

資産保全会社は、株や不動産などの管理・運用を事業目的とする、いわゆるプライベート・カンパニーで、所有する財産から生まれる配当金や賃料収入などで運営します。1番のメリットは、これらの資産を個人で持つよりも、配当や運営収益にかかる税金がはるかに安いこと。個人だと、所得税と住民税を合わせて最高税率は55%に達しますが、財産を法人に入れていけば、実質的には20%程度で済む場合もありますから、大きな違いです。

――子どもの数だけ会社をつくる意味は?

小谷野 複数の会社にして、それぞれを誰に相続させるのかを明確にしておくためです。そうすれば、相続の際に、バラバラの財産を取り合うようなトラブルを防ぐことができるはずです。

後編でも触れたいと思いますが、PBの目的は、実は資産管理だけではないのです。オーナーやその家族の生活全般に寄り添い、円満で幸福な人生を送ってもらえるようにサポートしていくのが、その究極の役割といえるでしょう。

資産管理における法人の活用という点では、超富裕層向けに、相続税の資産評価の軽減対策として財団法人の設立をお手伝いしたりすることもあります。ただし、例えば多くの日本人に海外の優れた美術品を見てもらうためとか、若者に学びの機会を提供するためとかの社会的目的を持っている場合に限定していて、ただ節税対策のみで何かの財団を設立したいといったニーズにはお応えできません。個人的にそうしたことは性に合わない、というのが理由です。

「後編」では、PB業務を通じたオーナーとの向き合い方などについて、さらにお話をうかがいます。

「顧客事業の発展を通じて、日本経済および世界経済の繁栄に資する」ことを理念として掲げる専門家集団。会計・税務・財務のスペシャリストが、幅広い経営及び資産管理の問題解決に向けて最適なサービスを提供。

URL:https://koyano-cpa.gr.jp/

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